⽥舎ではインターネットよりも、⼈のネットワークのほうが頼りになる。長野県中野市・間峠未希さん/宮崎県西都市・大沢なつみさん/宮城県丸森町・橋本沙耶花さん【地域おこし協力隊図鑑 #13-15】

⽥舎ではインターネットよりも、⼈のネットワークのほうが頼りになる。長野県中野市・間峠未希さん/宮崎県西都市・大沢なつみさん/宮城県丸森町・橋本沙耶花さん【地域おこし協力隊図鑑 #13-15】

日本全国で5,000人以上が活躍している地域おこし協力隊。そのきっかけはさまざまですが、ひとりひとり地域に向き合い活動しています。

コロナ禍の影響などもあり、移住を考える人が増える中で、移住先での仕事として地域おこし協力隊が選択肢の一つとして定着してきているように思い印象があります。そして協力隊を卒業した後、その経験を活かして地域で自分のやりたいことを実現する人も増えています。

今回取り上げる方々は、地域おこし協力隊をしながらその後の自分のやりたいことの実現のための準備をしています。一人目の大沢なつみさんは地域で唯一となる子どものためのアートスペースを、二人目の間峠未希さん町からはなれた静かな環境で美容サロンを、三人目の橋本沙耶花さんは市内で初のIT企業を、それぞれ起業しようとしています。

移住先で自分のやりたいことを実現したいと思っている方には参考になるのではないでしょうか。

 \趣味のスノーボードが存分にできるまちへ/
#13  間峠未希さん(長野県中野市)

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移住者と地域の人をつなぐ

移住・定住促進の担当をしていて、主な仕事は移住相談や移住セミナー、移住交流会の開催、移住体験ツアーの開催です。最近では今年廃校になった学校で思い出作りをする「感謝祭」を企画して、地元の方と一緒に開催することができました。

移住希望者×移住者×地元住民交流BBQフェス移住希望者、移住者、地元住民交流のバーベキュー

1年目は、平日は市役所に出勤して業務を行っていたのですが、2年目に入って自宅でも仕事ができるようになり、必要に応じて様々なところに出掛けていく形に変わりました。移住・定住の業務では、移住体験ツアーや交流会をブラッシュアップしながら続けていきたいです。また、業務時間外に、じつは美容サロンの開業に向けた準備をしていて、それも進めていきたいと思っています。

いつかは雪山の近くに移住したいと思っていた

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スノーボードが夫婦共通の趣味で、いつかは雪山の近くに移住したいと思っていました。コロナ禍で夫の会社が倒産し、それをきっかけに思い切って移住することにしました。夫はフリーランスで仕事を続けることにして、私は地域に溶け込むために地域おこし協力隊になるのがいいと思って、地域おこし協力隊の募集がある地域で移住先を探しました。

もともと美容サロンをしていて、移住先でもやりたいと思い、最初は起業型の募集を探しました。なかなかいいものが見つからない中で、起業型ではないものの、協力隊の業務をしながら起業の準備が進められそうで、場所も希望通りだった中野市を選びました。

中野市は志賀高原や斑尾高原に近く、1時間以内に行けるゲレンデが20ヶ所以上あります。今住んでいるところもスキー場まで車で20分くらいでいける抜群の立地です。

程よい距離感と静けさが快適

現在の住まいがあるのは、旧豊田村にあたる山あいの集落で、市の中心部までは車で30分くらいかかるので、スキー場のほうが近いくらいのエリアです。

もともと飼っていた犬を連れて移住するつもりだったのですが、犬を飼える賃貸住宅がなかなか見つからず、移住を諦めるかというところまで行きました。市役所の方に相談したところ、使われなくなった教員住宅なら犬を飼ってもOKということで移住することができました。

移住した先は、お年寄りも多い「田舎」ですが、周りの人たちが気を使ってくれて、程よい距離感で暮らすことができています。何より四季折々の山の風景に癒やされますし、鳥の声くらいしかしない本当に静かな場所です。埼玉に暮らしていた頃は大きな道路の近くに住んでいて始終車の音がしていたんですが、移住後は音のない生活の素晴らしさを実感しています。

