「こんにちはー」「いらっしゃい!」
JR大糸線信濃本町駅からほど近い、長野県大町市の商店街。アーケードから少し入り「林屋旅館」の扉をくぐると、みなさんが笑顔で迎えてくれました。入ってすぐに広々としたキッチンとカウンター、大きなテーブルのあるリビング。ひとりが2階に上がったかと思うと、外からまた別の人が遊びにくる。仕事をしている人もいます。
「おはよう」「今日は仕事何時から?」「これから取材なんだ。全然いてくれていいからね」インタビューの合間にも、そんな会話が飛び交います。むしろみんな、ニヤニヤしてインタビューを聞いています。なんだか妙な居心地の良さがある空間です。
ここは、旅館だった建物をリノベーションしたシェア&コミュニティハウスmetone「林屋旅館」。聞けば住人はもちろんのこと、月に1度は「シェアごはん」というイベントを開催し、大勢の人で賑わっているそう。そのほか、1泊は無料で泊まれ、シェアメイトと同じように家を使える二地域居住者向けの月額会員制度、リビングやキッチン、シャワーを自由に使えるコリビング会員制度があるなど、地域の拠点となる工夫が満載です。
林屋旅館を運営するのは「LODEC Japan合同会社」です。代表のたつみかずきさんは、今から10年前、22歳のときに大町市近くの小谷村(おたりむら)に移住しました。そして、周辺エリアの中心的な都市、北アルプス山麓地域の玄関口になっている大町市で、2015年に起業。自身の移住経験を元に始めたさまざまな事業は、地域の人々をつなぐハブの役割を果たすようになっています。
地域の入口をつくろう! 自宅の古民家をゲストハウスに
LODEC Japanのメイン事業は、シェアハウスやゲストハウスといった場所を提供する拠点事業です。現在は、小谷村と大町市に計2軒の「noie(ゲストハウス)」と、大町市内で2軒のシェア&コミュニティハウスを運営しています。そのほか、クラインガルデン(市民農園)の管理運営、たつみさんの自宅にもなっている古民家の貸し出し、2018年7月に始まった、創業支援協議会が運営するコワーキングスペースには、アドバイザーとして参画もしています。
情報発信事業としてコンテンツ制作や写真撮影を行ない、中古車販売店も開業。古物商の免許を取得し、アンティーク・ショップも始めました。全国各地に講演会に出かけることもあります。
うーん、事業がバラバラかつ、いろいろありすぎて目が回ります…。これらの事業、一見なんの繋がりもないように思えますが、よくよく話を聞いてみるとすべてに意味があり、必然性があるのです。
少し時間を巻き戻しましょう。
たつみさんは小学生の時、山村留学をし、3年間小谷村で暮らしていたことがありました。その後、地元の大阪に戻りましたが、22歳のとき、突如お父さんが「小谷村に移住する。もう家も見つかっている」と宣言し、巻き込まれるような形で移住することになったのです。巻き込まれたとはいえ、子ども時代を過ごした小谷村は、たつみさんにとっては故郷のようなところ。そんな故郷の過疎化が進行している現状を見て「なんとかしたい」という思いをもつようになります。
移住当初は、地域のことをやるなら役場職員になるのがいいだろうと、村役場に就職しました。しかし、役場職員になったからといって、何かを大きく変えることは容易ではありません。加えて、いくら思いがあろうと移住してきたよそ者であることに変わりはなく、なかなか地域に居場所がつくれませんでした。
たつみさん「最初の2年間は本当に孤独で、気軽に話せる友だちがひとりしかいませんでした(笑)。それで、このままだったらせっかく移住してきた人がいても、みんな帰るなと思ったんです。じゃあ、どうやったら移住のハードルが下げられるのかを考えて、自分の家に人を集めればいいんじゃないかと思ったんですね」。
たつみさんは、地域への入口をつくろうと自宅の宿泊営業許可をとり、古民家ゲストハウス「梢乃雪」を始めました。
