カフェを軸に、サステナブルな地域をつくる。乗鞍高原「ゲストハウス雷鳥」オーナー藤江佑馬さんに聞く、ゼロカーボンへの挑戦

カフェを軸に、サステナブルな地域をつくる。乗鞍高原「ゲストハウス雷鳥」オーナー藤江佑馬さんに聞く、ゼロカーボンへの挑戦

北アルプス山域に広がる中部山岳国立公園。その一画をなす長野県松本市の乗鞍高原は、夏は避暑客、冬はスキー客が集う高原リゾート。2021年、環境省の進めるゼロカーボンパーク第一号に登録され、脱炭素化への取り組みをまちぐるみで進めています。

気象予報会社を辞して同地に移住し、古い温泉宿をゲストハウスに、土産物店だった空き店舗を地域循環型カフェにそれぞれリノベーションし、話題を集める人物が藤江佑馬さん(39歳)。「地域全体でゼロカーボンに挑み、乗鞍高原を持続可能な観光地の先駆けにしたい」と語る藤江さんに、自身のこれまでの取り組み、乗鞍高原の今後のあり方について聞きました。

乗鞍のポテンシャルに惹かれ、温泉付きゲストハウスをオープン

DSC_7362「ゲストハウス雷鳥」のオーナー、藤江佑馬さん。宿はJR松本駅から電車とバスを乗り継いで2時間ほどの、乗鞍高原にある

藤江さん「小6のとき『雪がなぜ年々雪が降らなくなっているのだろう?』と疑問を持ち、COP3の開催を機に温暖化を知り、将来、なんらかの形で地球環境の改善に関わろうと思うようになりました。」

「夕方のテレビニュースの天気予報を全局見ないと気が済まない、天気が大好きな子どもでした」と藤江さん。中2のとき、COP3(国連気候変動枠組条約第3回締約国会議)が京都で開かれたことで地球温暖化に関心を持ち、進学した新潟大学で気象学を専攻しました。

地球環境の改善を訴える番組を作りたいとマスコミへの就職を希望するも、「試験は全滅」。ただ「営業職として潜り込んだ気象情報会社での仕事が、すごく面白かったんです」。

香港やシンガポールに駐在し、海運業界を担当。

藤江さん「特に外洋船は、航行時に風、波、潮流の影響を受けるため、選ぶ航路で燃料の消費量やCO2排出量が一変する。経済的にも環境的にもやさしいベストな航行計画をリアルタイムで作成し、提案する仕事はやりがいに満ち、英語での交渉力も付きました。」

東日本大震災後は仙台に赴任。防災工事業者に気象情報を提供するなど、被災地復興の一翼を担いました。転機は33歳のとき。

藤江さん「まだないモノやサービスをつくる過程に喜びを感じるタイプなのに、10年後、20年後の“会社員としての姿”が想像できてしまい、別の挑戦をしたくなりました。」

選んだのは、乗鞍での温泉宿の経営でした。

藤江さん「仙台での赴任中、仕事の合間に温泉に浸かると心底リラックスできた。働き詰めの現代人に、温泉地に逗留し、心身を整える湯治文化を楽しんでもらいたいと思いました。」

登山に熱中した学生時代、乗鞍に通いつめていた藤江さんは、1970~90年代に多くの観光客で賑わった、この地の山岳リゾートとしてのポテンシャルを強く確信しました。

藤江さん「シャトルバスが標高2,700mまで運んでくれるため、誰でも高山植物を気軽に眺められ、少し頑張れば3,000m峰にも挑める。しかも良質な温泉が湧いていて、雷鳥など希少な野生動物にも出会える。近年はシニア層以外の認知度が下がっているものの、情報発信しだいで新しい需要を掘り起こせると思いました。」

物件探しを始めて間もなく、高齢の夫婦が営んできた温泉宿を紹介された藤江さんは、解放感のある露店風呂に一目惚れ。改装の末、2016年に「ゲストハウス雷鳥」を開きました。

DSCF9303前オーナーから引き継いだ宿を改修し、2016年にオープンした「ゲストハウス雷鳥」の共有ラウンジ

夏は欧米、冬はアジアからのインバウンド客を獲得

営業形態をゲストハウスに変えたのは、インバウンド客が右肩上がりに増えていた当時の時流をとらえてのこと。

藤江さん「乗鞍からバスですぐアクセスできる上高地は、外国人旅行者にも大人気ですが、宿泊施設は富裕層向けが多い。安価に泊まれるゲストハウスなら、上高地観光に来た外国人を引き寄せられると考えました。」

