移住・定住政策を積極的に進める岩手県花巻市。過去にはSMOUT移住研究所でも、その指揮を取る花巻市役所定住推進課 課長補佐の高橋信一郎さんへ、PR活動に込める想いなどを伺っています(「縄文土器の展示から、ぶどう農家のリデザインへ。元・学芸員、岩手県花巻市の高橋信一郎さんが目指す“行政らしくない”PR手法」)。
岩手県花巻市は地域おこし協力隊の活動の濃さや任期後の定着率の高さにも定評があります。任期終了後の地域定着率は75%で、第1期の卒業生からはゲストハウスを開業される方や、現役の第2期生からは岩手県内の協力隊と共同でお土産の詰め合わせを開発する動きなどが生まれているとか。
そして今回、SMOUTで募集していた副業歓迎のぶどう農家候補が2名決定。新たに花巻市大迫町に着任した佐藤真衣子さん、瀬川達矢さんに応募の経緯や仕事への思い、つくりたい未来についてお話を伺いました。
地域おこし協力隊になった、それぞれの理由
一人目は、2018年12月に赴任した佐藤さん。岩手県滝沢市に生まれ、盛岡市を経て父の出身地である花巻市大迫町へJターンの形で応募しました。Jターン以前も園芸関係には従事していたものの、世界各地の食糧難の情報に触れて自給自足の重要性を実感し、農業の中でも食物を生産する分野に就きたいと考えるように。前職の酪農家勤務時代には、農業大学校の市民向け農業講座に通学し、技術や知識だけでなく地域になじむ大切さを知ったといいます。
佐藤さん「せっかくなら父の実家がある花巻市大迫町(おおはさままち)で農業をしたかったんです。そう考え始めた時に、ちょうどこの募集を見かけました」。
大迫の一大産業であるぶどう農家の後継者という仕事なら、地域になじむきっかけとしてぴったりだと考えた佐藤さん。大迫在住の祖父母のお世話役も受け持つことになり、家族全員が喜んで送り出してくれたと笑います。
2人目の瀬川さんは花巻市石鳥谷町出身のUターン組。2月1日に赴任したばかりです。レントゲン技師として静岡県で勤務していたところ、今回の募集を見つけて応募。茨城県出身の奥さまとの話し合いもスムーズに進み、33歳になった今年(2019年)、ぶどう農家見習いに転職することになりました。地元での新しい挑戦です。
瀬川さん「いつかは花巻に戻るつもりでしたが、子育ての大変さから時期を早めることにしたんです。地元でできる仕事を探していた時で、組織で働く窮屈さを感じていただけに、自ら生産者になれる農業もいいなと。実家も農家なので興味はありましたし、独立すれば自分のペースでできそうだと思いました。何より、地域おこし協力隊は、学びながらお給料をいただけることや、元ぶどう農家の農地を引き継げる可能性もあるというのが僕にはありがたくて」。
花巻市の地域おこし協力隊は、リノベーション・まちづくり、シティプロモーションなどミッションの大テーマはありつつも、各自が自主的に活動できる幅が用意されているのが特徴です。今回の「(副業OKの)ぶどう農家(候補)」と職種がわかりやすい募集は珍しい内容と言えますが、異業種への転職を検討していた瀬川さんにはむしろ好都合でした。
瀬川さん「LIVEスマウト(SMOUTオンライン説明会)での菊池さんと(高橋)信一郎さんのアットホームな対応も大きかったですね。同じ岩手県民だからか『花巻らしい人だな、こういう人たちとなら仕事できそうだ』と感じたんです」。
オンライン説明会には、佐藤さん、瀬川さんともに参加。当日参加した花巻市の職員・菊池遼さんにその時の様子を振り返ってもらいました。
菊池さん「オンライン説明会は私たちにとって初めての試みで、正直期待と不安が半々という気持ちで臨みました。ですが、お互いリアルタイムでやり取りをするおかげか、雰囲気が伝わるんですよね。大勢の前で話すよりずっと気楽な感じで伝えられたのはオンライン説明会ならではないかなと感じました。瀬川さんは当日顔出ししてくれましたが、お互いの表情を確認しながら説明できたので、理解してもらえている!という手応えはバッチリでしたね」。
