紀伊半島の関係人口づくりから考える、これから「起きるかもしれないこと」を起こす方法とは?

紀伊半島の関係人口づくりから考える、これから「起きるかもしれないこと」を起こす方法とは?

「紀伊半島ではたらき、暮らしてみよう。」

こんなキャッチフレーズとともに始まった「紀伊半島はたらく・くらすプロジェクト」。三重県・奈良県・和歌山県が協働し、移住・定住の促進や関係人口を増やしていこうという移住プロモーション事業です。

2019年1111日より、三重県尾鷲市を皮切りに、奈良県下北山村、和歌山県田辺市で、23日から参加できる現地プロジェクトが開催されました。

こちらのプロジェクト、コワーキングスペースやゲストハウスで滞在しつつ、リモートワークなど持ち込み仕事ができ、さらにあいた時間で地元ならではの様々なアクティビティが体験できるというもの。まずは地域を体験して紀伊半島での暮らしをイメージしてもらうことを目的に、半島三県が主催し、カヤックLivingBusiness Insider Japanが共同企画した実証実験プロジェクトです。

今回は、三重県尾鷲市で開催された「カマコン×紀伊半島=紀伊コン」プロジェクトに参加。面白法人カヤック代表CEO柳澤大輔さんを迎えて、三重県尾鷲市に「まだ起きてない」けど「これから起きるかもしれない」ことの実現のヒントと手法について学びを深めました。

尾鷲の美しい風景とともに、熱い会場と人が出会い、つながる瞬間を感じてみてください。

山と海と情緒あふれるまち、尾鷲

まずは尾鷲市について、少し詳しくお伝えしましょう。紀伊半島の太平洋側、海沿いに面し、まちの91%が山という、海に山にと自然豊かなまち、尾鷲市。9つの地区の合併により、全体で人口約17,000人(平成31年時)が暮らしを営んでいます。

江戸時代につくられたという石畳が続く、熊野古道の馬越峠でも有名な尾鷲。かつては林業も盛んだったそう。参加者が仕事場として利用し、今回のイベント会場でもあるシェアスペース「土井見世」も尾鷲市有数の林業家、代目土井忠兵衛氏の住まいを活用したものです。

昭和6年建築。アール・デコと呼ばれる建築様式の洋館と日本建築ふたつを用いたモダンな建物。

人の流出、後継者不足など、まちの課題はあるといいますが、一度外に出てみて、改めて、尾鷲の魅力に気づき、戻ってくる人も多い。懐も人情も厚いまち、それが尾鷲のようです。

漁業が盛んな尾鷲。アクティビティーには魚さばき体験も。

海洋深層水風呂「夢古道おわせ」支配人の伊東将志さんに、尾鷲のまちを紹介してもらっているところ。写真は「網干場(あばば)」にて。(撮影:木曽高康)

「熊野参詣道」として世界遺産に登録されている熊野古道。古代から中世にかけ、多くの人々が熊野を参詣した。写真は、ウォーキングイベントに参加した参加者による撮影。

これから「起きるかもしれないこと」を起こす

ここからはイベントの様子をお届けします。柳澤さんに学ぶ、「これから起きるかもしれないことの起こし方」とは?鎌倉で実際に起こっている事例をもとに語られたユニークかつ興味深いお話の数々は、参加者をどんどん魅了していきました。

面白法人カヤック代表CEO柳澤大輔さん(写真右)

柳澤さんまず、カヤックという会社について少しお話します。鎌倉に本社があり、社員400人の会社です。僕らはアプリをつくったりする会社なのですが、他にも街全体をオフィスにしようということをやっています。鎌倉の企業が会員になり、出店するお店も鎌倉限定というまちに根付いた「まちの社員食堂」や「まちの保育園」などを運営しています」。

食堂に保育園、他にも「まちの会議室」など、カヤックが展開している「まちの〇〇シリーズ」は、鎌倉のまちが面白くなるという構想のもと、カヤックが事業として運営しているものだとか。そこには「地域資本主義」という持論が反映されています。(鎌倉資本主義についてはこちらをご参照ください。)

