ローカルの新しい価値を伝えるのは“東京的編集力”。 全国47都道府県を旅する編集者・徳谷柿次郎さんが、長野で「お店2.0」を始めた理由とは?

ローカルの新しい価値を伝えるのは“東京的編集力”。 全国47都道府県を旅する編集者・徳谷柿次郎さんが、長野で「お店2.0」を始めた理由とは?

徳谷柿次郎さんは、全国47都道府県を旅する編集者。『どこでも地元メディア ジモコロ』『小さな声を届けるウェブマガジン BAMP』の編集長を兼務しながら、ローカルの現場感あふれる記事をつくってきた人です。

そんな柿次郎さんが「東京と長野の二拠点生活を始めた」と聞いたら、誰だって心に浮かぶ疑問はひとつですよね?

「どうして長野を選んだんですか?」

そこで今回は、SMOUTを運営するカヤックLIVING代表の松原佳代と長野県・富士見町でカヤックLIVINGのリモートメンバーとして編集長を務める増村江利子が、長野市にいる柿次郎さんをたずねてインタビュー。長野市で始めようとしていること、ローカルからの新しい価値の伝え方について、お話を伺いました。

思いっ切り振り下ろした斧がバーンと新しい世界を開いた

2017年5月1日から、長野県長野市に家を借り、東京との二拠点生活を始めた柿次郎さん。やっぱり、四方八方から「何で長野なの?」と質問され続けているようで……。

柿次郎さん

柿次郎さん「理由は10個ぐらいあるんですよ。ただ、移住が決まる理由の根っこの根っこは“すり込み”じゃないかと思います。ひな鳥が最初に見たものを親だと思い込む、あの習性。最初にどこに出会うかが大事で、僕の場合はたまたま長野だった」。

柿次郎さんが長野と出会ったのは5年前、30歳になろうとしていた頃でした。ボクシング漫画『はじめの一歩』で、「薪割りをして背筋を鍛えてパンチ力を上げる」というエピソードを読んだ勢いで、「薪割りをして背筋を鍛えたい」とFacebookに投稿。すると、「長野県の朝日村にお母さんと移住した」という女の子からコメントがつきました。

柿次郎さん「『うちは薪でお風呂を焚いているので薪割りできますよ』って。当時の僕は行動力、勢いを大事にしていたので、さっそく薪割りをさせてもらいに行きました」。

初対面の女の子(2歳年下だったそう)の家に着くと、柿次郎さんは6時間ほどガッツリ薪割りしたそうです。疲れたら汗をぬぐいながら、庭先の畑からもぎたてのトマトやキュウリ水分補給。夜は焼き肉をしながら、人生を語り合う1泊2日を過ごしました。なんだか、良い青春の匂いがしますね。

さらに、松本から大糸線で白馬に向かい、当時勤めていたバーグハンバーグバーグの人たちとコテージに宿泊。ラフティングを楽しんだり、満天の星空を眺めたり……それは、当時の柿次郎さんにとって初めて知る世界でした。

白馬の犀川でラフティングを体験犀川でラフティングを体験

柿次郎さん「思い返すと、中学生の頃から軽く10年以上もの間、自然との接点が途絶えていたんです。東京に出てからはがむしゃらに働いていたから、旅行なんて海外はおろか国内でも全然行っていなかったし。それがある意味ラッキーで、面白がる力がアホほど溜まっていたんです」。

「こんな世界があるんや!」という初期衝動に突き動かされて、柿次郎さんは2年間でなんと30回近く長野に通いました。ちなみに、「もっと、経費でああいう体験をしたい!」という柿次郎さんの下心(?)から始まったのが『ジモコロ』。柿次郎さんが、自分の体験をコンテンツ化する回路が開いたのもまた、長野だったと言えそうです。

地域と東京の人たちのナナメの関係をつくる、「お店2.0」という新しい小売業のかたち

同じ土地に繰り返し訪れていると、だんだん「お気に入りの場所」「また会いたい人」「毎年参加したい行事やイベント」など、心の置きどころが増えていきます。柿次郎さんにとって、長野市・善光寺近くの『やってこ!シンカイ(以下、シンカイ)』は、まさにそういう種類の場所でした。