佐藤さんは、その後の現地説明会の翌日に大迫町の見学を希望したそう。
菊池さん「(佐藤)真衣子さん、会っていきなり『ぶどうに興味がない』と言ったんです。ぶどう農家を募集したのに? と面食らいましたが、逆にこれほど正直に話してくれる人もそういないなと。そこでまずは、先輩協力隊のぶどう農園で摘果を体験したらどうかと提案したんです。ひたすら同じ作業を一日繰り返したんですが、終わった後に一言『ぶどうにむいてるかも』と。その時の経験が、彼女を一歩踏み出させたのかなと思います」。
佐藤さん「協力隊になったらイコールぶどう農家ではないから、まず大迫というまちに馴染むこと、それからぶどう農家の作業もやってみて、ダメならダメでもいいですよ、って菊池さんが話してくれました。私は志望動機も少し特殊だから迷いがあったのですが、その時の大らかな言葉で安心できたんです」 。
菊池さん「僕らとしては、ぶどう農家を守ってもらえればどんな方法でもOKなんです。だから(候補)としています。一度ぶどうを触ってみて、その後自分でどうするか考えてもらえればいいと考えていたのですが、それがよかったんでしょうね」。
佐藤さんも、今では立派な「ぶどう農家(候補)」に。石鳥谷町出身でも隣の大迫町はあまり行く機会がなかったという瀬川さんは、実際に住んで初めて知ることが多いと語ります。
瀬川さん「こう言うとなんですが、建物の外観は寂しい感じもするけど、お店で話をしてみるとみんな元気で活発なんですよね。高齢の方も誇りを持って仕事されていますし、誰もがいきいきしていると感じました」。
佐藤さん「みなさん地元が大好きですよね。田舎というと『よそ者お断り』のイメージですけど、優しい方ばかりで嬉しいです」。
副業歓迎「ぶどう農家×○○」へのふたりの挑戦
現在は、花巻市葡萄が丘農業研究所でぶどう栽培の勉強中。冬は農閑期のため座学が中心ですが、2月に入ってようやく現場作業が始まりました。ただ「やり手がいなくなった今こそぶどう農家になるチャンス、ワクワク感が大きい」という瀬川さんと「ぶどうはあくまで大迫になじむ通り道」という佐藤さん。それぞれの考え方は少し違っている様子です。
瀬川さん「一年通してみないとまだわかりませんが、さまざまな品種や豊富な資料があり、指導していただける先生方もいて、研究所の雰囲気は予想通りでしたね。ここなら3年間みっちり学べそうで安心しました」。
佐藤さん「ぶどう畑の保存は大迫の農業の活性化にも非常に重要なことですよね。ぶどう農家をめざすかはわかりませんが、多少なりとも手助けできればと思うので、まずはぶどうをじっくり学んでみようと思っています」。
そうした話をしながら、ある一つの不安を口にした佐藤さん。それは今回の募集にあった「ぶどう農家×○○」のうち「×○○」に対するものでした。
佐藤さん「あまり活動的な性格ではないので、協力隊向きではないかもしれないと思うことがあります。なので、実はぶどうの勉強より地域活動に関わる上での企画をうまく立てられるかなと」。
瀬川さん「真衣子さん、意外と心配性なんです。20代だし、悩み多き年頃だから焦る気持ちもわかるんですけどね。僕は子育てもあるからか、融通が利く今がちょうどよくて、プラスαはもう少し先でもいいかと思うくらいです」。
真面目に悩みを語る佐藤さんに、控えめなツッコミを入れて和ませる瀬川さん。気の置けない仲間ならではのよい雰囲気が漂います。
菊池さん「真衣子さんは名刺のイラストを自分で書いてるんですよ。Facebookでは毎日の作業をわかりやすく絵日記風に書いているし、すごく絵が上手。なので小中学校で農家の作業の様子をイラストで掲示すれば、すごくいい啓蒙になると思うんです。彼女の思いもあるので無理にとは言いませんが、未来のぶどうのために活躍できるスキルは十分あると思っています」。