英語での情報発信を行い、狙い通り、避暑地での気軽な長期滞在を好む欧米の旅行客を獲得。さらに山岳ガイドの資格を活かしスノーシューツアーを企画すると、雪に憧れる台湾などの個人旅行客にヒット。夏冬の集客に成功し、3年目にして黒字化を達成しました。

コロナ禍以降はターゲットを国内客にシフト。

藤江さん「実は開業当初から、インバウンド客を柱としつつ、国内客向けの長期滞在パックも打ち出していましたが、注目度は低かった。コロナ禍になり、『30分貸し切れる温泉に癒されつつワーケーションを』と発信したら、リモートワーカーが続々やってくるように。」

その多くは、静かに過ごしたい“おひとりさま女性”。

藤江さん「かつての『交流が楽しいゲストハウス』というコンセプトは、最新の宿泊者ニーズとマッチしなくなっている。今、ここを訪れる方々に最大限リラックスしてもらうため、宿名からゲストハウスをはずすことも検討中です。」

DSCF9314「ゲストハウス雷鳥」の共有キッチン。リクエストに応じ、朝食も提供している

旅先で見たスローガンをヒントに地域循環型カフェの開業を決意

国立公園と聞くと、「自然そのままの姿」だと考えがちですが、「国立公園の景観は里山などと同様、人が暮らし、手をかけることで維持されています」と藤江さん。ただ近年、日本の国立公園の利用者は減り、国立公園を資源とする地域の観光産業が衰退。その担い手たちが地域を去り、多くの国立公園は環境保全活動が十分に行えない状態。乗鞍も例外ではありません。

藤江さん「国立公園を維持するには、自然環境を保護する、住民が暮らし続けられるよう、地域経済を活性化させる、の2つを同時に行う必要があります。ではどう進めるか。宿が軌道に載り、地域に目を向ける余裕が生まれた開業4年目頃から、それが僕の新たな命題となりました。」

ヒントは意外な場所にありました。

DSC_7435毎年、オフシーズンの11月から12月は宿をクローズして旅に出る。「どんなに忙しくても、自分を見つめ直す時間が必要。ニュージーランドに旅行する時間があったからこそ、カフェのアイデアも生まれました」

藤江さん「休暇先のニュージーランドで地域のスーパーに行くと、『地元の店で買い物し、食べ、お金を使おう。その消費スタイルが新しいトレンドを生む』と書かれたPOPがありました。そのスローガンを見た瞬間『これだ』と閃き、乗鞍に地域循環型のカフェをつくったらいいのではと思いつきました。」

なぜカフェが解決策になるのでしょうか?

藤江さん「地域食材でつくった乗鞍ならではのメニューをカフェで提供すれば、それを目当てに観光客が集まり、地域にお金が落ちて雇用が生まれます。経済が回れば、人口流出にも歯止めがかかり、地域の持続可能性が向上しますし、輸送距離が短い分、CO2排出量が削減され、気候変動問題解決の一助にもなります。」

出店先は観光センター内の土産物店だった一画。「そこはバスターミナル正面という乗鞍観光のハブなのに、空き店舗になっていました。ここに店をつくれば、賑わいも演出でき一石二鳥だと思いました。」 

DSC_7615カフェ「GiFT NORiKURA」の店内。ジェラートのほか、東ティモール産のフェアトレードコーヒー豆を乗鞍で焙煎したコーヒー、おやき、ベーグルサンドなども提供している

DSCF9369黒板になった壁を使い、木のリユース容器を使う理由、店舗から出るごみの量などをイラストで紹介。おしゃれな雰囲気の中、地域の食材でつくられたフードを味わいつつ、持続可能な社会について自然に学べる仕組みとなっている

地元素材で手づくりしたジェラートをおしゃれなリユース容器で提供

カフェを軸に乗鞍高原をサステナブルな地域にする。それが気候変動へのアクションと、地域の未来につながる。その思いの下、藤江さんはカフェ「GiFT NORiKURA(以下、カフェと記述)」を2019年夏に開店。メインの商品をジェラートにしたのは、「高原で食べたくなり、かつ食材しだいで様々なフレーバーを展開できるアイテムだから」。

