地域をまるごと会社化。利益を上げながら、生活支援をするしくみを。島根県安来市・比田地区で始まっている「えーひだカンパニー」の試み

地域をまるごと会社化。利益を上げながら、生活支援をするしくみを。島根県安来市・比田地区で始まっている「えーひだカンパニー」の試み

都会にいると、宅配もウーバーもひっきりなしに行き交い、買い物ができなくなる未来なんて想像もつきません。けれど少し郊外や地方に出るだけで、買い物のみならず病院や学校への行き来もままならない状況が隣り合わせ、という地域が増えつつあります。

そんな生活面の支障を住民自ら何とかしようとする動きが、あちこちで始まっている。

島根県安来市の比田地区に設立された「えーひだカンパニー株式会社」もその試みの一つです。2017年、地区の住民196名の出資により、株式会社が設立されました。

従来の地域運営組織は、一般的に公的資金に頼る傾向があり、お金を生み出す経営体として機能している組織はまだまだ少ないのが現実です。そんななかで、えーひだカンパニーは「地域支援」と「収益事業」の両輪をまわす利益追求型の株式会社として、注目されています。

02_3304(写真:筆者撮影、以下記載のないものは同じ)

えーひだカンパニーとは?

出雲から奥出雲の山間に位置する比田へ向かいます。朝から降り出した雪が強くなり、不安な気持で国道432号線を進むと、えーひだカンパニーが運営する「えーひだ市場」のオレンジ色の光が見えてきてほっとした気持に。鮮やかな色の看板に、あたたかみのある木製の建物。まちの人たちの心の拠り所でもあるのだろうと思いながら中へ入ると地産品や加工食品が並び、カフェも併設されています。

3_3306「えーひだ市場」内の様子。すぐ横にえーひだカンパニーのオフィスもある

えーひだカンパニーは、住民が決めた88項目の『比田地域ビジョン88』を実行するための組織として、2016年に設立されました。2024年1月現在、正社員3名、パート13名。それとは別に、組織に協力する実働の「構成員」と呼ばれる人がなんと78名もいます(正社員3名とパートの10名を含む)。

一般的に地域活動を行う組織は、協議会などの形をとります。一般社団法人でもなくNPOでもなく「株式会社」の形態を選んだところに、比田の人たちの本気度が感じられるようでした。カンパニー代表の川上義則さんはこう話します。

川上さん「地域の活動は、熱心なメンバーがいる時は活発ですが、その人たちがおらんようになったら自然消滅しがちなんです。そうした例を過去にたくさん見てきました。会社という組織にしておけば、人が入れ替わっても存続し続けるしくみが維持できます。

もう一つは、地域支援の活動にもちゃんと報酬が支払えるよう、利益を上げることを目指そうという主旨で株式会社にしました。」

地域主体で株式会社をつくり、利益の出る体質の経営体にしていく。ともすると地区発では実現するのが難しいこの形が、なぜ、えーひだカンパニーでは維持できているのでしょう?

04_3316「えーひだカンパニー」代表の川上義則さん。地元のスーパー興南堂の社長でもある

本業の能力をもちよる

まず一つには、代表に、地元でスーパーや飲食店を経営している川上さんが就いたこと。経営者の視点から事業を行っています。

現在、えーひだカンパニーの主力はえーひだ市場での売上と、農業のサポート事業だ。

05_売上グラフ資料提供:えーひだカンパニー

市場での売上、加工品、比田米の販売などを合わせて2,800万円強。そのほか、多くの農家にとっての困りごとだった防除や堆肥散布、育苗などを代わりに行う事業で1,600万円ほど。総売上は2021年に約6,000万円、2022年は約4,733万円でした。

それに加えて、移動販売や交通支援、中山間直接支払い事業など生活面を支える取り組みも行っています。

安来市役所の職員でもある、カンパニー総務部長の藤原崇史さんは、こう話します。

藤原さん「ビジョンづくりを始める前から、いずれ地域をまるごと会社化したいとメンバー間では話していました。まだまだですが、当初から年商3億〜5億円を目指そうという話は出ていたので、覚悟はもっていると思います。