講演で語られたこと、それは、「まちのシリーズ」を実現するために有効だったという「カマコン」のお話。鎌倉で2013年から開催されている「カマコンバレー」という団体の紹介へとお話は進みます。

柳澤さんカマコン(カマコンバレーの略)は、鎌倉の行政や異業種の人の集まりです。まちの課題について、徹底的に意見交換するハブのようなもので、毎回100名ほどの参加があります。ここで重要なのが、話し合いのやり方ですが、カヤックで実践している「ブレスト」を実践しています」。

ブレストとは、アレックス・F・オズボーン氏によって考案された会議方法のひとつ。

柳澤さんカヤックでは、2つのルールでブレストをやります。一つ目は、仲間のアイデアに乗っかること。人が出したアイデアを意識するのが、一番大事なことです。意外とこれが世の中のブレストではできていない。カヤックではポストイットで書くのは推奨していません。書くと、人のアイデアを聞かないんです。だから、丸腰で臨んでください」。

柳澤さん二つ目は、とにかく数を出すこと。アイデアを発散させる、たくさん出す。決めるのは別のフレームワークなんですね。ここでは、何がいいかは忘れて、とにかく数を出す」。

相手に乗り、数を出すことでその課題が「自分ごと」になります。

柳澤さん自分ごとになると、手伝いたくなり、一緒にやろうという仲間になる。実際、鎌倉でもカマコンから生まれたプロジェクトはたくさんあります。究極のブレストは融合です。融合すると、誰がアイデアを出したかもう覚えていない状態になる。誰のアイデアかではなく、みんなの自分ごとになるんです。まちの食堂を始動した時も、事前にブレストをしていたので、やること前提に物事が動きました。結果、実現がすごく速かったです。土俵づくりに役出つんですね。」

さらに、柳澤さんはこう続けます。

柳澤さん「じつは、ブレストはビジネスシーンではそんなに評価されていないんです。すぐにいいアイデアが出るわけじゃないから、効率がいいとは言い切れない。ただ、地域とは相性がいいんです。ボランティアで地域の課題を担っている人は多いし、楽しく生きるという意味で生産性だけを追い求めてもしょうがない。移住を促進させたいのなら、どんどん多様な人たちが「自分ごと化」することがじつは大事で。

例えば、移住していない人が鎌倉で何かやりたいことをプレゼンすると、鎌倉の人がブレストして応援する。ブラッシュアップされた中で起業するので、居心地がいいんですよね。結果、自然と移住してきちゃうんです。今日はこのあと、みなさんにもブレスト体験していただきます。尾鷲に「これから起こるかもしれないこと」を起こすのに、挑戦してみてください」。

鎌倉での実例は、柳澤さんの明確かつユーモア溢れるお話によって、会場の熱がより一段と上がっていく、そんな瞬間でした。

尾鷲をもっと面白くするアイデア

この日、会場に集まった人たちは東京、大阪などの都市部からのプロジェクト参加者。加えて、紀伊半島の行政の方や地元の方、京都の大学生など、年齢、職種も様々です。

第二部では、会場中の人を巻き込み、二人のプレゼンターによるお題のもと、ブレストが行われました。プレゼンターの二人は、ともに尾鷲在住。それでは、プレゼンを聞いてみましょう。1人目のプレゼンターは、地元で家業を継ぎ、地域活性に尽力する小倉裕司さんです。

小倉裕司さん

小倉さん「僕は尾鷲に生まれ、小中高と過ごしましたが、尾鷲が大嫌いでした。田舎で何もないし、何もできない。そこで愛知で就職したのですが、愛知に出て思ったことは、早く尾鷲に帰りたいということ。自然がいっぱい、魚もうまい、人情が溢れてる、そんな大事なことに気づいたんです。5年で戻って、家業を継ぎ、今は、尾鷲大好きでいろんなことをしています。その中の取り組みのひとつ、おわせマルシェを紹介します」。

