withコロナ時代の地域とは?教育とは? デンマークの自治区・クリスチャニアに学ぶ地域の未来

withコロナ時代の地域とは?教育とは? デンマークの自治区・クリスチャニアに学ぶ地域の未来

世界各地で猛威をふるう新型コロナウイルスにより、新しい日常が始まりました。ヨーロッパで最初にパンデミックが起きたイタリアに続き、デンマークは学校やレストランの閉鎖と国境の封鎖を決断。その2日後には公共放送にてメッテ・フレドリクセン首相が、通常の記者会見のほかに、子ども向けの会見を行いました。質問をしたのも子どもたちです。フレドリクセン首相が子どもたちと対等に、質問のひとつひとつにキビキビと回答する様子は、共感とともに世界に伝えられました。さらに、それから約2ヶ月後の、ウィルスの封じ込めにほぼ成功した5月末には、若者たちへの感謝のメッセージを発信。withコロナの時代を生きる彼らと、すべての世代を勇気付けました。

デンマークでは「子どもも社会の一員」だと捉えているため、今回の会見に限らず、小さな頃から政治に親しむ機会が多くあるそうです。「若者の政治離れ」が叫ばれて久しい日本人としては、子どもたちを含めたデンマークの人々と、政治や社会の距離の近さに驚きを隠せません。

そして、そんなデンマークの首都・コペンハーゲンには、無政府主義者たちが暮らす、クリスチャニアという自治区があります。今回は、デンマークの妊娠出産、子育て事情とともに、クリスチャニアのあるデンマークの社会についてお話ししたいと思います。

デンマークの出生率が回復した理由

私は2019年11月、以前から興味のあったデンマーク・コペンハーゲンを訪ねました。着いて驚いたのは、街で見かける赤ちゃんの数と、赤ちゃんが入ったまま道端に置きっぱなしのベビーカー...…!デンマークの古い街並みにあるお店の入り口は、道路から一段(20cmほど)高くなっているところが多く、店内も狭いことから、ほとんどの赤ちゃん連れの買い物客は、ベビーカーを歩道に置いたまま自分だけが入店するのです。(治安のいいからできることですね)

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滞在先の末っ子。デンマーク語のポケモンカードを見せてくれました。オーナーの女性は三人の子どもを持つシングルマザー。

今は赤ちゃんが多くみられるデンマークも、日本をはじめとした多くの先進国同様、一時は少子化が急速に進み、1983年には合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの数)が1.38という史上最低を記録しました。しかし、その後の政策で出生率は回復。近年は1.8%程度で推移し、人口増加が見込まれています。(https://www.mlit.go.jp/common/001036545.pdf

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出典:デンマークの経済社会について(国土交通省 国土政策局/平成26年4月)

デンマークでは、1960年代から80年代に様々な社会福祉制度が展開され、女性の就業率と出生率が向上していきました。

デンマークの「子育て支援」は、産前・産後休業制度、育児休業制度、子ども手当、育児給付金、そして未就学児の保育・教育制度から成っています。項目だけ見れば、日本のそれとほぼ同じですが、休業中の所得保障の手厚さ、父親の休業制度の利用率の高さ、そして手当ての額と支給される期間の長さが大きく違います。また、入院費をはじめとする出産にかかる費用はすべて公共負担で、個人負担は一切ないこと、そして、不妊治療の支援も手厚い点が特徴です。

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滞在先のすぐ裏にあった幼稚園。木が贅沢に使われた遊具がたくさん。デンマークでは保活の必要はありません。

子育て支援政策の転換期に求められた、男性の意識改革

1960年代から1980年代の子育て支援政策の大きな転換期に、デンマークの人々はどのように意識と暮らしを変化させたのでしょう。2000年にまとめられたJETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)の報告書によると、デンマークでも第二次世界大戦ごろまでは、「男は仕事、女は家庭を守る」という意識が強かったそうです。しかし、戦後に女性が積極的に社会進出するようになったことで女性の意識が変化し、男性にも意識改革が求められたといいます。当初はこの現象に戸惑いを感じた男性も多く、離婚率が上昇。出生率も低下しました。しかし、議論を重ねるうちに男性の意識も徐々に変化。女性が社会で活躍することが「国の支援」と「男性の協力」に広がり、子どもを産み育てやすい環境になっていきました。その後、父親の休業利用率は、日本が2.3%(2014年)なのに対し、デンマークは79%(2007年)となっています。

