地域も個人も、いきいきと輝く。都市部と地域をつなげる、「マルチワーク」のすすめ

地域も個人も、いきいきと輝く。都市部と地域をつなげる、「マルチワーク」のすすめ

「人手は欲しいけど、年間通して雇えるほどの仕事量を自分の職場だけでは確保できない」

「地域で働いてみたいけど、いくつかの仕事を試しながら自分に合う暮らしを模索したい」

人手不足に悩む地域の事業者、新たなキャリアを模索しながら地域への移住を検討する個人の、双方のニーズに訴求するマルチワークが、近年注目されています。

関係人口と移住のためのスカウトサービス「SMOUT(スマウト)」を運営する「株式会社カヤック(以下、カヤック)」と、地域に対して伴走型コンサルティングを行う「株式会社さとゆめ(以下、さとゆめ)」。2社が共同で立ち上げた「多業多福(たぎょうたふく)」は、このマルチワークを促進し、新しい働き方を生み出すムーブメントとして広げていく取り組みです。

マルチワークとはどういったものか、「多業多福」とは何か。より詳しく知るため、2社合同で実施したアンケート調査の結果も参照しながら、「カヤック」の宮本早織(みやもとさおり)さんと、「さとゆめ」の横山晴香(よこやまはるか)さんにお話を伺いました。

人手が必要な地域と地域移住を考える個人の“かゆいところ”に手が届く仕組み

マルチワークとは、一つの職場に縛られず、時間や季節などに応じて、複数の職場を組み合わせて働くという働き方のことを指します。このマルチワークを後押ししているのが「特定地域づくり事業協同組合制度」。

「特定地域づくり事業協同組合制度」とは、過疎化が進み、後継者不足に悩む地方自治体の中で、複数事業者が集まり、地域で新たな仕事の機会を創出するのを促進することを目指して総務省が2020年に立ち上げた制度です。複数の事業者が集まって協同組合を組成し、働き手を求める事業者へ集まったマルチワーカーを派遣を行うところに対して、国が運営費を一定の割合で助成するという内容。

「人手は必要だけれど、フルタイムで雇えるくらいの仕事量がない」や、「一年の中で人手が必要なシーズンが限られる」といった地域の事業者にとっては、地域移住に興味があり、地域に入りながらチャレンジをしたい人材やスキルをいくつかの事業者と共に受け入れることができる画期的な制度となっています。

miyamoto_yokoyama写真左から移住や関係人口促進のためのスカウトサービス「SMOUT(スマウト)」を運営する「カヤック」の宮本さん、「さとゆめ」の横山さん

横山さん「『さとゆめ』は10年以上地域に伴走しながら、多くの地域で事業をつくってきた会社ですが、やはりどの地域をみても人材不足というところは悩みとしてあるかと思います。地域でいかに面白いプロジェクトや事業をつくっても、人が集まりにくい。そうした時に、このマルチワークという考え方は、一人の人材の能力のシェアをすることで、既存事業の存続や、面白い事業の立ち上げ支援にもつながっていく新しい流れを生み出せるのではないかと期待しています。」

一方、働き手はマルチワーカーと呼ばれ、一つの地域の中でも複数の活動拠点をもったり、時期によって仕事内容を変えたりしながら、自らが希望するライフスタイルに合わせた働き方を選び取ることが可能です。

宮本さん「春は農業、夏は観光の仕事で、秋は田植えの収穫をして冬はスキー場で仕事をするなど、いわゆる季節労働のような形で働く人もいれば、複数の仕事にチャレンジしてみて、自分に合った仕事を見つける人、1日の中で時間を区切って複数の仕事をする人なども。それから、まだあまり多くありませんが、教育研修型プログラムの一環として複数の職場で経験を積む人や、いくつかの集落の中で仕事を行う人など、さまざまなタイプのマルチワークが可能になっています。」

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image11-2「さとゆめ」がまとめたタイプ別のマルチワーク

マルチワーカーに任期はなく、仕事をやってみて職場や仕事内容が気にいれば、そのままその組織に就職したり、地域で起業していく未来も考えられます。制度開始時には5つ程度だった組合数も、2023年9月時点では94と、年々増加傾向にあります。特定地域づくり事業協同組合数増加による影響は、「SMOUT」上でも明らかになっていました。

※注: 詳しくは総務省「特定地域づくり事業協同組合制度」を参照。

地域における働き方や生き方の選択肢をひろげていく

宮本さん「マルチワーカーの募集プロジェクトの件数は2021年から増加しており、2023年に入って前年同期比の2倍近くになったりして、どんどんマルチワークのプロジェクト件数が増えているんです。さらに『SMOUT』では“興味ある”ボタンがあって、プロジェクトの人気を測ることができるのですが、マルチワーク関連のプロジェクトは比較的“興味ある”を獲得している傾向がありますね。」

