“おもろい”で地域をぶち上げろ!滋賀県・西浅井で清水広行さんが掲げる、「集落全員を雇用する会社になる」という旗印

“おもろい”で地域をぶち上げろ!滋賀県・西浅井で清水広行さんが掲げる、「集落全員を雇用する会社になる」という旗印

琵琶湖の最北端にある滋賀県長浜市西浅井町。人口約3,500人のこのまちに、「RICE IS COMEDY®︎(米づくりは喜劇だ)」というコンセプトを掲げ、米づくりの楽しさを伝える地域グループ「ONE SLASH」があります。西浅井町出身の5人の幼馴染で結成されたONE SLASHは、2017年から米づくりをはじめ、農業体験イベントや、街中でおにぎりを振る舞う「ゲリラ炊飯」、老舗パン屋や酒蔵といった地元企業とのコラボなど、農業の可能性を広げる企画を次々と仕掛けています。

それぞれが本業を持ちながら、兼業農家として米づくりに取り組む皆さんの表情は楽しそうで、惹きつけられるものがあります。担い手不足、重労働、儲からない......といったネガティブなイメージを持たれがちな農業ですが、RICE IS COMEDYの活動は、オセロを一枚ずつひっくり返していくように、そんなイメージを払拭しようとしています。2016年に西浅井にUターンし、地元の幼馴染たちとONE SLASHを立ち上げた代表の清水広行さんに、「米づくり」に留まらない幅広い活動の源泉や、「楽しくやる」ことへのこだわり、思い描くまちの未来について伺いました。

楽しんでいる人の周りに、人は集まる

「RICE IS COMEDY®︎」は、ONE SLASHの農業部門が掲げるコンセプト。イギリスの喜劇王チャールズ・チャップリンの言葉「LIFE IS COMEDY(人生は近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ)」がヒントになっています。少子高齢化や耕作放棄地の増加など、地域や農業にはさまざまな課題がありますが、「コメディ映画を観た後のような楽しめる農業を打ち出し、地域や一次産業全体のムードを変えていきたい」という想いが、このコンセプトには込められています。

*DSC_6129ONE SLASH代表の清水広行さん。18〜23歳までプロのスノーボード選手として活動し、怪我を機に引退。県外の会社で経験を積み、2016年に西浅井にUターンして家業の建設事務所で仕事をしながら、同時にONE SLASHを立ち上げた

清水さん「農業って、一番のキラーコンテンツだと思ってるんですよ。『お米つくってるんです』と言えばどんな人にも伝わるし、食べてもらえば一発でおいしさをわかってもらえます。ONE SLASHではいろんな事業をやってますけど、RICE IS COMEDYが名刺代わりになってくれて、いろんな人とのコラボが生まれるきっかけにもなっています。」

おいしいお米が育つには、昼夜の寒暖差や水が豊かな環境が必要だと一般的には言われています。その点、北陸に近い西浅井は気温の寒暖差が大きく、琵琶湖の源流である冷たい湧き水を田んぼにひくことができるため、水でも寒暖差をつくることができます。清水さんたちのお米は、おいしさを計測する食味検査でも平均点の65〜70点を上回り、中には93点という点数がついたものも。普通なら、その「おいしさ」を打ち出してお米を売ろうと考えそうなものですが、清水さんたちはそうではなく、自分たちが農業を楽しむ姿を見せることでファンをつくり、応援してもらえる農家になろうと考えたそうです。そうして生まれたのが、RICE IS COMEDYの活動の中でも代表的なイベントになっている「ゲリラ炊飯」です。

「自分たちが育てた米を街中でいきなり炊いて、おにぎりを振る舞ったら面白いんじゃないか」。そんなアイデアから生まれたゲリラ炊飯は回を重ねるごとに注目を集め、自分たちが楽しむだけでなく、地域内外で新たな出会いやコラボレーションを生み出すハブのような存在になっています。

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ゲリラ炊飯_3
長浜市の観光名所である黒壁スクエアで開催されたゲリラ炊飯。街中に羽釜と薪を持ち込み、炊き上がったお米をおにぎりにして道ゆく人たちに振る舞う

ゲリラ炊飯以外にも、YouTubeで米づくりの情報発信をしたり、田植えや稲刈りをイベントにするなど、農業の面白さをたくさんの人たちとシェアすることで、着実にファンが増えていきました。