草刈りなど集落の行事にはなるべく参加するようにしていますし、近所の一人暮らしのお年寄りの雪下ろしを手伝ったりもしていますが、やらせてもらっている感じです。野菜もたくさんいただきますし、今はりんごをいっぱいもらって困るくらいです。

屋根の雪下ろし3屋根の雪下ろし

自分がここで癒やされているので、サロンも、まちなかではなく静かな場所に開いて、癒される体験をしてもらいたいと思うようになりました。もちろんその分集客は難しくなると思いますが、それでもわざわざ来てもらえるような魅力を生み出すことができたらいいと思っています。

自分の「やりたい」を大事に

何のために地域おこし協力隊になるのかを明確にすることをオススメします。やりたいことをしっかり持って、そのために何ができるかを考え、それができる場所を選ぶ。私の場合は、雪山に近く、移住先もサロンを開業したいという思いで、そのための準備ができる中野市を選びました。移住後の生計を立てていくのはあくまで自分なので、そこはしっかりしておいて損はないと思います。

コロナ禍で直接訪れることはできませんでしたが、市役所の方にバーチャルツアーをしてもらい、まちのいろいろなところを見せてもらったのも大きかったです。予め地域のことを知っておくのは重要だと思います。

また、応募の段階からこちらの考えを伝えて、細かい部分まで役所と考え方のズレがないように話し合いをするのも重要だと思います。

長野県中野市のSMOUT地域ページへ >>
着任した年月:2021年10月
着任前の居住地:埼玉県さいたま市
出身地:埼玉県鴻巣市
着任前のお仕事:IT企業の事務・美容サロン

 \せっかく移住するなら、遠くの地へ行きたかった/
#14  大沢なつみさん(宮崎県西都市)

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自分の強みを活かせる仕事

宮崎県西都市の地域おこし協力隊は、市からの【命令業務】と、得意なことや強みを活かせる仕事を自分で提案する【自主企画業務】を半々の割合で行うことができます。

命令業務では、移住相談やSMOUTの管理、市内の各地域を紹介するZINE(小冊子)を作成しています。自主企画では、絵画造形教室の講師だった経験を活かして、⻄都市にひとつもない「地域の⼦どものためのアートスペース」の開業に向けた活動をしています。

せっかく移住するなら、遠くの地へ行きたかった

以前から静かな場所へ移住をしたいと思っていましたが、実際に移住を決めたきっかけは新型コロナウイルス感染症の拡大と、緊急事態宣言でした。都心の絵画造形教室で働いていたのですが、担当していたクラスがその影響で閉鎖になってしまい、そこで働く意味や働き甲斐を感じられなくなってしまったんです。

夫婦ともに旅行が好きで、国内外の知らない土地にいったときに「ここに住んだらどういう生活ができるだろう」とよく話していたし、夫も移住には大賛成だったので、勤めていた教室を退職し、移住支援センターに話を聞きに行くことにしました。

移住先を宮崎県と決めたのは、私も夫も、元々古代遺跡など昔の人が作ったものや、神社や神楽といった、人々が守り受け継いでいる伝統文化が好きだということがいちばんの理由。そして、せっかくなら誰も自分たちのことを知らないくらいの遠くへ行ってみたい、知らない土地で自分の力を試したいという思いがありました。

宮崎県の中でも西都市を選んだ理由は、西都原古墳群の風景に圧倒されたことと、知らない土地なのにどこか懐かしさを感じたこと。私は埼玉県内でも田舎の出身なので、故郷に似た景色があることに安心感を覚えました。

また、全国でも有数の神楽伝承地域であることに魅力を感じました。西都市の山奥に銀鏡(しろみ)という地域があって、500年以上前から舞われている銀鏡神楽は国の重要無形民俗文化財にも指定されています。その西都市がちょうど地域おこし協力隊を募集していて、自分の能力が活かせる業務形態だったこともあり、移住と協力隊への応募をほぼ同時に決めました。

子どもたちが元気で生き生きしていたら、その地域は元気になる

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協力隊の応募をする際、自主企画としてどんなことをするのか?という企画書を提出するのですが、私は市の文化財と子どもたちのアート活動を合わせた展覧会を軸とする「アートで地元愛をはぐくむ活動」を提案しました。その時はまだ西都市のことをよく知らなかったのですが、どの地域でも子どもが元気で生き生きしていたら、その地域は元気になると思っていて、それをアートを通して実現できればと思ったんです。

