北海道北部に位置し、約3,300人が暮らす下川町。小さなまちでありながら、独自の暮らしのスタイル「ワーク・ライフ・リンク」を掲げ、2018年には国から“SDGs未来都市”の選定を受け、まちづくりや移住定住の分野でも注目を集めています。さらに先日発表された「2018年度SMOUTアワード」では、堂々のグランプリを受賞。そこで運用担当の下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部 タチバナユミコさんと広報 立花実咲さんに、移住・定住促進とSMOUTの活用について伺いました。
写真左/移住定住担当のタチバナユミコさん。結婚を機に札幌から下川町へ移住し、現在は2児を育てながら働くワーキングママです。家族や子育てにスポットを当てたプロジェクトやツアーを企画・担当することが多く、相談に対するご自身の経験を活かした親身な回答も人気です。
写真右/広報担当の立花実咲さん。静岡県に生まれ、東京で「灯台もと暮らし」の編集ライターとして活動し、2017年に下川町へ移住。現在は地域おこし協力隊に着任し、町外向けの情報発信やイベント企画を行っています。2018年にはゲストハウス「andgram(アナグラム)」をオープン。移住の間口を広げるべく、さまざまな活動を進めています。
SMOUTアワードグランプリの下川町がつくるプロジェクト
結婚を機に札幌から移住した移住定住担当のタチバナユミコさんと、東京で編集者として活動し2017年に移住した広報担当の立花実咲さん。移住スカウトサービス「SMOUT」の下川町ページには、このおふたりが担当するプロジェクトが並びます。2018年6月のサービスオープン時よりSMOUTを利用し、10カ月が経過した今も頻繁な更新が続いている強い発信力。関係人口スコアランキングも常に3位内で、SMOUT内でも“よく見かけるまち”になっています。
ユミコさん「SMOUTは熱量の高いユーザーさんが多いですね。下川町にも熱い住民が多くて親和性も高いと思うので、そういう人たちに伝わってほしい、といつも熱い文章を書いています」。
たまに同僚からプロジェクトの原稿を見せてと言われると照れるくらいに、と笑います。
ユミコさん「ここは昔から独立心を応援する風土があるので、起業を目指す人に『下川町ならできるかも』と感じてほしくて。だから、何か戦略があるわけではなくて、まちの熱量が伝わるプロジェクトにしたいという一心だけ。移住定住促進の企画の中からあれも載せられる、これも載せられると目一杯やってきた結果というか」。
実咲さん「そうですね。ただ、個々が立ち上げたプロジェクトに対してスカウトや相談対応、コンタクトまで行うので、同じ下川町のプロジェクトでも担当するユーザーさんは別なんです。そこは他の自治体さんと少し違う点かもしれません。例えば、家族向けツアーの企画者がユミコさんなら、その思いを一番伝えられるのはユミコさんですし、ユーザーさんの疑問にも適切な対応や回答ができますから。もちろん情報共有やイベント時は協力しますけどね。意図して始めたわけではないんですが、今はいい棲み分けができていると思います」。
ユミコさん「私はこれまで文章を書くことを仕事にはしてこなかったので、実咲さんがライターさんであることがすごく大きいんですよ。人を惹きつける文章が書けるプロと組めたことは、とてもラッキーだったと思っています」。
企画されたツアーやイベントを効果的に伝える技はどこにあるのか。そんな秘密を知りたくて質問を投げかけたところ、ごくシンプルな、でも熱い答えが返ってきました。企画に最も近くで関わった人がプロジェクト制作を担当し、最後まで面倒を見る。運営を進める中で、自然にその分担ができていたというのです。
実咲さん「じつは、関係人口スコアランキングで1位になるという目標も、かなりのモチベーションになっています。まちづくりにおいては、西粟倉町、海士町などがよく取り上げられていますが、下川町は主産業が林業・林産業であること、人口規模が小さいことなどから、西粟倉町の事例に合わせて登場することもあったんです。それで、SMOUTの関係人口スコアで1位になることを目標にしようと。ランキングに出続ければそれが叶うはずだと続けていたら、いつしか1位が目標になっていました」。
