総務局統計局によると、人口減少社会「元年」は2011年。とりわけ、地方での人口減少はより加速度的に進んでいます。国は、人口の東京一極集中を是正するべく地方創生を進め、全国の自治体もまた移住・定住に向けたさまざまな取り組みを行っています。
しかしながら、多くの地域が直面したのは「人ひとりが新しい地域に移り住んで根付くのは、そう簡単なことではない」というシンプルな事実。現場からは「地域間での若者の奪い合いをしてもしかたがないのでは……?」というため息混じりの声も聞こえてきます。
そんななかで、「人口減少に歯止めをかけたいなら、モテる男にならないとダメですよ」と、独自の持論を展開するのが、一般社団法人ソシオデザイン代表理事・大西正泰さん。その極意を聞かせていただきました。
大西 正泰(おおにし まさひろ)さん
地域再生コンサルタント。
もと社会科教師。私立中学で、中学主任(公立でいう教頭職)として“起業家教育”を軸に学校の建て直しに挑むなど、その実践が評価され経済産業省「DREAMGATE」に参加。四国エリアの責任者として起業支援で実績を重ねる。2006年1月に有限会社VentureGenomeを設立。四国における地域再生支援に取り組む傍ら創業塾講師として全国各地で活躍中。その後、生まれ育った四国徳島の地域再生をしていこうと事業ドメインを変更。2012年に一般社団法人ソシオデザインを設立。現在は、徳島県上勝町をフィールドのベースにして、全国各地の自治体向けコンサルティング及び地方創生に関わる講演を行なっている。2018年中小企業庁「創業機運醸成賞」受賞。
学校の先生が「起業家教育」に狙いを定めたワケ
大西さんは、徳島県三好市生まれ。子どもの頃から「教師になりたい」という夢を持ち、地元の教育大学の大学院を修了。社会科の先生として教鞭をとるようになりました。ところが、学校で教えるのは「大学受験に必要な知識」が中心。「もっと現実社会に役立つことを教えたほうがいいのでは?」という思いを持ちはじめます。
大西さん「起業家教育を始めたのは、30歳のとき。当時勤務していた私立中学校で『総合的な学習の時間』の内容を、社会のさまざまな課題をビジネスのアプローチで解決策を考えるというものにしたんです。子どもたちが社会に関わっていけるような、起業家精神を育みたかった」。
授業のゲスト講師として、「起業家精神を体現している大人たち」を招いていたことから、大西さんの周囲には起業家とのネットワークが生まれました。その仲間たちと2001年につくったのが「とくしまアントレプレナー協議会」という団体です。この団体での活動が、大西さんの創業につながる第一歩となりました。
大西さん「2005年に、経済産業省が立ち起業家支援政策として立ち上げた『DREAM GATEプロジェクト』の四国エリアを担当することになったんです。その頃は大阪で教員をしていたので、毎週末四国に帰ってビジネスプランコンテストに出場する起業家を支援するうちに、だんだん起業家教育にのめり込んでいって。2006年1月、教師を辞めて独立して有限会社VentureGenomeを設立。僕自身も起業家の一人になり、起業家支援コンサルタントとして活動するようになりました」。
2010年、ヘッドハンティングを受けて地元企業に就職したものの、2011年には退職。もう一度起業する道を模索しているときに出会ったのが、すでにまちづくり先進地域として全国に名を馳せていた上勝町でした。
上勝町が探していた「3つ目の選択肢」をつくるために
当時、上勝町では、映画、「人生、いろどり」(2012年公開)の撮影が行われていました。「葉っぱビジネス(料理の“つまもの”を栽培・出荷する農業ビジネス)」で知られる、いろどりの25年間の軌跡を追いかける内容です。
過疎化と高齢化が進む徳島県の上勝町で、シルバー世代の女性たちが中心となり道に生えている草や葉っぱを料理のツマとして販売するビジネスが大成功を収めた実話を映画化。成功すると誰も考えていなかった葉っぱビジネスを立ち上げた幼なじみの女性3人が、事業を通じて夫婦や家族のきずな、これからの生き方を見つめ直していく。
大西さんは、ちょうど募集されていた「いろどり映画インターン」に参加し、映画制作スタッフとして約1ヶ月間上勝町に滞在します。
大西さん「インターンには約280人が参加して、翌年には20人以上が移住しました。『もしかしたら、このまま上勝の人口はV字回復するのでは?』と期待しましたが、そうはなりませんでした。移住する人を増やそうにも、町内には就職先が限られているからです」。
「地域にこそ、起業家育成が必要では?」という気づきを得た大西さんは、2012年に一般社団法人ソシオデザインを設立します。
大西さん「上勝町では、地元の人が“一休さん”のように知恵を出し合う『1Q運動会』など、優れたまちづくりが行われていましたが、移住者を対象としたものは国の政策頼みでした。移住者を増やすには、仕事がなければいけない。上勝町は『葉っぱビジネス』『ゼロ・ウェイスト(町内のごみゼロを目指す活動)』の次に来る、第三の選択肢を生み出す人材育成へのシフトを考えていました」。
