人口3万人の鹿角市に、3年で100人以上が移住、しかも8割は子育て世代! 秋田県鹿角市が困ったときに助けてくれる家族「鹿角家」を募集するわけ

人口3万人の鹿角市に、3年で100人以上が移住、しかも8割は子育て世代! 秋田県鹿角市が困ったときに助けてくれる家族「鹿角家」を募集するわけ

最近、地域活性化の文脈の中で語られることが多い「関係人口」。最近しばしば聞く言葉ですが、その定義はみなさんご存知でしょうか?住民でもないし、ただの旅行者でもない人たち、それって一体どんな人たちなのでしょうか。

秋田県北部に位置する鹿角(かづの)市が、そんな関係人口増加のための取り組みとして行っているのが「鹿角家」です。これは、関係人口に当てはまる人たちを、鹿角の「家族」とみなすというアイデア。この説明ではなんのことかわからないかもしれませんが、この取り組みを見ていけば、関係人口とは何かがわかってきます。そしてきっと「家族」になりたいと思うはず。

この「鹿角家」について、鹿角市役所の担当である木村幸樹さん(以下、木村さん)と、取り組みを一緒に進めているNPO法人かづのclassy理事長の木村芳兼さん(以下、芳兼さん)にお話を聞きました。

写真左:木村幸樹さん
鹿角市 総務部 政策企画課 鹿角ライフ促進班

写真右:木村芳兼さん
NPO法人かづのclassy 理事長 / 月と山社 代表
1978年神奈川県大和市生まれ。
アウトドアウェアメーカーに勤務。2009年に鹿角市出身の妻と結婚し、季節ごとに訪れるたびに鹿角市の自然の豊かさに魅了され移住を決意。2015年7月1日から鹿角市移住コンシェルジュに着任。2016年には、地域課題の解決に向け地域住民と移住者が交流し、地域の様々な資源等を循環させながら、まちづくりを行うことを目的とした「NPO法人かづのclassy」を共同で設立。2017年には「月と山社」を設立し、地域に残る暮らし、営みを季節ごとに体験することによって、人間本来の野性的(本能的)な行動や感覚を取り戻すことを目的とする「野人キャンプ」などの教育プログラムを提案。

鹿角市ってどこにあるの?

「鹿角家」の話に入る前に、まずは鹿角市がどのあたりにあるのか、どんな地域なのかを木村さんに説明してもらいました。

木村さん「鹿角市は、青森と岩手と秋田が接する「北東北の真ん中」にあります。秋田県なんですが一番近いのが八戸(はちのへ)と盛岡で車で約1時間半、青森へは約2時間、秋田市までは2時間半から3時間かかります。歴史的にみても、盛岡を中心とした南部藩の一部なので、文化や言葉は岩手に近いと言えます。

かつては尾去沢鉱山という日本の鉱業を支えた代表的鉱山があって栄えていたんですが、1978年に完全閉山となり、以降は農業、製造業、観光業が産業の中心になっています。十和田湖八幡平国立公園の一部が市内にあり、温泉郷も3つあるので、観光業に従事している方は多いです。

それから、熊が出没してたびたび全国ニュースにもなっています」。

大きな都市からも少し離れていて、国立公園があり、温泉があり、熊がたびたび出没するくらいですから、かなり「田舎」のようです。田舎ということで、地方ならではの悩みをやはり抱えています。

木村さん「鹿角市には高等教育機関がないので、高校を卒業すると大学へ進学をする人たちはまちを出てしまいます。それでも、子どもが生まれるタイミングや、跡を継ぐタイミングでUターンされる方は多い方だと思います。出生率も秋田県内ではトップクラスですが、人口は確実に減っています」。

地方の人口減少は深刻です。特に秋田県は、ほとんどの市町村が消滅可能性都市といわれていて、「過疎の先進地域」とたとえられるほど。そこで取られたのが、移住定住対策です。

木村さん「出ていく人口を補うには移住定住しかないということで、地域おこし協力隊制度を活用して移住コンシェルジュを外から呼ぶことにしました。行政がやるとどうしても堅い感じがしてしまいますし、職員はほとんどが鹿角出身者なので、外部の目を入れる必要があるんじゃないかということで地域おこし協力隊に白羽の矢を立てたのです」。

