特定地域づくり事業をただの派遣事業にしない。「智頭町複業協同組合」が推進する“林業マルチワーカー”という働き方とその仕組み

特定地域づくり事業をただの派遣事業にしない。「智頭町複業協同組合」が推進する“林業マルチワーカー”という働き方とその仕組み

人口が急減している地域において、農林水産業や商工業などの地域産業の担い手を確保しようと、令和2年度に始まった総務省の「特定地域づくり事業協同組合制度(以下、特定地域づくり事業)」。これは、労働者派遣事業などの特例措置として、特定地域づくり事業を行う事業協同組合に対して、国が財政的、制度的な支援を行うものです。

組合の職員は、マルチワーカーとして季節ごとの労働需要などに応じ、複数の組合事業者の仕事に従事することができます。この制度を活用すれば、事業者側は必要な時期に合わせて必要な人材を確保することができ、事業の維持や拡大がしやすくなります。一方、組合の職員として雇用された人は、産業が少ない地域で安定した仕事の獲得が可能です。また、複数の事業に携われることで、自分に向いている職業を探すことができたり、移住者の場合、地域での関係性を構築しやすいなどのメリットがあります。

まだ始まったばかりのこの事業は、現在急速に全国に広がりを見せています。2022年10月時点で65組合が設立され、その数は、今後も増えていくだろうと言われています。

こうした中、いち早く地域の特性を生かした事業展開を行ない、着実に成果を見せているのが2021年4月に設立された、鳥取県智頭町の「智頭町複業協同組合」です。智頭町複業協同組合は、まちの主要産業である「林業」に着目し、林業マルチワーカーを主軸においた人材育成と雇用に注力することで、募集を開始してから半年強で4名の雇用を実現しました。そのうち3名が林業をメインに働く林業マルチワーカーです。

林業人材の獲得は、全国の中山間地における共通の課題なのではないでしょうか。そこで、実際に組合の仕組みづくりや運営を行なっている専務理事で事務局長の星野大輔さんに、智頭町複業協同組合の仕組みや今後の展開を伺いました。

コーポレートスローガンは「地域の人事部」

DSC_1278「智頭町複業協同組合」専務理事・事務局長の星野大輔さん。東京在住だったが、現場に入っていかないとこの事業はいい形では実現できないだろうと思ったこと、コロナ禍でリモートワークが推進され、東京でなくても仕事ができるようになったこともあり、智頭町への移住を決めた

智頭町複業協同組合は「地域の人事部」というコーポレートスローガンを掲げ、地域全体をひとつの会社に見立てて、その会社(=智頭町)の人事機能を集約して担っていくことを目指しています。星野さんは新規事業開発や人事の仕事を長年手掛け、以前勤めていた会社の研修で智頭町を訪れたことがありました。そのときの縁で、面識のあった智頭町の職員から複業協同組合づくりに協力してくれないかと打診があり、設立から携わることになりました。

智頭町は、ブランド杉「智頭杉」で知られる大林業地です。まちの面積の約93%が森林に覆われ、林業は地域の主要産業のひとつでもあります。一方で人口は減少の一途を辿り、ピーク時に1万3000人いた住民は、現在は約半分の6,500人。600人いた林業従事者に至っては、なんと10分の1の60人しかいない状況なのだそうです。

林業人材の育成・雇用には潜在的な可能性がある

DSC_1828智頭駅前にある観光案内所も、組合職員の就業先のひとつ

星野さんは、はじめから林業人材に特化しようと考えていたわけではなかったそうです。

星野さん「最初、複業協同組合のニーズがまったくなかったんですよ(笑)。組合を設立して、実際に動き始めたのが2021年の7月ごろ。ちょうど2回目の緊急事態宣言のときで、むしろ人を連れてこられたら困るという雰囲気がありました。かつ観光業が大打撃を受けて、客数が3分の1まで減っていた。だから別に人はいらないし、雇えないからできませんという感じで。この組織いったい何なの、みたいな雰囲気が正直ありました。」

このままだとまずい。そう思った星野さんは、あらためて智頭町での採用需要と事業のあり方を調査・検討しました。

星野さん「智頭町の総合戦略にも林業家が不足しているため、林業家を増やしていくという計画が書かれていました。だから、林業人材の雇用・育成は、潜在的には大きな需要があるだろうと思っていました。ただ、派遣スタイルと林業という職種は合わない、それだと働いてもらうのは難しいという意見もあったんです。そこでまずは、若手の自伐型林業家がどういう課題を感じているのかをヒアリングしていったんです。」

