開始から10年。地域おこし協力隊数は年5300人、地方への定着率は6割に。活用次第で地域力に差が出始めている

開始から10年。地域おこし協力隊数は年5300人、地方への定着率は6割に。活用次第で地域力に差が出始めている

こんにちは、ライターの甲斐かおりです。今回取り上げるのは「地域おこし協力隊」。今や地方移住を希望する人の入り口として欠かせない制度になっています。

ただし、制度設計の自由度が高く、各自治体によって大きな違いがあることから、地域によって使い方に差があります。うまくいっている地域がある一方で、隊員と行政との間でズレが生じるなどうまくいっていない話も耳にします。

これからますます利用者が増えるだろうこの制度。その実態を知るために、自身も協力隊の卒業生で、今は制度を俯瞰して見る立場にある「地域おこし協力隊サポートデスク」の藤井裕也(ふじい・ひろや)さんにお話を伺いました。

(上記写真提供:岡山県美作市「上山集楽」)

活用によって、地域力に差が出始めている

「制度が始まって今年(2019年度)で11年目。初期の頃からうまく利用してきた地域とそうでない地域間で大きな差が出始めています。岡山県の真庭市では、この10年で地域おこし協力隊の卒業生による新しい会社が5〜6社できています。真庭市の定住率は8〜9割と高い。すぐ隣の市町村ではまったくそうでなかったり。この制度によって人材の残し方が違ってきているんです」と藤井さん。

以前筆者が取材した岡山県美作市の上山集楽では、協力隊制度を利用した移住者が棚田の再生や高齢者の移動手段の検討などに携わり地域の大きな活力になっている。(写真提供:岡山県美作市「上山集楽」)

簡単に制度の概要をふりかえってみます。

「地域おこし協力隊」(以下、協力隊)とは、平成21年度「都市部の若者の地方への定住移住を図る取り組み」として総務省が創設。国の地方創生の後押しもあって年々広がり、創設当初の受け入れ隊員数は89名31自治体。平成30年度時点では隊員数5,359名、1,061自治体にまで増えています。

1次産業、観光事業、まちのブランディング……など、地域密着型の仕事にぽんと従事できる上、最大3年間はしっかりした生活面のサポートも。自治体のほか、NPOや第3セクター、民間企業などが受け入れ先となり、任期は1〜3年間。期間中は生活支援金として最大200〜250万円(年額)の給与、活動経費として150〜200万円(年額)が国より給付されます。

ただし、求められる役割、募集要件は各自治体の公募内容によって大きく異なります。月〜金曜のフルタイム勤務が義務の「ミッション型」もあれば、週3日のみ地域活動に従事し、あとは自由に副業や起業準備に時間を使える「フリー型」も。支給される給与も生活面のサポートも自治体や担当者によって違っており、家や車まで貸してくれるところもあれば、自分で用意してくださいという場合も。活動経費の範囲もさまざまです。

制度設計が自由な分、わかりづらい

「最近は多くのパターンが混在し、応募者にとって地域が求めていることがわかりにくい」と藤井さん。

例えば、今のトレンドは“起業”です。協力隊の制度を利用しつつも、任期中に起業準備を進めることを奨励する地域が増えている。平成29年度の調査によると約44%の隊員が「副業・兼業をしている」と回答。実際に定住意向のある隊員の約7割が、宿泊業、生産・加工・販売、飲食業など何らかの起業を考えているといいます。確かに岡山県の西粟倉村など、早くから「起業支援」を主軸にしてきた地域には若手移住者が多く集まり、地域が活気づいているように見えます。

岡山県西粟倉村の「森の学校」。中には小さな起業を実践する人たちの事務所やギャラリーが並ぶ。

しかし公的資金を使って、個人の起業支援をどこまで行うことができるのか。また、そもそも民間企業が地域おこし協力隊を受け入れることは問題ないのか。民と公の境界線がグレーで見えづらい状況でもあります。

藤井さん「個人起業の場合、協力隊の任期中は、収益は、活動費として積み立て、経費として支出するなど公的資金として循環する配慮がされています。判断の目安は、ひとえに地域課題の解決や、地域のニーズに即した活動になるかどうかです。たとえば民間のお菓子屋さんがあったとして、それが地域の活性化にとって重要な店だと地域の人たちの中でコンセンサスがとれれば、そこに協力隊が入ることはあり得えると思います」。

たとえば、整体師の資格をもちゆくゆくは開業したいと考えていた隊員は、任期中は無償で地元の人たちを施術してサービスを知ってもらい、卒業と同時に開業に至ったのだそう。このまちには、もともと整体院がありませんでした。

