理想の“地域のスーパーマーケット”とは? ポートランド「NewSeasonsMarket」に見る、地域コミュニティへの関わり方

理想の“地域のスーパーマーケット”とは? ポートランド「NewSeasonsMarket」に見る、地域コミュニティへの関わり方

新しい住処を考えるとき、 日用品を購入する「スーパーが近くにあること」を重視する人は多いと思いますが、理想のスーパーについて考えてみたことがある人はどれだけいるでしょう?

アメリカオレゴン州のポートランドには、その理想のスーパーを本気で想像し、実現した家族たちがいました。今から20年前の1999年、彼らが思い描いたのは、地元のオーガニックな野菜や果物と、慣行栽培(※)のものも購入することができる、楽しくフレンドリーな空間でした。利用者は、店舗や店員を通じてそれぞれの商品や生産者のストーリーを知り、商品がつくられている場所や、その生産者との関係性を築くことができます。食物と命を育んでくれる農家や製造者を讃えて感謝し、彼らの営みを支え、次世代へと繋いで行くのです。そして、それぞれの関わり方とコミュニティを創造していける、そんなスーパーマーケットです。

※ 慣行栽培とは普通一般に行われている栽培方法で、通常生産過程において農薬や化学肥料を使用する従来型の栽培のこと。

それが、ポートランドで地元の人たちが愛してやまない、ニューシーズンズ・マーケットのはじまりです。当初のコンセプトをそのままに、現在は21店舗にまで拡大。地域を代表する企業に成長し、私たち日本人が「スーパーマーケット」と聞いたときに想像するものをはるかに超えた「コミュニティ」として、地域と住民を支えています。

買うだけでも、売るだけでも、作るだけでもない

店頭では、生産者と関わりを持つ機会が多く提供されています。表示は当然のことながら、クラフトビールやワイン、アメリカで流行りの発酵飲料など、製造者が自ら店頭に立って試飲販売をする姿が頻繁に見られます。日本のスーパーでよく見かける、パートさんによる試飲試食サービスにケチをつけるつもりはありません。しかし、自分が愛情を込めてつくった製品について語る生産者たちの熱量が、それとは比較にならないのは言うまでもありません。

店内には常設のプロモーションスペースがあり、ほぼ毎日、コーヒーの試飲、旬の果物や新商品の試食、そして調理のレシピとともに、店舗で販売している食材を使った料理のサンプルなどが提供されています。店内には会話を楽しむ声と笑顔が広がり、それはスーパーというよりマルシェに近い雰囲気です。そこで働く人々は驚くほどフレンドリーで、かつて昭和の時代に、近所の商店街でいつも挨拶を交わしていた顔なじみのおじさん、おばさんの存在と、そのあたたかさを思い出します。

陳列棚には、地場産業を支えるためのローカル企業とのコラボレーション商品も多く並びます。ニューシズンズが地元の塩生産者ジェイコブズソルトと共同開発したオリジナルソルトは、ジェイコブズソルトや他の有名ブランドのものよりも安価で購入できます。秋から冬にかけて販売される、 地元地域のりんごを絞っただけのアップルサイダーは、酸化防止剤も不使用で、私のお気に入り商品のひとつです。

入ってすぐの店舗の様子。この時は旬であるりんごの山が迎えてくれました。生花コーナーの花や鉢植え、そして木の箱やフレッシュなりんごの質感が、豊かさと温もりを感じさせてくれます。りんごの左手にあるのが私のお気に入りで、地元のりんごを絞っただけという無添加のりんごジュース。約4リットルで600円程度。

店舗が、顧客とともに地域を支える仕組み

ニューシーズンズ・マーケットは、地域を支えるファンドレイジング(寄付金集め)も大きく担っています。なんと、利益の10%を、地域の非営利組織に寄付しています。顧客がマイバックを持参し、買い物袋を利用しなかった場合には、その分の5セントを自分の買い物から差し引くか、地域の非営利組織へ寄付するかを客が自ら選ぶことができます。つまり、店舗は利益の10%を、顧客は買い物のたびの袋代5セントを(任意で)負担し、ともに地域を支えようという仕組みになっています。

レジには、何らかの理由で販売できなかった豆がカップに入れておいてあります。買い物客が袋代金を寄付すると、一緒に買いものをしていた子どもはそのカップから豆を一つ手にし、寄付先の案内コーナーへ向かいます。寄付先には、ニューシーズンズが掲げている「貧困」「環境」「教育」の3つのカテゴリーにしたがって、それぞれ店舗ごと(地域ごと)に異なる非営利組織が指定されています。子どもは備え付けのガラスビンに豆を入れて、どの団体に寄付したいかを意思表示できるようになっています。

この仕組みは、 幼い頃から社会の課題を意識させ、「自分の行動や意志が社会に反映される」という実感につながります。 私自身、子育てをしていてつくづく感じるのは、社会性を家庭で教えることは非常に難しいということです。社会性は、やはり社会の中でこそ育まれるものです。食にまつわる様々な物語に触れ、関係性を育み、社会性を養える環境が地域にあることは、子育て世代にとっては大きな魅力です。

