地域と地域に関わりたい人をつなぐ移住スカウトサービス「SMOUT」は、サービス運営を通じて、「関係人口」についていつも考えてきましたが、その定義はあいまいなもの。
そこで「関係人口」論の第一人者、明治大学学農学部教授の小田切徳美先生に、カヤックLiving代表の松原佳代が、基礎から未来の地域のありかたまで、いろいろとお話を伺ってきました。
小田切徳美先生
1959年神奈川県生まれ。東京大学大学院単位取得退学、農学博士。専門は農村政策論、地域ガバナンス論。東京大学助教授等を経て、2006年より現職。日本学術会議会員、過疎問題懇談会委員、国土審議会委員、これからの移住・定住に関する研究会座長などを兼任。著書に『農山村は消滅しない』『農山村からの地方再生』などがある。
「関係人口」の意義ってなんだろう?
「SMOUT」では、関係人口を可視化する独自の仕組みとして「ネット関係人口スコア」を掲示しています。これは、自治体のみなさんにプロジェクトを通じ、関係人口の意義を考えていただくための仕組みです。各自治体のプロジェクト参加者数や関連する公式SNSから得られる数値を算出していますが、他にも活かせる数字があるのではないか。そう思い続けていたという松原の言葉から対談は始まりました。
松原:私たちも独自に指標をつくってきたのですが、ネットサービスなので現実とは異なる部分もあると思うんです。そこで小田切先生に「関係人口」の基本の考え方や捉え方など、いちから教えていただこうと思って伺いました。
小田切先生:なるほど。では関係人口の意義からお話したほうがいいでしょうね。地域と移住において非常に重要な概念ですが、いくつかの意義を持っています。
1点目は、移住プロセスの多段階性を示す言葉です。無関係人口から移住者の間にある移住へのプロセスや個々で異なる立場をカテゴリ化したものです。私自身、地域ガバナンス研究などを行う中で、2000年代初頭から目につき始めた性急な移住施策に問題意識がありました。地域貢献やボランティア、二拠点居住など関わり方や距離感の多様性を認識すべきだと考えていたのですが、『ソトコト』の編集長の指出一正さんが核心を突いた「関係人口」という言葉をつくられたので、それと共に一気に広がった感があります。
2点目は、「移住枯渇論」への反論です。移住すべき人はもう移住済みだという考え方は、移住という現象だけ見ると確かに正しいかもしれません。しかし、移住プロセスを総合して見ると可能性はあるのに、表面だけで枯渇と言っていいのかと指摘する意義ですね。
3点目は、人口の取り合いの解決策。地方創生や移住の話になると地域は対立しがちですが、関係人口論で言えば、人は1.2人前の働きができる。その関わり方が1.2人に換算できれば、地域間でも前向きな意味に考えられるという意義があります。
そしてもうひとつは、抽象的ですが「都市農村共生社会」を導くものだということです。関係人口は「都市なくして農村なし、農村なくして都市なし」を実現し、分断された都市と地方、いわゆる東京と農村の相互に価値を橋渡しするという考え方です。関係人口を増やすことは共生人口を増やすことに繋がる。この議論が最も奥深く、タイムスパンとしても長いのですが、これだけでは夢を語ることにしかならないため、1から3番目の階段性や人口の取り合いなど課題の議論を前提に、4番目を考えることが大事だと思っています。
松原:橋渡しの考え方は納得感があります。たとえば、島根県隠岐郡の海士町は、その橋渡しがうまいと思うんです。東京で海士町に恋い焦がれる人が急速に増えているのは、都市部の橋渡し役が海士町の物語を伝える仕組みが確立されてきているのでしょう。都市にいながら地域に関わる理由ができ、役割もできます。これこそが「関係人口」なのかなと。
都市で生まれた「関わり価値」と地域の足りないピース
小田切先生:若い人が地域との関わりに価値を見い出す様子を、私たちは「関わり価値」と呼んでいます。指出さんが言っている「関わりしろ」とほぼ同じ意味ですが、「関わり価値」「関わりしろ」の意味には、美しい景観や食など地域の憧れ面のみならず課題も含まれています。何かしたいと思った時に課題があり、その課題と若い人をつなぐ翻訳者もいるのですが、その関係性を可視化したんですよね。
松原:SMOUTでは、その関わりしろを知るために「(その地域に)ないピースを教えてください」と言っています。関係したい人も、自分がその土地で何を補うピースなのかを知っていると、やりとげた時に、土地になじめた感覚を持ちやすいと思うんです。また関わりしろもつくりやすくなりますし、結果的に都市と地域の共存の可能性を高めることになるのではと。
小田切先生:地域の方に「ないピース」を伺った時、お答えはすぐに出てきますか?