清水さん「おかげさまで、僕らから米を買ってくれるお客さんは毎年増えていて。今は自分たちでつくる米だけではなくて、地域の農家さんの米を仕入れさせてもらって販売もしているんです。」

RICE IS COMEDYの活動を見ていると、ただ面白そうなことをやっているだけのように見えるかもしれませんが、目標は「農業のイメージをポジティブに変えること」。面白さだけでなく、ビジネス視点も欠かしません。

清水さん「『農業は儲からない』とよく言われますけど、キャッシュポイントの置き方とか、利益率を上げる構造をつくることで変えられる。僕らの耕作面積は一般的な農家さんの2分の1くらいなんですけど、利益は5倍くらい出ています。でも、そのやり方を知らない農家さんも多いから、自信をなくしていく人もたくさんいる。だから僕らは、他の農家さんの米を市場よりも高く仕入れさせてもらったり、面白いことに巻き込むことで、農業とか農作物にプライドを持ってもらえるようになればいいなと思っています。」

まずは自分たちでつくったお米を、自分たちで売る。そこから地域の農家さんを巻き込み、自分たちのまちや農産物に対する誇りを取り戻すことを目指しました。しかし、目指しているのは農業の空気感をポジティブに変え、農家全体の収益を上げること。そんなときに知ったのが、お米由来のバイオマスプラスチックである「ライスレジン®︎」です。

*DSC_6148ペレット状のライスレジン。用途やコストによって50〜70%の割合でお米を配合することができる。ほのかにお煎餅のような香ばしい匂いがする

*DSC_6150ライスレジンでつくられたゴミ袋。その他にも、カトラリーやうちわの枠、子ども用のブロックのおもちゃなど、石油由来プラスチックの代替としてさまざまな製品に活用されている

現在流通しているバイオマスプラスチックには、トウモロコシやサトウキビなど、海外の原料が使われているものがほとんどですが、ライスレジンはその原料に、「お米」が使われています。

清水さん「古米や割れ米のような、それまでは捨てられていた米がアップサイクルされて資源になるし、石油由来のプラスチックとかCO2排出量の削減にもつながります。『これや!』と思いましたね。」

食べられないお米をつくることに抵抗を持たれることもあるそうですが、「これが田んぼを守ることにもつながると思う」と清水さん。放置され、荒地になってしまった田んぼは、再び農地に戻すのには大変な労力がかかります。そのため、休耕田で資源米を育てておけば田んぼが保全され、いつか食用のお米をつくりたくなったときには、そのまま転用することができるのだとか。2023年には、ライスレジンを製造する株式会社バイオマスレジンホールディングスと連携し、西浅井で資源米の実験栽培を開始したそうです。

日本のお米の消費量が年々減っていく中で、ライスレジンはお米の“食べる価値”だけではなく、“資源としての価値”を生み出し、田んぼの保全にもつながる。「農業を守るための解決策になる」と、清水さんは話します。

*DSC_6230清水さんが「地域の宝」と話す西浅井のお米をぜひ食べてみたいと思い、取材後のランチは「菜屋cafe doi」へ。お米は粒がしっかりとしており、噛み締めて食べたくなる濃い味わいがある

「みんな、楽しくないん?」。誰かの“やりたいこと”が、まちを内側から輝かせる

ONE SLASHでは農業部門だけでなく、建設、建築、不動産、アパレル、コンサルティングなど、多様なジャンルで事業を行っています。会社名であるONE SLASH(ワンスラッシュ)には、「◯分の1」という意味があります。分母にはさまざまな業種や仕事が入り、「その中の一員として仕事をしよう」という想いが込められているそうです。

清水さん「最近では地域のお助けセンターみたいになっていますね。何か困ったときに、『こいつに相談したらどうにかしてくれる』と思ってくれてるんかな(笑)。

ONE SLASHは地元の友達とやってるんですけど、それ以外にもいろんな人とコラボしていて。関わる人が増えていくと、やれることも増えるんで、誰と話しても仕事につながるんですよ。だからプロジェクトがどんどん生まれてしまって、『何の会社かわからん』って言われたりもしますね。」