DSC_7625一番人気の「のりくらヤギミルク」。ジェラートは乳化剤や保存料不使用で、素材そのもののおいしさをストレートに味わえる

ジェラートはシングル550円、ダブル750円に設定。原料は、「味は抜群。でもちょっとワケあり」な地元食材です。一番人気のジェラート「のりくらヤギミルク」は、閉鎖した地域のスキー場跡地で町おこしを兼ねてヤギを放牧するも、提供先が限られていたヤギの乳が主原料。また桃などの果物は、高級フルーツの産地として名高い松本や塩尻産ながら、傷がある・規格より大きいといった些細な理由で廃棄されていたもの。ひとつひとつ皮をむいてコンポートにした果肉を裏ごしし、牛乳と合わせて冷やし固めた手作りのジェラートは素材の旨味が凝縮。人工香料や甘味料を使った一般的な商品とは別物のおいしさです。

DSCF9398乗鞍高原で栽培された夏いちご。繰り返し使用できるトレーで納品される。地域の人々の自然環境への意識は総じて高く、ごみが出ないトレーでの納品スタイルも、生産者が自然に始めたことだそう

DSC_7629ジェラートは日替わりで4〜5種類を提供。テイクアウト用のワッフルコーンは長野県産の小麦粉を使い、ひとつひとつ手焼き。ほのかなシナモンフレーバーがジェラートのおいしさを引き立てる

提供方法もサステナブル。なるべくごみを出さない「ゴーイングゼロウェイスト」をモットーに、ジェラートの容器と匙はリユース可能な木製とし、テイクアウトを希望する場合のみプラス20円で紙製の容器に盛り付けます。ドリンクは、マイボトルを持参すると割引され、保温ビンも貸し出します。また食材の仕入れには、繰り返し使えるビンやケースを活用。こうした積み重ねが実り、カフェから出るゴミはわずかだといいます。

当初は「紙容器に追加料金がかかるなら買わない」という観光客もいましたが、おいしさと、商品に込められたストーリーが伝わるにつれ、「乗鞍に来たら食べなきゃ」と、店を目指してくる観光客が増加。夏場のカフェの月商は、同時期の宿の月商を上回ることも多いといいます。

カフェでの成功体験をもとに、宿のごみ削減にも挑戦

カフェの開業当初から、売り上げの3%は乗鞍高原の環境整備活動に寄付。その一部は、2022年6月にオープンしたJOYFUL WALKS NORIKURAのトレイルヘッド(トレイルの入口)にある看板整備などに使われたそう。

藤江さん「無理なく続けられるよう、寄付することを前提に商品の値段設定をしましたが、昨今の原材料や光熱費の値上がりもあり、3%は正直苦しい。でも寄付を始める事業者仲間も増えてきたので、弱音は吐けません。」

万事順調なカフェ運営で唯一の困りごとが、時々起こる木製のジェラート容器の持ち帰り。これまで容器は北海道でつくられたものを使ってきましたが、今後、地域の白樺を使ったものに替える予定なのだとか。

藤江さん「間伐されて使い道のない白樺を使うことで、地域材を活用する循環が生まれる。乗鞍みやげとして販売すれば、商品であることが認識され、うっかり持ち帰るケースが減ると期待しています。」

カフェの開業が生んだ副産物が、宿のごみを削減できたこと、と藤江さんは続けます。

それまで宿ではごみ減量には特に取り組んできませんでしたが、「カフェでできたのだから宿でもやろう」と、電気式生ごみ処理機で生ごみを乾燥・たい肥化し、それ以外のごみは分別を徹底。「プラスチックごみ」と「燃やせるごみ」の2つのごみ箱を置き、宿泊客向けに分別方法をイラスト付きで説明しています。

藤江さん「捨て方の仕組みをいったんつくれば無理なく習慣化でき、面倒もありません。生ごみを堆肥化することで、ごみの処理費用を大幅に削減できました。」

松本市には、生ごみ処理機の購入費用の最大半額を補助する制度(最大4万円)があります。藤江さんの取り組みに触発され、同制度を活用して生ごみ処理機を導入する、近隣の旅館経営者も増えているといいます。

