瀬戸内の “関係案内人” 山下幸紀さんに聞く、関係人口を生む「場」のつくりかた

アート観賞の旅ができると注目を集める瀬戸内地方。観光客向けのお店もたくさん存在しますが、観光以上の関係をつくる場を探すとなるとじつは難しいものです。

今回紹介するのは、瀬戸内の直島、豊島(てしま)、宇野に4店舗を構え、国内外から口コミで訪れる人々をもてなしてきたComuni代表の山下幸紀(ゆき)さん。

『SOTOKOTO』編集長の指出一正さんは、関係人口を増やす鍵として「関係案内所」を提案しましたが(記事はこちら)、彼女はまさにその場をつくってきた「関係案内人」とも言える存在です。そんな山下さんに、人との関わりや場づくりへの思いを伺ってきました。

「あったら助かるだろうな」から生まれたから、人が集まる

空がとても広くて、海から山の緑が見えるのどかな豊島。少し秋の空気が見え始めた家浦港に、山下幸紀さんが待ってくれていました。

生まれは愛媛県。幼い頃にカフェブームを経験し、高校進学時にはカフェをやろうと決めていました。しかし家族の意向もあり、飲食の道に辿りつくまでにはかなりの紆余曲折があったそう。アルバイトや数年の社会人経験を経て、愛媛県松山市でついに念願のカフェを友人と開業。喫茶店文化が残る、地方のほどよい距離感と気負わない空気感が気に入り、数年間をそこで過ごします。そんな山下さんの暮らしを大きく変えたのが、直島に物件を持つ知人の一言でした。カフェを開きたいが方法がわからないと頓挫しそうな状況であることを聞き、直島のカフェづくりに関わろうと決心。ちょうど松山の店も山下さん一人の運営となり、自分ですべて決められる状況だったことも後押しとなりました。

来年10周年を迎える「直島カフェ コンニチハ」は、松山でのカフェ運営をしていた山下さんが、直島に来てから一軒目に開いたお店です。港の正面にある大きな窓が印象的。中も見える安心感からか、closedでもドアを開けたくなる不思議な魅力があります。

山下さん「2010年の始め頃だったでしょうか。直島についてはあまり知らなかったけど、芸術祭が開かれるらしい、どれだけ人が来るかわからないけど面白そうだってことで『直島カフェ コンニチハ』を始めました。当時は松山に店もあったので一年で戻るつもりでした。ただ、当時は閑散期だとお客さんゼロの日もあって運営が難しく、私が抜けたら潰れるだろうという状態で。1組でも来てくれるお客さんがいるなら続けたい、たくさんの人が協力してくれた店を閉めるのはもったいないと思うようになり、松山の店を閉めて直島に移住したんです」。

その後、約10年を瀬戸内で過ごし、これまでに「豊島金栄丸(きよまる)食堂」や「ゲストハウス虎所 [lit ] (とらんじょ・りっと)」、「Comuni Space uz(うず)」と計4店舗をオープン。島の空気感そのままの大らかさと親しみを感じさせる語り口の山下さんですが、自らのめざす道に向かって着実に歩み、拡大させてきた経歴とバイタリティには感心するばかり。

Comuni代表の山下幸紀さん。この日は「豊島金栄丸(きよまる)食堂」で取材をさせてもらいました。

山下さん「いや、そんな真面目な感じでもないんですよ。店が増えたのは、やっていた店が軌道に乗って手が空いて、さて何をしようかと思った時にそれぞれタイミングが合っただけ。豊島の食堂も、以前から物件はあるのに食事を出せる人がいないという話は聞いていたんですが、やっぱり長年頓挫していたから手を挙げただけで」。

聞けば、宇野のゲストハウス「虎所[lit ]」や玉野港の「uz」も、始まりは人に誘われる形だったそうです。

山下さん「ゲストハウスをやるなんて考えたこともなかったんですが、身が空いた時に友人に誘われまして。それで2人で始めたんです。店は一度移転していて、その時に友人が抜けたので今は一人で運営しています。もう7年ぐらいになるかな」。

