「縮小する都市」の未来を希望に変える、北海道ニセコ町「10棟20家族の村」プロジェクト

「縮小する都市」の未来を希望に変える、北海道ニセコ町「10棟20家族の村」プロジェクト

「人口減少社会において、どのように都市を再編していくのか。そして“社会・経済・環境”の3つの要素をバランス良く保ち、持続可能な都市をつくっていくにはどのようにしたらいいのか。」

こうした問いに答え、人口約5,000人の北海道ニセコ町を舞台に、実践的で具体的な活動を行なっていこうと2020年に始まったのが「都市未来研究会 IN NISEKO」です。この研究会を主宰するのが、株式会社貞雄・代表で建築家の土谷貞雄さん。土谷さんといえば「無印良品の家」の開発を手掛けたことでご存知の方も多いと思います。

そして、研究会の問いに対する実践のひとつとして、現在準備を進めているのが「10棟20家族の村」という村づくりプロジェクトです。これまで、国内外問わず、大規模な都市開発や都市計画のコンサルティングに携わってきた土谷さんが、なぜ今「10棟20家族の村」というミクロなプロジェクトをスタートさせることにしたのでしょうか。その真意と、自身も地域で暮らすことで見えてきた「縮小する都市」の持続可能な未来像について伺いました。

今のSDGsは、社会と経済を変えようとしていない

DSC_1576土谷貞雄さん

土谷さんがニセコ町で暮らすきっかけになったのは、まちづくり会社「株式会社ニセコまち」が手がけている「ニセコ生活・モデル地区(通称:ニセコSDGs街区/現ニセコミライ)」プロジェクトでした。土谷さんは、コロナ禍の影響で3年前、当時の拠点だった中国からやむなく帰国。知人からの相談を受け、持続可能な500人街区をつくるというこのプロジェクトに携わることになりました。ニセコ町はSDGs未来都市に選定されており、このプロジェクトは、2018年度自治体SDGsモデル事業に、先導的な提案事業として選ばれた官民連携事業でした。

途中からプロジェクトに入った土谷さんは、人口減少が進む中で新たに町の人口の10分の1が暮らす街区をつくる意味を自分に問い、地域住民と毎週、勉強会を開いて計画をつくり直していきました。現在はプロジェクトからは離れていますが「なかなかいい計画になったと思う」と話します。一方で土谷さんは、現在のSDGsに対する違和感も感じたのだそうです。

土谷さん「SDGsって、社会と経済と環境をバランスさせるって言っているんです。環境は、今までになかった問題だからわかりやすいとも言えるよね。自然環境と共存していこうということ。だけど今のSDGsは、社会と経済は元のままで変えようとしていない。社会も経済も変わって環境も変わるから、調和する可能性があるというのがSDGsなのに、社会と経済、特に経済をそのままにして環境と調和させようとしても、無理がありすぎるんです。そう感じるようになって考えたのが『10棟20家族の村』プロジェクトでした。ここでは小さいけれども、環境・経済・社会を矛盾なく考えてみた、そして中心市街地から離れたところにこうした小さな村をいくつかつくったら、それが将来的には連携してまちのモデルになっていくんじゃないかなと思ったんだよね。」

DSC_1547ニセコ町のいくつかの小さな村がたくさんできていくイメージ図

「10棟20家族の村」プロジェクトとは

DSC_1632「10棟20家族の村」がつくられる予定の敷地の一部。現在のオーナーさんは敷地の一画でワイン用のぶどうを育てているため、新たにつくる村にはワインの加工所をつくり、コミュニティ内で販売する構想もあるのだとか

「10棟20家族の村」プロジェクトは、ニセコ町の外れにある約9ヘクタールの広大な土地に、1棟30坪程度の家を10棟建て、そのほかにシェアハウスやセンターハウス、カフェ、ワインの加工所などを建てようという計画です。

広大な敷地には畑もつくり、食料の自給自足を可能に。インフラはオフグリッド化を目指します。これは、縮小していく都市において、将来的に今のインフラが維持できなくなることを見越してのことです。水は井戸水と雨水を利用。電気は壁型太陽光発電と糞尿をつかったバイオマス発電。このふたつで自給できれば理想的ですが、それだけでは賄いきれそうもないため、プロパンガス(天然ガス)を使ったコージェネレーションシステムも併用します。リスクヘッジのために最初は電線も引きますが、将来的にはそれも切り離していきたいと考えています。

これが、土地代も含めて、1棟あたり4,500万程度で建てられ、利用期間に応じてシェアします。ただし、セルフビルドをどの程度行なうか、建築資材に古材をどの程度使うかなど、今後の工夫によってかなり下げられるだろうと予測しています。

