長野県伊那市で昨年、5回目の開催があった「伊那谷フォレストカレッジ」。日本各地から参加者が集まり、森や地域をフィールドに、プロジェクトチーム型のワークショップ、レクチャー、トークセッションなどを通して、森・地域の新たな価値を生み出すことを目指すプログラムです。
これまでの開催で、応募総数は約1,000人、実際に参加した人は約200人。そのうち、5家族を含む40人以上が伊那市に移住していると聞き、伊那谷フォレストカレッジの企画、運営をする株式会社やまとわ取締役の奥田悠史さんにお話を聞きました。
信州大学農学部森林科学科卒。大学在学中に世界一周旅行へ。卒業後、編集者やライター、デザイン事務所を経て、2016年に「森をつくる暮らしをつくる」を理念に掲げる「やまとわ」の立ち上げに参画。森の面白さや豊かさを再発見、再編集して、プロダクトやサービスにして届けている。
「伊那谷フォレストカレッジ」のフィールドとなる長野県伊那市は、東に南アルプス(赤石山脈)、西に中央アルプス(木曽山脈)と二つのアルプスに抱かれた、谷間のまち。ふたつの山脈の谷を、長野県から愛知県、静岡県を経て太平洋へ注ぐ天竜川水系の本流、天竜川が流れます。
森林面積は、市の8割超。伊那谷フォレストカレッジの舞台は、約68ヘクタールの面積を有し全国的にも珍しい平地林である「市民の森」や、やまとわが施設の企画やコンセプト設計、運営をする農と森のインキュベーション施設「inadani sees」、やまとわが管理に関わっている伊那西小学校の森など。2024年度のフォレストカレッジは、多数の応募者から定員の24名が参加しました。
2024年度のテーマは「森と関わる視点をつくる」。カリキュラムは、森で働く視点をつくる「森で働く」コースと、食から森を視る「森で企てる」コースの2つ。オンラインでのオリエンテーションに加え、9月と11月のそれぞれ3日間の現地講座から構成されています(カリキュラムについて詳しくはこちら)。
奥田さん「1年目の開催時は、コロナ禍でオンライン開催だったのですが、全6回の講義に対して、全15回の課外授業をやりました(笑)。2年目以降はそこまではできていませんが、受講生の疑問についてみんなで考えていくと、課外授業が自然と生まれていくんです。
今年度は、フォレストカレッジが終了してから、実際に森づくりをしたいという話があって。僕らが管理している森の遊歩道づくりを4月から始めることになりました。みなさん遠方からの参加ですが、1泊2日で、5回ほど来てくれることになっています。」
奥田さん「振り返ると、僕ら自身も、これまでで一番楽しんだと思います。一緒になって雑談をして。主催者でもあるのですが、半分、参加者でした。」
「伊那谷フォレストカレッジ」の最終日。参加者みんなで焚き火を囲み、最後の振り返りを始めると、16時くらいから19時半くらいまでかかったのだとか。寒くて大変だったけれど、誰かが話すと、また誰かが呼応する。中締めだけはしておいて、あとは場に任せ、思い思いに気が済むまでしっかりと語り合って、幕を閉じました。
これまでの5回の開催で、何が起きているのか。どんなコミュニティがつくられてきたのか。奥田さんに聞いてみると、「コミュニティが醸成されていくのは、堆肥をつくるのと似ている」という言葉が返ってきました。
堆肥づくりをイメージしてみましょう。基材を用意して、そこに腐りやすいもの、腐りにくいものを混ぜ合わせて投入すると、微生物が有機物を無機物化する営みの中で、60度から70度くらいの発酵熱が発生します。どんどん発酵が進み、やがて2〜3ヶ月ぐらいすると温度が下がり、終わりを迎えていきます。
奥田さん「コミュニティも、だいたい2ヶ月ぐらいで盛り上がって、やがて熱が下がっていきますよね。僕はこれまで、それをネガティブに捉えていたんです。盛り上がって、熱が下がってきたら、トークイベントなど熱を生むために何を投入するかを企画して。そうすると、また少し熱が上がる。
でも、それは、自然の流れに反しているのではないか、と思うようになりました。みんなの興味関心という愛着があって、確かに熱はあったけど、その熱がなくなったら終わりなのではなくて、自然に放っておけば、堆肥もそうであるように、次の土壌になる。次の企てや何かの礎になっていると考えたら、熱は下がってもいいんじゃないかと。」
コミュニティを維持することは、自然の摂理に反している。役目を終えたのに、無理やり何かを投入して、もっと熱を出すようにいろいろと微生物に頑張ってもらうことは、いい堆肥をつくることではなく、燃やし続けることが目的に変わっているのかもしれません。