事業の経験者が少ないので難しさはあります。でも加工食品の製造販売などもシビアにデータを取って、売れないものをやめ、売れるものを伸ばすといった利益追求型の判断をしています。今年からは新しく湯田山荘という温泉宿泊施設の事業も始めました。」

ただ地域支援という設立の主旨から、手がけるのは儲かる事業ばかりではないため、まだ関わる人全員に十分な報酬を支払えるところまではいっていません。

06_ドローンドローン水稲防除事業の様子(提供:えーひだカンパニー)

ですが年々総売上高は伸び、第五期には6,000万円を達成(純利益はまだ多くないが)。カンパニーで雇用できる人数も増えており、いずれは手を貸してくれる人全員にしっかり報酬を支払えるようになりたいと川上さんは話します。

川上さん「会社であることを考えると、本来は収益をあげてから生活支援に手を出すという順番が望ましいと思いますが、『小さな拠点づくりモデル地区推進事業』(*)など、県の助成が出るタイミングもあって、少し無理をしてでも今始めるべきと判断した事業もあります。」

そのおかげで、市場の全面リニューアルができ、カフェもオープンしました。今年は移動販売事業も始め、同時進行で多くのプロジェクトが進んでいます。

2019年以降の利益の減少も、地域への貢献と成長のための投資として捉え、川上さんいわく「アクセルを踏みっぱなし」で新たな挑戦を続けています。

07_3307えーひだ市場内のカフェスペースも

(*)正式にはえーひだカンパニーが事業の受け皿ではなく「比田地区小さな拠点づくり推進協議会」(東と西の交流センターの運営協議会、えーひだカンパニー、自主防災組織、社会福祉協議会、PTA、小学校など地区の主要な団体の代表が集まった会)として地域全体で受けている

本業と同じく大事なもう一つの仕事

住民の受け止め方はどうでしょう。長年、比田で地域活動に従事してきた、70代の井上幸治さんはこう話しました。

井上さん「株式会社になったことで、本気度が違うことは住民に伝わったと思います。川上社長は、お金にならない地域支援のような取り組みもしながら、関わる人たちに報酬を払えるよう努力している。

一方で、中山間直接支払いの事務作業など、集落の負担がすごく軽くなりました。地域の人たちはすごく頼りにしていると思いますよ。もうカンパニーなしには考えられない。」

08_3329「いきいき比田の里管理組合」事務局長の井上幸治さん

設立時には応援株ということで一口1,000円から出資できました。配当があるわけではなく、10口1万円の保有株につき300円の株主優待券がもらえる程度。

それでも昨年、市から温泉宿泊施設「湯田山荘」を引き継ぐために、えーひだカンパニーで新たに子会社を設立した際には、一気に住民から500万円が集まりました。最初のカンパニー設立時に集まった額が300万円だったことを考えると、7年間の歩みと実績を見てきた住民の、大きな支持の表れでした。

ただ、カンパニーの役員や部長たちは、会社員や行政職員など、本業をもちながら濃い関わりをしている人ばかり。川上さんにとっても、代表を引き受ける決断は、相当重いものだったのではないでしょうか。

川上さん「それは当然そうです。でも長年この地域を見てきて、このままでは厳しいという危機感をもっていました。プロジェクトで集まったメンバーを見渡すと、僕より優秀な人はたくさんいるわけです。でも行政職員や会社員では、ほかの会社の“代表”の立場に就けないので。自営業の自分がするしかないんかなと腹をくくりました。

一般的には本業、副業という言い方をしますが、カンパニーの仕事は副業という感覚じゃないんです。本業と同じくらい大事な、生活のために必要なもう一つの仕事です。」

ただ、と続けます。

川上さん「本業のほうでも経営者ですし、自分の食堂では一調理師としても働いていますから。とにかく休みがない。人手が足らなくて、そこが課題ですね。」

カンパニーの構成員には、比田在住で安来市役所に勤務する行政職員も多くいます。全員が副業申請をしてカンパニーに携わっており、事務処理や会計などの得意な仕事を引き受けているのだとか。これも、えーひだカンパニーの大きな強みの一つです。

2023年には移動販売事業が始まったばかり。2022年に新たに出資を募り、カンパニーの子会社を設立しての温泉事業も始まっています。

09_生活支援「生活環境部」で進めているプロジェクト。地域ビジョンに紐づいている(資料提供:えーひだカンパニー)