実際に移住してわかったのは、市内には子どもの絵画教室がひとつもないということ。それなら思い切って教室を開いてみようと決めて、協力隊卒業後に開業するという目標を立てました。

アートに触れる機会の数が、都会と田舎で差があるのは事実。これは本当にもったいないことだし、大人がなんとかしなければならない問題だと思います。実は美術的な才能があったり、美術やアートが大好きになれるはずの子も、その分野について知ることや体験することがなければ、持っている力を発揮することができません。

美術館やギャラリーが無くても、アートに関われる活動、たとえば自分で表現をする、身近な他者の表現を見る、学校や年齢の枠を超えた交流や鑑賞会をするなどの機会を増やすことで、都会と田舎の差を縮めることができればいい。自分がそのきっかけや場所づくりをすることで、少しでも地域活性化の力になれたらと思っています。

子どものためのアートスペース起業に向けて

協力隊1年目は、学校と児童館で油絵や工作のワークショップを開催し、地域の習い事に対する需要や子どもたちの興味のあり方などを知る時間を作りました。2年目に入った今はワークショップに加え、市街地にある店舗を借りて少しずつセルフリノベーションをしています。

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西都市はどちらかというとスポーツが盛んで、文化部がない中学校も多く、運動が苦手な子や絵が好きな子の居場所があまりありません。そんな中、ワークショップにきてくれる子どもやお母さんたちが「教室はいつから始まるの?」「早く開いてほしい!」と言ってくれるので、モチベーションが上がると同時に、文化系の習い事に対する需要の高さを実感しています。

また、絵画教室は地域の人たちと一緒につくり上げていきたい、地域と一緒に成長する場所にしたいという思いがあるので、市内の各家庭から、子どもが大きくなって使わなくなった画材や書籍などの寄付を集める活動も進めています。

地域ならではの交流に助けられながら、目標に向かって頑張れるように

西都市で暮らし始めて感じたのは、⼈と⼈のつながりの⼤切さと強さです。〇〇が欲しい・探している、〇〇をしたいんだけど誰かいい⼈はいないかというとき、いちばん早くて確実なのは、その⼟地の⼈に聞いてみることです。⽥舎ではインターネットよりも、⼈々のネットワークのほうが頼りになります。

それと、言い方はおかしいかもしれませんが、田舎の人が特に優しいというわけではないとも感じています。「⽥舎は⼈が優しい、温かい」ということを移住希望者の⽅からよく聞きますし、私⾃⾝そういうものなのかなと漠然と思っていましたが、たぶん優しい⼈の割合って、都会も⽥舎も⼀緒なんじゃないかなと思います。都会にいると必要に駆られないのでコミュニケーションが希薄になりますが、田舎では人と関わらずにはいられません。

また、移住して環境が大きく変わったことで自分の内面がとてもオープンになり、以前より人に頼れるようにもなりました。そうやって他者と関わる場面が増えた分、人の優しさに気づく瞬間が多くなったと感じています。

地域おこし協力隊になる人は、移住先で何がしたいかということを自分の中で明確に持っておくことが大事だと思います。⾃分で⾃分を応援するための⼒になると思いますし、地域の⼈とも打ち解けやすくなります。協⼒隊活動はゴールではなく、次の⽬標に進むためのステップとして考えてほしいです。

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着任した年月:2021年7⽉
着任前の居住地:神奈川県横浜市
出身地:埼⽟県⽇⾼市
着任前のお仕事:絵画造形教室講師(運営・指導・カリキュラム監修)

\丸森初のIT企業を立ち上げる!
#15  橋本沙耶花さん(宮城県丸森町)

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移住・定住サポートを軸に、やりたいことを実践

業務としては、まるもり移住・定住サポートセンターで勤務して移住体験の実施や空き家の案内、移住イベントを開催したりしています。それ以外にもいろいろ好きなことをやらせてもらっていて、丸森町のゲームアプリ「ぷにっとまるもり」を制作したり、NASAが主催する世界同時開催のハッカソン(NASAやJAXAが公開している宇宙、地球環境、衛星関連のデータを使ったアプリ等を開発するイベント)「Space Apps Challenge」を丸森町で開催したりもしました。役場の方も親身になってくれて、どうやったらできるか一緒に考えてくれるのを嬉しく感じています。