ユーザーが興味関心を持つのは、さまざまな地域で立ち上がる、工夫を凝らした募集プロジェクト。なかには、プロジェクトの募集に80人以上が応募した事例もありました。

image9沖永良部(おきのえらぶ)島がある鹿児島県和泊町(わどまりちょう)・知名町(ちなちょう)では、ターゲットとなる人材を若手層に絞り込み、訴求するイメージ画像やメッセージを効果的に打ち出した結果、募集プロジェクトに多数の応募が。結果として、8名採用、平均年齢は26.5歳だった

しかし、マルチワークの仕組みが地域において機能するには、組合立ち上げから募集、さらにマルチワーカーを地域で迎え入れた後のサポートの体制づくりまで、クリアしなければならない課題がたくさんあります。成功事例がある一方で、苦労している自治体も多いのだとか。

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横山さん「組合運営を軌道にのせるためには、そもそも地域側にニーズがあるのかや、どういう人材が欲しいのか、また年間を通してきちんとお仕事が発生するのか、などをきちんと調査してから始めるのが大事かなと考えています。そこから申請などの細かい事務作業などもやりつつ、コンセプトをどう見せるかを考えながらの人集め。立ち上がった後も、マルチワーカーの方のメンタルケアやキャリアの相談、事業者とのマッチングなども一貫して実施していくことが必要になります。」

主に「SMOUT」を通じて多くの地域プロジェクトと地域移住や新しい働き方に興味がある人のマッチングを生んできた「カヤック」。そして、無人駅や沿線集落の空き家を宿泊施設の機能として活用し、地域住民とともにホテル運営を行うことで沿線一体の活性化を目指す“沿線まるごとホテル”など、多くの地域プロデュース事業や、地域への伴走コンサルティングを行ってきた「さとゆめ」。お互いの強みを活かすことで、マルチワークを通じてポジティブな変化を社会に生み出せるのではないか。「多業多福」はそんな閃きから生まれました。

image8-2「多業多福」のサービスの全体像。「カヤック」と「さとゆめ」が連携しながら地域側の人材ニーズと都市部人材のニーズを見極めた上で、特定地域づくり事業協同組合の立ち上げやマッチング支援を実施

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宮本さん「今まではひとりの人がひとつの仕事を定年まで全うするという直線的なキャリアが主流だったのが、肌感として徐々に変わりつつあると感じています。キャリアってもっと非連続のものであっていいはずだし、マルチの「複」だけでなく、サブの「副」業を持つ人も本当に増えてきています。多様な働き方が認められてくると、その人の幸せやウェルビーイングにつながる。それが結果として社会のウェルビーイングにつながるのではないかというところから、『多業多福』という名前をつけました。」

アンケートが示唆するマルチワークへの潜在需要

実際に、「カヤック」が「SMOUT」を通じて行ったアンケート調査では、地域への転職や起業を検討を検討する人の約半数以上が、一つではなく複数以上の仕事をしてみたいという結果が得られたといいます。さらに、アンケート調査からわかったのは世代間による回答の違いです。

宮本さん「40代以降は農業や伝統工芸に従事したいなど、やりたいことがわりと明確なのですが、20〜30代では、全体の7割近くが産業にこだわらず複数の仕事に従事したいという回答をしていました。年齢や経験によるものだと思いますが、若い世代ほどフレキシブルであることは、面白い結果だなと。マルチワークはとくに若い世代と相性がいいといえそうです。」

image5-4「まずは色々な仕事をしてみたい」を回答した人のうち、40代以上では、一次産業である「農業」(回答者全体の46.6%)に続いて「観光業」(回答者全体の38.4%)「伝統工芸」(回答者全体の37.0%)など、特定の産業に興味関心が集まった一方、20・30代では「こだわらずに従事したい」が66.7%と突出して多い結果となった

実際、マルチワークのひろがりは、地域や個人の働き方にどんな変化を生んでいるのか。マルチワークについて学ぶことをテーマに、2023年3月に「カヤック」と「さとゆめ」が「SMOUT」で開校した「多業多福クラス」では、実際に自治体でマルチワークに取り組んでいる組合の担当者や、地域で活躍するマルチワーカーが登壇し、彼らの仕事や生活のリアルを聞く機会となりました。

image2-4「多業多福クラス」第1回目は、山形県小国町でマルチワークを推進する「おぐにマルチワーク事業協同組合」の方が講師に。定員を超える32人からの応募があり、満員御礼で開校した