おわせマルシェとは、小倉さんが実行委員長を務めるマルシェ。所属していた商工会の青年部のメンバー減少を受ける中、地域活性の勉強をし続け、辿りついたのがマルシェの開催だったと小倉さん。少ない実行委員ながら、第一回おわせマルシェは出店者67店舗、来場者2,000人と大盛況を遂げたと話します。

小倉さん「尾鷲市には、超高齢化という課題があります。65歳以上の人口が21%以上といわれる高齢化社会において、尾鷲は41%が高齢者です。そんな中で、行政、民間がやることは高齢者にむけたイベントが多かった。そこで僕たちは逆行しました。批判も受けましたが、開催してたくさんの方に来てもらい、手応えを感じました」。

昨年開催された第回おわせマルシェでは、来場者は5,000人を超え、県知事が視察に足を運ぶほどに。ただ今回のプレゼンは、おわせマルシェからさらに一歩踏み出した挑戦だと小倉さんは会場に呼びかけます。

小倉さん「今年12月に第回が開催予定ですが、じつはここで終わりにします。というのも、尾鷲にはもうひとつ課題があって。まちに大きな煙突があるのを見た方もいると思いますが、尾鷲三田火力発電所の解体です。すでに止まってはいたのですが、解体によって、従事していた人も減ります。そうしたいろいろな危機感をまちも自分たちも持っている中で、3週間前、大きな倉庫を見せてもらったんですね。「小倉くん何かできない?」と。

じゃあ、常設おわせマルシェをやりましょう、おわせマルシェを事業化しようと思いついたんです。そこで今回のブレストのテーマを「毎日100名が集まる倉庫の使いかた」としました。基本的にカフェを営業して、併設したレンタルスペースで常時マルシェがあるというイメージです。地域物産、尾鷲以外のものもあるという場所。ただカフェとマルシェだけでは面白くない。尾鷲をもっと面白くするためのアイデアに、お力添えをお願いします!」。

小倉さんが見せてくれた模型。

小倉さんの熱いプレゼンに会場からは終始、「おー!」と驚きやワクワクの声が湧き起こりました。

2人目のプレゼンターは、元地域協力隊で今は尾鷲に移住、古本屋を営む豊田宙也さん。テーマは「足音のアーカイブ」です。

豊田宙也さんは5年前、日本仕事百貸で見た地域おこし隊の募集で尾鷲へ。尾鷲のとりこになり、任期終了後も尾鷲に残ったそう。

豊田さん「足音のアーカイブは四国、直島の心臓音のアーカイブをヒントにしています。直島のアート作品で心臓音を録音してアーカイブしていて、参加者はのべ2万人以上に上ります。この取り組みに着目したのは、何度も訪れるという点です。何度も録音しにくる人や、自分の知り合いを検索して聞きにくる人。そういう場所をこの土井見世邸の一角につくりたいと考えています」。

なぜ足音かというと、シンプルに、熊野古道からの発想なのだそう。

豊田さん「熊野古道には年間2万7千人くらいの来訪者がいます。ただ、歩いてバス乗って帰るのが現状で、まちで誰かと知り合う機会がないと感じていて。尾鷲は、古くから熊野古道伊勢路と呼ばれる場所で、これを研究してる方にお話を伺いました。昔は、近辺の難所の多い古道を乗り越えて、尾鷲に人々が来ていたと。そこには宿があって、うまいものがいっぱいあって、ほっとしたといった話がいっぱい古文書に残っているそうです。

でも、今はあまり盛んではない。だから、ここに巡礼の方が集まる場所をつくりたい。じつはこの家の前の道も熊野古道なんです。そこで、足音。どういった形でやればいいかはまだ見えていないですが、例えば、小さい子どもが12〜13cmの靴できて、それが2〜3年後、20cmになっている。成長してまた訪れる、そういうサイクルが生まれるようになるいいなと思っています。どんなふうにアーカイブするのがいいのか、今日みなさんにアイデアをいただければと」。

豊田さん「つまりテーマは、土井見世に何度も通いたくなる新しい巡礼の形です。この家は、建物を保存し継承していくことを理念に掲げてNPOの方が守っています。もしアーカイブができたら、アーカイブに登録した人も、アーカイブを残すという意味でもこの家に関わってくれるという思惑があります」。

