全国の自治体で採用が行われている地域おこし協力隊。2009年度からスタートした制度ですが、地場産業の担い手や新たな産業をつくる一員としてなど、さまざまな形で活躍しています。しかし、一方ではミスマッチによりうまくいかなかった事例も存在します。そうした問題をなくし、意義ある事業とするためには、受け入れ側にはどんな意識や注意が必要なのでしょうか。各地で地域おこし協力隊事業に関わってきた、カヤックの中村圭二郎(写真右)と宮部誠二郎(写真左)に聞きました。
地域おこし協力隊のミスマッチはなぜ起こるのか?
「地元に力を貸してくれる人に出会いたい」
地域おこし協力隊を募集する自治体は、そんな気持ちで募集や採用を行っているはずです。受け入れてからは一緒に地元を盛り上げていきたい、と活動していることでしょう。ですが、中には「こんなはずではなかった」と協力隊が中途退職してしまう事例もあります。元々は熱意とやる気一杯で応募してきたはずですが、なぜそうした問題が起こるのでしょうか。
宮部「応募者、自治体の採用担当、現地受け入れ担当と、各関係者に起こる認識のズレが大きいです。応募者ですと『やりたいことができなかった』、『聞いていた内容と違った』、『サポートが全くなかった』という感じです。委託雇用と会計年度雇用でも違いがあるようで、ある地域では農業系のミッションで会計年度雇用された隊員は、農作業を抜けて朝礼に出席しなくてはならないなど制度設計での矛盾もあったそうです。」
2021年3月まで、協力隊を目指す人や制度を学びたい人に向けた「地域おこし協力隊アカデミー」など地域おこし協力隊採用プロジェクトを多く担当している宮部誠二郎は、各地域の経験者の言葉を数多く聞いてきました。待ち望まれていると思って行ったら現地ではそうでもなかった、というつらい体験談もあったのだとか。
また、協力隊の募集企画やイベントに数多く関わってきた中村圭二郎は、地域側での要件づくりの認識がズレている場合も退職などの問題が起こりやすいと語ります。
中村「よく見かける『人口減少による担い手不足を解消したいので若い人材を募集します』という募集は、結婚相談所に「将来に自信はありませんが結婚はしたいです」という紹介文を出すようなものです。その認識のままで募集の要件を考えてしまうと、将来や未来に向けた内容にはなかなかなりにくいんですよね。地域の可能性を感じさせるとか、協力隊の任務完了後もその地域に住み続けられる期待を持ってもらうことが難しいのです。」
この傾向は、地元民のニーズを反映させたいという思いが強すぎる自治体に多いのだとか。応募者の活動を縛ってしまい、結果的にズレを広げることになるのだそうです。地域の意向はもちろん重要ですが、応募側の思いや人生も同じくらい大切です。双方に目配りをし責任を持つ意識が大切だと言えます。
中村「現状維持のための募集って任務後のビジョンが見えないですよね。それよりは、地域に育ててほしい種を見つけておき、外から来た協力隊に任せて大きくしてもらうほうがいいのでは。未来や可能性を感じて取り組んでもらえますし、任務後にその地に住み続けるきっかけにもなりやすいです。要件づくりで大事なのは、“延命”ではなく“保育”の意識だと思うんですよね。」
ミスマッチをなくすためにできること
改めて、認識のズレによるミスマッチをなくすにはどうすればいいのでしょう。例えば、募集の際によく使われる「まちを変える人募集!」の文言、その認識を現場と共有できている人はどれくらいいるでしょうか。本当にまちを変えようとすると止める人の力が大きすぎて挫けてしまう。そんな事例も、全国で見ればそう珍しいことではないそうです。
中村「地域おこしに限らず、日本は現状維持のパワーが強いと言えると思うんです。役場の担当者は何かを変えたいけど住民はそう思っていない、なんて場合もあります。ですから、こうした事業では、力を入れる先が残したいものなのか、変えるものなのかを明らかにして、要素を区分けしておくことが大事です。」
