身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する言葉として一般的になってきた「ウェルビーイング」ですが、短期的な幸福だけでなく、生きがいや人生の意義など、将来にわたる持続的な幸福を含む概念で「幸福感」と訳されることもあります。
そのため、ウェルビーイングを実現するには住む場所も重要な要素。地域にとっても市民のウェルビーイングを向上させることが課題になるのです。
そんな中、デジタル庁は市民の「暮らしやすさ」と 「幸福感(ウェルビーイング)」を数値化・可視化する「地域幸福度(ウェルビーイング)指標」を開発・導入しています。指標の要素には、「地域の暮らしにどの程度満足しているか」など 住民からのアンケートを集めた「主観指標」と健康寿命や歩道設置率、犯罪件数などの「客観指標」があり、この2つを組み合わせたものが地域幸福度(ウェルビーイング)指標です。
デジタル庁が公開している動画『「Well-Being指標」がまちづくりの指針になる!』では、地域とウェルビーイング指標の関わりが、実例を交えて解説されています。
日本の地方創生に長年携わってきた、デジタル庁統括官の村上敬亮(むらかみ・けいすけ)さんと、自治体職員として地方創生に携わり、現在はデジタル庁でデジタル田園都市国家構想プロジェクトを推進する鈴木ミユキさんが、地域幸福度(Well-Being)に焦点を当てた新しいまちづくりの取り組みについて語っています。今回は、その内容を記事にしてお届けします。
※ 写真:デジタル庁統括官の村上敬亮さん、画像左:デジタル庁でデジタル田園都市国家構想プロジェクトを推進する鈴木ミユキさん
市民のやる気をどう引き出すか
鈴木さん 「地方行政のデジタル化について、非常に熱量高く進んでいる自治体や団体がある一方で、データを流通させて市民生活を良くしようというところまで至ってない地域もあると思うのですが、その違いはどこにあると思われますか?」
村上さん 「市民のやる気でしょうね。役所に“これやりなさい”と言われたり、"はいこれやりました”って言われても面白くないし、参加する気にはなれませんよね。」
鈴木さん「そうですね。ただ、自治体職員をしていた実感からすると、周囲の人たち目も気になるし、自分だけが前に出るのはなかなか難しいなと感じます。」
村上さん「そうだと思います。それを越えるときに必要なのが 僕はウェルビーイングだと思うんです。自分の今に満足感や納得感がないと、自分から一歩を踏み出してやる気の壁を越えることってないと思うんです。今の私って不幸せって思っている人が何か地域のためにするとは思えないでしょ。
やる気のドライブにウェルビーイングが不可欠だからこそ、ウェルビーイングを語ることが必要だと思います。これまでいろんな自治体にウェルビーイング指標を使ってもらったと思いますが、こう良くなったとか、こういうメリットあったという事例はありますか?」
鈴木さん「一つの事例として、会津若松市をご紹介したいと思います。会津若松市は2013年から 『スマートシティ会津若松』を大きく打ち出して、デジタル化を先進地として進めているんですが、(ウェルビーイング指標の)レーダーチャートを見ると、デジタル生活という客観指標は非常に高いのに、市民の実感を測る主観指標は平均値を下回っているんです。
会津若松市役所のみなさんとデータ見ながら話したんですが、みなさんなぜ実感につながらないのか疑問に思って、そこから自分たちの政策をどうしていったらいいんだろうかと考えるきっかけになったそうです。」
会津若松市のレーダーチャート。レーダーチャートはウェルビーイング指標の各カテゴリーを円形に配置し、データの分布を図式化したもの。オレンジが主観データで、緑が客観データ。会津若松市では主観データが概ね客観データを下回っていることがわかる
ウェルビーイング指標がまちづくりのきっかけになる
ここで会津若松市スマートシティ推進室の髙橋俊貴さんに話を聞きます。
高橋さん 「ウェルビーイング指標の24のカテゴリーで、客観指標では概ね平均値の50を超えていますが、主観指標では平均以下のものも多く、この主観指標と客観指標にわりと大きな乖離があることが最初の気づきになりました。これまで10年以上にわたって様々な取り組みをし、名前はそれなりに知られている自治体かなと思っていたのですが、市民の実感が伴ってないところは少し意外でした。」
会津若松市では、こうした気づきをきっかけにウェルビーイング指標をもとにした取り組みを進めてきました。2024年2月に実施したのが『スマートシティ・生成AI体験ワークショップ』です。このイベントには学生を含む様々な世代の市民や地元で活躍する企業のスタッフが参加し、ウェルビーイング指標をもとに地域の課題などを洗い出し、生成AIを使ってその解決策を議論しました。