藤井さん「大事なのは自治体の大きな戦略の中で、協力隊をどう位置づけるかです。検討した結果、起業支援が大事ってことであればいいんですが、そのためには制度設計が必要です。ただの人手不足、たとえば草刈り要員が欲しいからと名目をつけて募集してしまうと、大きなミスマッチの要因になります」。

藤井裕也さん。協力隊の卒業生であり、現在「一般社団法人・岡山県地域おこし協力隊ネットワーク」代表理事、「総務省地域人材ネット」地域力創造アドバイザー、「地域おこし協力隊サポートデスク」専門相談員などを務める。

起業でなくても、地域に残せることの方が大事

藤井さん「東京一極集中の中で、卒業隊員約2千人〜3千人程が地域に定着したからってどれほどのインパクトがあるのかと思われるかもしれませんが、各地域ごとのミクロの単位でみると、1人でも2人でも若い人が入ることのインパクトってすごく大きいんです」。

最近は起業ばかりもてはやされるが、本来の地域おこし協力隊の目的はそこではないし、じつはもっと大きなポテンシャルがあると藤井さんは話す。

藤井さん「最近は隊員もレベルが高くって、すごい成果を出しちゃう人もいるんです」。

たとえば……と教えてくれのたが、広島県・安芸太田町の河内祐真(かわち・ゆうま)さんの例。河内さんは広島大学を卒業後、銀行に勤務していましたが、「地域振興を学びたい」と2013年に安芸太田町の協力隊員に応募。

就任後、河内さんが目をつけたのは、「祇園坊柿(ぎおんぼうがき)チョコちゃん」の商品改良でした。地産品である祇園坊柿を細長く切った先端をホワイトチョコレートでコーティングしてつくる加工品で、平均年齢80歳の女性グループが細々とつくり続けていた品。河内さんは、この商品のもつストーリー性と、簡易的な加工場でもつくれる点に目をつけ、ヒット商品にできないかと考えます。

さっそくおばあちゃんたちも交えてプロジェクトチームを結成。商品のクオリティアップやパッケージのリデザイン、価格の再設定(2倍に!)を行い、積極的に発信していきました。あえて町内のみで販売する「ここでしか買えない」戦略により、道の駅や地元の販売店で利益が2倍に。地元メディアから全国メディアでも大きく取り上げられ、地産品コンテスト「おみやげグランプリ2015」では準グランプリをはじめ数々の賞を受賞。

河内さんは、『地域おこし協力隊 10年の挑戦』(農文協)にこう書いています。

「(チョコちゃんは)六次産業化や農産品のブランド化事例として紹介されることもある取組だが…(略)…真の目的は『地域の熱量向上』にほかならない。安芸太田町の住民が『この町の一員でよかった』と思えるために必要な手法を、住民を巻き込みながら一緒に考え、実践し、成果を出すことができたことに意義がある。」

広島県安芸太田町で協力隊員だった、河内祐真(かわち・ゆうま)さん。現在は広島県職員。出典:『地域おこし協力隊 10年の挑戦』(農文協)より。

卒業後は安芸太田町には定住せず、県の職員になった河内さん。ですが彼が地域に残したものは大きいと、藤井さんは話します。

藤井さん「ほかにも、過疎地の移動手段の問題を住民を巻き込んで話し合い、コミュニティバスを出すなど具体的にコトを動かすところまで実現した隊員もいます。もう誰も歌えなくなっていた口伝の民謡をたった一人歌えるおばあちゃんを見つけてお祭りで唄うまでに復活させた人もいる。消えかかっていた文化をよそ者が間に入ったことでつないでいる。そんな事例を見ると、移住者一人が起業したことより、地域にとっては何倍ものインパクトがあるんですよね。任期が終わってもこの人を地域から出してはいけないって、住民の間で署名活動が起こる人気者もいます」。

そういう藤井さんも、自身が隊員だった頃に、地域の引きこもり生活をする若者の自立支援をするシェアハウスを立ち上げた人だ。

各地域のノウハウを共有することが大事なフェーズに

ポテンシャルのある制度であっても、これまで筆者が各地を取材する中で時折耳にしたのは、協力隊がさまざまな提案をしても、自治体が本気でなかったり担当者がやる気でなく、遅々として進まないなど。名目だけの役割をあてがわれた協力隊員が孤軍奮闘しているケースでした。

藤井さん「行政担当者にもしっかり考えている人はたくさんいます。でも一つ理由として職員がとにかく忙しいってのはあるでしょうね。この制度は自治体の采配が大きいので、制度設計にも勉強が必要なんですが、その時間が取りにくい。隊員もいろいろですが、多くは都会で働いていた時の収入を大幅に落としても地域に入って活動しようとする人たちなので、地域側はその人材をできるだけ大切した方がいいと思います」。

