小松島市ってどこ?から始まる縁を大切に。移住交流支援センターの岸村憲作さんに聞く「競争をしない」移住定住促進

徳島県小松島市を知っていますか?徳島県徳島市の隣にある、かつては海上交通の要衝として栄えた、漁業と農業のまちです。

その中心部にある、国登録有形文化財「大正館」に昨年、移住交流支援センターがオープンしました。多くの地方都市と同様に人口減少を課題に抱える小松島市が何を実現しようとしているのか、センター長の岸村憲作さんに話を聞きました。

岸村 憲作さん
株式会社アワグラス代表取締役、Train Works Nikenya代表。アワグラスは砂時計Hourglassと阿波で暮らすという意味を込めています。砂時計をひっくり返すように新しい時代を切り開く。大阪府岸和田市出身。阿波での心豊かな暮らしを実践中。

選ばれるまちより先に、興味をもてるまちに

まず小松島市はどんなところなのでしょうか?まずは最近制作したという”移住定住促進ムービー(短縮版)”をご覧ください。

なんと言っても巨大なたぬきが気になると思いますが、これは「阿波狸合戦」という江戸時代の民話に登場する”金長だぬき”というたぬきの像で、恩義深いたぬきとして古くから地域住民に親しまれているそうです。そんな”たぬきのまち”でもある小松島市の特徴とはどのようなものなのでしょうか。

岸村さん「市の中心市街地は、徒歩20分圏内に大きな病院、市役所、ホール、図書館などがコンパクトに集まっていて、すごく暮らしやすいところです。産業としては製材業に漁業と農業が中心で、とくに有機農業に力を入れています。とくしま有機農業サポートセンタ-というNPO法人で、有機農業を勉強したい研修生を受け入れて、就農支援も行っています」。

とはいえ、漁業や農業に絞って移住促進を行っているわけではなく、今は小松島のことを知ってもらって、興味を持つ人を増やしていく段階だといいます。

岸村さん「小松島市はいいところです。でも、日本中どこでも美味しいものがあって、景色が良くて、いい人がいるので、その中で競争しようとは思っていないんです。選んでもらうというよりは、興味を持ってもらって、人と知り合ったり訪ねてみたりしたときに、たまたま自分がやりたいことが実現できる条件、空き店舗だとか田んぼだとかに出会うような偶発的なことが起きればいいと思っています」。

自分にとって居心地のいい場所ってどこだろう?

そういう岸村さんもじつは移住者。大阪出身で大学入学とともに徳島に来て、なぜかいついてしまったのだとか。

岸村さん「徳島の大学に入って、いったん北海道の大学院に進学したんですが、就職しようというときになぜか徳島に帰りたくなって徳島の建設調査会社に入りました。なぜそう思ったか自分でもよくわからないんですが、徳島の人は外から来た人に対して寛容で、同時にあまり干渉もしてこないので、居心地がよかったんだと思います」。

その後、独立して建築コンサルタント業をやる傍ら、徳島県内の山間部で梅酒づくりを始めたり、駅の空間を利用したTRAIN WORKSというシェアスペースの運営したりしているそう。一見、一貫性がない業務展開のようにも見えますが……。

岸村さん「だんだん気づいてきたのは、立ち上げるのが好きで、それを続けていくのは苦手ということです。だから小さく立ち上げて、それを渡していくことを続けているんです。今は、梅酒づくりも、TRAIN WORKSの最初の拠点も運営はほとんど任せてます。次に始めたのがTRAIN WORKSの2つ目の拠点づくりで、それが小松島市の大正館なんです。2つ目の場所を準備しているときに縁があって紹介してもらって」。

岸村さんはいわゆる「ゼロイチ」人材、今地方で特に求められている人材だったのです。各地域の特性を活かした事業を起こし、ある程度軌道に乗ったら地元の人達にその運営を引き継いでいくことをやってきました。では、そこからなぜ移住交流事業を手がけることになったのでしょうか。

海の玄関口、小松島の「暮らし・稼ぎ・遊ぶ」のまちづくり

岸村さん「大正館にTRAIN WORKSをつくったことで小松島と関わりができ、大正館がある商店街の活性化事業を手がけるようになりました」。

岸村さんは小松島市の市街地活性化のため、空き家再生を手がける会社などと協力し「小松島まちづくり社」を立ち上げます。小松島市の中心市街地では空き家・空き店舗問題が深刻化しており、それを解決するため、まちづくり勉強会、空き店舗・空き家相談、空き店舗サブリースの3つの事業を行うことで、企業や店舗の誘致を目指しました。移住スカウトサービスSMOUTにも、「小松島市を日本のポートランドにしたいと掲げ、小松島市で自営業を営む移住者を募集しています。