宇野の高台にあるゲストハウス「虎所[lit ]」。3人用座敷2室と2人用2室、2人用洋室が1室の計5室。昔ながらの日本家屋と庭の落ち着いた雰囲気はもちろん、栗や柿の木や山を背にして見るいい景色、昼顔などの広がる石塀など素朴な美しさが楽しめる。

ゲストハウス「虎所[lit ]」のアメリカンスタイルの朝ごはん。

賃貸の更新ができず一旦閉めることを考えたものの、「物件を買ったから見に来ない?」とまた知人に誘われ、3カ月熟考を重ねて移転オープンへ。リピーターや移住者が集まる場になりつつあったまちの交流拠点は、宇野地区活性化NPO法人うのずくりとの共同スペース「uz」としてリオープンさせました。

山下さん「なんでも需要云々より、あったら嬉しいだろうな、助かるだろうな、って気持ちで始めてしまうんです」。

ビジネスだから勝算も考えるけれど、利益優先というわけでもなく自然体。山下さんが起こす行動や判断の根底には、いつも「人が楽しんでくれたらいい」という思いがあるのです。

「つかず離れず」の距離感で人と関わること

家浦港に向かう道。高い建物が少ないため、山から港まで空気が道を抜けていきます。オリーブやレモンの木も自生する様子は、まさに瀬戸内海の島!という雰囲気。

瀬戸内を日々「ふらふら」しながら過ごす中で、各島の自然の美しさやいいところ、人の性質もわかるようになったと言います。性格に合っていて愛媛の頃より暮らしやすい、とも。ちなみに島ごとに雰囲気が違っていて、たとえば、直島は都会っぽく流行を追いかけ、豊島は来る人拒まず去る人追わず。また豊島なら新しい店が増加中の家浦地区から田舎町らしさが残り、丁寧に暮らす意識のある移住者が増えている甲生(こう)地区まで、集落にもわ個性があるのだそうです。

山下さん「島に来る人とつかず離れずっていう家浦の距離感が楽ですね。仕事と遊びと休憩が一緒になったような毎日だから。あと、瀬戸内に共通するのはお母さんたちが強いこと。お父さんをうまいこと持ち上げて自分たちも動く働き者なんです。お店に来てくれるのはお父さんたちだけど、支えるお母さんたちへの挨拶や気配りも忘れないようにしています」。

芸術祭の日程で変動はあるものの、繁忙期は3月からGW終わりまでと夏休みの7月中旬から正月終わりまで。1、2月や6、7月中旬の閑散期は、長期旅行や改装作業に充てるのが大まかな年間スケジュールです。観光業と紐付いた仕事だけに季節産業の側面もあり、閑散期と繁忙期の差がかなりあるとも言えます。

山下さん「だけど、絶対に開けなきゃ、とも思わないんです。スタッフが出られればみんなが助かるけど、逆に、私たちができる時にやると考えて、無理はしないんです。ただ、直島の美術館は月曜休館なのでお店も定休日が多いんですが、うちはできる限り開けます。休みを知らずに来る人が結構いるのと、美術館のスタッフさんや島の人に来て楽しんでもらえるといいなと思って」。

止むを得ず人手不足になるときは、シフトを調整してお休みしています。求人は、ゲストハウスへの応募者は多いものの、休日や夜に働ける人が見つからず苦戦しているのだとか。豊島では夕飯を提供したいという思いの一方で、あくまで完全希望休の募集は変えません。

山下さん「スタッフが楽しんでできないと続かないですからね。スタッフに楽しんでもらえるのが一番です」。

取材日だった9月中旬の山下さんは宇野が拠点でしたが、8月までは豊島が拠点で週2日ほど宇野に買い物に出て戻り、直島に食材を届ける日々だったそう。フェリーで80分、高速船でも50分往復にかかる中で買い物をしてたくさんの作業をこなすなんて、相当なハードスケジュールです。

山下さん「他の人からすると走り続けているらしいですが、船では寝てますから(笑)。確約の約束や締切は絶対忘れませんから、並行して用事をしたり入れ替えたりするスケジュール管理が元々得意なんでしょうね」。