最初にある程度決めておかないとすべて残しておきたくなり、移住者の役割がわからなくなる、とも語ります。
中村「また、行政は平等・公平が基本ですから、民間企業ではごく当たり前の資本の選択と集中が難しいです。事業を行う時も、ひとつの分野に特化するとそれ以外の人々は放置されたと感じてしまう。ですが、活性化するには、ある程度特定した要素や業種に費用や人材を注力し、一定期間集中して成長させることが必要です。その時は不平等を感じても最終的には利益として公平に分配されるんだという理解が周囲で得られたとしたら、その後の活動はよりやりやすくなるような気はします。協力隊の募集も、1年後、3年後、みたいに時間軸を変えて要件が変化することを提示できるといいと思います。ただ、長い時間軸で捉える視点や余裕がなければならないし、役所内の方はもちろん地元の方々の協力や意識改革も必要になるので、担当者レベルだととても難しいことだとは思いますが……。」
自治体の担当者の地元住民との関係の濃さも成功を左右する要素です。人脈が薄い、民間企業や個人事業者との関係づくりに消極的だと、調整が難航しやすい傾向があります。商工担当と移住担当など課の交流や情報を横断できる仕組みがない場合も同様です。
中村「関わった自治体のなかでもうまく動いていると感じたのは、島根県松江市です。協力隊みんなが『幸せすぎてどうしよう』ってホクホクしてる方がいらっしゃいました。協力隊が運営するカフェ兼コミュニティスペースでやる朝礼では、全員で声を掛け合って一日を始めている。役所の方も時には参加しますが、基本的にサポートは市と地域の事業者さんが協力して行っています。協力隊の募集も元は事業者団体が役所に働きかけて始まったそうなので、先ほどお話した仕組みがそもそも自然にできていたんでしょうね。」
一口に原因といっても、地元住民との関係性、採用側の人脈と関係性の有無、行政の構造など非常に複雑な状況があります。ここを変えれば必ず成功するという解決策がないからこそ、関わる人々は悩んできたとも言えます。挫けることなく進めるには、まずは担当者が広い視野を持ち、その地ではどんな人とどんな活動をすべきなのかを考えること。関わる人々を理解しようという気持ちを募集や応募、採用へと繋げようとする意識を持つことが、その第一歩なのかもしれません。
幸せな出会いをつくるために見直したい要素
この事業は目を配らなければならない要素が非常に多く、さまざまな場面にミスマッチに繋がる種が隠れています。各自治体の背景や状況の違いはあるとした上で、ここは注意しておくとよいのでは、という要素を成功例なども含めて挙げてもらいました。
一つ目は、適切な募集期間かどうか。自治体によっては、募集から締切まで3週間、短ければ2週間という場合もあります。現地を一度も見られず、採用担当者としか話していないのに促されるままにエントリーシートを提出したら、心の整理がつかないうちに採用が決まったという人もいるそうです。
宮部「これはコロナ禍の影響も大きい事例です。現地で調整が難航したしわ寄せが、採用期間にモロに反映されてしまった。実際の応募者は、現地を見たくても受け入れは認められず不安があったものの、要望をいろいろ伝えると不合格になるかもしれないとの思いで言い出せなかったようです。これでは不安を残したままの着任になってしまいますよね。」
前例のない状況下で事業を行う担当者の心労は大きいものですが、時間が足りなくても行わなければならないことはあります。応募者との擦り合わせる項目を予めまとめておくなど、採用時の確認はしっかり行いたいものです。
宮部「採用期間の確保や相手側の不安の解消については、採用側がきちんと計画を立てて現地との調整を進めたり、方法を工夫したりすればかなり回避できるとは思います。今後コロナ禍が収まれば、お試しインターンはどの自治体さんでも取り入れてほしいです。経験を通してわかることは多いですし、採用側も応募側もよりよい形で進められるはずです。」
