岩手県花巻市役所定住推進課で、課長補佐を務める高橋信一郎さん。2015年の着任から、移住定住、ふるさと納税、シティプロモーション、地域おこし協力隊の採用とマネジメント、婚活と市の地方創生関連事業を一手に引き受けてきました。各課のハブ的存在として市役所内の事業連携を進めるだけでなく、活動の独自性で県外からも注目を浴びる存在となっている高橋さん。現在取り組んでいるのが、冬の自動車問題に注目した「雪道体験移住ツアー」の立ち上げです。
そこでこのツアーを例に、高橋さんが地方の移住促進プロモーションをどう考え、企画に活かしてきたかを伺いました。
元学芸員の視点で考える企画づくり
花巻市は、県中央部に位置する人口10万人の都市。2006年に旧花巻(はなまき)市、石鳥谷(いしどりや)町、大迫(おおはさま)町、東和(とうわ)町が合併して誕生した花巻市は、冬の降雪も多くはなく、四季を楽しめる地域で利便性にも富んでいます。また花巻温泉郷や宮沢賢治生誕の地といった観光地や、昨今ではプロ野球・大谷翔平選手の母校、花巻東高校もあって知名度は高い地域です。しかし、後継者不足による主要産業の縮小や、マルカンビル大食堂の再開(※)で注目を浴びた中心市街地も未だ空洞化が残るなど、地方都市としての課題は尽きません。
※花巻のランドマークでもあったマルカン百貨店は、2016年6月に惜しまれながらも閉店。百貨店の象徴的存在だった6階の「大食堂」を、可能な限りそのままの形で存続させ、それ以外の階はテナント誘致やゲストハウス事業などで「マルカン」の灯を守ろうと、クラウドファンディングで「マルカン大食堂 運営存続プロジェクト」が実施された。発起人は岩手県花巻市の「上町家守舎」。目標金額200,000,000円に対し、協力金額合計は202,163,000円。2017年2月には新生・マルカンビルとして6階大食堂と1階が再オープンした。
そんな花巻市で、高橋さんは行政が進める地方創生活動を担っています。4年目に入った現在、その独自性や企画力で注目を浴びつつある高橋さんの前職は、考古学専門の学芸員。初採用から2015年の異動まで、10数年間を縄文土器の展示や研究に勤しんできたという異色の経歴の持ち主。では、この定住推進活動のかたちをどのようにして確立させたのでしょうか。
高橋さん「異動当初は何もわからなかったので、大手広告代理店に連絡をして直接相談に行くなど、かなり無謀なことをしていましたね。でも、この時の経験が元になり、何事も「興味を持った人に会って話をしてみる」、「物事は自分が面白いかどうかで判断する」というスタンスができたんです」。
ハードルの高い移住を身近にする移住促進プロモーションでは、活動の主眼はまず「花巻市を深く知ってもらう」ことになります。市で実施した首都圏在住の方を対象に行った調査(2015年)によれば、花巻市を「知る」人は約90%ですが、「行った」人になると約20%にまで減少。この20%をいかに増やしていくかが目下の課題です。しかし行政活動の一貫であるがゆえ、一般企業で行う活動以上に考慮、また配慮すべき要素は多いのだそう。
高橋さん「確かに、行政の立場ですので意識していることはたくさんあります。ひとつめは「市民の税金を使っていい活動かどうか」です。感覚的な面白さだけでなく、何が面白くてどんな結果に繋がるのかを市民にきちんと説明できる内容である必要があります。
ふたつめは、「役所は仕掛けづくりの立場」ということ。主役は市民であり、私たちはあくまできっかけをつくる存在なのです。ですから、つくる仕組みも民間の人々が活動する上でわかりやすいものでなくてはいけません。
そしてみっつめが「ダメならすぐ辞める」。半年から1年やってみて、成果が出なければ潔く諦めます。そういった判断をするためには、データをきちんと取っていくことも重要ですよね。データで分析をしながら、最終的な決断は面白さという直感で決める。そんなふうに、二本立ての判断を行うようにしています」。
花巻の市民をライター化し、市民ライターが地元民ならではの魅力や情報を掲載する投稿型地域紹介Webサイト「まきまき花巻」も、こうした考え方の元に生まれた仕組みです。公開から約1年で、首都圏と岩手県内を中心に約60万PVを達成。他の自治体からもこの取り組みについての問い合わせもあるといいます。」
一方で、中止した企画も数多く存在するのだとか。「ダメならすぐ止めるという判断は行政では珍しいかもしれません」と高橋さんが語るように、定住推進課が企画を迅速に展開できる環境が、この柔軟性に少なからず関係しているようです。
高橋さん「でも、私自身の感覚は博物館での企画展示とほぼ同じです。展示する縄文土器が花巻市になり、見せ方が展示からWebサイトや媒体を扱う幅広いものになったというだけ。ですから、企画を考える時は、いつも学芸員の感覚でいます」。
観光見学ツアーから、生活体験のツアーへ
さて、その花巻市で新たに立ち上げ中という企画が「雪道体験移住ツアー」です。ただ、冒頭でも説明したように、花巻市は豪雪地帯ではなく、むしろ意外と過ごしやすい地域であることがポイントです。