宮本さん「実際にマルチワークをしている人たちに話を聞くと、次の時代の新しい働き方につながるような大切な気づきをたくさんいただきます。例えば、『せっかく地域に移住しても、一つの仕事だけだと万一自分がその仕事に合わなかったら全てが終わってしまう。それってすごいリスクだなと思って』とか、『組合の制度を使えば、地域でいろんな仕事にチャレンジできる。もし一つの仕事がうまくいかなくても、他の仕事でまた頑張ればいい。だからこそ、気が楽になったところもあった』と話す人もいて。自分に合わない仕事だとわかっているのに、ずっと我慢して働き続けるのはつらい。やってみた結果、自分に合わなければ別の選択肢を選べるって、今の時代に大事な考え方だと思っているんです。」

マルチワークの可能性をさらにひろげるためにできること

こうした流れをさらに加速していくためには、地域側、働き手の両者のニーズに真摯に向き合いながら、必ずしも制度にとらわれ過ぎずに「多業多福」としてできることがないか探っていきたいというおふたり。現状ではどのような課題があるのでしょうか。

横山さん「マルチワークの仕組み自体は大変画期的なものですが、制度上の課題もあります。組合を立ち上げることによって、事業運営の半分の経費を公的なお金で担保してもらえる一方で、持続可能な運営を行うためには、それぞれの地域の実態に即したスケールを考えていかなければなりません。一部の先進地域では、空き家バンクの管理事業や地域事業者へのコンサルティングなど、組合は人材派遣業とは違う分野の事業立ち上げを進めるところも出てきています。事業づくりを地域全体で実施していくような地域は、『さとゆめ』の得意分野でもあったりするので、そうした多角的な事業運営につながるサポートなども、今後は実施していけたらと考えています。」

image3-2設立から半年以上経過した組合のうち23%が特定地域づくり事業協同組合制度によらない新しい事業を検討していることが分かった

また、直近では、複数の組合が連携して地域をまたいだ新しいマルチワークの形を模索しようとする動きも生まれているそう。

宮本さん「北と南の地域で農業の繁忙期って異なりますよね。例えば北海道だったら冬はスキーで忙しいけど、南の島はちょっと落ち着くみたいな。そうした時にそれぞれの地域のワーカーさん同士を交換し合うような取り組みができないかという構想があるそうですが、複数の組合間の事業だと、支援制度が追いついていなかったりするんですよね。でも、冬は北海道で、夏は島で働くみたいなことが将来的に実現すれば、マルチワークに対する関心や需要もさらに高まりそうだなと思っています。」

既存の制度だとなかなか難しいことでも、「カヤック」や「さとゆめ」のソリューションを使えば、地域をまたいだマルチワークが地域側からも、生活者側からも求められていることを明らかにすることができます。こうした生の声を集めたロビーイングの活動も、2社が共同で運営する「多業多福」だからこそできることの一つかもしれません。

「多業多福」でいきいきと輝く人や地域を増やす

最後に、この事業に関わるおふたりが、「多業多福」を通してどんなことを実現したいと考えているのか、それぞれに伺いました。

宮本さん「昔は、いくつかの仕事を掛け持ちしていると、『なんかあの人ふらふらしてる』とか後ろ指を刺されるような風潮があったような気がします。それが、この“マルチワーク”という言葉が与えられたことによって新たな視点で捉えられるようになったことがとてもポジティブな変化だと思っていて。拠り所が一つしかなくて苦しくなっている人や状況を楽にしたいというのが『SMOUT』というサービスを通して私たちがやりたいことの一つ。マルチワークというのはそこにつながる考え方だなと思っています。」

横山さん「暮らしや幸せの在り方って多様化していて、自分の可能性を生かすとか、家族で幸せな生活を送るとか、本当にいろいろあるなあと実感しています。そうしたところにマルチワークや地域というものが新たな選択肢になればいいなと思うんです。なので、地域のみなさんに知っていただくのももちろんですが、働いている人にこそ知ってもらって、もっと多様な生き方や価値観が広まるといいなと思っています。」

当初は、人口減少や都市部への人口集中によって過疎化した地域の担い手創出のために組成されたマルチワークの仕組み。しかし、社会課題の解決だけでなく、地域・仕事・個人の豊かな在り方や社会をつくることにつながる、高いポテンシャルを秘めたものだということがわかってきました。

地域と人が複数の仕事を通じてつながり、それぞれの個性にあった働き方や暮らし方を実現するマルチワーク。どこにいても、どこに住んでも、一人ひとりの豊かな有り様を追求していけることがこれからの時代のスタンダードになっていく。そうした社会においてこそ、本当の豊かさや幸せが実現していくように思います。マルチワークを通して自分にあった選択肢を手に、より多くの人がいきいきと輝く社会。「多業多福」と一緒に、形づくっていきませんか。

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文 岩井美咲