松原:すぐに出てくるのは、登録自治体1,800ほどのうち20ほどでしょうか。次が、地域おこし協力隊が課題の翻訳者を担っている地域で約170。他の自治体を参考に自力で進めている地域が約200ほど、ありそうだと思っています。
オンラインプラットフォームでは、最初にロールモデル的なサンプルを置くことがコミュニティづくりに必須です。これはユーザー自らが先人を真似て学ぶ構造が元々あるからで、だからこそ私たちは指導ではなく模範例の提示に注力するんです。
小田切先生:その地域における、過去の地域外との関わりの経験値が反映されていそうですね。地域外の人が自分たちの地域の関わりしろを目指していることに気づき、そんな人たちを信頼していいと思える思考って、ある種経験に依ることが大きいですしね。そうなると、やはり地域づくりでよく名前のあがる自治体が多いですか。
松原:そうですね。でも最近は、それ以外にも志のある若い役場職員さんが活動されている自治体が増えています。地域おこし協力隊の影響や、独自に情報収集してきたことの結果かなと思います。
小田切先生:逆に、実際にSMOUTを利用しているユーザー層はどういった感じですか。
松原: じつは、一番多いのは30代の家族持ちです。自分たちの暮らしを根本から変えたい、地域に住むにはどうしたらいいかと思案する人が多くて、起業家気質の人や学生は少ない印象です。
小田切先生:地域おこし協力隊が地域の関わりしろを発掘し、肩に力が入っていないユーザーが集まっていると。いいバランスの状況ですね。これが大衆化すると、関わりしろのために無理に課題をつくったり、課題解決ばかりに囚われた人がその土地の方に横柄に接するなど、勘違いも増えやすくなりますから。
松原:確かに、誰でも関係人口になれるだけに含まれる層が広いですよね。今も「移住スカウトサービス」と謳っているからコアな人が多いだけで、関係人口や副業、多拠点居住と打ち出すとまた違う捉えられ方になるかもしれませんね。
関係人口の多様性とマッチングの難しさ
松原:一つ伺いたいのが、今「関係人口」をより具体的に示す用語として、副業や多拠点が出てきていますよね。先生は、関係人口の多様性の定義は、今後どうなっていくと思われますか。
小田切先生:政府が言う「観光以上移住未満」はほぼ実態を示していると思いますが、それ以外の具体的な定義づけは必要ないと思っています。曖昧な概念でいいんですよね。関係人口にもいろんなタイプがあり、地域の関わりしろも幅広い。その多様性を認識することが重要だと思います。
松原:そう伺えてよかったです。捉えかたにはさまざまな議論があるようなので、「ネット関係人口」を扱う時にどう考えればいいのか迷っていて。私自身は、消費者としての生き方や自分に置き換えると、多様性があるほうが地域に行く人も幸せだと思っているんです。自治体も段階に合った人材が必要で捉え方も違うでしょうから、関わる人を通じて自治体側も何が必要かわかる、そんな緩やかさでいいですよね。
小田切先生:多様性を語る時に使うのがこの「関わりの階段」と「関係人口チャート」なんです。「関わりの階段」では、段階や順番、方向性が全然違いますよね。また移住前提でない人や移住して去った「風の人」も関係人口なので、本当に幅広い。チャートでは、関心先行型か関与先行型で階段の角度が全然違うことがわかります。多様性がある事実は、やっぱり認められるべきものだと思います。
松原:移住の段階は千差万別だというよく言いますが、関係人口もずいぶん違いますよね。
小田切先生:はい。関わりしろも多様なら、関わろうとする人も多様ですからね。じつは御社のようなマッチングサービスは、関係人口には非常に大事なんです。関係人口や移住の難しさは、ミスマッチが恒常的に発生する関係だということです。地域側にすれば、行うことの大半は合わない人へのお断りでしょう。おそらく8〜9割方は合わない人のはずですから。