村は300人弱のコミュニティの共有財産

DSC_1615敷地から正面を見ると、羊蹄山が裾まで見える。遮るものが何もない絶景だ。ここで暮らせば、この景色が毎日楽しめる

こう概要を紹介すると、よくある開発プロジェクトやエコビレッジの計画に思えるかもしれません。しかし土谷さんはここで、社会・経済・環境の3つをバランスよく保ち、現在の私たちの固定概念を覆す、持続可能で豊かな村づくりを試みようとしています。

たとえば、ここで暮らしたいと思った人が買うのは、土地や建物の所有権ではなく使用権です。

土谷さん「この村に住む人のことは『出資者』と呼びます。そして、この土地全体を共有地として、住民全員で一つの会社をつくるんです。住む人は共有地と建物の使用権を買う。その使用権は譲渡も売買もできます。でも所有はしない。ここがすごく大きなポイントです。我々人間は、土地を所有したことによって大きな間違いを起こしてきたんじゃないか。つまり、自分のものだから自由にしていいと思ってしまったところがあったんじゃないかと思うんです。」

10棟の家の住民には、年間を通じて定住する人もいれば、都市部と二拠点生活を送り、3ヶ月や半年間だけ暮らす人もいると想定しています。半年間暮らす人は、半額の2,250万、3ヶ月間暮らす人は4分の1の1,100万程度で「使用権」を購入するというわけです。

10棟10家族ではなく、10棟20家族としてるのは、こうした理由から。現在の土地の所有者も、土地代を受け取った上で使用権を購入し、10棟のうちの1棟に対等な立場となって入居し、生活する予定なのだそう。また、20家族にとどまらず、月々数千円程度の会費で200人ほどのサポーター会員を募り、関係人口も含めた300人規模のコミュニティを構築します。

土谷さん「この土地は、300人弱のコミュニティの共有財産になります。そうすると、みんなでこの土地のバリューを高め続けることをやっていくことになる。その結果、売買もされるし、その価値を知っているサポーター会員が次の買い手になるケースも出てくるだろうと思います。」

まだ動き始めたばかりですが、すでに数組から住民になりたいと手が挙がっているのだそう。今後は一般募集を開始し、2025年夏の完成を目指します。

骨格の余白を埋めたものが、そのコミュニティの文化になる

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土谷さん「通常の開発プロジェクトは、村をつくってから住む人に来てもらいます。でもこのプロジェクトでは、住みたい人を先に集めてプロジェクトを始めようと思っています。なぜかというと、小さなコミュニティをつくる上でいちばん重要なのは、そこでどういう人がどう暮らすのかということだからです。」

土谷さんが今回のプロジェクトで考えたのは、コミュニティはどうやったらつくり直していけるのかということでした。

土谷さん「『らしさ』とか『文化』は、自分が与えたものに対して対価をもらうのではなく、与えることが自分のためであるというように、自分と他人を同化させていく作業です。そしてそれを自然にやっていくということが、コミュニティをつくり直していく上では重要なんです。これは、そもそも言葉にできないものだから言葉では伝えられません。『人の幸せはあなたの幸せなんだ』と言葉にした瞬間、宗教になってしまう。62歳のよそから来た僕がいきなり『これからは小規模分散型ですよ』なんて偉そうに言っても、そりゃカチンとくると思うし(笑)、それじゃ地域は変わらないわけです。

コミュニティっていうのはつまり、言語化できないものを感じられるっていうこと。だから僕は何も言わない。この村に、社会と経済を変えていきたいと思って集まってきた人たちでコミュニティをつくってもらう。その人たちが地域の人と新しいプロジェクトを始めたり、コラボレーションを始めたりすることで、地域全体も自然に変わっていくっていうのがいいんだよね。きっと、うまくいくコミュニティもあるだろうし、うまくいかないコミュニティもあると思う。でも、それはそれで運命であると。うまくいかなかったら誰かが入れ替わったり、みんなで解決策を考えたりする。コミュニティってそんな感じでいいと思うんだよね。」

DSC_1600今回のプロジェクトのベースにあるのが、都市未来研究会で作成した「ニセコ・コード」だ。これは都市計画などを文学的、定性的に考えていくパターンランゲージと呼ばれる手法を用いてつくられた、考え方の軸を示すもの。数量的な都市計画には限界があり、それだけでは美しいまちにはなっていかないのだと土谷さんは言う

そのためにも中心の軸はつくるけれども、隙間もたくさんつくり、自由度を上げておくことが大事なのだと土谷さん。

土谷さん「できる限り精緻な骨格をつくろうとして、結果的に骨格までつくれなくなっちゃうことって、都市計画ではよくあるんだよね。だからまちづくりでは、余白があることがすごく大事になってくる。みんなの意見が出てきて余白を埋めていったものが、そのコミュニティの文化になっていくと思うんです。」