持ち前の面倒見のよさを発揮し、人手不足の穴を埋める毎日。じつは山下さんは移住スカウトサービス「SMOUT」でスタッフの募集をしており、今や209人(2019年11月12日時点)もの「興味ある」がクリックされている人気プロジェクトになっているのです。直島や豊島の店ではプロジェクトを通じて勤務を始めたスタッフも多く、10月上旬にはさらに2人が着任しています。少しずつスタッフの数を戻しながらも、山下さんは、いつもお客さんと会話ができる現場に出ていたいし、瀬戸内をふらふらしていたいと言います。理想は、各店舗にリーダー的存在をつくり、自分はスタッフ教育をメインとして店舗を回ります。

山下さん「でも、お店の方向性をスタッフと共有するのが難しいんですよね。自分たちが運営している自負のある人ほど、普段店にいない人間の言葉を聞いてくれないことが多くて。今は新人さんばかりなので余計に難しいですね。経験不足を考慮しすぎても成長が止まってしまうから。後輩ができれば責任感も出て、方向性も伝えていけると思うんですが」。

また、島での採用なので、仕事だけでなく移住の適性も見極める力が必要です。長距離の移動が発生するだけに、双方が不幸な形にならないよう、拠点とする島の風土や人の個性も考えつつ判断をしなくてはなりません。

山下さん「仕事内容はもちろん、宇野や豊島は大丈夫だけど直島は難しい、みたいに土地にも合う、合わないがあるんです。SMOUT経由で来てくれた八木橋朋弘さんも、元々は直島で考えていたようですが、仕事やお客さんの層や土地柄を考えて豊島採用にさせてもらいました」。

SMOUT経由で採用されたスタッフ八木橋朋弘さんと。3月から豊島に移住し、食堂とレンタサイクルのアルバイトを並行していますが、12月からはこの経験を活かして、新たな道に進むのだとか。

この10年、島を訪れる人をもてなし、場をつないでいくスタッフ探しのため、数え切れない人と話してきました。千差万別の要望と判断が必要な応募者に対し、なぜ的確に判断し、採用に繋げていけたのでしょうか。

山下さん「だいたいは電話で話すとわかりますが、そうでなければメールや実際に会うこともありますね。受け入れには段階がありますが、お試し感覚で始めてもらうため、大半の人は採用に至ります。ただ、楽しんで長く続けられるかはその人次第ですが……」。

では、昔と較べて応募者の傾向の変化を感じることはあるでしょうか。

山下さん「理想と違うと感じるとすぐ辞めてしまう人が増えました。理想も大事ですが、お客さんは店主のこだわりは必要ないことが多いです。例えば、直島も何度かメニュー変更を試みましたが、お客さんの要望が後を絶たなかったので今は3つに固定して推すことにしたんです。お店は周りが見えてないとできません。自分の立ち位置がまだないのであれば、職種にこだわらずに挑戦したり、移住してみたりすればいいのにと思うんですけど」。

確かに、パッと見は華やかそうに見えるカフェやゲストハウスも、裏側で成り立たせているのは地道な仕事の積み重ね。1日が掃除や洗濯や修理で終わることも珍しくありません。

山下さん「だから、そういう仕事を仕事だと思えない人だと続かないんです。お客さんに心地よく過ごしてもらうには、地道な仕事こそ手を抜かないことが大事だからです」。

仕事や人づきあい、暮らす場所と地域の適性はもとより、随所に気を配る必要のある仕事ばかり。応募数がそれなりに多くても、なかなか長期採用に至らないのはこうした理由があるからだったのです。

山下さん「うちのゲストハウスは特に仕事と生活の境目がないから、余計に大変かもしれません。だけど、コミュニケーションが取れるほうがお客さんにも地元を知ってもらえますよね。それが何より楽しいと思うんです」。

関係案内人に必要なマインドは「勝手にやっちゃう」こと

次第に、山下さんのお店づくりやお客さんと対峙する姿勢が、他と違うとわかってきました。とにかく面倒見がいいのです。uzではうのずくりと協力体制を取るうちに、移住関連の相談を直接受ける機会が増えてきたそう。通常の質問や相談はうのずくりに渡すものの、直接対応した事例も多いと言います。最終的に4店舗の中の仕事に就いたり、移住や結婚にまで至ったりした例もあるのだとか。