私がデンマークで滞在したご家庭には、高校生の息子さんがいました。両親が離婚しているので、彼の父親は普段は別のところに暮らしていますが、私たちの滞在中に息子さんを訪ねて来ました。彼は音楽家である父親にピアノを習っているらしく、微笑ましい父子の会話(何を言っているのかはわかりませんが)とピアノの音色が聞こえてきました。離婚率の高いデンマークですが、戦後における男性の意識改革が、新たな時代の家族形成、そして、子どもたちの健全な成長にも大きく影響しているように感じた瞬間でした。

地下鉄で私が娘と「アルプス一万尺」の手遊びをしていると、微笑んで見守ってくれているおじいさんの視線を感じたり、デンマークではどこへ行っても、子どもに対する人々の視線が優しく、穏やかでした。

妊活治療をタブーにしないデンマーク

不妊治療に話を移すと、デンマークでは人工授精も無料で受けられます。40歳前に治療を開始し、全ての治療が41歳になるまでに終わること、そして同じ父親との間に子どもがいないという条件を満たせば、体外受精も無料です。これは独身や同性愛の人も対象です。

デンマークでは早期から体外受精を行っており、ドナー提供による赤ちゃんが初めて生まれたのは1983年。現在は、デンマーク生まれる赤ちゃんの8%から10%が、なんらかの医療技術のサポートを受けて誕生しています。(TIME誌調べ)。

ヨーロッパにはカトリック信仰が強い地域を中心に、体外受精を法的に認めていない国も少なくありません。不妊治療を目的にそれらの国から、技術が高く、治療環境の整ったデンマークへの流入も多く見られます。体外受精先進国となったデンマークの精子バンクは、グローバルにビジネスを展開しています。

デンマークの非競争的な教育

高福祉国家であるデンマークでの医療と公立校の学費は無料です。大学や大学院に進学する場合も、国民またはEU籍であれば授業料を払う必要はありません。18歳以上になると、親ではなく国に保護されるようになり、国から生活費を受け取ります。いつでも学びたいと思った時に国からの援助を受けて大学に行くことができる、「教育機会の平等」が担保されています。デンマークの人たちが「国家が父親であり母親」という意識を持っているのには、こういった仕組みがあるのだと思います。

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医療費を国が負担するデンマークでは、国民がより健康でいるための仕組みが社会のあちこちに。運動は健康を保つためにもっとも重要な要素のひとつ。自家用車より自転車に乗ることを促すための自転車用道路が充実、体を動かすための公園スペースも多い。写真は、クリスチャニアバイク(カーゴバイク)でのツアー中、道路と同じ高さに設置されたトランポリンで遊ぶ子どもたち。

また、デンマークには「エフスタコーレ」と呼ばれる、14歳から18歳を対象に1年ないし2年を子どもたちが過ごす、全寮制の私立学校もあります。変化の激しい近年の情勢を受けてか、世界的にも人気が高まっていますが、親元を離れて自分を向き合い、同世代の友人たちと語り合い、自分の生き方ついて考える場所になっています。若者たちは受験勉強に追い立てられたり、アルバイトなどに翻弄されることなく、自分や社会と向き合い、進路を決めることができます。

滞在先の息子さんは、あと1年と少しで高校を卒業予定。「そのあとはどうするの?」と私が聞くと、「ゆっくり考えるよ。旅に出るのもいいし、エフタスコーレに行くのもいいし。いろんな可能性があるからね。」と流暢な英語でいいました。(デンマークの公用語はデンマーク語です)

医療や福祉と教育を保証されたデンマークの子どもたちは、個々の大人たちからも、社会からも個人として尊重され、ゆえに自己肯定感も社会的な意識も高いのかもしれません。

都市のど真ん中にある、自称国家・クリスチャニア

このようなデンマークの首都コペンハーゲンの中でも一等地といえるエリアの約7.7ヘクタールの土地に、成人約650人、子ども約200人が暮らす自治区があります。日本ではあまり知られていませんが、世界的にはとても有名で、コペンハーゲンではディズニーがディズニーランドをつくる際に参考にしたという「チボリ公園」と並ぶ観光名所です。

1970年代、ベトナム戦争や社会経済の闇に抗うように、反戦と平和の旗を掲げた世界中の若者たちは、各地で多くのコミュニティをつくりました。数年後、そのほとんどが自然解散しましたが、それ以降も半世紀近く続いているのが自治区・クリスチャニアです。

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クリスチャニアの入り口ともいえる門をくぐると、元軍の倉庫らしき建物と、お祭りやアジアのマーケットを思い出すような露天の並ぶエリアがあります。カフェや商店、アートギャラリーも点在しています。10分も進めば木々の間を抜ける小道だけの、まるで田舎道。コペンハーゲンという都市の中心部にありながら、ここにはクリスチャニアが存続していることによって維持されている、豊かな森が広がっています。

