移住定住施策は最前線、でも普通の暮らしがベースの田舎まち。二拠点の新しい働き方を提唱する、長野県・富士見町の森のオフィスのいま

特急あずさで東京から約2時間15分。八ヶ岳の麓にある長野県諏訪郡富士見町は、古くから結核病患者の療養地として知られるほど空気が澄み、ペンションや別荘地も多く、週末には山好きが集まるまちです。一方、2014年には「富士見町テレワークタウン計画」を開始、標高約1,000mの場所にオープンしたシェアオフィス「富士見 森のオフィス」とともに移住施策の分野でも注目を集めています。計画開始から5年。改めて施策の成り立ちからシェアオフィス運営の現状、新しい働き方について、富士見町役場総務課企画統計係 小川大輔さんと、運営担当のRoute Design合同会社代表 津田賀央(よしお)さんに伺いました。

小川大輔さん
富士見町役場 総務課 企画統計係 主査
生まれも育ちも富士見町で2005年に富士見町役場入庁。
農政を経て、初めての異動で長野県(東京事務所)へ出向。そこで、2年間の2拠点生活の後、商工観光を経て、2014年12月に総務課企画統計係に配属となり、テレワークタウン計画や地方創生関係などを担当している。

津田賀央さん
Route Design合同会社代表/プロジェクトデザイナー/サービスデザイナー
広告会社の東急エージェンシーを経て、ソニーへ転職。新規事業の企画開発やサービスデザインなどを手がける。これからの新しい働き方を見据え、2015年に長野県富士見町へ移住。Route Design合同会社を立ち上げ、週の半分をSONY社員として東京で過ごし、残りは富士見町で、行政プロジェクト『富士見 森のオフィス』の立ち上げに関わる。現在はRoute Design合同会社のプロジェクトデザイナー/サービスデザイナーとして、コワーキングスペース『富士見 森のオフィス』を運営しながら、コミュニティー・スペース立ち上げのコンサルティングや、地域商品の企画開発、ブランドのクリエイティブディレクション、イベントの企画運営など、長野と東京を行き来しながら様々なプロジェクトに携わっている。

働き方改革に5年先んじた、二拠点の働き方

武蔵野大学の保養施設「楽山荘」を借り上げて改修した富士見 森のオフィス。2階にサテライトオフィス6室、1階にサテライトオフィス2室やコワーキングスペース、食堂やキッチンがある。

富士見町テレワークタウン計画の始まりは、2014年。当時の町長が人口減少対策の一環として公約に掲げたことがきっかけでした。子育て世代の移住ニーズを把握するも、実現化には住居と仕事がハードルであると分析。住居補助制度は存在していたため、もう一つ仕事面での解決に注力しようということになったのです。

「地元の企業だと業種や職種が限られますが、シェアオフィスによるテレワークなら東京で勤めながら富士見で生活することも可能だろうと。この考えが計画の基本となりました」。

そう教えてくれたのは、富士見町役場総務課企画統計係 小川大輔さんです。しかし、働き方改革が提唱される5年も前の話。テレワークと聞いても何なのか、シェアオフィスで何ができるのか。町民はもちろん町議会議員や町役場の職員、誰にも想像ができない状況でした。

富士見町役場総務課企画統計係 小川大輔さん。企画統計係に就いて6年目、テレワークタウン計画を行政の立場から進めるキーパーソン。外部からの斬新なアイデアを実現可能な形にしていく手腕に、森のオフィスのスタッフを始めまちの各所から信頼を置かれています。

小川さん「なので、その年度の予算審議は相当揉めました。町議会には議員が11名いるのですが、5対5で決議が割れ、議長採決でようやく認めていただいたのです。シェアオフィスの改修費を含め金額が大きい上、想像もつかない状況では仕方なかったのかもしれません。ですが振り返ると、この時に採択されたことで、富士見の今があるのだと言えます」。

同時に進められたのがホームオフィス計画です。これは改修した一軒家の空き家をまちで借り上げて住居型オフィスとして企業や個人に貸し出し、3年間の費用補助をつけてテレワークを実践してもらうという試み。約3カ月という短期間の募集にも関わらず、約60件もの申し込みが集まりました。

小川さん「注目度も高くて2年目も続ける予定でしたが、程度のよい一軒家の空き屋がなかなか見つからず、残念ながら一旦終了という形になりました。ただ移住ニーズを実際に確認できましたし、森のオフィスも完成したのでコワーカー補助へと移行したんです。サテライトオフィスとして入居される企業さんだけでなく、町内外のコワーカーが増えなければまちは活性化しないとの意見をもらったからです」。