相談窓口としてのSMOUTと、400人以上とのコミュニケーションから学んだこと
そんな努力が効を奏したのか、コミュニケーション件数は前年度の約2倍増を達成。さらにこの約10カ月間ユーザー対応を毎日続けてきた結果、ある変化に気付いたと言います。
ユミコさん「プロジェクト関連の質問が多いのは当然ですが、それ以外の質問が増えてきたんです。私のほうは学校や子育て、住居のことが大半ですが、ライト層の方からの『ちょっと知りたい』といった質問がめだってきたなって。言い換えれば、SMOUTが気軽に疑問を聞ける窓口になりつつあるということですよね。町役場にメールで質問するのはかなり勇気がいることですが、ここならプロジェクトついでに何でも聞けそうだと感じてくださっているんだと思います」。
実咲さん「そうですね。私が対応するユーザーさんは二拠点居住を検討されている方が多いですが、質問の気軽さという点ではほぼ同じ状況です。下川町への間口を広げたい私たちにとっては、すごくありがたい傾向です」。
さらに、UIがLINE風であることもユーザーに気軽さを感じさせる理由ではないか、重い話や自分の思いを担当者に伝えられるのはLINEやメッセンジャーと近い感覚だからではないか、と実咲さんは分析。プロフィールに役職を入れていないことも下川町役場の○○さんではなく“下川町に住んでいる立花さん”という印象を与えるため、気軽さを強めているのだろうと指摘します。
しかし、ライト層であればあるほど最初の印象は重要です。「第一印象は見た目が9割」ではないですが、返答の印象が移住候補の絞る時の決め手にもなりかねません。448人(※)のスカウトをし、コミュニケーションを重ねてきたお二人。多くのユーザーをフォローするためにどんな工夫をしてきたのでしょう。
※ 2018年6月1日〜2019年4月16日までの件数
ユミコさん「スカウトメールはユーザーさんの興味にあわせて送っていますが、関心を持ってくださる方とはコンタクトが増えますし、必然的にお付き合いも長くなりやすいです」。
一度のやりとりで終わる人もいれば、3カ月後にまた返事をくれる人もいる。その頻度はさまざまです。ただ、過去に数回やりとりをしたユーザーには、その後に親和性が高そうな仕事やツアーが出た時に再び連絡する場合もあるのだとか。移住定住のスカウトが仕事とはいえ、相手の状況や気持ちを汲んで接することは、普段の人間関係と何ら変わりがありません。
ユミコさん「また、これは下川町の移住定住施策のスタンスにも繋がる部分ですが、一度でも来町を希望してくださった方には、ツアー以外でも個別に対応できることを必ず伝えています。気になる部分は皆さん違うのに、『ツアーに参加をお願いします』一辺倒では、一番知りたい所すらわからないままになりがちです。そうならないための工夫でもあります」。
実咲さん「下川町は物理的に遠いので、一度イベントやツアーに参加する機会を逃すとそれっきりになることが多いんです。だから間に合わなかった時にいかに記憶に留めてもらうか、いかに思い出してもらうかが大事です。『いつ来てもいい』というアピールは、他の地域でも間口を広げる上で効果的だと思います」。
とはいえ、仕事は返信作業だけではありません。数多くのことを同時並行で進めるだけに、その労力は相当なもの。何かのツールで発送や内容を管理しているのかと思えば完全に手動とのことで、聞くだけでも大変そうです。
ユミコさん「ぶっちゃけめちゃめちゃ忙しいですね。夜に自宅から返信している時も多いです。だけど、電車も通っていない北の果てのまちに、興味を持ってくれる人がいると思うと嬉しくて。だからがんばれてしまうんです」。
最初はライト層だった相談者がやり取りを続けるうちに興味を強め、ヘビー層へと変化していく過程を見たこともあります。質問がどんどん具体的になってくると、次の段階までもうすぐです。