山下さん「uzでは、お試し移住的なことや物件紹介をしたり、クリエーターなら活動に合う関係者を紹介したり、もはや勝手に移住相談までしているんです。もちろん勝手に観光案内もしていて、それはゲストハウス虎所[lit ]の推しになっています。今の場所は駅からも遠いし、古民家の維持費がかかることもあって宿泊料が少し高めな分のサービスなんです」。

島が点在するという瀬戸内地域の特性も考えながら、一人ひとりにあった観光プランをつくってくれる。そうした観光案内が独特だからこそ、口コミにもつながっているのでしょう。

山下さん「海外や県外から来ると、島同士の距離間や展示のボリューム感、フェリーでの移動時間がわからないですよねば。かなり無茶な要望もあるけど、できるだけ実現可能なプランにして、最終の移動手段も伝えて安心してもらってから送り出します。英語があまりできないので大変ですが、目一杯楽しんでもらいたいから」。

その結果、宿泊検索サイト「Airbnb」や「Booking.com」では大きな話題に。今では宿泊客の90%が外国人と世界的な人気も獲得しつつあります。旅行代理店なら別料金になるような作業でありながら、そこをことさらにアピールするつもりはないとのこと。すべてにおいて「頼まれて、やっているうちにできた」と語る山下さんですが、このサービスを含め、瀬戸内の3地域にさまざまな仕事をつくり出してきたことは間違いありません。

山下さん「どの仕事も楽しいからですよ。豊島も、ごはんをつくりながらカウンターで話すだけで楽しい。家庭料理の延長で調理資格も特にないけど、おいしいと喜んでもらえるとうれしいんです。島にはオススメの食材もたくさんありますしね」。

取材中に完成した牛すじ肉じゃがカレー(と隣にひよこ豆と鶏肉のカレー)。玉野の自衛艦カレーのレシピを、甘さを3分の1にしスパイスを加えてアレンジしています。正式名は、山下さんの名前をつけた「やまゆき風カレー」。

近くの旅館と提携している豊島の食堂は、9割が食事の予約のない観光客。時間帯で客層が変わるため、20席ほどでも地元民が入れないなどの問題はないのだとか。また観光客はある程度配置を決めておき、人の雰囲気を見ながら案内するようにしていると言います。

山下さん「6人掛け席で相席をお願いすることもあるので、会話のとっかかりをつくる時もありますね。その結果、話が弾んで一緒に島を回った人もいますし、偶然隣になった男性2人が話していたら地元に共通の友人がいるとわかって仲良くなった人もいます。美容師のお客さんにヘアドネーションとしてカットしてもらったこともあるし、いろんなことがありますよ」。

海外からのリピーターも多く、観光の思い出と一緒に店のことが伝えられているのではないか、とのこと。また、各国のツアーガイドから「こちらの観光に来たらぜひ」と声をかけられたり、瀬戸内ツアーの添乗員が贔屓にしてくれたりと、国内外の関係者からの信頼を受けることが多いのも、そのホスピタリティの高さが認められているからこそでしょう。

「今、ここに関わる人々がほんの少し幸せになれるといい」

これからの展開を聞くと、「人もいないし今が限界」と言いながらも、改修中の事務所兼自宅に間貸しもできる飲食店をつくって拠点にしたいと二律背反する回答が。その胸にはいつも、忙しくても人がいなくても「次に手が空いたらやりたいこと」がスタンバイしているのです。

山下さん「今、お店4軒と住処と物置き、全部で10軒の家を借りてます。購入するとフットワークが落ちてしまう気がするから賃貸ばかりです。お店をする場合、賃貸で収め方をいろいろ考えて、もしそれが難しかったらすぐ出て行く。その作業が気軽にできるようでないと難しいんです」。

それほどのパワーがあれば、瀬戸内だけでなくさまざまな地域でも展開できそうなもの。あくまで瀬戸内にこだわる理由はなんなのでしょうか。人との距離感が好みだという話も先には出ていたけれど。