オフィス運営に立候補した移住希望者

このコワーキングオフィスの重要性を最初に説いたのが、当時、東京から移住を考えていたRoute Design合同会社代表 津田賀央さんです。入居企業の募集を兼ねて掲示されていた富士見テレワークタウン計画に興味を持ち、シェアオフィスの運営企画書を添えてまちへ直接アタックをしたという行動派。

津田さん「資料を見た数十分後には担当課にメールを送っていましたね。サテライトオフィスだけでなく、コワーキングスペースをつくる考えが頭にありました。いろんな人が集い、移住者がコラボレーションして仕事をしたり、地元民のサポート役になったり、移住直後の人を先輩や地元の人が助けてくれたりする場というイメージです。中でも特に重視していたのが、仕事をつくる機能でした」。

広告代理店に勤務経験がある津田さんにとって、プロジェクト型の働き方は普通のこと。富士見町なら、自分たちが面白いと感じるプロジェクトをつくり、スペースの利用者と仕事をシェアしながら、生活も楽しめる場ができると考えたのです。

小川さん「私が津田さんのお話を伺い、町長と話していただいた上で一緒に進めることが決まりました。津田さんとホームオフィス計画や森のオフィスの運営について、例えば利用者像や利用者が町にもたらすメリットなどを検討していきました」。

ちなみにこのオフィス、武蔵野大学の保養施設「楽山荘」を改修したことで有名ですが、元々予定されていた建物ではなかったそう。参考程度にと案内された場所でしたが、「一目見て最も理想的だと思った」と津田さんが惚れ込んだことで、採用されることになりました。

1〜2階の吹き抜けに丸太を組んだ梁が通る、1969年建築の丸太小屋の面影を残した美しい内観。

津田さん「町長には『都心から来る人はコンクリートの建物じゃないと嫌でしょう』と言われたんですが、むしろ逆です、それが嫌だから富士見町に来るんですよと説明しました。富士見らしい建物ですし、何よりこんな丸太小屋、そして梁はなかなか見られないですからね」。

小川さん「そうした意見も伺いながら、町長が掲げたサテライトオフィスによる複数企業の誘致と津田さんが重要性を説かれていたコワーキングスペースが両方実現できるよう、私のほうで調整していきました。契約や改修は町の仕事ですので、間取りにも双方の要件を反映させつつ、建物ができた当時の躯体と雰囲気を残す改修を進めました」。

その結果、まさに八ヶ岳の麓にある富士見町らしい、森のオフィスが完成したのです。

森のオフィスが受け入れられるまで

地方移住の施策を考える際、“地元民には近すぎて気付けない長所もある”という認識の重要性はよく聞く話でしょう。例えば、先ほどの丸太小屋の例もその一つです。だからこそ、津田さんもいい意味でよそ者としての視点や感覚を、今も失わないようにしているのだとか。

津田さん「地元の知り合いと話すと、たとえば、この地域の風景が美しいとはわかっても、言葉でうまく説明できないという話題がよく出るんです。地元の人のそうした感覚を言葉で表現するコミュニケーションや視点をつねに持ち、一方で富士見の視点に染まりきらないようにも意識しています。両方の視点が保つ上では、週2日の東京との往復が非常に役立っている気がします」。

八ヶ岳の美しい山の風景も富士見町の魅力。生まれ育った人たちには当たり前すぎて気づけないよさを、移住者の視点でうまく引き出すことを意識しています。

ホームオフィス計画の段階から、ライフスタイルの紹介動画や記事PR、移住者の実践記事などコミュニケーション案などを積極的に提案してきた津田さん。森のオフィスの運営面でもさまざまに工夫をしてきました。オープン前、後、そして今という各フェーズに加え、近隣集落から町外、東京や他県などアピール方向の違い。少しずつ内容を変えてきたコミュニケーションには、それぞれどのような違いがあったのでしょう。

津田さん「完成前は、地元民に向けた“富士見町にも起こりうる未来の働き方の伝達”が中心でした。まず、富士見町でずっと生まれ育ったWeb系やIT系以外の人たちに、働き方の未来予想図を知ってもらうと。そして完成後は、少ない利用者の中でもわざわざ来てくれた新し物好きの地元の人々に向け、今までの富士見町では会えなかったような人たちと交流することで生まれる物事や面白さを丁寧に説明し、自分ごととして考えられるよう啓蒙を行っていきました」。

伝わらない時、理解されない時もあるけれどそれはそれでいいと割り切ってきた、と言います。その一方で、利用者やオフィスに関わろうとしてくれた人には一生懸命協力していきたいと熱を込めます。

コワーキングスペースの一部につくられた、来訪者が名刺と得意分野を貼り付けておくお仕事掲示版。ここから生まれた関係やプロジェクトもたくさん。

津田さん「オープン直後は内部の作業環境の充実に力を入れていましたが、いろいろなことが動くようになった今では仕事の創出を中心に据えたいと思っています。ネット環境が充実したきれいな施設というだけなら、お金を出せばできるんです。でもそれ以上に大切なのは、人同士が交流して仕事をつくり、ビジネスに繋げられる仕組みを定着させることかなと」。