ユミコさん「そうなると特にすぐに返信してあげたいと思ってしまうんです。いつでもサイトを開けるから、もうSMOUT中毒みたいです(苦笑)」。
実咲さん「SMOUTからの返信はもう毎日のルーティンの一部です。アラートやメールでメッセージ受信のお知らせがくるので、パッと見て急ぎの内容ならすぐ返信できるのも便利なんです」。
職場のPCからはもちろん、仕事や日常の空き時間にスマホからメールを返信することも日常茶飯事。さまざまなデバイスを駆使し、タイミングを逃さないようにしています。
ユミコさん「といいながらも、返信が遅れることもあります。他の仕事が忙しいとできない時もありますし、手動なのでアラートを見逃す時もあるので……。もう少し人手があればいいんですけど」。
ちなみにSMOUT経由での移住者がひとり、2019年4月から下川町で暮らしはじめたのだとか。そして、移住直前の段階にある人が数人存在。来年の今頃には数として出てくるだろうと見込んでいます。
SMOUTが導いた成果とSNSの活用
たくさんのプロジェクトが並び、賑々しい印象がある下川町のページ。内容もターゲットもバリエーション多彩ですが、おふたりそれぞれが思い出深いものと言えばどれになるのでしょう。
ユミコさん「私はゲストハウスのプロジェクト(「地域に関わるチャンス到来!下川町のゲストハウス『andgram』が今熱い!!」)です。実咲さんのゲストハウスを紹介したくて立てたんですが、個人のゲストハウスだし、このテーマで大丈夫だろうかと少し不安だったんです。でもその割にはものすごく反響がよくて。今も幅広い方からコンタクトいただけている、最も思い出深いプロジェクトです」。
実咲さん「起業型地域おこし協力隊のシモカワベアーズ(【募集終了】SDGs未来都市で“やりたい”を実現する起業型地域おこし協力隊「シモカワベアーズ」募集開始! )ですね。今年で第3期目ですが、私が協力隊に着任して最初の仕事がこの第1期募集のPRでした。第1期、第2期の方はすでに移住して活躍されていますが、当時は下川町も初の試みで、PR方法もわからなければ受け入れ体制もできていない、「シモカワベアーズ」というプロジェクトの愛称すらない中、手探りで進めてきたんです。
それが第3期では応募者数も増えましたし、何よりSMOUTでやり取りした方が応募してくれたことが嬉しくて。SMOUTのコンタクトで知ったイベントに参加してくださり、直接話して、ツアーに来てくれて、そしてベアーズに応募してくれたんです。プロジェクト自体も、SMOUTを介してユーザーさんが下川町との移住・交流繋げられたという意味でも思い出深いプロジェクトです」。
ベアーズは応募者全員がなれる訳ではありませんが、それまでのやり取りで下川町好きはお墨付き。もし選ばれなくても新しい関わり方ができるかもしれないと実咲さんも言葉が弾みます。プロジェクトを超えたところでも人を繫ぐ土台づくりがSMOUT経由でできていたとは、サービス側も嬉しい限りです。
ユミコさん「SMOUTはまだまだ活用できると思うんですよね。サイトの上に流れるお知らせフィード機能ももっと活用したくて。あれを使えば、一度興味を持ってくれた方にももう一度アピールできそうじゃないですか。私のこと忘れないで、って(笑)」。
普段から、告知に反応を返してくれたユーザーはメルマガ登録を促すなど、繋がりを絶やさない工夫を続けているおふたり。不定期で更新中の「タノシモ」では仕事情報なども掲載しているので、相乗効果になる仕組みがあるといいかもしれない、とも。SMOUTはもちろん同町の移住定住サイト「タノシモ」やFacebookページ、メーリングリストやSNSなどWebサービスの活用がとても上手な下川町。WebサービスやSNS全般の運用に対する思いも伺いました。
