映画『サンセット・サンライズ』は、菅田将暉さん演じる主人公の会社員、西尾晋作が、東京から南三陸へ移住するところから物語が始まる「泣き笑い移住エンターテインメント」。晋作が移住したのは大好きな釣りのためですが、移住を決める動機は人によってさまざまなはず。たとえば、自然環境の豊かさや、子育てのしやすさといった暮らす環境が理由の人もいれば、農業や漁業、伝統産業に携わりたいなど仕事が理由の人、なかにはもう都会にはいたくないという人もいるかもしれません。
晋作は、釣りを思い切り楽しみたいという理由だけで移住を決心しました。初めて行った三陸の、海の近くの小さなまちで、彼は何と出会い、何を思ったのでしょう。そこには、高齢化や過疎、空き家問題といった現代日本の地方が抱える社会課題があり、そして3.11の記憶がまだ影を落としていました。
岸善幸監督が映画を通して描きたかったものとは?初めての挑戦であるコメディ作品で、笑わせつつも、大切に届けたいメッセージについて伺いました。
※ メイン写真:Ⓒ楡周平/講談社 Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
岸 善幸
1964年山形県生まれ。早稲田大学卒業後、映像制作会社に入社、テレビバラエティやドキュメンタリー番組を手がけたのち、ドキュメンタリードラマの演出を始めた。東日本大震災で津波の被害を受けた人々の再生を描いた『ラジオ』(2013)は、国際エミー賞のテレビ映画部門にノミネートされた。2016年、『二重生活』で映画監督としてデビュー。作品に、『あゝ、荒野』(2017)、『前科者』(2022)、『正欲』(2023)などがある。
移住の理由は、ただ釣りが好きだから。それだけ?
Ⓒ楡周平/講談社 Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
岩手出身の作家・楡周平さんによる原作を、宮城出身の脚本家・宮藤官九郎さんが脚色を手掛け、そして山形出身の岸善幸さんが監督を務めたこの作品。物語の舞台は、南三陸の架空のまち、宇田濱です。晋作が東京からの移住を考えるようになったのは、新型コロナウイルス感染が広がり始めたことにありました。つまりこの映画で描かれているのは、2020年が始まって間もない時期であり、3.11から9年という歳月が経とうとする頃でもあります。
未知のウイルスの感染拡大とともに、仕事は会社でするものという常識が突然覆され、リモートワークが推奨されたのは記憶に新しいところ。晋作の勤める会社ではいち早くリモートワークを導入し、どこにいても仕事ができる状況が生まれます。この感染がどこまで広がるのか、いつまで続くのか、何もかもがわからない不安感と、リモートワークやオンライン会議といった初めての体験にちょっとドキドキするような気持ちが入り混じった不思議な感覚を、映画の序盤は思い出させます。
とにかく釣りが好きな晋作は、三陸の海のすぐそばにある4LDKの一軒家(家具家電付き)が月6万円で借りられると知り、前のめりになって即申し込み、すぐさま駆けつけてしまいます。どこでも仕事ができるとは言え、趣味のためだけに移住するのはあまりに思い切った行動のように思えます。実は、何か別の理由があるのではないかと勘繰りたくなるほど。
けれども、晋作が移住した理由は、ただただ釣りが好きだからという、いたってシンプルな理由です。そんなふうに描いたのには、狙いがあったと岸さんは言います。
岸さん「映画を観ていると、晋作が移住する理由が何かあるんじゃないかと思うけど、本当に何もなかったでしょう。宮藤さんも、“ただ釣りが好きで、いい会社に勤めている男が釣りのために移住して、そこで美味い魚を食ってる。これを企画書にしたら、普通は映画にならないよ”と言っていました。だからいろんなことを裏切っている企画なんですよ。そういう意味で大切にしたのは晋作のキャラクターです。彼は、東京がイヤだから移住したわけではないんですね、そういう理由にすると、この映画が訴えたいメッセージが薄れるんじゃないかという、菅田さんからのアイデアもあったんです。東京にいる人には東京にいる論理があるし、東北にももちろんそれはあるし、それらをぶつけて対立させないほうがいいんじゃないかと。特に晋作は両方を理解しているというか、釣りが好きなだけだから。そういう人間として描いたほうがいいんじゃないのかと。その通りだと思ったんです。結果として、メッセージはすごく深まったと思うんです。」
