普段は都内で会社員として働きながら、日本各地のまちや自然を撮影する写真家として活動する林田真季さん。彼女は今年の夏、福井県坂井市を訪れ、三国のお祭り“三国湊 帯のまち流し”を紹介するインスタグラマーとして活動をしました。きっかけは、移住スカウトサービス「SMOUT」に福井県坂井市が掲載した「世界に三国の魅力を発信してくれるインスタグラマー募集」。
彼女が地域と関わる写真家になった背景にある思い、そして実際に福井県坂井市の関係人口になるまでと今思う事を聞きました。
SMOUTで出会った、写真と地方への思いをつなぐ仕事
都内の広告代理店で営業として働く林田さん。数年前に地方に興味を持ち、何か貢献活動がしたいと、地域おこし協力隊を始めとしたさまざまなアプローチを模索してきました。地方移住ツアーやモニターツアーに参加したり、社内の地方関連部署に関われないかと調査したりする中で、移住スカウトサービス「SMOUT」にも出会ったのだそう。そして募集のキーワードだった「写真」は、そもそも彼女が地方に惹かれ、地方と関わりたいと活動を始める上での力になった重要な要素でした。
福井県・三国の話をする前に、林田さんと地方と写真がどのような関係にあったかを少し遡ってみましょう。彼女はハワイ在住の親戚の影響もあり、地方に興味を持つまでは大のアメリカ好きでした。写真の基礎も、高校時代の留学先アメリカで習得しています。
林田さん「それが、2013年に長崎県小値賀町を訪れたことで価値観がガラリと変わったんです。最初はアレックス・カーが手がけた古民家を見るためでしたが、その地元の方言や暮らし、風景、そしてアメリカのホームステイ先のような民泊も含め、海外に行ったような衝撃がありました。素晴らしいものは海外にしかないと思っていた私にはとても新鮮で、国内にもこんな場所があるんだとすごく驚いたんです。この時に地方のよさを伝えたいと思い、何ができるかと考えた時に写真ならと思ったんです」。
それからというもの、日本各地のアレックス・カーの古民家が建つ地域などを回り、土地の風景や自然を写真に残し、発表するようになりました。林田さんの目を通した地方は、場所や時間を感じさせない、少し不思議な印象を与えます。たとえば、作品集『The Pacific Tourist.』では紛れもない日本なのに、異国のようにさえ見える空気をまとった自然や村が並びます。誰もいない廃村や寂れた地にも、どこか洗練された印象が漂っているのです。
林田さん「数年間、地方を回りながら自分なりの関わり方を模索してきました。2017年にこの作品集で海外の写真賞をいただき、ようやく写真を手段として活かせそうだという確信が持てました。そんな時に見つけたのが、SMOUTに掲載されていた三国町のインスタグラマーの募集プロジェクトだったんです」。
じつは、三国町にはくだんの古民家が現存する土地として来訪済み。しかも、自ら「三国町は移住したいくらい大好き」と語るほどお気に入りでした。
林田さん「アレックス・カーの古民家がある場所は文化に対して柔軟さがあって、おしゃれさがあって、面白いことをやっている土地、という印象があるんです。元々好きな場所ですし、さらに写真やカメラに関することなので『これは!』と思い、即応募しました」。
坂井市の総合政策部シティセールス推進課・上田純子さんから最初の連絡が来たのは6月末。1泊2日の行程は、メインイベント「三国湊 帯のまち流し」のほか、丸岡城や越前織などの基本スポットに林田さんの希望を加える形で組まれ、自由度はかなり高い内容でした。
林田さん「選考にあたって、私の写真を見てくださったと伺いました。それで、やっぱりここは普通の地方とは感覚が違うなと思いました。私の写真はいかにもな地方写真ではなく、instagramも少し毛色が違う感じなんです。でもその世界観のままで撮っていいということかなと。そう思うと、とても嬉しかったですね」。
“私が面白いと感じる”三国町を潜ませる