岸村さんが開催する、まちづくり勉強会の様子。

そして今年1月には、小松島まちづくり社のマッチングにより、南小松島駅前にカフェもオープン、活性化への一歩を踏み出しました。それが移住交流事業へとつながります。

岸村さん「小松島まちづくり社を始めたころに、小松島市が移住促進事業を始めるといって移住交流センターの仕事の公募があって応募したんです」。

さまざまな「ゼロイチ」を手がけてきた岸村さんは、縁がつながって今度は移住交流事業の立ち上げを手がけることに。

岸村さん「移住交流事業といっても、簡単に人が来るとは思っていません。センターのメンバーは自分でなにかしている人ばかりなので、本当になにかしたいことがあって小松島に来る人がいれば、そのお手伝いはできます。でもそういう人が小松島にたどり着くには偶然が大きく作用すると思っています。だから、まず知ってもらうこと、そうすれば不思議とつながるときがあるんです」。

岸村さんは「大事なのは人」だといいます。場所の魅力ももちろん重要だけれど、その場所の人とつながって初めて、土地との繋がりができる。だから、まずは小松島の人と接点を持ってほしい、そんな思いが伝わってきました。

金長まつり、小松島港まつりなどで披露される、小松島阿波踊り。

小松島みなとマルシェの様子。ハンドメイド雑貨やワークショップ、フードコーナーなど個性豊かなブースが約50店舗参加した。

今そこに暮らしていなくても、小松島とつながれる

小松島の人と接点を持ってほしいという思いから始めた動きの一つとして、小松島市の魅力を発信してもらう「小松島市アンバサダー制度」も準備しているのだとか。この制度によって、小松島から離れた場所にいる人でも小松島とつながるきっかけが生まれるのではと期待しているそうです。

2月28日には、東京は渋谷区神泉にあるターンテーブルで「移住交流会」が行われました。テーマは「人はなぜ知らない町に移り住むのか?」。登壇者も、東京と淡路島で二拠点生活をする熱田大さん、南房総で二拠点、多拠点居住のための拠点づくりを行っている永森昌志さん、カヤックLivingディレクターの中村圭二郎の3人でした。

これは、小松島市が移住・定住だけでなく、多拠点居住などさまざまなライフスタイルの中で小松島市を一つの拠点としてくれる人を求めている一つの表れだと感じました。永森さんの話は「シェア里山」によって週末田舎に通うようなライフスタイルの提案で、移住しなくとも地域の担い手になりうる可能性を示唆してくれるものでした。

岸村さんの狙いは、いきなり移住してくれるひとを探すのではなく、小松島に関係してくれる人をまず増やすこと。これからの流動的な暮らし方に興味を持ってくれる人に、小松島市や徳島にも興味を持ってもらい、つながり、発展していくことで、移住につながっていけばということでした。

移住交流支援センターのメンバーの1人で東京から小松島に移住したという酒井大輔さんは「移住して一番感じたのは地方と都市の収入の格差。小松島市を日本一稼げる市にすることを目標に事業をつくっていきたい。そのような取り組みに共感してくれる都市の人達が地域の人達と一緒になって仕組みづくりできれば」と話してくれました。いきなり移住という高いハードルを超えることを求めるのではなく、スキルやノウハウの提供という低いハードルの関わり方から共感してくれる人を探すやり方は興味深いものだと思いました。

実際の参加者も、小松島や徳島出身の方に加え、徳島や多拠点生活に興味があるという方も。

小松島市出身の参加者は、「小松島がこんなことをするとは思わなかった」といいつつも、「日の峰からの眺めなど、何気ない自然の中に全国や世界に誇れることがある。地元の人がそれに気づいていないだけで、どんどん発信していけば魅力は伝わっていくはず」と小松島への思いを語ってくれました。

人口減少や高齢化は喫緊の課題なので、どこの自治体も必死になって人を集めようとしている印象もありますが、そんな中で小松島市は、その土地やそこに暮らす人々もゆったりとしているのだろうなぁと想像させられるイベントでした。

小松島港に寄港するクルーズ船。

小松島市やたぬきに興味を持ったら、まずはつながってみるところから始めてはいかがでしょうか?

小松島市移住交流支援センター
〒773-0001 徳島県小松島市小松島町外開7番地11
TEL(0885)38-9191
E-mail: info@komatsushima-iju.com

※この記事は、徳島県小松島市のご協力により制作しています。

文 石村 研二

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ABOUTこの記事をかいた人

石村研二

ライター/映画観察者。東京生まれ東京育ち。大学、大学院と映画を観ながらぼんやり過ごし、2000年にサイト「日々是映画」を作って映画についてひたすら書き連ねる。2004年頃からライター業に勤しむようになり、暮らしと社会の間の様々なトピックについて記事を執筆。2016年には「ソーシャルシネマを楽しむウェブマガジン“ソーシネ”」を立ち上げ。最近は縄文にハマり、縄文的な生き方について考える日々。