ソシオデザインは、上勝町からの委託を受けて起業家育成のためのインターンシップの研修生を募集。地域の社会課題を解決する事業をつくる「地域活性化コース」、上勝の素材を活かして起業する「いなか起業家コース」を開講しました。
起業までの小さなステップをたくさんつくっておく
ソシオデザインの「起業家育成インターンシップ」は、1泊2日の短期研修から1ヶ月まで、それぞれのニーズに合わせて自由に参加できるのが特徴です。なお、インターンシップの参加者は、ソシオデザインがリノベーションした元交番のシェアハウスに滞在することができます。
また、2012年11月には、古民家を利用した「シェアカフェ」をオープン。「いきなり起業するのはちょっと……」という人が一歩を踏み出すための「模擬起業の場」をつくりました。
大西さん「上勝町は、人口1582人、高齢化率(65歳以上人口)52%(※)に達しているまちです。町内の商圏は小さいので、シェアカフェは外から人がくる温泉のある集落につくりました。シェフは日替わりで回しているので、週1回、月1回からの“おためし起業”もできます。大切なのは、その人その人のモチベーションや成長速度に合わせてやっていける環境をつくることです」。
まちになじんでいくスピードも、起業アイデアを熟成させるのに人用な時間も、人それぞれ。小さなステップをたくさん用意することによって、起業へのハードルを下げることになると、大西さんは考えています。
大西さん「“雇われ店長”と起業の何が違うかというと、資金調達と集客というハードルがあるかどうかだと思うんです。だったら、そのハードルをなくしたら、起業へのステップになるのでは? というのが最初の仮説でした。あとは、本人がその気になるまでコツコツと支援を続けていれば、自走モデルが生まれていくと思いました」。
とはいえ、立ち上げ時には5人でスタートしたシェアカフェも、多いときは10人以上のシェフで運営されていましたが、上勝町に移り住んで起業するに至ったのは1人だけ。関係人口を増やすことには成功していますが、移住・定住へのハードルの高さを感じさせます。
大西さん「やはり、1582人という人口では、マーケットが成立しないというハードルはありますね。一方で、家賃は1〜2万円と安いので、魅力のあるものさえつくれたら、長い時間をかけて試行錯誤ができるというメリットもあります。コツコツと続けていきたい人に向いている環境だと思います」。
今や成功事例として語られるいろどりにも、実は長い試行錯誤の歴史があります。同じ町内で起業した人たちの背中に学べるのも、上勝町で起業するメリットだと大西さんは話します。
※上勝町「人口状況」より
日本全国で人口減少する地域へ「モテる男になりなさい!」
現在、上勝町だけでなく、全国の地域でのまちづくりに関わっているという大西さん。人口減少という課題に対して「無理矢理に活性化させるだけがいいことなのか?」と疑問を投げかけています。
大西さん「まちには、黎明期、成長期、成熟期、衰弱期といろんなステージがあると思います。すべての町がV字回復を求めているわけではないですし、『ゆるやかに横ばいでもいい』と考えるまちもあると思うんです」。
また、移住促進についても「移住したら幸せになりますよ」と明るく呼びかけるだけでなく、「困っているから助けてほしい」と“関わりしろ”を見せることも大切だと大西さんは言います。
いきなり「移住して一生ここで暮らしてほしい」と呼びかけるのは、「出会ってすぐに結婚を申し込むようなもの」。結婚にも「パートナー婚」や「事実婚」などのかたちがあるように、また場合によっては「離婚」があるように、「移住先とのつきあい方・別れ方にもバリエーションがあっていいのでは?」と提案します。
大西さん「移住先との関わりにも、ドキドキするような楽しい恋愛期間があってもいいんじゃないでしょうか。いきなり『定住してくれ!』というのは、モテない男の口説き文句のようなもの。お願いされたからって移住できるわけでもないですしね。『他の人と遊びにいってもいいよ』と言うくらいの余裕がある地方がモテますよ」。
たしかに、初めて訪れる地域で「もし、ここに暮らすなら……」と妄想しているときの感じは、気になるお相手に出会ったときの感じに、ちょっと似ているのかも? さらに、移住後のケアについても、「恋愛と一緒です」と大西さん。「つきあう前だけじゃなく、つきあい始めてからも『かわいいね』『きれいだね』『今日もありがとう』と言う」ように、相手を思う気持ちが大切だと語ります。
大西さん「東京の移住フェアだけで必死になるんじゃなくて、自分たちの地域に来てくれてからのケアをしっかりする。そうしたら、自然と周りから『あそこはいいらしいよ』と噂されるようになると思うんですよね」。
地域への移住も、恋愛も、片思いや一方通行では成立しません。お互いに夢を見て、お互いに尊重しあって、地道に関係をつくっていくほかないのだと思います。そのプロセスをより楽しいものにするアイデアこそが、「モテる地域づくり」の大いなるヒントになりそうです。