*DSC_6113

仕事の話をするとき、清水さんは無邪気な少年のような、とても楽しそうな表情をしています。しかし清水さんからすると、楽しいことが当たり前。「楽しそうだね」と言われることには、むしろ違和感があるのだとか。

清水さん「僕からすると、いや、楽しくないん?逆に大丈夫?って思うんですよ。元々は、みんなそれぞれ得意なこととか、好きなことがあってその道に進みますよね。料理でも、服飾でも、漫画でも、興味のあるところに進むじゃないですか。でも、どこかでそれを諦めてしまって、社会に出たら死んだような目をして仕事している人もたくさんいて。なんで諦めるっていう選択をするの?って、僕はそれがすごく嫌なんですよね。

だから、僕はみんなが諦めたことを「よし、事業にしよう」と思って。諦めた理由とか、やらない理由を聞くと、金が、人が、場所が、年齢がとか、いろいろと出てきます。でも、その理由を一つずつ潰していくと、『なんかできるかもしれん』に変わっていく。ONE SLASHというチームがあることで、『ほら、できてるやん!』と言えるんです。その繰り返しで、あたらしい事業をつくっています。」

嘘がなく、真っ直ぐ。清水さんと話していると、まるで少年漫画のヒーローのようだと感じます。自信に溢れていて、何かを諦めていた人でさえ、「できるかもしれない」という前向きな気持ちにさせてくれる力があります。

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inekari毎年行う田植え・稲刈りイベントは、合計で約1000人が訪れる人気企画になっている

清水さんがこの活動をはじめた背景には、地域に対する危機感があったといいます。清水さんが西浅井町にUターンした当時、人口は年々減少し、お祭りの規模も小さくなり、まちには「あきらめムード」が漂っていたのだとか。そんな状況を変えようとONE SLASHを立ち上げ、さまざまな角度から地元を盛り上げようと活動してきました。「何を夢みたいなことを」と言われながらも歩みを止めず、約8年が経った今では「まちの雰囲気もめちゃくちゃ変わってきました」と、手応えを感じているそうです。

清水さん「僕が子どもの頃に行ってた診療所の看護師さんたちがいるんですけど、看護師を引退した3人組でカフェをはじめたんですよ。僕らの活動を見て刺激を受けたみたいで、『どうしたらまちが良くなるか、考えるのが楽しいんよ』と言ってくれて。そんな動きがいくつか起こってきています。」

地域の農家さんが、自分たちのつくる農作物に対するプライドを取り戻して、イキイキと活動している。そんな様子を見た地元の人や移住者の人が商売をはじめるなど、「お米」をきっかけに、まちにポジティブな連鎖が生まれているそうです。

清水さん「外の人が来て地域を盛り上げるのもいいですけど、地元の人が元気になるのがめちゃくちゃ嬉しいですよね。直接的な課題解決も大事ですが、“地域のムード”という川上が変われば、その先の事象も変わるはず。元々は元気のある場所だったので、まちの中から活気を取り戻せば、この地域はどんどん目覚めていくと思いますよ。」

「地元をとことん楽しむ」。その姿勢が、まちを愛するバトンになる

*DSC_6095西浅井の田んぼのある風景。はじめて訪れる場所なのに、どこか懐かしさを覚える

さまざまな地域課題を前にしたときに、「自分にはどうしようもできない」と重たい気持ちになったり、目を背けたくなることもあるかもしれません。でも、「楽しくやってみる」ことで発想の転換が起こったり、巡り巡っていつの間にか課題が課題でなくなっている。そんな希望を、清水さんたちは背中で語っています。

清水さん「地域課題と言いながら、ネタやと思ってますからね。『どうやって握ってやろうか』って(笑)。そう思えるようになったのも、RICE IS COMEDYのおかげです。高齢化とか、若い担い手がいないとか、まちの作物にプライドを持てていないとか、そんな農業の地域課題をRICE IS COMEDYで解決してしまったので。今では、空いている田んぼを借りようとしても『いや、わしらがやる』って先に取られちゃうんですよ(笑)。」

農業や地域の課題に対して、いくつもの点を打ち、いずれ全てがつながっていく。清水さんの頭の中には、まちを持続させるための事業のアイデアが、アメーバのように広がっているそうです。