釣りが好きという気持ちだけで移住してしまう晋作の真っ直ぐさや屈託のなさは、物語後半に、井上真央さん演じるヒロイン、百香への気持ちにつながり、ストーリーをさらに展開させていきます。
Ⓒ楡周平/講談社 Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
地方のいいところも、大変なところも
撮影が行われたのは、気仙沼。映像からは、夕焼けなど海の美しさや自然の豊かさが、手渡されるかのようにリアルに伝わってきます。なかでも、まさに海の幸という言葉がぴったりの魚介は新鮮そのもの、ピカピカと光り輝いていて、観ているだけで食欲がわいてきそうなほど。撮影のために魚をさばく練習をしたという、菅田さんをはじめとする俳優陣たちの手さばきも一見の価値あり。
岸さん「海の近くが舞台なので、食となるとやっぱり海鮮になりますよね。ロケハンで実際に食べて美味しかったものを出したくて、脚本に出てくる料理を変えてほしいと宮藤さんにお願いしたんです。映画のための作り物じゃなくて、現地に行けば本当に食べられるという、そのリアルさは必要だと思うんですよね。ハモニカ焼き(どんな料理かはぜひ映画で確認してください!)は、本当に衝撃的に美味かったです。」
映像からは、土地が持つ豊かな魅力が感じられることでしょう。けれども、この映画が取り上げるのは、それだけではありません。周囲の人との濃密な人間関係やあっという間に広がる噂話、干渉とも感じられるような人づきあいが、登場人物の台詞や行動の端々に現れます。晋作は、ときにぶつかったり、ときに距離の取り方にとまどったりします。そこには、知らない人同士が生活圏を共にすることの難しさについて、コミュニケーションについて、岸監督が思うところが反映されています。
岸さん「移住生活を描いたドキュメンタリーなどを観ると、移住してきた人たちがすごく頑張っているでしょ。もともと住んでいた人も頑張って受け入れている。でも、誰かが一週間も居候していたら、人なんてだんだん煙たく感じるものなんですよ。お互いが隣近所に暮らすって、そういうことを越えていかないといけないし、衝突は避けては通れないことだと思うんです。ある意味、異文化と異文化がぶつかるわけですから。実は、衝突というのはコミュニケーションのひとつのファクターなんですよね。コミュニケーションというのは、良い面を讃え合うとかそういうことだけじゃないですよ。ぶつからないと、コミュニケーションなんてできないんじゃないかな。」
夢をふくらませてたどり着いた移住先には、楽しいことだけが待っているわけではありません。きっと大変なことも山のようにあるはず。人間関係は、その最たるものかもしれません。現代は、できるだけトラブルや摩擦を避け、波風を立てないことが重要視される時代です。けれども、人と人が出会うとき、むやみに衝突を恐れる必要があるでしょうか。ましてや、新しい土地に足を踏み入れ、そこに根を下ろそうとするのであれば。真剣に、切実に、人との距離を詰めてコミュニケーションをとりたいのであれば、ぶつかることに対しても真摯に向き合っていいのかもしれません。
主人公・晋作が思わず放ったある台詞
ストーリーが進むに連れ、釣りだけが目的だったはずの晋作の暮らしに、空き家活用ビジネスの仕事が加わります。勤務先の町役場で空き家対策を任されている井上真央さん演じる百香を巻き込み、晋作の勤める会社が空き家活用ビジネスに乗り出していくのです。
そんな中、最初から静かに、けれども常にどこかで影を落としているのが3.11、東日本大震災です。百香はもちろん、地元の人たちが経験し、忘れることができない3.11に対し、晋作は当時の話を聞くことにも身構えてしまいます。震災の傷跡が生々しく残る光景を目の当たりにすれば、地元の人たちと3.11の経験を共有していないという現実が、ずっしりと重くのしかかるのは当然です。
それだけに、晋作が発したある台詞は、その言葉の意味の激しさ以上に、鋭く心に突き刺さるようにも感じられました。岸さんも脚本を読んだとき、「衝撃的な台詞だと思った」と言います。
岸さん「あの台詞を、宮藤さんは書きたかったし、晋作に言わせたかったんですよね。でも、池脇(千鶴)さん演じる百香の同僚は、それは言っちゃダメとたしなめます。そういうダブルスタンダードみたいなものを抱えながら、社会は成り立っていると思うんです。でも、だから、どこかのタイミングで本音を言っていいと思うんですよ。そういうことが、この作品においてすごく重要だった。あの台詞は、宮藤さんじゃないと書けなかったと思うし、まっすぐすぎる晋作だから言えたことでもあるだろうと思います。」