中村「時間のなさやコロナ禍での問題で言えば、岩手県花巻市とSMOUTがタッグを組んで実施した「花巻JAM SESSION(以下、花JAM)」の形が一つ参考になるかもしれないです。コロナ禍で花巻に来てもらえない状況を逆手に取り、応募を検討中の方に地元民とのオンラインサロンに参加してもらい、応募前の段階で地元に知人が10人ほどいる状態をつくったんです。担当者以外に知人がそれだけいると、採用された人も安心感はすごかったと思いますよ。」
この「花JAM」は、花巻市のもったいないと感じる要素を全部洗い出して地元民に話してもらい、検討段階で参加者にプランやアイデアを提案してもらう仕組み。応募する段階で現地での活動内容はほぼ決まり、自治体の担当者や地元のキーパーソンの理解や協力体制まで得られている、という特徴があります。しかも、採用には到らなくても人同士の関係が生まれるため、地元に興味がある人のネットワークがつくれるのです。
中村「自治体の募集期間が短くなる理由の一つは、毎回ゼロから募集することなので、それを解消する手助けにもなりました。長年繋がりのある候補者が何人かいて、この要件ならあの人が活躍してくれるかも、この条件にしたので来てくれませんかという流れができていることが本来なら大事ですからね。」
次は、行政では避けられない担当者の異動問題。ようやくいい流れができたのに、異動があってまたイチから、という経験をされた方も多いのでは。一般的なものには外部NPO団体との連携などがありますが、最近注目されているのが協力隊卒業生団体の活用です。
宮部「岡山県ではOBやOGがネットワークを活かして組織を立ち上げ、現隊員の面倒を見たり、繋がりをつくるサポートをしています。取り入れている地域は確かに増えています。」
中村「佐賀県もそうですね。佐賀県はOB・OGの運営する団体を県庁がサポートする形で立ち上げ、県下の協力隊の活動や募集したい自治体の助言をしています。この動きは、今後全国に広がりそうです。」
佐賀では彼らが要件設定からサポートに入っているため、ユニークな募集内容が多く生まれているとのこと。ただ自治体担当者との調整が欠かせない部分だけに、それ以前に双方の信頼が築けていることが前提でしょう。
また、協力隊に応募する人も起業タイプや事務方タイプとさまざまな属性が存在します。事務方タイプの人であれば、随時担当者のサポートや助言が必要なこともあります。
宮部「そういう各市町採用の協力隊のフォローやメンター活動をする担当者を、新たに採用する県も出てきました。福井県や香川県では、県下の自治体をまたいで活動する県採用のマネージャー職が生まれ、いい形で動いているようです。」
最近のトピックで言えば、応募者の世代上昇の傾向もあります。40〜60代が増えている現在の状況に対し、採用側はどんなことを考えるべきでしょうか。
宮部「確かに聞きます。即戦力のベテランさんに目を向け始めた地域もちらほら増えて、コミュニケーション力に長けた地域のお父さんお母さんといった立場で採用されているようです。50代、60代といったシニア世代も自分の暮らし方や働き方を変えるきっかけの一つとして、協力隊を選択されるようになったのだと思います。そこで地域側でも面接をしてみたら、バランス感も経験もあるすばらしい人材だ、と気づいたのでしょう。先進的に動いている地域ほど年齢にこだわらなくなっています。」
協力隊事業が始まった当初は、シニア層の募集は地元民とのハレーションの起きやすさや体力が必要な案件が多いことなどからほとんどなく、応募側でもそこまで興味が示されてきませんでした。そう考えると状況はかなり変化している様子。地域移住や働き方に関する情報がメディアに増えるにつれ、地域の実情を理解し、関わってみようと考えるシニア世代が増えているのかもしれません。
宮部「最近は副業可の募集も増えているので、普段の仕事と並行している方も多いです。活動が暮らしベースで見ても成り立つ内容になってきたのかなと思います。」
中村「もし自治体の担当者が、業務委託の人々と働くことで会社をスケールさせるビジネスのノウハウを身につけられたら、こうした経験豊富なベテラン世代ともうまくやっていける気がするんです。ある書籍の一節を読んだ時になるほどと思ったのですが、地方に必要なのは“フラットな関係性”じゃないかなって。」