その協力隊の一人としてやってきたのが芳兼さんでした。

芳兼さん「私の出身は神奈川で、鹿角市に移住する前は東京の世田谷区に住んでいたんですが、移住は考えていました。スノーボードが好きだったので雪という文脈で長野や北海道を検討したりしていたんですが、どこもいまひとつピンとこなくて。勤めていた会社も大好きな場所だったということもあり移住を考えていたもののハードルもありました。それで、妻の出身の鹿角はどうかと検討していたのですが、自分で小さな活動を始めました。鹿角との最初の関わりです。友人も地域との関わりもひろがり始めた頃、ちょうど地域おこし協力隊を募集するという話を聞いて、じゃあ行っちゃうかと、しばらく仕事を続けながら家族で移住しました。タイミングが良かったんです。」。

2015年7月、芳兼さんを含め4人の地域おこし協力隊員が移住コンシェルジュとして赴任。移住コンシェルジュは、移住を検討している人たちと地域の人たちのつなぎ役として、行政ではできないきめ細かな対応をして、移住者の増加に貢献したといいます。

木村さん「行政では仕事の斡旋や人の紹介を直接することはしにくいものです。移住コンシェルジュの人たちには地域に入ってもらって、地元の企業などとコネクションをつくってもらい、直接移住者を紹介するということをしてもらいました。その結果、着実に移住者は増えていて、鹿角市は人口は秋田県で10番目ですが、移住者数は3番目。この3年で100人以上が移住しています。特に、移住者の8割を子育て世代が占めていて、そのうち6割が首都圏から。子育て環境が整っていることも要因としてはあると思いますが、同世代の移住者が移住希望者の相談にのるという県内では他にない仕組みをつくれたことが大きかったと思います。」

地域おこし協力隊の任期は最大3年ですが、芳兼さんたちは任期後も鹿角に残って活動を続けることをはじめから考えていたといいます。

芳兼さん「メンバーみんなが地域に定着したいという思いを持っていたので、3年が過ぎた後の仕事も自分たちでつくろうとNPO法人を立ち上げていたんです。今年、地域おこし協力隊を卒業してからはそのNPO法人「かづのclassy」を中心に移住や地域のつながりをつくることを仕事にしようとしているところです」。

市の方針と地域おこし協力隊として着任してきた人たちの思いがマッチして、移住対策は順調に進んできました。しかし、移住者は無限に増え続けるわけではなく、人口減少が止まることはありません。鹿角の活性化のためには移住以外の対策を考える必要も出てきました。そこで生まれたアイデアが「鹿角家」でした。

離れていても繋がり、支えあう。「鹿角家」とは?

移住対策から「鹿角家」へと至る背景には、「鹿角ファン」と言える人たちの存在があったといいます。

木村さん「移住対策の中で、体験ツアーなどに参加して鹿角をすごく気に入ってくれて、コンシェルジュとか地元のおばちゃんと仲良くなったけど、今は移住のタイミングじゃないという方が結構いますよね。他の地域だとそこで交流がなくなってしまうと思うんですが、鹿角では何かしらのタイミングでまた連絡をいただくなど、つながり続けている人が増えてることに気がついたんです」。

移住対策を行っているうちに自然と「関係人口」が増加していったということのようです。しかしなぜ「鹿角ファン」は自然と増えていったのでしょう。

木村さん「人ですよね。秋田や東北の人は閉鎖的だというイメージがあると思いますが、鹿角は鉱山のまちとしての歴史があるので、人の出入りが激しくて外の人には慣れていたのだと思います」。

芳兼さん「みなさん抜群に優しいんですよ。僕らは移住するかしないかわからない人を連れて行くわけですが、出し惜しみをしないどころか無理してるんじゃないかって思うくらい親切丁寧に対応してくださいます。それに、僕が何かしなくても、その後も勝手につながったりもしていて、1度りんご農家さんの手伝いをしたら、一生りんごに困らない生活が送れます(笑)」。

木村さん「そういうつながりが自然と生まれるなかで、国が関係人口を広げる取り組みを始めたので、そのプラットフォームを使って「鹿角ファン」の人たちに、人口減少で減っているヒューマンパワーを補ってもらう方法を考えました。

それで、都会の方で田舎を持っていない方にも「鹿角を田舎にしたいです」という声を聞くこともあって、関係人口を家族に見立てた取り組みをしようと考えたんです」。

国は、地域の担い手不足解消の方法として「関係人口」に注目し、2018年から、地域課題の解決に意欲を持つ地域外の人々を取り込む地方公共団体の事業を「『関係人口』創出モデル事業」として支援を行っています。 鹿角市もこのモデル事業に「鹿角家」で応募し採択されました。