お二人のプレゼンが終わり、会場は1つのテーマに2チームづつ、計4チームが熱いブレストを開始しました。

白熱したブレストタイムを終え、チームごとに「倉庫に結婚式場もつくろう」「トイレの前に足音のアーカイブゾーンをつくったら面白い」などのアイデアが発表され、全アイデアをプレゼンターに手渡し、ブレストは終了。

参加者からは、「どんどんアイデアが出てくるスピード感が気持ちよかった」「人の意見に乗ることで普段の自分なら思いつかないようなアイデアが出てきて驚いた」など、初ブレストを堪能した様子が伝わってきました。

その後の交流会では、カヤックLivingスタッフも加わり、尾鷲のおいしいお料理をめいっぱい堪能。数々の出会いを生みながら、尾鷲の夜は更けていったのでした。

尾鷲に新しい人の流れをつくる

最後に、今回のプロジェクトの舞台となった尾鷲市での取り組みについて、会場でもひときわ親しみやすい笑顔で様々な人と交流していた、尾鷲市役所・地域創生係主査の野田憲市さんにお話を伺いました。

尾鷲で仕出し屋を営む家に生まれ育ったという野田憲市さん。豪快な笑顔が印象的です。

野田さん外部から新しいひとの流れをつくることをミッションに実走して、移住促進プロジェクトは6年目になります。当初はとにかく移住してもらおうという動きでしたが、昨今は変わってきていて。結局、僕らでは尾鷲の魅力を伝えることは難しいんです。それは、山も海もあることが当たり前だから。そこで、外部の人間と地元の人間が一緒に尾鷲の魅力を発見し、移住促進に生かしていこうということになっていきました。

もともと、移住サポートセンターという移住の窓口も、市役所のオフィスの一角にありました。でも、それでは尾鷲の自然に囲まれた暮らしなんて全然イメージできませんよね。移住に興味のある方は週末に足を運んでくれるのに、役場は土日は休みです。これは違うと。そこで、この土井見世のすぐそばの古民家に移住サポートセンターの窓口をつくったんです」。

趣ある建物内で、まさに膝を突き合わせて移住相談できるサポートセンター。

さらに、尾鷲にとって“人の流れ”が大事だと野田さんは続けます。

野田さん今、尾鷲では単に人が減っているという課題だけではなく、跡取りや事業、お店の担い手がいなくなっていることも課題です。尾鷲に必要なお店だったり、事業、伝統工芸の継承など、儲からないからなくなるんじゃない。担い手がいないくて続かない状態なんです。今後は、人の流れが地域の経済や、担い手不足にコミットしてくれるような移住促進の方向に変えなければと思っています。

そういった意味で、今回のプロジェクトのように、リモートワークができる人、ITが得意な人が尾鷲を訪れ、その先に例えば、一次産業とコラボして新しいことが生まれたりするといいですよね。ビジネス、仕事を軸にマッチング、コーディネイトしていくことも大事なんじゃないかと思います。きっかけとして、こういうイベントは本当に興味深いし、参加してくれている人もバックボーンもそれぞれ、みんな個性豊かな人たちばかりで、何かが生まれる予感がしています」。

カヤック代表柳澤さんによるブレストのお話、それを受けて、実際に会場で行われたブレストの様子、移住という課題に挑む行政の声、そして尾鷲の美しい風景、いかがでしたか?

「移住」というと少し重いかもしれません。でも、実際に現地で知り合いが増え、地元で何か起こそうとしている人とブレストすることで地域が「自分ごと」になり、結果、そのまちが大好きになる。

その先には、自分にとって本当に豊かな暮らしが待っているのかもしれません。尾鷲でのひと時は、その入り口になったはずです。

「紀伊半島はたらく・くらすプロジェクト」は、地域と都市部の人をつなぐ入り口の一つとして、注目したい取り組みのひとつです。尾鷲のことが気になったら、ぜひ一度足を運んでみてくださいね。

※この記事は、三重県のご協力により制作しています。

文  たけいしちえ
写真 池田 礼

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