買い物袋分の5セントを寄付する、その名も「BAG IT FORWARD」のコーナー。案内には(1)選んだガラス瓶に豆を入れてください(2)変化を生み出しましょう、とあり、3つのカテゴリーであるハンガー(貧困)、エンバラメント(環境)、エデュケーション(教育)と、それぞれの現在の寄付先が示されています。

こうしてニューシーズンズ・マーケットは、農家、酪農家、加工業者などあらゆる生産者と繋がり、個人(客)と子どもと地域と企業と団体を繋ぐ、まさに食と暮らしを中心としたコミュニティとなっているのです。

そんなニューシーズンズ・マーケットの仕組みをもっと探りたいと思い、買い物ついでに、いつも試食を提供してくれている店員さんに取材の相談してみました。すると「そういうのは彼が担当だよ」と渡された名刺を見てみると、そこには「エリア・コミュニティ・コーディネイター」という肩書きがありました。つまり、地域とのコーディネイターということらしいのです。ますます興味が湧いて、早速連絡をしたところ、彼の1週間ちょっとの有給が開けた翌週、同店舗でのインタビューが実現しました。

地元生産品を中心に入荷するニューシーズンズには、新鮮な野菜が並びます。パッケージされている商品は少なく、野菜を直に手にとって見ることができます。そして、購入する量も自由。地域担当のジャスティンは笑顔でインタビューに応えてくれました。

地域専属のコミュニティ担当がいるから、地域とつながる

ニューシーズンズ・マーケットで働くジャスティンは、大学卒業後すぐに新卒で入社。7年間店舗経営に携わった後、コミュニティ担当になって6年。 以来、ポートランド市内にある18店舗の各地域において、コミュニティに関する一切の仕事を担ってきたそうです。地元の自治会や組合、商工会、非営利組織などの各地元団体、そして顧客や地域住民とともに、より良いコミュニティづくりに取り組む担当者なのだそうです。

健全なコミュニティと共助の仕組みが根付いているポートランドでは、企業や団体に寄付やファンドレイジングの担当者がいることは珍しくありません。しかし、専属のコミュニティ担当部署があり、自らコミュニティに深く関わっていくという姿勢から、いかにニューシーズンズがコミュニティを重視しているかがわかります。

さらに、最近になってコミュニティ担当部署は新たに二人を増員、役割を細分化したそうです。 新たな「ドネーション担当」と「顧客体験担当」の誕生とともに、彼の肩書きも「コミュニティコーディネイター」から、「ネイバーフッドアウトリーチコーディネイター(地域渉外担当)」と変更になりました。ジャスティンによれば、「コミュニティとの関係性は今後ますます重要になっていく」というのがニューシーズンズの考えなのだそうです。

先ほども触れたように、ニューシーズンズは利益の10%と、顧客が寄付する買い物袋代金分を地域のために還元しています。そして、それを地域の本当に必要なところに届け、有効に活用してもらう努力も怠りません。コミュニティの状況を把握し、人々のニーズを掴み、問題の解決や状況の改善にベストな団体に寄付を行っています。それが、ネイバーフッドアウトリーチコーディネイター(地域渉外担当)であるジャスティンの大きな役割のひとつです。

利用客が自ら選ぶ寄付先の3団体は、ドネーション担当者が選んだリストの中から、それぞれの店舗の従業員たちが投票によって決定する仕組みになっています。ニューシーズンズの従業員が、地域へのインパクトを実感できる機会のひとつでもあります。

寄付の希望団体については、Webサイトや地域ミーティングなどでも受け付けています。つまり、寄付先の選定は、寄付元と寄付先の、双方向によるコミュニケーションからはじまるのです。寄付先は、ニューシーズンズが掲げる社会テーマに属する活動を行なっていて、非営利組織として登録済みであれば、NPOや学校、教会など、あらゆる団体が対象となります。なお、昨年2018年の寄付合計金額は、顧客からの買い物袋代金と店舗での売上の10%で$881,477(1億577万円)にのぼります。

地域への貢献の実感が市民のシビックプライドを生む

ニューシーズンズは長年、労働環境の改善にも積極的に取り組んできました。 最低賃金引き上げのための運動と実践はもちろん、昨年はスーパーマーケットとしてアメリカ国内で初めて、有給での産休取得を実現しました。1年に8時間、学校などでのボランティア活動のための有給取得も可能です。 従業員への福利厚生が、地域への貢献にもつながっています。

それだけの待遇を整え、コミュニティ活動のための人員を揃え、さらに利益の10%を寄付して、どうやって経営がうまくいくのでしょうか。ジャスティンは「もちろん支出入をはじめ、様々な状況を見て毎年少しずつ調整と挑戦を繰り返している。簡単なことではない。」と言い、「でも、僕たちは必ず10%を地域に還元するという固い意思を持っている」と力を込めました。「人々は自分たちの消費が地域に還元されていくことを非常に喜んでくれている。実際にそう耳にすることも多いし、実感している」と 。