関係人口を「家族」に見立てるというのは面白い発想ですが、具体的な「鹿角家」の取り組みとは一体どのようなものなのでしょうか。

 

鹿角家の特典

 

芳兼さん「今やっているのは東京での「家族会議」と、秋田に来てもらう「実家ぐらし体験ツアー」です。家族会議は、ゲストを呼んで関係人口のことや地域、移住のことについて話してもらったり、鹿角家のこれからについてみんなで話し合うということをやっています。

「家族会議」と言っていますが、誰でも参加できます。コミュニティは強すぎれば強すぎるほど入りにくいし出にくくなってしまうと思うので、できるだけゆるくしたいなと。親不孝な人でも大丈夫(笑)、家族はずっと家族でしょという感じで気軽に参加してもらいたいです。

ツアーも、行政がやるとどうしても対象が市内に限られるんですが、秋田や東北全体にエリアを広げて案内することができるので、より多くの方に参加したいと思ってもらえていると思います。

実際、家族会議にはこれまで鹿角のことを全く知らなかったような人も、ゲストやイベントへの興味で参加してくれました」。

鹿角家の一員になるとなんだか楽しそうです。親不孝でもいいらしい(笑)。ただ、木村さんはただ楽しいだけではない、家族ならではのあり方を考えているそうです。

木村さん「これからは地域の困りごとをさらけ出して、家族の方たちに手伝ってもらえるようにしていきたいと思っています。例えば、りんごの収穫時期に人が足りないとかそういう困りごとをどんどん家族に向けて発信して、興味があれば来てもらえるような体制を構築していきたいです。

ひとつ、来年度からやろうと思っているものもあって、温泉の女将さんがお風呂掃除が大変だから誰かに手伝ってほしいと。本気でお風呂掃除を手伝ってくれたら、温泉は入り放題だし、ご飯と寝るところはあるというんです。家族が実家の家業を手伝う感覚でできれば面白いですよね。

他にも「花輪ばやし」というユネスコ無形文化遺産のお祭りがあるんですが、その担い手が不足しているとか、いろいろな困り事があるので、少しずつ家族のみなさんに助けを求めていきたいと考えています」。

困ってると言われると助けたくなるのが人というもので、それが家族ならなおさら。「こんないいところだから来てください」と言われるより「こんな困り事があるから助けに来て」と言われたほうが、行きたくなるような気がします。それを面白い仕組みにして、地域の人も家族も楽しめるようにすることが鹿角家が目指していることのようです。

そして、芳兼さんは、さらにその先のことも考えています。

芳兼さん「ひとつは、かづのclassyの事務所が古民家なので、そこを家族が帰ってきたら集まれる「実家」にして、ゆくゆくは泊まれるようにもしたいと考えています。もうひとつは、困りごとの解決から一歩進んで、地域のビジネスやイベントにプロジェクトベースでメンバーとして参加してもらえるような関係性をつくっていきたいと考えています。

鹿角は地域のプレイヤーが圧倒的に足りていないので、「家族」の中から地域を担うプレイヤーが出てきてほしいです。事業承継の相談なども集まってきているので、移住者でなくても、例えば二拠点のような形で地域のビジネスを担ってくれる人がいれば、つないで、地域でお金を生んで回っていくようにしていきたいですね」。

鹿角家の考え方では、関係人口というのは実家を出た家族や親族という位置づけなのだと思いました。深い関わりであれば、収穫の時期とかお祭りのときには実家に帰って手伝いをする、深い関わりでなくとも、人の心が通いあう関わりがあれば、手紙のやり取りがあったり、時々贈り物を送ったりする。そんな関わり方の人たちの集合が、関係人口というものなのかもしれません。

関係人口という言葉に惑わされず、自分が好きな地域と家族のような関係を結ぶことと考えると、いろいろな地域と関係を結びたくなってくるような気がしませんか?その一歩目として、「鹿角家」の一員になって家族会議に参加してみるのもいいかもしれませんね。

また、鹿角市は現在、冬の楽しみを切り口にした、「湯治と雪で遊び 鹿角を知るツアー」(2/22(金)〜2/24(日))の参加者を募集中!スノーシュー体験やまき割体験で身体を動かした後は、温泉で暖まって、移住者や地元の人の温かみにも触れることができるツアーメニューなのだとか。興味のある人は、ぜひ参加してみてくださいね。

※この記事は、秋田県鹿角市のご協力により制作しています。

文 石村研二

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