設立に至るまでの経緯

えーひだカンパニーの始まりは、安来市職員の藤原さんが、出身地である比田で「地域ビジョンづくり」を始められないかと地元にもちかけたことにさかのぼります。当時、藤原さんは農林振興課で、「地域ビジョンづくり」の担当。出身地の比田をモデルケースにできないかと考えたのです。

比田には、いきいき市場(農産物直売所)の管理など、もう長く活動してきた年配者による「いきいき比田の里管理組合」があり、まずはそこに話を持ち込みました。

藤原さん「なかには議員さんもいて、前向きに進めようという話になりました。推進チームをつくるために、それぞれでメンバーを集めようということになったんです。」

こうして集まったのが、25名の有志でした。

この時の大きなポイントは、最初に集まった、推進メンバーの半分以上が30〜40代の若手だったこと。藤原さんが声をかけた、それまで地元で地域活動を共にしてきた少し年上の先輩や同年代の30〜40代が10名。交流センター職人から5名。残りの10名が60~70代。

山間部の自治体で地域自治運営組織がつくられるとき、多くの場合、60〜70代の年配者が中心を占めます。すると、一時的にはうまくいっても、数年後には、後継者不足で活動が活発でなくなってしまう。比田ではこの世代間のバランスが取れていました。

この25名により、2015年に「いきいき比田の里活性化プロジェクト」が始まります。

10_3309えーひだ市場横の「えーひだカンパニー」事務所

比田の未来を切り開く、『比田地域ビジョン88』ができる

地域の課題を共有し、共に未来を描く。その第一歩として行われたのが『比田地域ビジョン』づくりです。

最初に手をつけたのは、地域の現状の把握と共有でした。現在、えーひだカンパニーの正社員の一人である田邊裕子さんが教えてくれたのは、アンケート調査で90%の解答率が得られ、住民の課題感が明らかになったこと。

11_3324えーひだカンパニーを支える屋台骨の一人、正社員の田邊裕子さん。プロジェクトの開始当初は交流センターの主事だった

田邊さん「10年後も比田に住んでいると思いますか?の質問に対して「わからない」「いいえ」と答えた人が44%にものぼりました。10〜30代に限ると「いいえ」が3割。衝撃でした。」

このほか、主産業である農業については、後継者確保が難しい家が半数以上。

「続けるのが困難」である一方、「農業を続けたい」気持も多くあることがわかりました。この状況を打破するための具体策として支持されたのは、「産品である米のブランド化と販路開拓」「集落営農の推進」などの項目。

それでは、地域ビジョンをつくるプロセスはどうだったのでしょうか。

ビジョンづくりは、ほかの地域でもよく行われますが、多くは集まる人数が偏っていたり、少なかったり。つくった後、実行につながらないケースもあります。

比田でうまくいったポイントは、推進メンバーが、このワークショップの場を設計するまでのプロセスをきちんと学んだことにありました。当初からコアメンバーの一人だった田邊さんは言います。

田邊さん「ビジョンづくりとは具体的に何をするのか、私自身最初はわかっていなかったんです。でも視察やファシリテーションの学習を通じて、ビジョンづくりの本質を理解していきました。もう一つは、できるだけ多くの人に集まってもらうために、各ワークショップでいろんな工夫をしたんです。おにぎりや豚汁を用意したり。」

子どもからお年寄りまで5つの世代に分かれ、参加しやすいよう工夫がなされ、同年に世代別と全体ワークショップが開催されました。子どもたちも世代別のワークショップに参加。このとき地域の未来について話し合った子どもたちが成長し、今地域に思いを寄せる若手として活躍しています。

集まったアイデアは1469項目に及び、その中から88項目が選ばれました。これが『比田地域ビジョン88』であり、地域の未来を切り拓くための具体策、道標となっています。

12_workshopビジョンづくりワークショップの様子(提供:えーひだカンパニー)

地域おこし協力隊の存在

もう一つ、ビジョンづくりに欠かせなかったのが、地域おこし協力隊の存在です。

現在カンパニーの取締役として活躍中の野尻ちさとさん(旧姓小田)と盛岡渉さんは、ビジョンづくりの推進メンバーとして安来市に受け入れられました。取材で伺った際、小田さんは育休中で直接話を伺えなかったが、周囲の話から彼女の貢献が伝わってきました。