奥田さん「僕が、その堆肥から暖をとっているなら、そうするかもしれませんけれどね。だからコミュニティは、発酵してやがて役割を終えると考えたほうがいい。“始まり”はデザインするけれど、“終わり”は自然なこととして受け入れる。いつか腐るけど、その人たちがつくった道は、他の誰かの役に立つ。今回は、どんな堆肥になるのかな、と見守るくらいがちょうどいいのかもしれません。」
「伊那谷フォレストカレッジ」を重ねてきたことで起きている事象としてあるのは、冒頭でも紹介したとおり、移住者が40人以上もいる、ということです。
やまとわのスタッフとしての移住はもちろん、「inadani sees」のスタッフ、そして伊那市内の林業従事者や、移住して森に関わる事業を立ち上げる人も。そして、1期生が移住して、次の年には移住したい人を迎える立場になるなど、フォレストカレッジが起点となって、どんどん仲間が増えているのだとか。
奥田さん「僕らはいわば草花で、地面から動いてはいないのだけど、受講生たちがミツバチのように飛び回ってくれて、新たなつながりが地域のなかで起こり始め、新しい花が咲いていく。そこにまたミツバチがやってきて、次の花が咲く。自分たちの力だけで何かを起こすことは難しくて、風が吹いてくれたり、ミツバチが来てくれるのを待っているところがあるかもしれないけれど、ミツバチが来てくれるような仕掛けをつくる、そういう役割を担うことはできたのかもしれません。」
フォレストカレッジの受講生が地域のなかでの雇用につながったり、自分たちの知らないところで、いろんな化学反応が起きている。その理由として、森に関わる人の、当たり前を壊したことも一つの鍵になっているかもしれない、と話します。
奥田さん「この地域で林業に従事する方が、フォレストカレッジに参加するまでは、森には木があって、その木に価値があると思っていた、と言うんです。林業は、木を伐る仕事だと思っていた、と。でも、フォレストカレッジに参加して、そうじゃなかったことに気づいた、森そのものに価値があることを教えてもらった、と言ってくれました。
そして、フォレストカレッジの終了後も、受講生に現場に来てみないか?と声をかけていて。対話を重ねていくうちに、受講生はその人の本気さや、森に関わる仕事の厳しさ、楽しさに触れて、自分もやってみたい、やってみようとなっていく。そうやって、結果として移住してくれる人が増えていったのだと思います。」
ひとつ付け加えたいのは、「伊那谷フォレストカレッジ」は、もちろん受講生がいつか森に関わる仕事に就いてくれたら嬉しいけれど、たとえば木こりになってほしいから用意された場ではなく、移住イベントでもない、ということです。
奥田さん「その人が、森といい出会いをしてくれることが大切で、いい出会いができさえすれば、何かのきっかけで、その次、あるいはもっと先のタイミングで森に関わる仕事をするような選択肢があらわれるかもしれないと思うんです。
いわば、いかがわしくない、森との出会いの場。森が荒れているとか、課題から入ってくる人ばかりではありません。フォレストカレッジに参加してみようという選択はしているけれど、行ってみた先で偶然やきっかけがあって、その人にとっての必然になっていく。僕らは、その偶然を提供したにすぎないんです。」
フォレストカレッジの最終日、予定を決めていない、空白の時間帯があったのだとか。その日の、目の前にいる受講生たちの様子によって、何をやるかはその場で決める。カリキュラムを組んで、タイムスケジュールに落として、時間に合わせてその通りに進行するのではなく、場を観察して、目の前の人に、その場に合わせていくということ。あらかじめ決めすぎないということ。
ちなみに後日、スタッフで反省会をしたところ、ひとこと目に「反省なし!」となったそうです(笑)。もちろん、運営としての反省点はたくさんあるけれど、「2024年度のフォレストカレッジは、空間や人の雰囲気が、すごく気持ちよかったと思う」と。
インタビューのなかで、奥田さんが「端っこにいる人にも気を配る」「未熟だから時間をかけるしかない」と言っていたのも印象に残りました。
伊那谷フォレストカレッジは、惜しまれる声もありつつ、2024年の開催で最後を迎えました。さよなら、伊那谷フォレストカレッジ。
でも、なるほど今度はそうきたか、という新しいかたちで、また私たちの前に立ち現れる日を、楽しみに待ちたいと思います。
文 増村 江利子
写真 秋山 まどか
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