ペルソナ分析や情報発信に若い女性スタッフを活用

また、「集客の要」となる情報発信は、女性目線をおおいに意識しているといいます。

宿とカフェに来る確率が高いと考えるペルソナ(最重要顧客モデル)は、旅や持続可能性への感度が高い、都会の30~40代女性。

DSC_7473「今後はカフェの売り上げからの寄付金で、パブリックトレイルのマップをつくりたいと計画しています」

藤江さん「彼女たちが乗鞍にきて、商品やサービスを購入するまでに、どんな行動、思考、感情を経るのか、すべてを時系列で洗い出し、顧客行動の全体像を分析。それを踏まえ、どんなハッシュタグをつけ、どんなタイミングで情報発信すれば宿やカフェが検索されやすくなるのか、インフルエンサーのフォローや拡散が起きやすくなるのかを検証しています。」

作戦会議には宿やカフェの若い女性スタッフも参加。情報発信も彼女たち主導です。

藤江さん「どこに行き、何を食べるか、その意思決定をするのは今や女性。男性の僕より、ペルソナに近い女性のスタッフの意見を取り入れる方が、はずさないと思うからです。」

現在カフェでアルバイトする女性スタッフのひとりは、SNSで宿を知り、長期滞在したのを機に乗鞍のファンとなり、東京との二拠点生活に踏み出したマーケッター。情報発信が関係人口の構築につながった、恰好の事例となっています。

脱炭素型のサステナブルライフを国立公園利用者が体験できる場に

2021年、乗鞍は環境省が定めるゼロカーボンパーク国内第一号に選ばれました。ゼロカーボンパークとは、脱炭素化や脱プラスチック化による持続的な観光地作りに、先行して取り組む国立公園のこと。同パーク設置の背景には、2020年以降の地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定があるといいます。

パリ協定により、日本は2030年に13年度比で温室効果ガスの46%減を目指すことに。この決定を受け、環境省が直轄する国立公園をゼロカーボンの先行地域とし、脱炭素型のサステナブルライフがどんなものかを利用者が体験できる場とすることになったのです。

乗鞍が国内34か所の国立公園から選ばれた要因は、ゼロカーボン達成への熱意の強さでした。

藤江さん「スキー場の雪が年々激減するなど、温暖化の脅威に直面した乗鞍は、脱炭素に本気で取り組もうと、持続可能な地域づくりのあり方を記載したビジョン『のりくら高原ミライズ』を策定。そこで『2030年までに地域内でゼロカーボンを達成する』と具体的なゴールを掲げた点が高く評価されました。」

ゼロカーボン達成に向け、乗鞍では屋根への太陽光発電、薪ストーブ導入、建物の断熱化改修を急ピッチで進める一方、地域内で使う全電力を賄える小水力発電施設を2027年までに完成させる予定。住民の車はEVのシェアカーに切り替え、観光客用にeバイクのレンタルやアクティビティの推進も図るといいます。

こうした新しい取り組みへの熱意に加え、山のキノコや山菜を味わい、間伐材を薪にし、雑草をコンポストでたい肥にするといった、「自然の恵みを生かしたサステナブルな暮らし」が今も当たり前のように地域に根付いていることも、乗鞍の強みだと藤江さん。

DSC_7393「2030年までに地域内でゼロカーボンを達成する」との、のりくら高原ミライズの目標に関し、「むちゃくちゃチャレンジングですね、とよく驚かれますが、それでも遅いと個人的には思っています。温暖化はそれくらい待ったなしの状況です」

藤江さん「幼い頃からの天気好きが嵩じ、地球環境の改善に関わりたいと願っていた僕が、ゼロカーボンパークという前例のない挑戦にチャレンジできることにワクワクしています。乗鞍を愛する地域の人々と協力し、この山の美しい自然を後世に残す力になれれば嬉しいです。」

DSC_7598「ゲストハウス雷鳥」入り口に広がる白樺の林。白樺は高原リゾート・乗鞍を代表する植物

取材後、オーダーしたジェラートは桃の上品な香りと甘みが体に沁みいるよう。ワッフルがこれまた美味。パリッとした歯ごたえとほのかなシナモンフレーバーが、オランダのストロープワッフルを彷彿させ、「これだけをコーヒーと合わせて食べたい」と思ったほど。おいしく食べられ、地域の経済循環に貢献でき、しかも無駄なごみがでない。それを快く思う人はますます増えるはず。GiFT NORiKURAで展開される新たな消費スタイルは、地域に人を呼び込む格好の誘い水となりそうです。

今度はヤギミルクのジェラートを食べ、トレッキングや温泉も楽しみたい。日本初のゼロカーボンパーク乗鞍、ぜひ足を運んでみてくださいね。

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文 籏智優子
写真 前田聡子