すると、いくつかの経営不安が明らかになってきました。自伐型林業家は小規模な事業者が多く、人材の雇用・育成の必要性を感じつつも、継続雇用には不安がありました。それは、豪雪地帯で冬の間は仕事ができないこと、雨の日は作業が中止になるといった一次産業ならではの課題も大きく影響していました。

また、林業は材木が売れなくなったことで経済合理性がなくなり、現在は、補助金によってなんとか成り立っている状況です。経済的にも時間的にも新人の育成を手がける余裕はありません。そしてその点で、繁閑調整が可能な特定地域づくり事業には、じつはものすごく魅力を感じているということもわかりました。

星野さん「本当にできるなら嬉しいと言われて、それなら実現していく方向で考えましょうと協議していきました。」

緑の雇用制度・智頭版をつくる

DSC_1833山々に囲まれた智頭町の風景

各林業事業者と密にコミュニケーションをとり、考えられる課題をひとつずつクリアにしていった星野さん。なかでももっとも大きな障壁だったのが制度の問題でした。

星野さん「林野庁がやっている『緑の雇用制度』というものがあります。これは、林業をやっている方ならみんな知っている国の制度で、人材を雇用したら、最初の3年間、かなり手厚い支援が受けられるというものです。ただ、複業協同組合は派遣会社という扱いになり、林業事業者にはあたらないので、組合の職員にはこの制度が適用されないんですね。そこがボトルネックになっているということと、そこが解消できれば人材が集められるんじゃないかという仮説があって、林野庁にも制度を拡大してほしいとお願いに行きました。」

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特定地域づくり事業が全国に広がりを見せる中、林野庁でも模索はしてくれたものの「国の制度としては今すぐには広げられない」という結論に至りました。そこで星野さんが何をしたかというと、なんと智頭町に緑の雇用制度の智頭版をつくってもらったのだそうです。緑の雇用制度とほぼ同等の助成が受けられる制度をまちが独自につくったことで、一気に特定地域づくり事業における林業人材の雇用・育成が現実味を帯びることになりました。

星野さん「そこが智頭町のすごいところですね。智頭町は行政も新しい取り組みに積極的ですし、住民自治の実践でSDGs未来都市に認定されていることもあって“まぁやってみんさい”という空気があるのかなと思います。制度ができたおかげで智頭町らしい独自性のある事業になりましたし、人材採用を始めてから、家族も含めて6名が移住しています。そこはまちに対しての大きなインパクトになっているんじゃないかなと思います。」

まちだけではありません。対個人に対しては、就業のハードルが高かった林業に「半林半X」という形で関わる新たなライフスタイルを提供し、対事業者に対しては、新たな人材の獲得はもちろん、組合を通じた人材のシェアによって、事業者を横断した施業計画や人材育成を実現しつつあります。

組合企業は9社でスタートし、現在は13社。そのうち6社に実際に派遣を行なっており、5社が林業事業者です。平日4日は林業事業者で働き、週末1日は観光業や飲食業で働くという林業マルチワーカーのスタイルが定着しつつあります。

通称「ドラフト会議」で、横断的に人材を育成する

IMG_2410ドラフト会議、開催中

星野さん「私は、特定地域づくり事業をただの派遣事業としてやっていたら、税金を投入して人手を入れることで、その産業が衰退するまでの時間稼ぎをするだけになってしまうのではないかと懸念していました。だから、せっかくなら自立的な成長をどうつくるかということにチャレンジしていこうと思って進めているんです。」

「多くの地域が同じように複業協同組合を立ち上げているのに、人を大切にしないところにいい人はやってこない」と星野さん。そのためには個々の個性と適性を見極め、育てながら事業の成長までつなげていくことが大切になります。

そこで智頭町複業協同組合では、林業事業者と町役場、森林組合などが定期的に集まって人材育成会議、通称「ドラフト会議」を毎月実施しています。これは複業協同組合が派遣している職員について、今のコンディションや保有資格の確認、現場ではどんな経験を積んでいるかといったさまざまな情報を各事業者で共有するために行なっているものです。

じつは取材当日の夜は、ちょうどこのドラフト会議の日でした。お邪魔させていただくと、個々のメンバーが今どんな仕事ができるようになっているのかといったことや、この仕事は安心して任せられる、あるいはこの作業はもう少し経験が必要といったリアルな情報共有が行われていました。