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NASAのハッカソンは毎年1回あって、東京にいた頃から7〜8年くらい参加していたので、丸森でもやりたいと思ったんです。都会だったら場所さえ借りればできるのでしょうけれど、丸森町だとWi-Fiがある施設も限られているし、参加者の食事の場所の用意考えなければいけないなど、どうやったらいいかわからなかったんです。

でも丸森町ってなぜか「これやりたい」というと、人が集まってきて、「僕はこれできます」「これなら協力できます」って助けてくれるんです。そういう丸森の文化があるからできたんだと思います。来年もやりたいと考えています。

夫婦で趣味の「自転車」のまちへ

私が秋田出身、夫が熊本出身で、どちらも都会生まれではなく、30歳を過ぎたくらいからキラキラした都会を離れて落ち着いた暮らしをしたいと思うようになりました。それで移住を考え始めてあちこち見て回るようになり、いろいろと検討しました。最終的にふるさと回帰センターで宮城県の方に話を聞いた時に、丸森町が自転車のまちだと聞いて、夫婦の共通の趣味が自転車だったので、いいなと思って。丸森に来てみたら、今までで一番しっくり来て、移住しようと決意することができました。

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その時にちょうどサポートセンターでパソコンができる地域おこし協力隊員を募集していたので応募しました。実は、移住しようというときに妊娠が発覚して移住が1年伸びたんですが、ポストを開けて待ってくれていてありがたかったです。

地域のみんなに見守られての子育て

不便であることを覚悟してきたんですが、生活する上では何も困ることがなくて、便利ではないかもしれないけど、特に不便でもないですね。車で30分行けばだいたいのものはあるし、本当にどうしようもないものは仙台に行けば絶対あるので。

丸森は人が押し付けがましくなくて、田舎特有の付き合いもあるんですけど、必要な分だけ手助けをしてくれる方が多くて、必要以上にグイグイ入ってくる人は、あまりいないです。

子育ての面でそれを特に感じていて、近所の人の家に上がり込んで遊んだりなどは当たり前だし、みなさんとても大事にかわいがってくれるので、みんなに見守られて育っている感じがしますね。都会だと地域の人の手を借りて子育てをすることはほぼないと思うので、それはすごく良かったです。

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丸森初のIT企業を立ち上げる!

協力隊卒業後も移住・定住センターで引き続き雇用される予定になっているので、丸森をたくさんの方に知っていただいて空き家の利活用を進めていきたいです。あとは別の協力隊員と一緒に「まるもりんく」という会社を始める予定です。私がシステムエンジニアで、もう一人がデザイナーなので、ホームページを作成したり、動画やチラシをつくったりという事業をやる予定です。すでに活動は始めていて、丸森にはIT企業がないので、パソコンやSNSの使い方を教えてほしいというところから、学校のIT教育のお手伝いみたいなところまでやっていこうと思っています。丸森のITリテラシー向上に寄与できればいいですね。

やりたいことはなんでもやっていますが、地域おこし協力隊になろうという人はみんなバイタリティが高いと思うので、移住してから自分のやりたいことはできると思うんです。でもやっぱり、その中でもまちのルールを守ることとか、まちの人に何かしてもらったらきちんと感謝するなど、謙虚な気持ちで生活することが大事だと思います。

あとは、移住したからといってずっとそこに住まなければいけないわけではないので、 ゆっくりと自分の好きな場所を見つければいい。季節ごとに変わってもいいし、あまり決めつけず、自分の心が一番落ち着く場所を見つけてほしいなと思っています。

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着任した年月:2020年4月
着任前の居住地:神奈川県横浜市
出身地:秋田県大仙市
着任前のお仕事:システムエンジニア
移住して地域おこし協力隊として活動し、自分のやりたいことを実現するには、自分らしくいられる場所を見つけ、地域の一員になることが大切です。そのためには、まずその場所を体で感じ、謙虚に地域の人たちの声を聞き、自分も周りの人たちも気持ちよく過ごせること。それができる場所や人に巡り会いたいですね。

文 石村研二