高橋さん「寒そうで雪も降るけど豪雪地帯ではないことは、移住地の選択先として考えると中途半端な印象になってしまうと思うんです。だからこそ、土地のいいことも悪いことも丁寧に知らせていくことが大切なのではないかと。そんなに不便ではない場所のちょっとした不便さは、意識していないだけにじわじわとストレスとして影響してしまう。花巻市であれば、雪道や交通の便に関する部分。移住された方とお話すると、約8割の方が冬の天気や雪道に不安を持たれています」。
移住希望者に向けたまちのツアーは各地域で頻繁に行われており、花巻市でも、2017年までは地域視察や温泉中心のツアーを行っていました。
高橋さん「でも、観光地としての売りだったり、いいところばかりを見せようとすることに、私がつまらなくなってしまったんですね。移住希望者の持つニーズとのズレも感じてきていたので、新たな形に練り直すことにしました。そこで地域おこし協力隊の皆さんから改めて意見をもらったり、彼らと普段接することで気づいたことを企画にしていきました。観光見学から生活体験のツアーへとテーマを大きく変更したんです。たとえば、雪下人参の収穫体験や移住者の先輩たちのお話を伺うだけでなく、自動車学校で雪道での運転を実際に体験してもらうという内容です」。
今回の企画のきっかけは、地域おこし協力隊でした。花巻で活動するメンバーの約半数はUターン組で地の利がなく、役場から自動車の貸与もある一方で「冬道の運転が怖い、きつい」という相談が多く出たのだそう。普段から地域おこし協力隊と密に連絡を取り、困りごとを解決する担当になっていた高橋さんが、急ブレーキからアイスバーン環境、轍にハマった時などの面倒を見ていたことが「雪道体験移住ツアー」のアイデアへと繋がったのです。
この「雪道体験移住ツアー」は他の市区町村でも行われていますが、ロードサービスのJAFのWebサイトには、雪道を走る際のさまざまな注意が掲載された特設ページがある程度。降雪が少ない地域からすれば、大変さを感じる人は少なくないかもしれません。でもだからこそ、こうした不安要素が体験ツアーで解消できたとすれば、移住に向けて、候補地から落とされる可能性は低くなりそうです。
高橋さん「今はもう、観光ツアーでは人は集まらないと思います。おいしいものを食べ、市役所の移住政策を聞き、きれいなホテルに泊まって懇親会をするだけでは、生活の深いところまでは伝わりませんよね。だからこそ、普段の暮らしをもっとリアルにイメージできる情報を提供する必要があると思っています」。
高橋さんが見つけたアイデアを、若手職員が具体的な内容に落とすというチーム体制で進めているそうですが、進捗状況の確認と軌道修正の助言はするものの、それ以外は若手がすべて決めています。たとえば、楽しさの要素となる雪下人参の収穫をツアーに盛り込むことは、若手職員のアイデア。リアルな生活を伝えるとはいえ、ツアーという旅行的側面もあるために、参加者に「楽しそう」と興味を持ってもらうための工夫も必要です。本格的な稼働予定は2019年2月頃。冬の一番寒い時期の開催に向け、最後の準備に追われています。
「雪道体験移住ツアー」については、今、国がその施策を進める関係人口をつくる上で重要なものと考えているとのこと。明治大学小田切徳美教授が提唱する「関わりの階段」(移住促進施策を考える上で欠かせない指標)で見た場合、「知る」から「来る、買う」につなぐものだと高橋さんは位置づけています。
高橋さん「ツアーに参加してもらったから即移住してくれるわけではなくて、当然ですが、実際はそこからがずっと長いんです。仕事や家庭環境は、移住を考えた時に確実に影響します。私にも家族がいますが、もし移住するなら「花巻はこういう場所だ」ときちんと家族に説明でき、また提供できる情報をもつ必要があると思います。だから、こうした活動が、まずは候補地選びのきっかけになればいいなと」。
あくまで、その一歩を促すための告知ツール。だからこそ「たくさん集まらなくてもOK、影響力の強い5人がSNSで「花巻がこんなことをやっている」と拡散してくれれば充分。そこから数人でも花巻行きへの興味を引き出せたらベスト」と高橋さんはいいます。ごく控えめな目標値であるといえるかもしれません。
地域おこし協力隊は、企画の閃きをくれる頼もしい存在
「雪道体験移住ツアー」の企画につながった地域おこし協力隊ですが、花巻市ではどのように活動しているかも少し紹介しておきましょう。花巻市では2014年から募集を始め、現在第2期メンバーが活動中。年齢は27歳から46歳、前職もITや設計デザイン、自衛隊や大学の元講師、家族構成も子あり家族から独身まで、幅広い人材が集まっています。
高橋さん「花巻市ではミッション型の課題解決方法を取っているので、普段は全員バラバラの作業をしています。個々の個性や専門知識がすごく立っているので、例えば空き家の改修なら設計士とPR経験のある地域おこし協力隊がチームを組むなど、企画に合わせて必要なメンバーでチームを構成することができるのです」。