三叉路にあり、道の両側から出入りできる開放的な空間『シンカイ』三叉路にあり、道の両側から出入りできる開放的な空間『シンカイ』

『シンカイ』は、信州大学の学生だった小林隆史さんが友人と共に暮らしていた古い金物屋さん。改装して1階をコミュニティスペース、2階を自宅にして、約7年に渡って“住み開き”を実践してきた場所です。

ここには、長野で暮らしてきた小林さんの友人、東京からやってきた柿次郎さんの友人、そして近所の人たちが『シンカイ』を訪れて、過ごした楽しい時間が蓄積しています。その事実こそが、『シンカイ』という場の価値だと柿次郎さんは考えています。

柿次郎さん「小林くんは、学生時代からずっと、ここで地域とコミュニケーションしてきた場所だから、”徳”が溜まっているんです。この場の価値を、東京から来た僕が引き継いでアップデートしていく、というストーリーも重要で。地元と東京の人たちが“ナナメの関係性”でつながる場をつくる実験をしたい」。

柿次郎さんが『シンカイ』を引き継ぐにあたって掲げたのは「お店2.0」というサブスクリプション型の運営方法です。柿次郎さんの場合なら、本業(柿次郎さんなら、Webメディアの企画・編集の仕事)で稼ぎながら、『シンカイ』に投資。同時に、月額の会員費やイベント収益等で運営費を補填します。

柿次郎さん「小売りの利益に依存しないお店の運営方法が持続可能であることが実証できれば、全国の空き家・古民家の活用事例として新しい可能性を提示できます。チャレンジするプレイヤーも呼び込めるかもしれません」。

CAMPFIREで行ったクラウドファンディングCAMPFIREで行ったクラウドファンディング

立ち上げにあたって、柿次郎さんは設備投資の資金を『CAMPFIRE』を通じたクラウドファンディングで募集。すると、目標金額100万円のところ、公開からたった12時間で達成!という快挙を成し遂げます。最終的には、255人から約310万円もの資金が集まりました。

クラウドファンディングで応援してくれた人、月額の「シンカイ応援プラン」の会員になってくれた人、『シンカイ』のイベントに来てくれた人。『シンカイ』立ち上げの話題作りのなかで、 “ナナメの関係性”が紡いでいく人たちの姿も見えてきました。柿次郎さんは、これから彼らにどうアプローチをしていくのでしょう?

「関係人口」から「実践人口」へ。長野県は次のフェーズに入るべきだ

『シンカイ』は、クラウドファンディングの最終日だった、6月8日にグランドオープン。現在は木〜日曜日の12〜17時とイベント開催時に営業しています。

柿次郎さん「東京から長野まで、高速バスで2〜3000円。車で4時間、新幹線なら80分で8000円。地の利もあるでしょうけれど、『シンカイって面白そう』と東京からフラッと来る人がやまほどいるんです。彼らを見ていて思うのは、外に出る理由がほしいんですよ。『シンカイ』はその理由付けの窓口というか。野尻湖や諏訪、小布施など長野の各エリアへの玄関口であればいいかな」。

「やってこ!マーケット」「やってこ!マーケット」

観光、登山、フェス、スキーやスノーボードなど、すでに関係人口(※)が多い長野県は、次のフェーズに入るべきだと柿次郎さんは語ります。

※関係人口:イベントなどに参加する人、地域の特産品を通販で購入する人やふるさと納税をする人まで、ゆるやかに地域に関わる人たちを指す

柿次郎さん「僕は、関係人口の次は“実践人口”だと思っています。お客さんとして来るだけでなく、自分で何かをやる実践者をどう増やすか。僕自身も“実践者”として長野にいます。これまで、東京とローカルを反復横跳びし続けて得た価値を『シンカイ』に落としこんで、『お店2.0』のノウハウを全国に横展開できればいい」。

“実践者”としてお店を始めたことによって、柿次郎さんと地元の関係にもじわじわと変化が起きはじめています。ときには、「地元企業が集まる会合」に呼ばれて参加することも。

柿次郎さん

柿次郎さん「3年任期のなかで役割がコロコロ変わるような集まりだから、モチベーションは高くないんです。でも、こういうハズレの時間をちゃんと引くことも大事だと思っているんです。無責任の連鎖や課題が見えてこないと、改善する企画やプロジェクトも立ち上げられないから」。