松原:確かに、企業の就活では何度も面接するのに、地域の地域おこし協力隊の採用では面接が1回のことも多いと聞きます。そう思うと断り方や方法も重要だし、選考の心構えを変えることも大事ですね。そうした配慮に長けた自治体だと、NOと言った人が誰かを紹介したり、別の合いそうな人に話を振ってくれたりしやすくなる。そんな流れが普通になると、地域も変わりそうです。そういえば先日、岩手県花巻市の地域おこし協力隊の採用サイト「二刀流採用」をつくった際に、ミスマッチを減らすために先輩の声のような就活サイトの要素を入れてみたんです。最近ではインターンを経てから面接へと向かうケースも増えていると聞きます。
小田切先生:自治体の取り組みでは、和歌山県・那智勝浦町の色川地区が近いかもしれません。ここのお試し移住は、5泊6日以上で、移住希望者ごとに指定された15人の住民に会い「こうなりたい」という憧れが一人もいなければご辞退ください、という内容です。ここは区長さんを筆頭に住民の40%が移住者で、マッチングがいかに重要かを学ばせてもらった地域でした。関係人口も同じです。多様性×多様性だからこそ、ミスマッチが起こる前提の工夫をしないといけません。
松原:そう考えると、関係人口はさまざまな地域と幅広く関わったほうがいい気がします。感覚でいいと思っても合わない場合もあるから、面白いと思う地域に足を運んで、接触する機会を持ったほうがいいのではと。
小田切先生:そうですね。人はみな「関わり技能」が3つくらいはあると思うんです。たとえばファシリテーションや農作業など。そういう自分の技能を関わりしろが違う地域で試してみて、どのスキルとどの地域がマッチするか考えてもいいですよね。同じ地域で全部を試す必要もないですし。
松原:面白いですね。最近、関係人口はダブルカウントするのがよいと考えるようになりました。私は富山県出身なので、出身者という意味で富山の関係人口なのですが、先日仕事での繋がりができたんです。それが2カウントになるなら、一地域に2人分の関わりができますよね。地域から見れば関わる輪が広がるし、私から見れば繋がりが強固になります。そんな関わり方の中で、さらにいくつかの関わり技能を併用できるとしたら、かなり気が楽になりそうです。
小田切先生:あり得ますね。SMOUTではどのような算出方法でスコア化を行っているんですか。
松原:あくまでネット関係人口なので、オンライン上での数字が中心です。公式Facebookページのいいね数やInstagramのハッシュタグ数といったSNSなどの数値を正規化して係数をかけたりした分子を、定住人口をベースにした数の分母で割っています。まだまだβ版ですね。いまは「ネット」に限定していますが、ゆくゆくは多拠点居住やふるさと納税に係る数値も含めた算出方法をつくれたらと考えています。
関係人口の先にある、地域にお金を回す仕組み
松原:ふるさと納税といえば、目指す先は本来、住民税の分納ですよね。それが未来に実現したなら人口の奪い合いもなくなるでしょうし、それで初めて地域と関係人口の本質的な関係構築になるんじゃないかなと。現時点では、島根県・海士町の「ないものはないラボ」がいい仕組みだと思っているんです。当初はSMOUTも、人と人のマッチングだけでなくお金を動かす仕組みを考えていただけに。
小田切先生:お金を動かすことは挑戦したいですね。それこそが農村と都市の共生社会の本当の入口だからです。関係人口のレベルではまだ入口にも達していなくて、お金が動いてやっと地域を支えることになる。都市なくして農村なし、農村なくして都市なしの関係が試されると思っています。
松原:民間が取り組むなら、国の動きを待つより仕組みをつくってしまったほうが早いのかもしれません。
小田切先生:自治体のふるさと特別住民制度は、1974年の福島県・三島町が最初です。地域外者をふるさと住民として認定する制度を持つ自治体は、10数市町村にすぎません。しかし、“ファンクラブ”のようなものを含めれば約2割の自治体に取り組みが見られます。ただ各自治体とも担当者レベルで差が出やすい課題があるようですね。
関係人口を取り巻く解決すべき課題
松原:一方で、担当者の異動による取り組みの強弱は、どう解消するのがいいのでしょうか。
小田切先生:公務員なので担当者の異動問題は必ずあります。ソフト事業は明確な課題があるわけではなく、そもそも必須ではないので後回しにされがちです。多くの自治体では、その地域の中間支援組織の担当が長期的に対応する形を取っていますね。御社の登録自治体はどうですか?