今回のプロジェクトが魅力的に感じられるのは、この「余白」にあるのではないかと思いました。理念やルールが先行するコミュニティではなく、舞台は整えた上で、基本的な方向性を共有し、あとは住民に委ねる。すると、クリエイティブなプロセスが展開されることは容易に想像できるのではないでしょうか。

「縮小する都市」の危機感の広がり

DSC_1923この道の先が喜茂別町のプロジェクト予定地。ほとんどが原野に還り、ここに数百人が暮らしていた面影はない

このプロジェクトは、すでに広がりを見せています。じつは同様のプロジェクトが、ニセコ町とほど近い喜茂別町でも始まる予定です。共有施設などに違いはあるものの、仕組みはほぼ同じで、こちらは敷地面積に合わせて6棟を建てる予定です。

土谷さん「その土地があるところは、かつて200人が暮らしていた集落があったところです。それが100年かかって、今、最後の1人が住んでいるだけ。その人がいなくなったら、この集落はなくなってしまうんです。

喜茂別町は、海外からの観光客で賑わうニセコ町とは全然様子が違っていて,町の人や行政の人もこのプロジェクトに積極的に参加してくれています。今回の土地も、町有地を使う予定です。それはなぜかと言うと、かつて9,000人が暮らしていた喜茂別町では、今は人口が2,000人を切っていて、縮小する都市未来の予測がもう実際に起きているからなんだよね。そして喜茂別町のようなまちが、北海道にはたくさんあるんです。」

DSC_1647喜茂別町のプロジェクト予定地

すでに、中標津町で暮らす土谷さんの友人が、自分たちもやりたいと声を上げています。危機感は着実に高まりつつあり、広大な大地を有する北海道では、こうした小さな村づくりプロジェクトが受け入れられていく希望が大いにあるのです。土谷さんがニセコ町で暮らし続けている理由のひとつもここにあります。

土谷さん「300人の関係人口をもつコミュニティが10箇所集まったら、全部で3,000人です。ニセコ町の人口が5,000人だから、3,000人いたらかなり大きな力になる。しかもその3,000人は、社会を変えたいと思って集まってきた3,000人です。だから、建設的に未来を変化させる、より大きな力になる可能性があると思うんだ。」

初めに少しのお金を使って「お金を使わない世界をつくる」

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ここまででも十分ワクワクしてしまうのですが、真の持続可能な都市未来をつくるためには、社会と環境だけでなく、経済の問題にも向き合わなくてはなりません。土谷さんは、この小さなコミュニティ内では「基本的にビジネスはしない」と決めています。

土谷さん「ここでは、遊びに近いものだけをやります。たとえば、テントや小屋をつくって民泊をやるとか、カフェやシェアハウスを運営するとか、イベントやワークショップを開催するとかね。そしてこれらの売上は会社に組み入れていきます。」

美しいロケーションの広々した土地に、さまざまな施設、300人の関係人口。ビジネスとして考えても、多くの可能性があるとは思うのですが、なぜあえてビジネスにはしないのでしょうか。それは「持続可能な都市を実現するには、お金を借りて、その返済のために仕事をするという悪循環から抜け出す必要があるから」と土谷さんは言います。

土谷さん「資本主義社会をつくった根本的な構造は、金融システムです。銀行からお金を借りたら、金利分を誰かが負担しないといけない。だから、稼ぐというのはマイナスを返すというモチベーションになります。でもいくら努力して返しても、全額返されたら銀行はお金がなくなって困るから、もっと貸しますということになっていつまでも終わらない。このシステムがある限り、そこから外れることはできないんです。

この村づくりでやろうとしているのは、そもそも『稼がない』ということです。最初にお金を投資してもらう必要はあります。ローンを組む人は、そのローン分だけはしょうがないので働いてもらうしかありません(笑)。でも将来的にはDIYを駆使し、お金がなくてもチャレンジできるハードでマニアックなケースも出てくるはずです。つまり、「初めに少しのお金を使って『お金を使わない世界をつくる』ということをやっていきたいんだよね。」

とはいえ、資本主義が席巻する現代社会とお金を使わない世界の実現との間には、まだまだ大きな乖離と矛盾があると感じます。本当にお金を稼がないで暮らしていけるのかという疑問は完全には拭えません。

土谷さん「そのとおりだと思います。僕が小さなコミュニティをつくろうと思った原点は、まさにそこです。そういう環境をつくらないと、もともとのシステムからはなかなか抜け出せない。だからまず、小さなコミュニティ内でもいいのでから、お金から解放される状態をつくる。それがとても大事なことなんだよね。」