東日本大震災のような大きな出来事ではなくても、どの土地にもそれぞれの歴史があり、移住者はその過去を経験していないよそ者であることに間違いありません。そして、地元に住んでいる人とその土地へ来た移住者という立場でなくても、人と人とが出会えば、相手の過去とどのように向き合うかは、誰にでもいつでも悩ましい問題として生じる可能性があります。まして、その相手が大切に思う人であったら。共有できない過去があることは、悲しくもどかしく、痛みを伴うことでしょう。
それをどう乗り越えるのか、晋作の言動にはその答えのひとつがあります。
岸さん「晋作は釣りが好きという理由だけで移住してきたのに、次第にいろんなものに愛着が湧いていって、一人の女性に対してもそうだし、結果としてその土地に対するしがらみが生まれるんですよね。そういう状況では、やっぱりどうしたって昔からいる人と新しい新参者の間にはきっと何かが起きるだろうし、だからこの映画でも起きるんです。そういう衝突を乗り越えるために芋煮会があるんです。」
岸さんが物語のクライマックスにしたいと考えた芋煮会のシーン。山や川、穏やかな自然に囲まれて、美味しそうな芋煮(しめじは必須!)を食べるシーンは、涙あり笑いあり、心も体も温かくなるような印象深い場面でした。
Ⓒ楡周平/講談社 Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
違いはある。だからいい。
エンディングは原作とは異なる、より枠にとらわれない、その決断は、極めて現代的とも言えるもの。もしかすると高齢化や過疎の進む地方では受け入れられにくいのでは、と感じた疑問に対し、岸さんは明快に答えてくれました。
岸さん「つくづく最近感じているんですけど、人口が過疎化している土地とか、特に被災地だとボランティアの人たちもきているし、それこそ移住してくる人もいるし、外部から新しいものが注入されているんですよね。だから、新しいものを受け入れることに関しては、かなり変わってきているんじゃないでしょうか。決して、閉鎖的なだけではないと思います。いろんな家族の形が、地方にもありますからね。ずっと東京にいると、地方に対してステレオタイプな見方になってしまうんですよね。でも、田舎だってどんどん変化していると思います。」
確かに都心で暮らしていると、地方に対するイメージの解像度は低くなりがちで、メディアやインターネットを通して触れる情報だけで先入観を持ってしまうことがあります。ましてや、東北という大きなくくりでぼんやりとしたイメージを持っていては、なおさらでしょう。宮藤さん出身の宮城と岸さん出身の山形という県の違いはもちろん、内陸と海沿い、日本海側と太平洋側でも、違うのだといいます。
岸さん「東京で暮らしていると、東北って括りでまとめられちゃうところもありますけど、それぞれに食べ物も違うし、文化も違うし、言葉も違う。僕自身は、東北にはいろいろなものがあるなっていう意識なんですよね。芋煮だって、宮城と山形では違うんですよ。この映画で描こうとしたのも、そんなふうに人はバラバラなほうがいいというか、本来バラバラないろんな形があるということなんです。」
人と人はバラバラで違うもの。だから、その違いを越えてコミュニケーションするには衝突を恐れないこと。主人公・晋作が移住を通して知るさまざまなことは、移住生活には当然ですが、身近な人と相対するときも心に留めておくとよいのかもしれません。
三陸の豊かな自然と海の幸、さまざまなキャラクターの地元の人たちと3.11の過去、さらにコロナ禍や空き家問題。たくさんの要素を背景に、人が土地と出会い、その土地の人と出会い、その人の過去に触れ、そして心を通わせていくストーリーは、まさに「泣き笑い移住エンターテインメント」。おおいに笑って楽しんで、でも劇場をあとにして、ふと考えてしまう、そんな作品です。
Ⓒ楡周平/講談社 Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
映画『サンセット・サンライズ』
1月17日(金)全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
文:村山幸
写真:廣川慶明