また、柿次郎さんの発信力はやはり絶大で、『シンカイ』には全国から多くの若者たちがやってきています。バラバラの地方からやってきて出会った人たち同志で、小さなコミュニティが日々生まれているようす。「最初の数ヶ月は理想的。次なる課題はサブスクリプション型のお客さんをどう増やしていくのか」と柿次郎さんは言います。

ローカルの場に求められるのは「ハレ」よりも「ケ」の時間

新しい場に人を集めたいとき、誰もが思いつくのがイベントです。マーケット、トークやライブ、ワークショップ……。「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」で分けるならば、ハレの日を増やせば増やすほど人は集まってきます。ただし、「場づくりをするときのハレとケのバランスは、東京とローカルでは違うはずだ」と柿次郎さんは考えています。

柿次郎さん「「ハレとケ」の話は、最近会った、東京都墨田区の仮面専門店「仮面屋おもて」の店主、大川原脩平さんに教えてもらったのですが、圧倒的に母数が多い東京では、毎日イベントをしても人は集まるけど、長野市では場に関わりたい人の母数はしれているので。ローカルでハレを増やし続けると、いつも同じ人が集まってくるようになる。それに、ハレの日ばかりをやっていると、平日のケを求めている人たちの居心地が悪くなると思うんです」。

さらに、近年は「世の中全体にイベント疲れが起きているのでは」と柿次郎さんは分析します。

柿次郎さん「どんどんフェスや小さなマーケットが増えていて、たぶん客の奪い合いも起きていると思うんですよ。すごくいいイベントでも集客に苦労しているって話しもチラホラある。全国的にハレが過剰になっていくことを考えると、『シンカイ』のサブスクリプションの価値は、ケをうまくつくることかもなぁ」。

シンカイ

柿次郎さんは、東京とローカルの価値観の違いを「現実」への興味の持ち方でも説明していました。「現実」とは、根源的な人間の欲求に近いもの。安全な水や食べ物、気持ちのいい温泉、おいしい空気、広々とした空など、生き物としての充足を与えるものを指します。

柿次郎さん「人間も生き物だから、いつか土とか水とかいう部分に本来戻っていくはずなので。僕もそのタイプです。この“現実”の価値観を伝えようとすると、ついつい“ナショナル・ジオグラフィックおじさん”みたいになっちゃうんですけど。そうならずに、コピーやエンタテインメント的なところで伝えることは『シンカイ』にもできるはずで」。

シンカイ

大上段に構えるのではなくて、『シンカイ』という場で紡がれていく関係性のなかで、ただただおいしい野菜を一緒に食べて「めっちゃおいしい!」と驚くこともエンターテインメントになります。柿次郎さんが薪割りで汗を流した後に食べた、もぎたてのトマトの味に驚いたときのように。

柿次郎さん「僕は、やりながら学ぶのが好きなので。実践しながら、言葉や価値観を自分に取り入れてアップデートしていけば、東京的な価値観の真ん中に立った編集ができるんじゃないかと思っています」。

今後は、東京・長野・京都に分散しているHuuuuの編集チームを回しながら、「大工」「建築士」「料理人」など地域で求められる職種のチームをつくることも考えているのだそう。「2年ぐらいやっていけば、でかい仕事ができるんじゃないかな」と柿次郎さんは考えています。

『シンカイ』を拠点にローカルの実践者として体験したことは、どんなかたちで私たちのもとに届けられるのでしょうか。もしかすると、記事やメディアだけではなく、ローカルを面白くする“しくみ”になるのかも? 柿次郎さんの人生とともにアップデートしていく、柿次郎さんが編集する “コンテンツ”に、全国47都道府県から熱い注目が集まりそうです。

文 杉本恭子

プロフィール

徳谷柿次郎さん 株式会社Huuuu代表
1982年生まれ。大阪出身の編集者。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。長野と東京の二拠点生活をしながら、どこでも地元メディア「ジモコロ」/小さな声を届けるウェブマガジン「BAMP」の編集長として、全国47都道府県を飛び回る。