転機となったのは、役場をやめ、本気で自分の食い扶持を稼がなければならない、となったとき。たまたま大町市の市議会議員さんと知り合い、湖近くの空き家を使ってくれないか、という話を持ちかけられました。それが2軒目のnoie(ゲストハウス)「カナメノイエ」です。そして立て続けに「じつはもう1軒ある」と言われたのが、つい最近までシェアハウスとして使用していた駅前の一軒家でした。
この2軒を借りたのを機に、たつみさんはそれまで興味のなかった会社の立ち上げを決意します。信用度をあげること、入札への参加ができること、仕事などの地域の情報が集まりやすくなるだろうといったことが理由でした。
田舎に来る、棲む、働くを、創る
たつみさん「「田舎に来る、棲む、働くを、創る」がLODECのテーマです。イコール、地域の入口、棲家、仕事をつくっていくということですね」。
noie(ゲストハウス)が入口、シェア&コミュニティハウスが棲家、そして今後、コワーキングスペースに仕事の情報を集積し、提供していくことを考えているそう。
LODECには、3つの商売のルールがあります。
たつみさん「まず「お金になること」、ふたつめが「楽しいこと」、みっつめが「公共性」です。その3つの価値観にそぐわないならやらないと決めています。デザインやってよって言われたときに、儲かるだけじゃなくて、そのデザインが何に変わるのか。それが地域にとって必要だよね、あったほうがいいよねってなったらやるんです。でもそんなに偉い話じゃなくて、誰かのためになったほうが、結局自分たちへのリターンが大きいからっていうだけなんですよ」。
たとえば、LODECの関わるコミュニティには、移住者だけでなく、地元の若い人たちも当たり前に混じっているという特徴があります。その混ざり具合たるや「移住者とか地元民とか、まったく気にしたことがないレベル」なのだそう。その結果、友だちはたくさんできて楽しいし、地域にさまざまな人脈が生まれ、信頼を得ることにもつながっています。
たつみさん「全国の地域の事例をみると、地元の人たちがまったく混じっていないと感じることが多いんです。これって、若者に消費が起こらない話と似ている気がします。●●離れっていうけど、そもそも高齢者やファミリー層を対象にした商品のほうが売れるからって若者のほうを向いてくれてないじゃんって。
いくら場をつくっても、そこに混じれない人がいるのなら地域でやっている意味がない。地域には、普通に住んでいる人がいて、東京に憧れをもっている若者がいて、本当は地域を出たいっていう思いを抱えている人たちがいるのが当たり前なんです。僕らの仕事は、そういう人もいて然るべきっていうところから始めています。そのなかで、みんなをいかにその気にさせるのかが僕らがやらなきゃいけない仕事だと思っています」。
「地域の若い子が集まるときって“楽しいの?”っていうことが重要なんです」とたつみさん。そのため、まちづくりや社会課題のことなど、興味がある人しか入れない「意識高い系の話」を、LODECからすることはほとんどないそうです。
たつみさん「「楽しいの?」に集まっても、話しているうちにそういう話も勝手に出てきます。それで、地域のことを意識してなかったやつが、地域のことを好きになってくれるならそれはいいと思うんです」。
確かに林屋旅館のリビングは大勢の人で賑わっていましたが、シェアハウスを盛り上げようとか、まちをなんとかしたいという気負いはまるでありませんでした。そこにあったのは、ただただ、気の合う仲間と過ごす、楽しい日常です。けれどもその結果、初めて大町市を訪れた私は、なんて楽しそうで暮らしやすそうなまちなんだろう、という印象を持ちました。まちづくりとは本来、こうした心地よい日常をつくりあげていくものなのかもしれない、と考えさせられました。
たつみさん「大町は人がとてもオープンなんですね。何かやりたいと思ったときに「やれやれ」と言ってくれる雰囲気がある。東京にも1本で行ける特急が出ているし、高速バスもあってアクセスがいい。少し離れれば自然がたくさんあって雪も多く、田舎と都市、どんな暮らし方も選べます。移住を考えている人には、すごくおすすめですね」。
求む! ほっといても勝手にやってくれる人!