また、来月は仕事が少ないのでいつもよりシフトを減らしたい、じゃあその分うちにきてもらいたいなど、シフトの調整もみなさんで顔を突き合わせるように進められていました。組合の職員は長い人でもまだ働き始めて半年程度。今後、どう成長していってくれるのかは、林業家のみなさんも大いに期待しているところではないでしょうか。組合企業が職員を温かい目で見守り、自分ごととして育成に携わっていることが肌で感じられました。

星野さん「智頭町では、現場レベルで人材の可視化ができていて、育成方針もみんなで考え、みんなで育成を担っている。これは全国的にも珍しいケースだと思います。」

DSC_1830ドラフト会議が開催されていたのは、林業家たちが仕事終わりに集まってくるという、その名も「TAMARIBA」。勉強会や飲み会など頻繁に開かれているのだとか。日頃から事業者間のコミュニケーションがしっかりあることが、智頭町複業協同組合との良好な連携につながっている

これは智頭町のように、もともと地元の林業家コミュニティが機能しており、事業者も若い世代が多く、課題解決に積極的に取り組む意思があったことが大きな成功要因だと、星野さんは感じています。

星野さん「智頭町のように、若手の自伐型林業家のコミュニティが成立してるところってあまりないんですよ。林業のプレイヤーが揃ったコミュニティがすでにあったことは、特定地域づくり事業を進めていくうえで大きかったと思います。彼らがいなかったら今の仕組みはうまくいかなかっただろうと思うし、このコミュニティがあったからいけるなって考えた部分もありました。やっぱり、いいコミュニティがないと新しいものってつくれないんですよね。」

飛び込んでみて現場を経験することで、そのさきの人生が動いていく

こうしたマルチワーカーの仕組みは、林業や山間部の暮らしに興味のある人々から大きな反響がありました。移住スカウトサービス「SMOUT」だけでも200人近い方々が興味をもってくれたそうです。応募した動機はさまざまですが、現在、組合の職員として働くみなさんは、どのような点に魅力を感じ、実際に働き始めてどう感じているのでしょうか。

DSC_1350太刀川晴之さん

2022年5月に入社した太刀川晴之さんは、もともとは環境省職員として働いていたという異色の経歴の持ち主です。地域の中で地に足をつけて生活し、もっと直接的に自然と関わる仕事がしたいと思っていたときに、SMOUTを通じて智頭町複業協同組合の募集を見ました。林業はまったくの未経験でした。

太刀川さん「複業協同組合なら、林業が柱ではありますが、飲食や観光にも関わる余地があるので、林業の経験を積みつつ、自分の働き方をもう一度考えてみることができるのではないかと思いました。智頭に来てから生活はすごく充実していて、本当にストレスフリーです。仕事に関しては、飛び込んだからこそ、林業の大変さも実感しています。今後もずっと複業協同組合にいるのか、地域の林業の事業者に入るのか、あるいは林業をやりながらほかの仕事もしていくのかなど、そのあたりはまだ自分の中で考えているところですね。」

DSC_1457今関崇文さん

9月に入社したばかりの今関崇文さんは、長野県伊那市で2年半ほど林業に従事していました。お子さんが生まれたことをきっかけに、奥様の実家が近いエリアで仕事を探し、智頭町の自伐林業家さんに直接コンタクトをとったところ、複業協同組合を紹介されました。事業者単体での雇用は難しくても、組合であれば雇用できるケースもあります。

今関さん「実際に智頭で働き出すのはこれからなので、まだどんな感じなのかはわかりません。ただ、長野の山は松がほとんどでしたが、智頭はほとんどが杉。なので、やっぱり山が全然違うなということは感じていますね。」

DSC_1415田切佳穂さん

現在、林業マルチワーカー以外の唯一の職員、田切さんは、観光協会と飲食店の仕事を兼任しています。星野さんは、観光業に復活の兆しがあること、林業人材の需要が今後さらに増えていくことを見据え、林業マルチワーカーが極力林業のシフトに入れるよう、現在週1~2回程度働いてもらっている観光業や飲食業の仕事をメインで担当する職員の雇用も増やしていく予定です。