山下さん「瀬戸内地域は動きやすいんですよね。例えば、東京や周辺だともうたくさんお店もあるし、私がうろうろする意味はあまりないなって」。

どの場所でも、その仕事が土地と暮らしと仕事がワンセットで成り立つことがわかります。瀬戸内に住めば暮らしに根づいた情報で会話をし、東京ならばその暮らしに沿った情報で会話をする。だから観光客向けとして抽出された情報ではなく、住む人の視点で薦めたい情報として導かれたものになるわけです。当たり前のようだけど、旅行や観光という分野になると当たり前ではなくなる関係性ではないでしょうか。瀬戸内のオススメは、というあえての質問にも、やっぱり「当たり前すぎて絞れない」と。

檀山からの景色。手づくりの木の展望台に登れば、瀬戸内の島を360度見渡すことができる。

山下さん「だから豊島に来た目的をまず聞くんです。美術館とか見晴らしのいい檀山、塩が取れる天日塩ファーム、いろいろあるけど、その話から合った場所がわかるから。乗りかかった船だし、店が暇でご希望があれば、もう私が案内してあげたいくらいです。豊島にくるなんて、その人には一生に一度きりかもしれないし」。

これほどまでに人とのつながりを大事にしてきた山下さん。でも、ある時から意識するようになったこともあるといいます。

山下さん「こういう仕事をしていると、ギブとテイクのバランスが崩れやすくなりがちなんです。世の中には、店がやりたいと思ったら回りに趣味の形で助けてもらえるような人もいて。それも一つの才能だと思いますが、私はそれって違うなと。店の設えや修理などは友達でも仕事として、きちんと費用を支払ってお願いします。ただ、こんなふうに店のものとはっきり区切れることはいいんですが、日常に近いことだと線引きが難しいんですよね」。

おそらく今のcomuniの展開は、面倒見がよくて、人のためなら多少のことはという気持ちがあるからこそ生まれてきたはず。だけど、その「よかれと思って」が当然になってしまうようでは、相手は無意識だったとしても負担を背負い続けることになりかねません。

山下さん「だから、一線を越えるような場合は、やらないと伝える勇気も必要だなと。そのせいで話がしにくくなる関係性ならそこまで。キャパシティを広げすぎないよう意識しないと、やるべきこと以外で手一杯になってしまうんです」。

自身の「ゲストハウスを開くつもりがなかった」との言葉は、じつはこの考え方と関係がありました。

山下さん「部屋貸しは日常のことだったので、私一人でやるとお金がいただけなくなってしまうんです。今は建物の修繕費やスタッフの仕事への対価だと考えることで受け取れています。だから逆に、お客さんが誕生日だとしたら突発的なディスカウントをするとか、学生さんだったらお値引きしちゃうとかも可能なんです。楽しいじゃないですか、『そんなこと本当にある?』ってことができたら」。

楽しい話の合間に、真面目さや人好きゆえの困りごとも少しだけ見え隠れする。こんな風に人間味あふれる言葉と笑顔で接してくれるからこそ、訪れる人たちは魅了され、また訪れたいと思うのでしょう。まずは自分の周りにいる人を楽しませたい。関係案内人とは、そういう人がなりえる存在と言えそうです。

山下さん「確かに地域やまちの話もありますが、それよりも、今ここに関わる人々がほんの少し幸せになれるといいなと思ってやっています。自分たちも楽しんで、賛同してくれる人が来てくれて、だんだんまちができる。そういう流れがいいですよね。過疎は絶対に進むし人も減るけど、それはどの地域でも同じですから」。

自らの暮らしから得たその土地の情報や楽しみを提供し、地元の人も巻き込みながら訪れた人々、そして訪れた人同士もつなぐ場をつくり続ける人への思い。そして、観光からまた来たくなる場所へと訪れる意味すら変えるほどの自身の魅力。豪快に並んだカレーを前に山下さんがしてくれた話には、そんな「関係案内人」の真髄が見えたような気がしました。

文 木村 早苗
写真 池田 礼

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