仕事相談募集のお知らせから始まった仕事づくりは、「Webサイトがほしい」という農家の相談を皮切りに、約1年半の間に30以上のプロジェクトを生み出しました。津田さんが最初に理想として掲げた、オフィス会員や地元民と仕事をシェアして請け負う流れも徐々にできあがりつつあります。

富士見町に生まれた新しい人と仕事の流れ

小川さんは、森のオフィスのオープン前後では、まちの様子が明らかに変わったと振り返ります。

小川さん「今や移住施策はどの地域でもやっています。でも移住した先に何があるのか、何ができるのかと具体的な提案をする時に、このオフィスがあることは非常に大きな強みです。実際にこのオフィスが移住のきっかけの方もいますし、地域と移住者を繋げるハブとして、移住直後の人の受け皿としても機能している。コワーカーも含め、まちに関わるきっかけづくりの重要な場になったと感じます」。

コワーキングスペースで作業中の方を2階から撮影。フリーアドレスのいいところは、気分によって場所を変えられるところ。

コワーカー補助の利用者数から見ると、この3年で移住を決めたのは約17世帯。補助を使わない移住や2拠点居住、都内在住の会員も増え、オフィスは確かに影響を与えていると言えます。サテライトオフィス側の稼働率も高く、都内の中小ベンチャーや地方採用に積極的な企業、リスク分散と開設理由はさまざまながら、IT系を中心に7室のうち6室までが埋まった状況。現地では弱いIT・クリエイティブ系の入居が多いため、地域の弱い分野の補完や課題解決に繋がる仕事を依頼でき、まちの大きなメリットとなっています。

小川さん「入居企業の皆さんにも、ここでの知見を新たなビジネスを生み出す素として活用してもらえるといいなと思っています。都心からサテライトオフィスを持つにはそれなりのコストがかかります。それでも維持する意義を感じていただくためにも、行政として各企業のスキルを活かせる事業を一緒に考えたいと思っています」。

以前は東京の会社に依頼していたデザイン物も、現在は利用者や入居企業に制作を依頼。「地元の雰囲気を知る人と顔を見て話し合える」と町内でも好評です。

富士見の地域電力を扱う「森のエネルギー」のようにオフィス内の交流から新しい企業が誕生したり、コワーカーへのデザインやWeb制作の依頼が頻繁に行われたりと、町内での仕事の循環も行われつつあります。移住定住政策の一環として立ち上げたWebサイト「ウツリスム」もその一つです。

また、利用者と一般の地元民を繫ぐこともオフィスに欠かせない活動です。入居企業と地元企業、入居企業とコワーカーがまちと行ってきた事業、それらによる効果や影響をイベントを通じて積極的に伝えています。

小川さん「完成当初はまちでもイベントを企画しましたが、翌年からは運営スタッフを中心に地域おこし協力隊や社会福祉協議会とも連携したイベントが動くようになりました」。

地域の各集落のお年寄りとのお食事会や年輩の方との茶話会、畑仕事体験など、幅広いイベントがさまざまなスタッフを巻き込んで行われるようになりました。地域おこし協力隊との連携が自然に生まれているのも特徴的です。

小川さん「地域おこし協力隊は、森のオフィスにいらっしゃる移住者の皆さんと近い境遇ですからね。利用者さんたちと話しやすいという強みを、津田さんたちも意識してくださっているのだと感じます。ここまできたら行政はサポートに回る形でいいと考えています」。

「広報ふじみ」の一記事として掲載されている「森のオフィス通信」。活動報告として毎月発行の新聞をどう周辺地域に届けるかという話し合いをきっかけに実現。半官半民の施設でありながら公共施設と捉えられやすい現状を鑑み、さまざまな調整を経て定期の掲載が実現しました。

さらに、1泊2日でオフィスでの仕事を体験する「森のオフィス見学ツアー」や自発的な富士見町課題解決ツアー「クリエイティブコネクション」など、都心在住者向けのイベントも頻繁に開かれています。

津田さん「クリエイティブコネクションは、勝手に課題解決をしようという集まりですが、こうしたツアーに参加される方はやる気が非常にあるんです。そういった方々が参加しやすいプロジェクトをつくっておくと、やる気のある人が自然と集まってくれる気がします。その中に未来の富士見町のキーマンになる人がいるかもしれないと考えながら、いつも企画をしています」。

コミュニティを意識し、ビジネスの仕組みを考える

ところで、各県にさまざまなシェアオフィス、コワーキングスペースはあれど、森のオフィスほど多くの席が埋まり、普段から活発に利用されている例はそれほど多くない気がします。他の地域と何が違うのでしょうか。