撮影当日は、大雨で特急電車が立ち往生するハプニングからの幕開けながら、発見がとても多く、楽しい2日間だったそう。日本に12城しかない木造の丸岡城の天守閣、越前織メーカーが提唱するチロリアンテープなどのかわいい小物などと平行し、自らのアンテナに引っかかるものをどんどん写真に納めていきました。
林田さん「個人的には、丸岡城なら珍しい積み方の石垣、越前織なら規則正しく動く織機や精巧に表現されたフェルメール作品などに興味を惹かれました。特に越前織の工場はすばらしくて、規則正しく動く幾何学デザインの織機や、裏に渡る縫い糸まで美しく仕上げられた作品など、見どころばかりでした。いつかあのフェルメール作品のように自分の写真を再現してもらい、裏の面白さも伝えられるような展示をする。それが今の野望です(笑)」。
また谷口屋の油揚げを教えてもらって食べたところ、味のおいしさはもちろんビジュアルにもノックアウトされた林田さん。お土産として自宅に持ち帰り、おいしそうな角度や構図を研究して作品にしたというほどハマってしまったと笑います。
林田さん「いろんな地域を回るうちに、食は素材が大事だということに気づいたんですが、坂井市もまさにそうでした。こちらの油揚げがおいしいのは水がよいからで、さらに永平寺の精進料理が身近だったために、頻繁に食べる文化ができたのだそうです。食も地方のあらましと繋がっているから面白いんですよね」。
林田さんは、土地や風景だけでなく、身近な食材を撮影してその土地ならではの食を伝える活動も新たに思案中。単体の地域、地方食のイベントに留まらず写真も融合させれば、食や写真を通じて地方に興味を持ってくれる人が増えるはず、と力を込めます。
林田さん「ちゃんとつくられた素材はそれだけの値段がします。その価値を伝えたい、その価値をもっと上げたいと思うからこそ撮りたくなるんです。素材がいいのでそれだけで満足しちゃうのか、逆に凝った料理にはあんまり興味がないんです」。
地域にとっての写真の力
三国での経験は、「これから地方と関わっていく上での新たな自身の方向性を導き出す機会となった」と話す林田さん。新たな一歩を踏みだしつつある今、写真は地方にとってどのような威力になるのかを聞いてみました。
林田さん「まず『そこに行ってみよう』と思わせる力が写真にはあると思います。今の私が充分それをできているかはまだわかりませんが、引き続きそういう意識で写真を撮っていきたいです。実際、私が写真を始めた2013年頃は、そこまで地方も注目されていなかったんです。当時から、地方にもっと興味を持ってもらいたい、海外と比較して旅費の安さや近さで選ぶのではなく、その地域を楽しみながら、貢献できる旅をしてほしいと伝えたい気持ちもありました」。
ただ、初期はインスタ映えも考慮していたものの、話題になった途端に地域の受け入れキャパを超えるほどの人が集まってしまったり、場所が荒れてしまったりする状況を見たことで、あえてこだわることをやめたといいます。
林田さん「特定のスポットというより、『この地域に行けばこんな景色が見られますよ。本物の景色は自分で探しに行ってね』と背中を押すきっかけとなるような画を意識しています。それから、女性一人でもスニーカーさえ履いていれば行ける、安全な場所を選ぶことは絶対に守るようにしています」。
1度目の訪問で興味を持って今回も訪れたという、九頭竜川の土砂を水を濁らせず海に流し込む構造の「三国港突堤(通称:エッセル堤)」の写真。こんな場所や技術があるのかという驚きはもちろん、視点の面白さにも感心させられる一枚です。偶然見学に行った民泊が近年稀に見る素晴らしい場所だったり、大好きになった谷口屋の油揚げが「ついでに」と教えてもらった情報だったり。林田さんの感性を刺激したものの多くは、些細な出来事の中にあるものでした。そしてそれは、林田さんが過去にたくさんの地方を見てきたからこそすくい取ることができた、“三国にしかない特徴”です。
林田さん「地方を回っていたのは、じつは、地方に移住するのための場所探しを兼ねていました。でも今では、どこか一つの場所に移住してしまうと各地のよさが見えなくなってしまうんじゃないかと少し不安なんです」。