つまり土谷さんは、まずは小さい単位から、そもそもの社会と経済の前提を変えていこうとしているのです。

経済が変わるためには、通貨が変わることが重要

DSC_1602土谷さんのオフィスにあった地域通貨の参考書籍

そこでカギとなっていくのが「地域通貨」です。

土谷さん「地域通貨は、マイナスやプラスが出る法定通貨と違って、総和が常にゼロになる通貨です。だから、プラスであってもマイナスであってもいい。最初から町全体で広げようとすると大変だけど、小さなコミュニティで使える通貨であればうまくいくんじゃないかと思っています。

そうやって10年経ったら、通貨の状況も大きく変わってきます。10年の間に、地域通貨は各地にもっと増えていくと思うし、地域通貨と地域通貨が兌換(だかん=引き換え)できるようになっていく。企業が発行しているマイレージが、地域通貨と同等に使えるようになるかもしれません。そうすると暮らしがもう少し自由になると思う。」

いずれは、法定通貨に頼らずに、地域通貨だけで経済が循環する社会になるだろうと土谷さんは考えています。

土谷さん「経済の根本は通貨なので、経済が変わるためには通貨が変わることがすごく重要なんです。今の地域通貨に限界があるのは、医療や交通手段など、生活に必要なサービスには使えないということ。そうなると、法定通貨を稼ぐことが一部で必要になってきてしまいます。そういうものにこそ地域通貨が使えれば、法定通貨がなくなる日も本当に来るんじゃないかと思うんだよね。

ただこういうことは、今日から明日でガラッと変化することはない。徐々に変わっていくものだから、まずは、コミュニティという最小単位の核の中で、暮らしをお互いにサポートし合えるようになっていくことから始めるのがいいと思うんだ。」

実現可能な規模で、新しい経済の形、つまり法定通貨に左右されない社会をつくってみる。そして、小さな成功事例を集め、持続可能なコミュニティ同士が連携していけば、新たな価値観が浸透していき、社会全体が変化していくのです。

シェアすることで「稼がない」暮らしを実現できる

DSC_1620ニセコ町の中央を流れる尻別川

土谷さん「中標津町に、40頭の牛を完全放牧で育てている牧場経営者がいます。彼の牧場の牛乳はおいしいと評判になり、1本400円で売られています。借金もないし、毎日ゆとりをもって楽しく暮らしているそうです。時代は明らかに変わりつつあります。彼のように、スケールを小さくするほうがいいんじゃないか、お金っていうものに触らないほうがずっと幸せなんじゃないか、そういうことにみんなが気づき始めている。

でね、もっとすごいのが、その人が今の若者に自分の機械を貸してあげたら、4頭で成立するって言うんです。つまり今度は「シェア」っていうことを考えていくと、協力し合えば4頭でみんなが生活できるようになる。そして4頭だと、1日数時間働けばいいだけだって言うんだよね。」

驚きました。どこに幸福の価値を置き、どう助け合うかで、こんなにも暮らしは変わっていくのです。そして、シェアするということが、大きな可能性を秘めていることに気づかされました。

土谷さん「そうすると、余った時間でほかのことをやれるようになるよね。それも、生活は成り立っているんだから、ビジネスじゃなくてもっと楽しいことをやればいい。僕だったら、建築が好きだから建築をやればいいわけ。そのとき、お金はもらってもいいし、もらわなくてもいい。今日も、知り合いの家の玄関をつくるかわりに大根をもらってきたんだけど、それで全然いい(笑)。本質はそこではなくて、それを無理にやらなければいけないとか稼がなければいけないっていう環境をなくすべきだというところ。つまり、お金を稼がなくていい暮らしをベースにすれば、お金をもらおうがもらうまいが、やるかやらないかを自分で決められるっていうことなんだよね。」

DSC_1608ニセコ町にきてからすっかり釣りにハマったという土谷さん。冬以外は、毎日のように川に行って釣りをしているという

人口減少社会、縮小する都市などというと、なんだか暗い社会が待っているように感じられます。現代の資本主義社会の視点で考えれば、それは確かにそのとおりです。しかし、SDGsの本来の考え方に照らし合わせ、経済・社会・環境のすべてをバランスをとりながら変化させていけば、そこにはまったく新しい価値観の世界が生まれていきます。

社会に、そして世界に、さまざまな綻びが見え始めている今、私たちは根本から生き方を見直す時期に来ているのではないでしょうか。「10棟20家族の村」プロジェクトは「縮小する都市」という絶望が、希望にトランジションする最初の灯火かもしれません。

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文 平川友紀