「子どもの学校に(食べ物の入った)バスケットを寄付してもらって、ファンドレイジングが大成功したの。ありがとう!」など、買い物客がレジでドネーションの話をすることは、非常によくあることだそうです。当然、従業員にとっても嬉しい反応に違いありません。利用者が自分たちの抱える課題に対して支援を得ることができれば、「どうせ買い物をするなら、この店で」と考えるのも自然なことでしょう。

さらに、自分の暮らしがほんのわずかであっても地域に貢献しているという実感は、自身の存在の肯定につながっているようにも感じます 。地域の人々は、このスーパーがコミュニティのためにしてくれることに感謝し、このスーパーの存在を誇りに思うようになっていくのでしょう。そして、自分もそのコミュニティの一員であることを嬉しく思うようになります。この循環が、ニューシーズンズの経営を支えているのだということがわかってきました。

ジャスティンはポートランド市内18 店舗すべてを担当しているので、いつもこのお店にいるわけではありません。しかし、すれ違う一人一人の従業員を名前で呼び、非常によくコミュニケーションをとっている印象を受けました。

ニューシーズンズを語るときに必ず触れられるのが、働く人々の魅力です。自然体であたたかい笑顔の対応が、買い物体験をグレードアップさせているのは間違いありません。どうしたら、そんなに気持ちのいい接客が可能なのでしょうか。ジャスティンは、シンプルにこう応えました。

「人には教えられることと、教えられないことがある。笑顔の仕方は教えられるものじゃないだろう?だから、素敵でナイスな人たちを採用しているんだ。」

だからこそ、ニューシーズンズには、マニュアルでは実現することが不可能な顧客体験が詰まっているのでしょう。

自然派のソーダを買う約束をして、娘とともに店舗のひとつを訪れたことがありました。でも、あいにくお目当てのソーダは品切れで娘はがっかり。一方、店頭ではオレゴン産ワインの試飲をやっていたので、気がつけば娘のソーダのために来たのに、私が好きなワインを楽しんでいる状態でした(笑)。不機嫌な娘に、事情を知った試飲担当者が「お母さんさえ良ければ、棚にある好きなソーダを持って来ていいよ。僕がご馳走するから」と。娘はもちろん大喜びして、私もその素敵な対応に嬉しくなってしまいました。(結局、ナチュラルソーダより高いワインを1本買って帰りました。)

 ニューシーズンズは、顧客体験がハッピーであることを非常に重視しています。そのための担当者が最近専任として新しく加わった「顧客体験担当」であり、すべての従業員には「ゴートゥージェイルフリーカード」なるものが渡されていると、ジャスティンが教えてくれました。「ゴートゥージェイルフリーカード」とはモノポリー、つまり人生ゲームで使うカードで、「刑務所行きから逃れられるカード 」という意味です。 本来は正しくないとされる行動であったとしても、直面する課題を解決し、顧客をハッピーにするために必要なことであれば行ってもいいとするもので、それが仮に間違った判断だったとしても、決してとがめらえることはないと保証しています。

このように、言葉だけではない様々な仕組みによって、ニューシーズンズの従業員は自分で考え、判断し、行動することを促されています。失敗を恐れずに、目の前の顧客に対して最善を尽くすことが可能になっているのです。さらに、そんな彼らの、それぞれに自分らしく働く姿が、店全体の雰囲気を一段と魅力的なものにしています。

ベーカリーコーナーを担当するナンシー。フランスで修行も積んだ元パティシエで、以前はフランス料理店に勤めていたけれど、子どもとの時間を考えて転職。以来、子どもが巣立った今もニューシーズンズで働き続けているそうです。

「どんな人でも食べなければいけない」

近年は最低賃金の値上げ実現により、職場としても人気のあるニューシーズンズでさえ、時期によって従業員不足になることもあるそうです。それでも深刻な状況にはならずに経営を続けていけるのは、既存の従業員の魅力が大きいといいます。いい人たちに囲まれ、気持ちよく働けること。その環境が新たな人々を呼び、繋いでいくのだと。そして、そんな気持ちのいい環境で日々の買い物をしたい顧客が、今日も食卓を彩るために通って来ます。コミュニティの力とは資源ではなく、人の力、人の魅力なのだと気付かされます。

今、1日に70人の転入があるという「全米一住みたい街」ポートランドは、この10年で凄まじい変化を経験しており、勢いはまだまだ止まりそうにありません。その対応について聞いてみたところ、「これまでもそうして来たように、とにかく各地域の人たちとのコミュニケーションを取ること」とジャスティンは言います。急激な人口流入に伴う家賃の高騰やホームレスの増加、それらに付随して起きている様々な社会課題について話していた時の 「どんな人でも食べなければいけない」という彼の言葉が、印象に残ります。人種が違っても、思想やバックグランドが違っても、誰もが生きている限り共通して必要とする「食」 は、コミュニティにおいてあらゆる違いを乗り越え、繋がることができる可能性を秘めた、非常に根源的かつ重要な鍵なのかもしれません。そして、変化を恐れずに、変化とともに対応し、改善し、挑戦し続けることのみによって素晴らしい環境は実現し、存続しうるのではないでしょうか。

文 山中 緑
写真 松原 佳代