成功事例も多い一方で、根本的なミスマッチから隊員や行政に不満の生じるケースもあります。以前SNSで話題になった「私が協力隊をやめた理由」などのブログには、どれほど頑張っても行政担当者の賛同が得られなかった体験談や、保守的な地域の態度への憤りなどが切実なトーンで綴られています。

ただ行政職員の立場に立つと、まずは地域との関係ができてからでなければ何も始まらない(時間がかかって当たり前という)スピード感、何ができるかもわからない20〜30代の若者に大きなことを任せられない……といった心境もわかる気がします。

藤井さん自身も、協力隊現役の頃は、全国サミットなど同じ立場の者同士が集まれば、必ずといっていいほど愚痴や「あるある話」で盛り上がったのだそう。

藤井さん「でも数年同じことを繰り返していたら愚痴を言い合うのも飽きてきて(笑)。もっと建設的に今の状況を変えていけないなって。そのためにはOBや全国の自治体が経験した失敗やノウハウを共有して蓄積していくしかない。そこで、僕がいた岡山県ではOBを集めてネットワーク化した組織をつくろうと、一般社団法人を立ち上げたんです」。

今ではこの「岡山地域おこし協力隊ネットワーク」を通じて、求める自治体に協力隊のOBを講師として派遣し、研修会や勉強会を行っています。これを前例として全国にも同様の展開が広がりつつあります。さらに協力隊に関連した相談の多さから、総務省の管轄下に「地域おこし協力隊サポートデスク」(*)が置かれることになりました。今、藤井さんは自身が代表を務めるNPO法人山村エンタープライズの活動の傍ら、サポートデスクの運営にも携わっています。

協力隊のポテンシャルは大きい。防災時の活躍、地方議員にも

協力隊に応募しようかと考える時、多くの人が気になるのは、任期終了後の身のふり方でしょう。3年間は手厚い助成があっても、任期が終わればぽんと地域に放り出されてしまう。数年前まではその時点で別の地域へ移ったり、都市へ戻る人も多かったのだそう。

ところが年々定着率、定住志向は上がっていて、平成30年度のアンケート結果では、協力隊の就任地への定着率は6割。卒業直後の回答なので5年後、10年後にも同じかはわかりませんが、定住する人は着実に増えています。

「定着率が6割だとすると、費用対効果としてはいい方だと思います」(藤井さん)

それでも、藤井さんはこの制度の目標を「定住」や「定着率」に置かない方がいいと話します。

藤井さん「河内さんの話のように、隊員一人が定住することが重要なわけではなくて、最終的な目的は、地域が元気になることです。協力隊ってもっと大きなポテンシャルがあると僕は思っていて。例えばここ数年、自然災害の起こった地域で、協力隊の動きには目を見張るものがあったと評価されているんです」。

災害が起きてぽんと行政の災害担当者が訪れても、地元の地名も人もわからない。その点、協力隊であれば地域のことを熟知しており、「誰々の安否確認が必要」「どこどこの誰に届けた方がいい」と細やかな働きができたのだそう。

さらに、今年春の統一地方選挙では、藤井さんの知る限りでも協力隊OBの中から立候補した人が何人もいました。議員のなり手不足も課題になる中、しがらみのないヨソモノの協力隊員OBがまっさらな気持ちで議員になるのは、地域にとって悪いことではないと藤井さんは話します。

藤井さん「地域住民と行政の間に入って細やかな対応をするには、協力隊っていい立ち位置にいるんですよ。行政サービスが行き届かなくなるこれからの時代、いろんなことができるポテンシャルを秘めていると僕は思っています。今の制度のままがいいのか、新しい枠組みが必要かわからないけど、国という上から大きな傘をかけるのではなく、ボトムアップで制度をつくっていくことに可能性を感じています」。

ひとことで言うなら、この制度、使いようによって大きな差が出ると言えそうです。

うまく活用している地域では協力隊を足がかりにして若い移住者が増え、かつ生活面や文化面の地域力が高まっている。ミスマッチを起こした地域では、隊員と行政の両方に不満が募ったまま地域には何も残らない。両方のパターンが一地域内で起こる場合もあります。

今回は藤井さんのお話をもとに地域おこし協力隊を取り巻く状況を紹介しました。
また別の機会に、ケース別の比較をしてみたいと思います。

文:甲斐かおり

* 地域おこし協力隊サポートデスク…協力隊員および自治体職員等からの電話や電子メールによる相談に対応。「移住・交流情報ガーデン」内のデスクにて、毎週水木金(11〜21時)に、協力隊OBが常駐。