松原:いくつかの自治体ではそうですね。自分が異動した後の不安を感じられているようで、職員自身がその形を好まれます。北海道の下川町も外郭団体の女性が担当ですし。こうした担当者の異動や東京の事業者が入る問題を解消することが、私たちも課題なんです。地域の方々が利用しやすいシステム設計にし、すべての作業をやってもらって知見を貯める方法も、人が異動してもシステムがあれば引き継げる仕組みを意識したからです。また、私たちが募集を書いたり、人に声をかける代行はしないようにしています。地域の人にしてもらいたいからです。
小田切先生:なるほど、その対策がセットになっているといいですよね。
松原:また、サービスを使う中で興味ある人たちとオンラインで関係人口的に繋がり続けることもできます。あくまで登録自治体とユーザーの関係を重視した構造にしています。
小田切先生:地域の内発的発展を支えるツールというわけですね。
松原:はい。それが私たちにできる唯一のことなんです。地域の専門家ではないので、指導や資本をつくることができませんし。
小田切先生:各地域に個性があるので、実態は本当にわからないですね。「内発的発展を外からサポートすることは内発的発展か否か」という議論があって、国内の一部の研究者はそれを「双発的な発展」と言っています。EUだとネオ内発的な発展、ネオ・エンドージニアスデベロップメントと言うのですが、基本は内発だけど外の力が必要で、でも外からどう関わるかは非常に難しい問題なんです。SMOUTでは、この双発的発展と外部の力をともに意識されているのがすばらしいです。
松原:ありがとうございます。カヤックでの事業を通じて、Web事業者だからこそできることは、リアルでは会えなかった人たちを繋ぎ、自分の価値を認めてくれる他人と出会ってもらうこと、またそれこそがネットの面白さのひとつだと知ったからでしょうか。その意味では、地域サービスも同じカテゴリだと思っています。
にぎやかな過疎がつくる都市農村共生社会
小田切先生:最近、わたしたちがよく使う言葉に「にぎやかな過疎」というのがあります。人口ばかりが議論される現の地方創生への批判と、それ以上に重要なのは人材だという主張を込めたものです。人口減少は自明ですが、そこに当事者意識を持って関わりたい人つまり広義の意味での人材が集まった結果が、「にぎやかな過疎」になる。地域づくりに取り組む住民や地域の仕事に就く移住者、関係人口やSDGsで関わる企業などが、人口減少をしていても地域でワイワイガヤガヤと動くごちゃまぜ状態とも言えます。別名「地域の縁側」とも言いますが、実現しているいくつかの地域には、必ずカフェや居酒屋、シェアオフィスのような場があるんです。物的な場がいかに重要かわかりますよね。この「にぎやかな過疎」が今後の都市農村共生社会の拠点になる気がしています。
松原:にぎやかな過疎を考えるワークショップをやりたいですね。人口が江戸時代頃に戻っていく今、総合戦略など一切無視してまちや村に適切な人数とほしい人がどんなものか考えたら、各自治体で楽しい未来が描けるだろうし、それは間違いなくにぎやかな過疎になると思うんです。
小田切先生:その通りです。地方の総合戦略も本来はこういう視点であるべきですね。みんなでワイワイガヤガヤと未来像を考えて、それに対して何ができるかを考えるべきなんです。
松原:今後は「関係人口」という言葉がもっと広まってほしいですね。副業と二拠点といったキーワードだけではなく、小田切先生も提唱されている「多様性のある関わり方」という本当の意味をSMOUTでも伝えていけたらと思います。
関係人口の多様性やそれらがもたらす社会のあり方。地域の課題ではありますが、どこか夢や希望を感じさせる明るさも感じられた小田切先生のお話でした。移住スカウトサービスSMOUTでは今後も関係人口をどう捉え、実際の活動へと活かすべきかを考えていきたいと思います。
また、2020年1月10日には、「関係人口とつくる地域の未来」と題したシンポジウムが開催されます。基調講演として「ソトコト」編集長の指出一正さん、明治大学 農学部教授の小田切徳美先生、特別講演としてstudio-L代表の山崎亮さんが登壇。参加無料なので、この機会にぜひ足を運んでみてくださいね。
文 木村 早苗
写真 池田 礼