一方で大町市には、まだまだ人材は不足しているとも感じているそう。どんな人にきてほしいんでしょうか?
たつみさん「LODECの仕組みを使ってくれていいから、ほっといても勝手にやってくれる人…」。
「おい!」と、インタビューを聞いていた周りの仲間からツッコミが入ります(笑)。
たつみさん「でも本当にそうなんです。むしろ、うちのお金でどれだけ勝手にやるんだよ、みたいなやつが現れたら面白いなと思っていて(笑)。大切なのは、今できるかどうかよりもやる意思があるかどうか。ローギアでいいから、進み続けることができるかどうかです。
大町なら、シェアハウスのリビングにくれば、きた瞬間から友だちができるし、僕らがつくったいろいろな仕組みが既にあるので、ゼロから起業するよりハードルがめちゃくちゃ低いと思います。この先も、持っているものはどんどん共有化していこうと思っているし、僕らの仕事を手伝ってくれたら小遣い程度だったらお支払いできるかもしれません。
もしくは起業志向じゃなくてもいいと思うんですよね。別に移住=起業じゃない。大町は就職先が多くて、職種もいろいろ選べるんですよ。」。
LODECのすべての事業に通じているのは、ここで暮らしたいと思った人が、暮らしたいと思ったように暮らせるよう、さまざまな仕組みをつくってサポートすること。
最近始めた中古車販売は、田舎暮らしではどうしても必要になる車の購入がしやすくなったらという思いから始めたものです。アンティーク・ショップをやりたいと考えたのは、空き家などから発掘される家具や家電を、移住者など、必要な人の元に届けられたらと思ったからでした。
コワーキングスペースも同じことです。仕事の情報をコワーキングスペースに集約することで、仕事を頼みたい人とやりたい人という、需要と供給のマッチングを行なっていきたいと考えています。
顔の広さが、収入になる?
さらに、これから始めようとしているのが「ギルドポイント制度」です。これは、仕事やシェアメイトなどを紹介してくれた人にきちんと紹介料を支払う仕組みです。LODECでは、その人脈を生かして必要な人同士をつなげることを自然とやってきました。人を紹介するというのは、思いのほか、時間も労力もかかるものです。
たつみさん「普通、紹介するだけじゃお金はとれないですよね。僕らもずっとそうです。だけど本当は、紹介する、してもらうってすごく重要なことなので、ちゃんとお金が発生するようにしたいなと思っているんです」。
多少の紹介料を払っても、LODECは仕事を得られるのでデメリットはありません。紹介された側も、必要な人材が見つかって助かります。そして紹介した人も、その人のもつ「つながり」という財産を、生活のなかで生かすことができるわけです。
これらはすべて、たつみさんが10年前に移住し、なかなか地域に溶け込めなかった頃から、どうしたら楽しく暮らせるのか、地域に必要なものはなんなのかを考え続けてきた結果、生まれた取り組みばかりです。だからこそ、すべての事業に必然性と意味があります。経験に裏打ちされたリアリティのある内容は、地域の暮らしを支えるインフラとしてしっかり機能しているのです。
「棲家も生業も自由に選択できる未来」を目指して
たつみさん「最終的に僕が目指しているのは「棲家も生業も自由に選択できる未来」です」。
全国各地を講演して回っているのは、LODECの仕組みは、どこでも誰でもできる仕組みだから。そして各地で実践してもらうことで「棲家も生業も自由に選択できる未来」が広がっていってほしいから。
たつみさん「生きづらそうにしてる人たちが、どこでも好きなところで暮らせればいい。その仕組みの一端を僕らがつくりたいし、それが誰でも実践できるような世の中にしていきたいです」。
移住に興味がある、あるいは、地域でやりたいことがある。けれども縁もゆかりもない土地にゼロから飛び込むのは不安…。そんな人は、どのような生き方も、その人次第で選ぶことができる大町市を訪れてみてはいかがでしょうか。
LODECがつくりあげてきたnoie(ゲストハウス)やシェアハウスの扉は、いつでも、どんな人に対しても、開かれています。
文 平川友紀
写真 袴田和彦