確かに、関係人口という枠組みで見た場合、多くの地方と都心を繋ぐ存在は珍しいのかもしれません。だけど、各地方と繋がるからこそ見えてくることは多いはずです。しかも、そのことを写真を通じた手法で都心の人々に伝えることは、紛れもなく新たな地方貢献といえるのではないでしょうか。
林田さん「そんな立場になれたらいいですよね。東京からの部外者というかたちではなく、できる限り土地の人々と関わって信頼関係を築いて、その土地を好きになりたいんです。都心のニュータウンに生まれ育ち、祖父母のいる場所も都心の住宅街でしたから、日本の原風景に大きな憧れがあるんでしょうね。だからこそ、第二の故郷をたくさん増やしたいんです」。
地域のために、写真を通じてできること
今回の活動に参加し、三国は先進的な土地という想像がやはり正解だったと話す林田さん。
林田さん「考え方や精神性が、全然違いました。新しいことをしよう、固定観念に囚われないでなんでもやってみよう、という思いがひしひしと伝わってきたんです。私たちを受け入れてくださる体制もとても柔軟で、行程はもちろん場所の滞在時間に融通を利かせてくださったことでとても撮りやすかったですし、個性も出しやすい依頼だったので本当に楽しかったです。チームの皆さんのことが大好きになったので、できれば今後も何かで関わっていけたら嬉しいですね」。
また、帰宅後に写真を提出すると「三国はこんな風に見えているんですね、新鮮でした」という坂井市・上田さんからの感想が届いたそう。さまざまな場所で撮影したシンメトリーな構図の記念写真も珍しいと好評でした。
林田さん「私ができるのは、その地域ならではのことをさりげなく写真やInstagramで伝えること。そのことを改めて確信できました。次は三国の地元の方とも、もう少し関わりたいです。その上で、私にしかできない撮影テーマを新たに見つけなければと思っています。でも文化に食、歴史とネタはいろいろありますから、ゆっくり考えたいです。季節ごとに見える景色も食も違うので、そういう追いかけ方をしてみるのもいいかもしれません」。
地域写真をテーマとする写真家たちに埋もれないよう、各地方への客観性を保ちながら撮影し続けることは並大抵のことではありません。「でも、それができた時に初めて他人には真似できないことができたと言えると思います」。笑顔ではあるけれど、林田さんのその言葉には力強さがありました。
林田さん「Instagramや写真、もちろん簡単なデザインなどでもお手伝いはできると思います。これまでにやってきたような写真をベースにしたイベントの企画も含め、今後もさまざまなかたちで地方と関わっていけたらいいですね」。
今回のインスタグラマー募集のように、ライトな関わり方ができる地方活動は意外と少ないのかもしれません。もう少し増えると柔軟に活動できていいのですが、とも。そんな珍しい関わりかたをした経験を振り返りながら、最後に三国のよさを語ってもらいました。
林田さん「言葉で言うのは難しいんですが、三国は趣がある、歩きたくなるまち、でしょうか。どこか懐かしくて、そこにいると気持ちが落ち着くんです。例えば、道端の灯籠のデザインはまちごとに少しずつ違うのですが、そこにもなんとなく統一感があったり、歩いているとみんなが挨拶しあったり。町内の人たちの仲のよさはもちろん、人がいない空間にもそうした暖かい空気感や人柄が感じられます。でもベタベタはしていないので、いい塩梅のまちだと思いますね。そうそう、油揚げの国内消費量1位って実は福井県なんです。ここに来るまで、こんなに大きな油揚げを見たことがなかったです!」
最後に、やはり油揚げを嬉しそうに語ってくれた林田さん。こんな風にお話を伺っていると、些細な言葉や一枚の写真が、地方へと人を惹きつけるきっかけや力になることは間違いないとさえ感じます。坂井市三国町のインスタグラマー募集プロジェクトは、そんな力をちゃんと知っている応募者と行政が出会えた幸せな一例となりました。
林田さんのInstagramアカウントはこちら。ぜひのぞいてみてくださいね。
文 木村早苗