実咲さん「SNSやWebサイトは開設して終わりではないですよね。一週間に一回でも更新しないと埋もれてしまいます。ただ逆に、更新すれば絶対人目につく仕組みにはなっているんです。だからどんな些細なことでも「タノシモ」のコンテンツにして、更新を続けています。」。
ユミコさん「そうですね。FacebookやTwitter、メルマガで特に内容を分けている訳ではないし、SMOUTも気軽に使わせてもらっていますが、どれも“頻繁に更新する”ことだけは大事にしています」。
実咲さん「大前提として、声をあげ続けなければ、伝え続けなければ人は来ないと思っています。下川町の場合は『(何もしないと)下川町が消えてしまう』という切迫した思いが根底にあるなと感じます。住んでいる人が自然と同じ危機認識を持ち、SNSやSMOUTのようなプラットフォームの価値を理解しているからこそ、継続して使い続けようという気持ちになるのかもしれません」。
ユミコさん「ただ、自治体によってはSMOUTを導入すると仕事が増えると考える担当者もいるかもしれません。ほぼ個人での作業なので、やらされている認識だとコンタクトや更新を続けるだけでも大変です。でも私たちの場合は、SMOUTというとっておきのプラットホームを見つけることができたので、ユーザーさんとのコミュニケーションが楽しくできるようになりました。それは間違いないですね」。
SNSもブログも、結局運用するのは人です。なぜやる必要があるのかという認識を持ち、更新の重要性を意識して少しずつでも更新を続けること。実咲さんの言葉は、まさにSMOUTでの活動を端的に表しています。では今後は、どんな形での活用を考えているのでしょうか。
ユミコさん「プロジェクトとして書けるものはまだあると思います。そういう種を見つけてどんどんアップしたいです。やればやるほどコンタクトは絶対増えますから」。
実咲さん「もしプロジェクトのテーマとして少しズレていたとしても、SMOUTのアドバイザーさんから助言をもらえるので安心ですしね。何か面白そうな物があればとりあえず一回投げてみて、それから考えてもいいかって思っています」。
下川町の魅力を伝えるために走り続ける
下川町のSMOUTの運用は最高の状況にあると感じます。でもユミコさんからすると、軌道に乗った実感は薄いそう。いわく「関係人口はもっと増やせるはず」で「だからこそ、まだ走っている途中」。そこでさらなる興味を持ってもらうべく、改めてまちの魅力を語ってもらいました。
ユミコさん「下川町の一番の魅力は“人”。とにかく実際に会ってみてほしいです。オープンで繋がりたがり屋の町民が多く、絶対に虜になりますよ。今の下川町があるのは彼ら、彼女らがいるからこそ。個人でもツアーでもいいのでぜひ一度来てみてほしいです。私たちも、そのためにもっと頑張らないとと思います」。
実咲さん「下川で暮らし始めて感じたのですが、人には巻き込み力があるタイプと、巻き込まれ力があるタイプがある気がしています。ユミコさんのようなパワフルで、人や物事を引っ張って行くのは巻き込み力がある人。そういう人たちと同じくらい、巻き込まれ力のある人は大事です。下川町は、特別なスキルや情熱がなくても、好奇心さえあればいくらでも巻き込まれることができるまちです。情熱ある人のそばにいることで得られる体験や経験も多いですから、そういう方こそぜひ下川町で“巻き込まれ力”を存分に発揮してほしいと思います」。
まちを面白くする存在とは、パワフルな起業家や地域おこし協力隊だけに限ったことでもありません。好奇心だけで訪れたことが、いつか何かのきっかけになるかもしれない。この土地を知り、住民に会うことはワクワクする何かをもたらしてくれそうだ。お話を聞くうちに、なんだかそんなことを思うようになっていました。……なるほどこれがSMOUTユーザーが気軽に質問してしまう理由か、と膝を打ったことは言うまでもありません。
下川町に興味を持ったみなさん、そしてSMOUTの導入を思案中のみなさん。ぜひページに並ぶプロジェクトの数々を、終了したものも含めて一度じっくり読んでみてください。将来にも繋がるヒントが、何か見つかるかもしれませんよ。
文 木村 早苗