高橋さん 「(このイベントの「キャッシュレス決済をどう広めるか」という議論では)牛丼屋で大学生が高齢者にキャッシュレス決済の使い方を教える場を設けたり、教えてもらった高齢者が大学生に牛丼をおごってお礼したりすることがあったりすると、世代間の交流にもなりますし、そういった教え合いがデジタルデバイドの解消にもつながるのではないかという提案がありました。
地方自治体にとっては、市民の方がまちづくりに主体的に参画してくれることが非常に重要だと思っていて、そのためにも、こういったイベントを繰り返していくことが必要だと感じました。また、イベントを通して市民の方が企業ともつながり、企業がどんなサービスを目指したらもっと嬉しいか、といったことを、本音でぶつけ合えるような場にもなりました。そのなかで、どういうまちづくりを目指すのか、みんなで考えるきっかけの一つになるのがウェルビーイング指標なのかなとも感じています。」
ロジックツリーで課題を解決する
村上さん「ウェルビーイング指標は今後自治体にどのような変化を起こしていくように感じていますか?」
鈴木さん 「2024年3月末時点で、76団体に使っていただいていて、ウェルビーイング指標で地域の課題が少しずつ分かってきました。今までは部門部門で政策をやっていて、それでは地域の課題は解決しないと自治体のみなさんが感じはじめていると思うのですが、セクションをまたいで一緒にやるのはやはり簡単ではありません。なので、大きな目標となる政策がそれぞれの部門の政策にどう紐づいているのかを一度紐解いて、ロジックツリーというかたちに分解していくということを、今年一緒にやってみようと考えています。」
ロジックツリーは住民のウェルビーイング向上のために必要な取り組みと効果を分解して可視化する手法。ロジックツリーを活用することで、ウェルビーイング指標が明らかにした課題を解決するためにどのような政策が必要なのか、政策がもたらす効果を検証することができる
村上さん 「部門横断の話をすると、いま日本の医療費は終末期の先端的な医療に7割ほど使われていて、それがどんどん上がってます。ところが、高齢者が頻繁に外出をしていると、実は在宅死亡率が上がるんです。そのため健康増進教室を実施する自治体が多いのですが、通うための公共交通手段がなくて、自分で運転できるくらいもともと健康な人しか参加することができなかったりする。
香川県の三豊市はそこに目をつけた。コミュニティバスが赤字だったので、日曜日の運行をやめようしていたんですが、日曜日も運行して高齢者に外出してもらうことで減る医療費のほうが、バスの赤字の拡大幅よりも大きいという試算が出たので、日曜日もコミュニティバスを走らせることにしたんです。」
鈴木さん 「バスはバスの部門、医療は医療の部門でやっていたら、全くクロスしないから実現しない話ですよね。」
村上さん 「つまり、高齢者が元気で良い医療環境をという課題があったとしても、健康増進教室とコミュニティバスの運行が実は関係していることが今は見えていない。それが、ロジックツリーを通じてそれぞれの施策がどう絡んでいるのかを解きほぐしていくと、ちゃんと紐づけて整理することができるということです。」
鈴木さん 「多くの自治体が、自分たちの力だけではまちづくりはもう限界だと感じてきていたのが、ウェルビーイング指標を共通言語にしていろんな人たちを巻き込むことで、まちづくりに関わる方を増やせるということが見えてきた。それが私が今までウェルビーイング指標を進めてきて一番良かったことです。」
村上さん 「僕はとにかく、暮らしている人にまちづくりに積極的に参加してほしい。いろいろな住民が、ちょっとずつその実現に関わっていってほしい。そのための気づきのきっかけとしてウェルビーイング指標があって、それを通じて、自分のまちのことを考えるとか、ロジックツリーを見ながら本当はこういう政策をやったらいいんじゃないかと提言できるようになると、納得感につながっていくのではないでしょうか。だから、行政もサービスを提供してあげますよ、これでどうですか?ではなくて、一緒につくりましょうと話しかけたらいいですよね。」
鈴木さん 「データって、いろいろな人をつなぐ共通言語だなと、この指標を使っていて本当に思います。」
村上さん 「これからの時代、先立つものはデータというのが今日の話の締めかもしれませんね。」
まちづくりも、データをもとにみんなで考える時代がやってきました。
デジタル庁のWebサイトでは、各地域のウェルビーイング指標が公開されています。ぜひ自分の暮らす自治体のウェルビーイング指標を参考に、地域について考えてみてください。
文 石村研二