田切さん「マルチワーカーのいいところは自分のフィールドが複数できることです。週5日、同じところで働いているとマンネリしたり、仕事がうまくいってないときにつらいこともあるかもしれませんが、今はどちらかの仕事で悩んでも、もうひとつの職場で相談することができています。人の繋がりも倍なのでとってもありがたいんです。デメリットはまったく感じてないですね。」

さらに、もともと趣味でイラストを描いていたという田切さんは、智頭町にきてから、ロゴの制作などイラストの仕事を依頼されるようになり、忙しくも充実した日々だそう。

複業協同組合は「まずは飛び込んでみよう」ということが比較的容易にできるのが魅力のひとつかもしれません。そして飛び込み、現場を経験することで、その先の人生が動いていくことも、多々あるのです。

智頭町を、「林業人材」の育成地に

IMG_2401広報と採用を担当している事務局の綿引彩香さん(右)は、神奈川県在住。地域の担い手不足と運用費の削減のため、事務局業務は副業人材にリモートで行なってもらっている。この日は研修のため智頭町に。この副業人材募集に250人以上から応募があったというから注目度の高さが伺える

特定地域づくり事業の方向性が定まり、軌道に乗り始めた今、星野さんが可能性を感じて、林業事業者や町役場と話を進めているのが、智頭町を林業人材の育成地としていくことです。

星野さん「智頭町は若手の林業家が多くて、とてもいいコミュニティが形成されています。今回も、みんなで人材を育成しようとしていて、そこが本当にすばらしいと思っていて。ひょっとしたらここは育成地に向いているんじゃないかと思ったんですね。もちろん、まずは複業協同組合や智頭の林業の中での就職を考えてはいくんですけど、全国の林業地から頻繁に問い合わせや相談がくるのを鑑みると、智頭で育って、ほかの林業地で活躍するという考え方もありなんじゃないかなと思い始めました。そして、そういうスキームをまちと森林組合と自伐林業家のみなさんと一緒につくろうと動いているところです。」

これが実現すると、地域内での事業者の連携だけではなく、ほかの地域の複業協同組合との連携もできるようになるのではないかと星野さん。

星野さん「たとえば冬、智頭町は林業の仕事がないんですけど、九州なら仕事があるんですよね。林業マルチワーカーには、いろいろな林業現場を経験できるという強みがあります。うちの職員も組合で働き始めて4〜5ヶ月で、複数の事業者の現場を経験し、複数のやり方を覚えているんです。これがさらに、たとえば冬に九州にいって広葉樹も扱えるようになると、それが彼らのブランドになっていくんじゃないのかなと。そんな新しい生き方がつくれたらいいなと思っています。」

中山間地域の成功事例をつくりたい

DSC_1801社員研修も定期的に実施。この日はSNSの活用についてレクチャーを受ける。地域をよく知るための民泊体験なども行なっているそう

さらに最近、星野さんは複業協同組合とは別に、個人で会社を立ち上げたのだそう。これは移住者を恒常的に増やしていくには地域に仕事があることが重要で、地域事業者の成長や新規事業の創出が必要不可欠だと考えているからです。

星野さん「特定地域づくり事業は、やはりサポート機能なんですね。中間支援組織として、人事の面でバックアップすることを前提に考えられているものです。でもそれだけだと地域の発展や成長にはつながりません。本来は事業の成長や創出と、人材育成による生産性の向上の両方が必要だと思っているので、別の立ち位置として事業開発の会社もつくったんです。まだ、これから動き始めるところですけどね。

そして、特定地域づくり事業という国の事業を担っている責任感としては、中山間地域の成功事例をつくりたいという思いがあります。この制度は、発祥となった海士町複業協同組合さんなど離島では比較的うまくいっている印象があるんですが、中山間地域では、まだそこまでの成功事例がないんです。でも日本には中山間地域のほうがずっと多いですよね。だからそこに一石投じられる取り組みにできたらいいなと思っています。」

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自然災害や環境破壊などの影響が拡大しつつある昨今、森林の管理と整備を手がける林業は、とても大切で重要な仕事です。林業人材を育成する一方で、新たな事業モデルを構築して林業が再び新しい産業として成長していくことで、これからの中山間地に本当の意味での希望が生まれるのではないかと思います。

智頭町複業協同組合では、今年度はさらにもう2名、来年度には10名ほどの採用を目指しているとのこと。今後の発展と職員ひとりひとりの成長、さらに智頭町から広がる中山間地の林業コミュニティの連携からどんな展開が巻き起こるのか、今から楽しみでなりません。

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文:平川友紀