クリスチャニアの精神性と民主主義

クリスチャニアが大切にしている精神の一つに、「土地は誰のものでもない」というものがあります。そのため、クリスチャニアの土地は誰の所有物でもなく、政府と新たな家を建てないという合意を結んでいるため、クリスチャニアの住人になるのはとても難しいことです。空き情報が公開されると、毎回100組以上の希望者が殺到し、そのエリアに住人によって入居者が選ばれます。入札やくじ引きや先着順ではなく、クリスチャニアではあらゆることが話し合いによって決定されます。

クリスチャニアはリーダーを持たず、すべての住人はコミュニティの発展のために行動し、住民の暮らすエリアとその環境へ共同の責任を持つこと、そして、個々の人生と住居に責任を持つことが求められます。

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「The world is in our hands(世界は僕らの手の中)」と掲げられている。クリスチャニア内には落書きもアートも溢れている。

事業はコミュニティのために生まれ、コミュニティ外とつながる

人々はDIYで住居を修理改築しながら、思い思いの暮らしを営んでいます。ある人は「美味しいコーヒーを飲める場所がないから」とカフェを始めました。事業の家賃は「クリスチャニアにどれだけ必要か」ということを基準に話し合われ、必要性が高ければ高いほど安く設定されるそうです。クリスチャニアの商品やサービスは、時にクリスチャニア外にも多くのファンを生み、コミュニティを超えて愛される存在になります。

クリスチャニアでは車の利用が禁止されているため、人々は徒歩か自転車で移動します。(ちなみに犬を鎖に繋ぐことも禁止です。)そのために開発されたのがクリスチャニアバイクです。ハンドル前に、荷物を乗せるための大きな箱が搭載された自転車で、アメリカではカーゴバイクと呼ばれます。コペンハーゲンの街のあちこちで「Christiania bikes」と書かれた、その自転車を見かけました。クリスチャニアバイクは1972年に誕生し、1984年に今の原型が完成。環境に優しい暮らしを実現するために生まれたこの自転車は今、世界中に輸出され、利用されています。

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クリスチャニアバイク(カーゴバイク)。赤地に3つの黄色いドットは、クリスチャニアの国旗。コペンハーゲン市内にて。

クリスチャニアに来る前日、私たちはクリスチャニアバイクでコペンハーゲンの街を回るツアーに参加しました。カーゴ部分に乗った娘は、特別な体験に大喜びでした。クリスチャニアの住人たちの取り組みはコペンハーゲンに影響を与え、時にデンマーク全土へ、さらには世界に広がっていきます。

クリスチャニア外の人たちに不満はないのか?

18歳以上のクリスチャニアの住人は、ソサエティマネーと呼ばれる「クリスチャニア税(約35,000円/月)」を支払います。そこには家賃や修繕費、清掃費、ゴミ処理費、保育園と幼稚園、学童保育、クリニック(医療サービス)やコミュニティオフィスの運営費など自治のための費用が含まれます。

デンマークの国民が支払う税率は約50%ですが、クリスチャニアでは所有者が存在しないことから、いわゆる住民税のようなものは納めていません。所得税や消費税に関しては、クリスチャニア外で働いたり、買い物をする場合には払いますが、クリスチャニア内の場合には曖昧だそうです。一方で、クリスチャニアの住民はデンマーク国内の、税金で運営されている教育や医療などは無料で受けることができます。クリスチャニア外に住んでいる人たちは、クリスチャニアの住人に対して不満はないのでしょうか。

2011年に、1971年にクリスチャニアが始まって以来はじめて、3日間だけその門が閉じられたことがありました。住民たちが大切な話し合いを行うためです。クリスチャニアには知事や市長のようなリーダーが存在しないので、話し合いは納得が得られるまで、時に住人が疲労困憊するほど、重ねられるのだそうです。

この時、女性たちが手づくりのケーキと温かいコーヒーを準備しました。そして、クリスチャニアのすべての門で「大切な話し合いをしています。終わったら開けますから、待っていてください」と説明。話し合いが終わった時には、訪れた人みんなにお花を渡したといいます。

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クリスチャニアにある別の門の一つ。グラフィティがたくさん。

その時の話し合いとは、クリスチャニアの土地についてでした。国が所有していた軍の土地を不法占拠して存在していたクリスチャニアは、常に政府からその土地を返却するようにと求められていました。その問題を解決すべく、話し合いが持たれたのです。そして、土地の所有は国にあると認め、国の立場も尊重し、平和的に解決を図ろうと結論づけられました。