田邊さん「地元の人間にはどうしても固定観念や偏見があって、またあの人がこんなこと始めてると言われたり、全体として腰が重くなっていたと思うんです。あれだけまちをあげて多くの人がビジョンづくりに参加することができたのは、地域おこし協力隊の存在も大きいと思います。ちさとさんたち、フレッシュな面々が『みんなで地域ビジョンをつくりましょう』と明るく声をかけてまわったことが、地域の人々の心を動かしました。『あの子が言うなら、ちょっと参加してみようか』という空気感が生まれて、少しずつ地域をよくしていこいうという気運が醸成されていったんです。」

13_nojiri野尻ちさとさん(提供:えーひだカンパニー)

構成メンバーの集め方が秀逸

88のビジョンを実行するために設立されたえーひだカンパニーですが、その実行力につながったもう一つの秘密は、メンバー集めの方法でした。

地域ビジョンができた直後、2016年8月には協力しようと手を挙げた構成員が73名集まり、まずは任意組織を立ち上げます。その翌年3月に株式会社化するまでに、組織がつくられていきました。

14_構成員構成員72名の内訳。会社員が一番多く26名。40〜50代が中核を占める(資料提供:えーひだカンパニー)

まずは88の項目を分類。「生活環境」「産業振興」「地域魅力」「定住促進」といった部の部長たちが、ともに活動したい相手を名指しでスカウトする方法をとったのです。

一般的に地域活動では自治会長や役職をもつ人が、仕方なく参加していることも多いですが、えーひだでは、各部長が、親しかったり、信頼できる人に「ぜひあなたに手伝ってほしい」と声をかけたのです。これが、声をかけられた側のやる気を引き出し、メンバーの結束力を高めました。

たとえば、発起人である藤原さんは、「総務部」の部長ですが、声をかけたのは、地域で長年一緒に青年部などの活動をしてきた先輩や同級生たちでした。

このおかげで各部ごとに連帯感が強く、具体的な活動が進行中です。また部を横断するプロジェクトがつくられることもよくありますが、会計や事務処理は行政職員が担当するなど、適材適所の配置が意識されています。

15_組織図組織図(資料提供:えーひだカンパニー)

子会社設立。地域からの共感が生んだ成果

地域ビジョンの88項目のうち、すでに何らかの形で実現できた項目は56項目にのぼります。とくに「通学・通院や買い物サポート」「農業生産法人」「耕作放棄地の再生管理」「比田産品ブランド化」「まるごと会社化」などは優先され、即座に実行に移されました。未着手は36.4%にとどまり、いまも進行中です。

16_地域ビジョン88項目の『比田地域ビジョン88』とその進捗状況(資料提供:えーひだカンパニー)

地域魅力部では、「出産祝い」や定住促進の取り組みとして「もちより女子会」など、多彩なイベントが開催されています。

これらの取り組みが始まるまでは、比田も他の地域と同様に将来に不安を抱える山間の小さな集落でした。それが今では、周囲の地域から「比田はカンパニーがあるから安心だね」との声が聞かれるようになっています。

田邊さん「初めはどこまで続くか、と半信半疑で見ていた方もいたと思います。でもこの7年間、地域の方々もカンパニーの取り組みを見守ってくださって、そんなに頑張ってくれるなら自分たちも応援しないといけないという雰囲気になりつつあります。」

2022年、宿泊施設「湯田山荘」を引き継ぐために子会社を設立し増資した際に、一気に500万円が集まったことは先述しました。

住民はカンパニーの事業により大いに助けられています。中山間直接支払いの事務処理や育苗、堆肥散布、防除作業などの農作業をカンパニーが一手に引き受けていること。さらに、移動販売車での買い物支援、や、今年からの子会社設立による宿泊事業の展開も実現しました。

17_3314国道432号線沿いにある「えーひだ市場」。横に、えーひだカンパニーのオフィスもある

地方の生活支援には多くの公金がつぎ込まれています。

これから先、地域が自立した生活を維持するためには、利益を生み出すしくみが必要になる。えーひだカンパニーの話を聞いて、各地域でできることはまだまだありそうだと思わせられました。

文 甲斐かおり

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