地方では、知識力や経験値も含めて社長が企業を引っ張るウォーターフォール型が主流ですが、首都圏では専門性に長けた業務委託の力で企業を大きくするフラット型のベンチャー企業が多く存在します。企業は能力を発揮する場を提供し、業務委託社員はスキルと実績をつくるために専門性を発揮して企業に還元する。この循環の仕組みにはフラットな関係性が不可欠です。これは地域にも当てはめられるのでは、と中村は語ります。
中村「大企業が新卒を取りたがるのは、仕組みがすでにあってそこにハマる人がほしいから。逆に、仕組みがないベンチャーは、むしろ自走できる機動力に長けた優秀な人を探します。収益化できる仕組みがないのに組織の型に収まりのいい人を探しているようだと、いつまでも広がりは生まれないのではないでしょうか。地方がフラットで自由度の高い環境を作っていけば、人は自然に集まってくるのではと思います。あくまで仮説ですけどね。」
宮部「まさにそうですね。現状でもフラットな目線を保てている自治体は雰囲気がいいですし、協力隊の方々もいきいきとされている印象があります。僕が一番お伝えしたいのは、目の前の数を稼ぐ事業ではなく、応募された方の人生に責任を持った採用活動にしていただきたいということです。その方の3年間が価値ある時間になるかどうかは、卒業後の体制までしっかり設計されたものかどうかが非常に大きいんです。」
最後は“応募が来ない募集要項”の問題点について。ごくシンプルな問題ですが、基本に立ち返ると新たな打開策にも繋がるかもしれません。
宮部「単純に露出に問題があるんだと思います。人は余程でなければ能動的に情報を取りに来てくれないので、自治体のサイトだけでなく、関心を持ちそうな人が集まるニュースサイトやポータルに積極的に情報を出すことはすごく大事です。いくら興味深くて可能性を感じる要項になっても、ほしい人に届かなければ意味がないですよね。OBやOGの発信がある地域なら、紹介を受けた人や本人に憧れた人が訪れるいいサイクルがすでにできていると思いますが、その第一歩からという自治体の方は、要件づくりと並行して、ぜひいろんな人に届ける活動をしてみてください。」
中村「テキストでも動画でもそうですが、募集する時は『誰が困っているか』、『誰が来てほしいと思っているか』を一人称や二人称ではっきりさせるといいですね。人の思いって、ちょっとした工夫でより伝わりやすくなるものだと思います。」
地域おこし協力隊の事業を成功させる10のチェックポイント
今回の二人の談話を元に、地域おこし協力隊の事業を成功させる10個のチェックポイントとしてまとめてみました。すでにやっている、そんなのは難しい、いろいろなご意見はあるかと思いますが、一つの目安としてチェックしてみてください。
《地域おこし協力隊を成功させる10の要素》
01.まちの未来を見据えた要件設定になっているか
02.協力者が役所内部や地元民に数人いるか
03.長期的な視野を持った要件か
04.応募者の卒業後を考えた設計になっているか
05.応募期間を十分にとり、不安を取り除く工夫をしているか
06.オンラインなどを活用し、応募以前に関係値をつくる工夫をしているか
07.担当者の異動に備えた準備をしているか
08.OB/OGネットワークや協力隊サポーターとの連携はあるか
09.応募者の可能性を年齢で狭めていないか
10.興味がある層に情報が届く工夫をしているか
ミスマッチの起こる原因に始まり、問題を少しでも減らすための方法までさまざまな面から問うてみました。地域と自治体、そして応募者の数だけあるとも言える地域おこし協力隊の事業。今回は問題点やその難しさに着目しましたが、全国には幸せな関係が生まれ、新たなエネルギーをもたらすことができた地域もたくさん存在しています。そんな出会いを見つける手がかりの一つとして、この記事も活用してもらえればと思います。
文 木村早苗