住人たちは、クリスチャニアの証書を作成して一口100デンマーククローネ(約1,750円)で販売することを思いつきました。住民はもちろん、クリスチャニアを応援したいという、クリスチャニアのコミュニティの哲学や精神性に賛同する多くの住民以外からの支援を受け、クリスチャニアはその土地を正式に政府から買い取りました。(これ以上人口と住居を増やさないなどの合意もありました。)

そんなクリスチャニアの歴史や、存在意義が広く認知されているからでしょうか。コペンハーゲンの一等地に住民税を払わずに暮らしている住人たちに対して、デンマーク国民の意識は好意的なようです。

自分たちで、自分たちの社会をつくる

クリスチャニアを有名にした要素の一つに、カンナビス通りがあります。カンナビスとは大麻の呼び名で、その名の通りマリファナが売買されており、デンマークでは違法ですが、売買は暗黙の了解で続けられているといいます。クリスチャニアはこのビジネスからは一切収益を得ていません。子どもたちへの教育の意味も込めて、そう決めたそうです。

クリスチャニアが政府から土地を買い取る以前には、銃撃戦さえ行われるような危険な時期もありました。その際には住民たちが自ら護衛を立て、週末には平和のための見回りも行ったそうです。自分たちで、自分たちの社会をつくっていく。少しずつ、一つずつ、みんなで問題を解決していくという、クリスチャニアが生まれた時から変わらない姿勢がそこにあります。

どんな人種でも、ヒッピーでも、お金持ちでも、貧乏でも、ジャンキーでも受け入れるというクリスチャニアですから、時に揉め事や、お酒の飲み過ぎで暴れたりする人もいるそうです。それでもクリスチャニアの門は常に開かれている。それはチャレンジであるけれど、様々な様相が混ざり合う、それこそがクリスチャニアなのだと住人たちは語ります。

デンマーク中の中学校や高校が、教師の引率でクリスチャニアに社会科見学に訪れます。生徒たちはクリスチャニアの存在について、社会やコミュニティのあり方について、そして民主主義について話し合い、考え、学ぶのだそうです。

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デンマークの代表的な童話作家、詩人アンデルセンが生まれ育ったデンマーク。かつて『マッチ売りの少女』がいた国は、世界幸福度ランキングで常に上位にいる、幸せの国に生まれ変わっていました。池にはかつて『みにくいアヒルの子』だった白鳥がたくさん。

考える力、対話する力、決断する力

クリスチャニアは、アナキスト(無政府主義者)の国だといいます。無政府主義というと、現実社会に馴染めない社会不適合者のようなイメージでしたが、クリスチャニアで目にしたのは、理想と責任感とともに、平和と本当の民主主義を求めて挑戦し続ける人たちでした。

ある夜、滞在先の高校生の息子さんが「あとで友達と、家でビールを飲んでもいいかな?」と私に聞いてきました。驚きましたが、「デンマークでは高校生がビールを飲んでも構わないの?」と聞くと、彼は「デンマークには飲酒の年齢制限はないんだよ。16歳になれば自分でビールを購入できるようになるし、18歳になればバーにも行けるよ。」と教えてくれました。どうやらデンマークでは家庭でお酒を飲み始める年齢を判断するようで、ある記事では、それは平均的に14歳頃だとありました。

自分で考え、話し合いで決める。そこには他者への尊重と信頼があります。正解のわからない世の中であればあるほど、考える力、対話する力、決断する力がますます重要になるのかもしれません。クリスチャニアと、クリスチャニアを包容するデンマークは、多様性、自主性、社会性ということを見せてくれたのと同時に、正解のない問題に向き合う勇気を示してくれたようにも思いました。

文 Midori Yamanaka

 

参考:

デンマークにおける女性の就労と子育て支援のあり方

Jetroコペンハーゲン事務所

BBC 「Why is IVF so popular in Denmark?

TIME 「Why So Many Women Travel to Denmark for Fertility Treatments

日本とデンマークにおける不妊治療

デンマークの若者支援 (福島大学地域創造 第21巻 第2号 調査報告書)

デンマーク王国における教育行政について (東京都・報告書)

Wikipedia : Freetown Christiania

デンマーク大使館公式Facebook(日本語)

『クリスチャニア 自由の国に生きるデンマークの奇跡』清水香那 WAVE出版

『デンマーク幸福研究所が教える「幸せ」の定義』マイク・ヴァイキング 枇谷玲子(翻訳)