*DSC_6087ONE SLASH結成当時に書かれ、そのままにしてあるというホワイトボード。「けっこう形になってますね」と清水さんは話す

清水さん「好き放題やっていると思われたりもしますけど、実は全部設計されているんです。このホワイトボードは7年前くらいに書いたものなんですけど、今は頭の中に、あと10枚分くらい広がっていますね。」

まちを継続させていくには、自分たちが全力で地域を楽しみながら、しっかりと稼いでいる姿を子どもたちに見せていくことが大切であると、清水さんは言います。

清水さん「むしろ、それをせんと、まちがなくなると思っていて。『このまちで、これだけやっていけるよ』って、大人が背中を見せないと。その連鎖が大事で、いつか子どもたちが大きくなって事業をはじめたくなったら、投資したるからプレゼンしにおいでって言いたい(笑)。

まちを継続させていくことを意識すると、環境を守っていかなあかんし、エネルギーのことも大事です。外部に依存している、最たるものがエネルギーですからね。そのお金の一部でも減らすことができれば、地域に経済効果が生まれることは明らかなんです。だから僕は、この2年くらいはエネルギーと脱炭素のことを勉強していて、いまは自分の家をオフグリッドで建てています。それが隣の家にも波及して、集落になって、いずれはまち全体がオフグリッドしていくことを目指しています。」

*DSC_6187「何度来ても全然飽きない」という琵琶湖の風景。ONE SLASHでは、田んぼと川や湖を掛け合わせ、子どもたちに琵琶湖特有の生態系や、自然の循環を感じてもらうワークショップなども行っている

「お米」をきっかけに名前が知られるようになったONE SLASHですが、多岐にわたる活動の根底には、「自分たちのまちを、自分たちで守り、未来に継続させていく」という強い想いがあります。全ての点がつながった先に、どんなビジョンを描いているのか。最後に、とびっきり大きな清水さんの目標を聞きました。

清水さん「僕がUターンしてきた8年前に、『このまちを背負って立とう』と覚悟を決めました。それを何で実現しようかと考えたときに、当時の人口4,000人を雇用する会社をつくってしまえば、まちを背負ったと言えるんじゃないかなって。今は人口が3,500人くらいになったので、目標は年々簡単になってるんですけどね(笑)。」

清水さんのご実家はお祖父さんの代から建設事務所を営んでおり、お祖父さんは地域の田んぼの区画整理や道づくりを行うなど、地域に大きく貢献したそう。そのため、今でも当時の屋号である「清水組」の名前を知らない人はいないくらいなのだとか。

清水さん「その家に生まれた自分は、この西浅井にどういう役目を持って帰るのか、決めなあかんと思って。農業機械とかを製造してるヤンマーってありますよね。非上場で売り上げが1兆円くらいあって、社員は約2万人おるんです。そのヤンマーの創業者は隣町の出身で、今は閉鎖されていますが、西浅井には工場もつくられました。『農作業の負担を楽にしたい』という想いから生まれた農機具のソリューションが全国にスケールして、今のヤンマーにつながっています。時代の流れも大きかったと思いますが、目の前でそれが起きたわけなので、『いけるやん!』って。

そのための土台として、まちづくりとか、小規模事業をたくさんつくってきました。次の10年はいろいろなものを集約させて、地域課題解決のテーマパークみたいなものをつくりたいと思っているんですけど、それと同時に3,500人を雇用する、農村からIPOするくらいのビジネスモデルをつくっていこうと本気で思っています。僕らにとって、『地域課題』は目の前まで迫っている“自分ごと”なので、やらなしゃあない。でもどうせなら、楽しみながら課題解決ができて、ビジネスとしても稼げる。そんなサイクルをつくれたら、そっちの方がよっぽどおもろいと思いません?」

*DSC_6179

ものごとを形にするには、学んだり、行動していくことがもちろん大事ですが、清水さんのお話を聞いて「ビジョンを描き、信じること」の力強さを感じました。「やってみたい」「こうなったらいいのに」と思った気持ちを信じること。そして、信じ続けること。そこから湧いてくる力があるのだと、清水さんの姿勢から学びました。「ほら、できてるやん!」と、目指す未来へ走り続ける背中を、私たちも追いかけてみませんか?

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文 黒岩麻衣
写真 望月小夜加