映画でいえば、専門職が必要な時にだけ集まる『アベンジャーズ』のような感じです。自発的な活動を促すため、普段高橋さんからはほとんど指示的なことはしないといいます。伝えるのは、着任日の「3年後の今日、自動車と家とお金を取るのでがんばって活動してください(笑)」という言葉だけ。その一方で、活動に関する質問、地元のことや暮らし関わる相談には、親身に対応して信頼関係をつくりあげてきました。
高橋さん「彼らはいろんなバックボーンと意見を持っているので、すごく参考になります。彼らは言うなれば移住者の先輩になるわけですから、何かの企画を立てる時には最も身近で心強いアドバイザーになってくれるんです」。
格好つけずに、ありのままの花巻市を伝える大切さ
とはいえ、まちの情報はプラスの要素ばかりではありません。むしろ、雪が降ることも、都心からの距離、そして市内でも移動に時間がかかることもマイナスの要素として挙げられます。
高橋さん「今はそうしたマイナス面も含め、すべてをありのままに伝えるよう心がけています。かつては花巻市はいい場所だよ、盛岡市にも近いからと格好つけて伝えていたんですが、事実は変わらないものです。岩手県庁の人ともよく話すのですが、岩手は都心から2時間半で近いとは言っても、実際は遠いですよね? しかも往復に約26,000円もかかるわけで、都心から西に行くなら、大阪まで行けてしまう。それでも岩手県や花巻市に来ようと思っていただけるような価値を、丁寧に伝えることがずっと大事だと考えるようになりました。せっかく来てくださった方に、嘘にならないように」。
以前なら、縄文土器のきれいな前面しか見せていなかったのかもしれない。でも今は、土器全面にスポットライトを当て、360度でしっかり見られるようにする。前述のとおり、地域おこし協力隊の募集を、「ぶどう農業 × ○○」という働き方の提案をするように、切り口を変えてみる。プロデューサー的な立場となり現場から離れたことが、花巻市をより客観視することへと繋がったようです。
高橋さん「後輩たちから出てくる質問や、その質問に対する対応を聞いて、一緒に見せ方を考えていくうちに考え方がまた変わってきたんです。私はゼロからの発明ではなく、何かと何かを掛け合わせて企画を考えるほうですが、その情報収集の過程でも俯瞰して見られるようになりましたね」。
細部から全体を見てどう感じるかという視点への変化は、ある意味、わかりやすさにも繋がること。Webサイトや冊子のデザイン、そしてイベントも含めて、高橋さんのチームが手がける企画はわかりやすくて親しみやすい。一言で言えば、行政の仕事に見えないのです。
高橋さん「それは狙っているところです(笑)。「お金を補助します」と単に行政ができることを書いてあるだけでは見る方もつまらないでしょう。」。
高橋さん「私が提案するのは基本的に、大きな政策の方向性がある中での「隙間」の仕組みなんです。確固たる制度や補助や予算以外の誰も手をつけていない部分だからこそ企画が通りやすい、というのはあると思います。新しいことばかりやっているので質問されやすいですが、今では“高橋がまた変なことやってるぞ”というイメージがつよくなっているかもしれません。とはいえ、「まきまき花巻」は市民が楽しく活躍でき、市内の空き家所有者と空き家を探す人のマッチング制度「空き屋バンク」は市民が安心して登録できる仕組みです。観光ではなくまちづくりに関わることは、つねに地域住民が主役でなくてはならないんです」。
調整事項も多く、けして楽ではない地域のプロモーション活動。その大変さを超える仕事の魅力とは、どんな部分にあるのでしょうか。
高橋さん「どんなことをやるにも、面白い人が周りにいるほうが面白いですよね。私の仕事は、花巻市に興味や関心を持っていただくことですが、それに尽きます。電子ブックで『ひと図鑑』をつくったのもそのためです。花巻のいろんな人に会って知ってもらい、たくさん絡んでもらいたいんですよね。私はきっかけづくりをしているにすぎません。これからもいろんな形で、花巻市ならではの暮らしや人を見せていきたいですね」。
今後は、健常者や障害者という目線での移住の見せ方も考えている高橋さん。キーワードは「目線を変える」こと。約4年かけて取り組んできた市民目線の企画から一歩踏み出して、ふるさと納税や市外での仲間づくりといった関係人口を増やす仕組みにも取り組みたいと熱を込めます。そんな高橋さんに、あらためて、花巻市の「ありのまま」を語ってもらいました。
高橋さん「ごく普通なところが、花巻市のよさだと思います。そこに若い人がいろいろな動きを始めているので、動きやすい環境もできつつあります。宮沢賢治やプロ野球の大谷選手の印象だけではない、普通の暮らしが普通にかっこいいまち。それがうちを一番よく言い表していると思います」。
無理をせず、その地域に何があるかを素直に伝えていくことの大事さ。ごく普通のまちが生き残るための施策が、花巻市の移住促進プロモーションの在り方から学べるといえるかもしれません。
文 木村早苗