津田さん「個人であれば、関係性のつくり方でしょうか。他県の方の質問で気付いたのですが、僕らは初めて訪れてくれた人に住まいや家族、仕事など、プライベートにも踏み込むお節介さで話しかけていたなと。また同じだけ自分のことも話していたので、移住者や移住直後の人に親近感や安心感を持ってもらえたのかもしれません。それが、後の繋がりになっていったんだと思います」。

各スタッフが集めた情報を、個人ポートフォリオとしてスタッフ間で共有する。すると別の人との共通項も見つかりやすくなり、引き合わせるとよさそうな人、困りごとの解決ができそうな人といった形で紹介しやすくなるというのです。

津田さん「僕らがハブになるからには、新しい何かが生まれるようにと思っています。ただこのことは最初から意識していたわけではありませんでした。地域おこしの意識で運営していたことが、結果的に今の状況をもたらしたのだろうと思います」。

近年、県内には30以上のコワーキングスペースができていますが、なくなる場所もあります。老舗でもコミュニティを意識していないスペースが多かったという話もあるそう。ただの作業場だとサービスや価格だけで人が取られてしまう。そんな結果とも言えるでしょう。

津田さん「森のオフィスの強みは、人が集まり交流する場としてコミュニテイを意識し、ビジネスに繋がる仕組みをいつも考える点、つねに実験的なことをやる点です。働き方改革が言われる前に動いたことで今があるので、次は何をやるべきか考える段階に来ています。まわりには理解されなくても、実験的でエッジの立った取り組みをしていきたいと思っています」。

今後は人と人を繋げてプロジェクトをつくり出せるプロデューサーやディレクター層が増えてくれると、オフィスも富士見もさらに面白くなると思う、と笑います。

津田さん「地域に新しいきっかけをつくってくれる方が増えるといいですね。ここがそういう人々の前線基地になってくれたらと思います。単なる仕事場ではなく、何か事を起こす人たちが集まり、活動する。そのことで新しい人たちがまた増えるはず。この3年でいい循環ができてきたので、それを維持しながら拡大していければと思います」。

2019年10月には、元管理棟を改修した宿泊・交流施設が完成する予定です。都内から日帰りできる距離感がよくも悪くも影響してか、八ヶ岳周辺以外の宿泊施設があまりない富士見町。そこで宿泊施設不足を解消すべく、移住検討者や打ち合わせで訪れた企業などが気軽に使える施設をつくることになったのです。

小川さん「コワーキングスペースを貸し切ることもできますが、仕事場なので落ち着かないという意見が多くて。そこで4部屋程度の小規模ですが、ウッドデッキのある散策スペースや野外テントスペースを整備し、オンとオフがゆるやかにつながる施設をつくろうと思っています」。

まちと人の関係を捉え直す

行政側として働き方改革の最前線に立ち続ける小川さんと、東京と富士見町二拠点で運営を続ける津田さん。富士見町テレワークタウン計画を通じ、まちと人の動きを見てきたお二人は、これからの働き方をどう考えているでしょうか。

津田さん「未来予測の段階ですが、場所はどんどん関係なくなっていくでしょうね。またオンとオフもなくなって仕事と健康が地続きになり、お金の稼ぎ方も多様化していくのでは。そこに紐づいて仕事の形も変化する気がしています」。

小川さん「個人的には、二拠点勤務はもっと増える気がします。各地方で人口の取り合いになっている中で、人口という言葉の定義も捉え直す必要があると思います。土地の定住者なのか、住民票はなくても積極的に関わってくれる人なのか。そこはまだ曖昧ですが、人口が減ってもいいまちとして残り、土地に関わる人々に“富士見らしい”と思ってもらえるまちづくりをしなければと思います。そして場所や住民票にこだわらない働き方をする方たちにも、いろいろな形でまちに関わってもらえたら嬉しいですね」。

最後は、まちを行政の立場から考え続けてきた小川さんに、“富士見町らしさ”について教えてもらいました。

小川さん「特別なものがないからこそ“富士見町らしさ”という言葉を使っていた部分もあるんですが……(笑)。そうですね、ある種排他的な面もあればウェルカムな面もあり、最初は少し距離があっても仲良くなれば地域丸ごとでその人を守ってくれる。そんなごく普通の田舎であることでしょうか。リゾートが近くてもリゾート化されておらず、地元民がきちんと暮らせる空間やいい景色、そして空気がある。それが富士見町らしさなんだと思います」。

移住・定住施策は最前線で進めながらも、奇をてらわないごく普通の暮らしがベースの田舎町。さまざまな人が工夫してつくり出してきたそのコントラストが、今の富士見町の面白さや人を惹きつける魅力になっているのかもしれません。

文 木村 早苗
写真 池田 礼

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