佐藤さん「本当は農業をしながら絵本作家になりたいんです。でも夢みたいな話だし、結局3年間で何もできなかったらどうしようって」。
瀬川さん「僕よりよっぽど花巻のためになる技術を持ってると思うけどな。逆に僕は稼げるようなPCスキルもないので、農業×農業がいいかもしれないと思っています。実家の農業資材を一通り譲り受けることもできそうなので、ぶどうと何かの農作物を組み合わせてやってみたいんです」。
副業と聞いて一般的に思い浮かぶのは、農作業の合間にデザインやプログラミングをするといったITやクリエイティブ業。でも実際に参加を考える人の中には、2人のように想定した働き方に当てはまらない場合ももちろんあります。自分の居場所づくりは人それぞれ、と瀬川さんたちも自分なりの働き方を思案し始めています。
夢を実現させたいなら、まず口に出すこと
3年間はまだ始まったばかり。スタートラインに立った記念に、花巻での新しい働き方を通じ、実現してみたい夢や計画を聞いてみました。
瀬川さん「自分のぶどう畑を持ってワインをつくりたいです。今回の募集で心に一番響いたのは『ワイナリーも持てる』という一文なんですよね。サラリーマンにとって独立は男のロマンでしたから(笑)。ぶどうの加工製品もやってみたいですし、ITによる生産効率化も意識して、きちんと儲けられる農業をしていきたいです」。
応募前から情報収集してきたという話も納得の、かなり現実的な未来像。口で言うのは簡単ですが……と言いつつも、チャンスを活かしたいとやる気十分です。じつはこの構想を他の人に話したのは初めて(!)。菊池さんも初聞きという夢に、紹介できる人や企業、窓口はたくさんあると嬉しそうです。
瀬川さん「花巻には、個人でワイナリーや農園をされている方がいるので、まずはそういう現場の方のお話をたくさん伺いたいです。りんごのシードルやブルーベリーにも興味があるので、作物でリンクする部分をうまく見つけたいなと。ただ資金や人手も必要ですから、そこはこれから考えたいと思います。のんびりしてられないですね!」
じつは佐藤さんも、瀬川さんとぶどう栽培や農業についての意見交換を頻繁にするようになったそう。移住者向け住宅の周囲をぶどう畑にして大迫のぶどうを印象づけてはどうか、レンタル羊を借りて何かできないか、ぶどうでクラフトビールはできないかなどなど、溢れるアイデアを瀬川さんと分析する毎日です。
ちなみに、花巻市の地域おこし協力隊の卒業生には、起業家が多いのも特徴です。取材場所にお借りした「ゲストハウスmeinn(メイン)」も、一期生の福田一馬さんがオーナー。そこで協力隊と起業の先輩としてアドバイスをいただくことにしました。
福田さん「僕は協力隊に赴任してすぐ、『3年以内に起業します、花巻に住みます』と市長の前で宣言したんです。それがきっかけで応援してくださる人が増え、さまざまな人と出会うことができたので今があります。せっかく赴任したなら、なるべく早い段階で覚悟を決めたほうが結果に繋がりやすいですよ」。
福田さんは、この起業宣言がきっかけで、3年間に出会う人の濃さと人数の多さが桁違いに変わったのです。まちづくりやリノベーションのキーマンとの出会い、多くの人の協力や勉強、さまざまな出来事から導き出されたのが、このゲストハウスでした。紆余曲折を背景に生まれた空間と経験者の言葉には、やはり重みがあります。
瀬川さん「やっぱり口に出さないと夢は実現しないんですね。今までは控えめに『ワイナリーやりたいな』程度でしたが、今後は『やります』と言おうと思います」。
福田さん「そうですね。教えてください、と言うといいですよ。考えが変わったならそれはそれでいいんです。ワイナリーづくりなんて普通に考えて相当なことですから、誰もがすぐ成功できるとは思わないですしね。でも、やりたいと言えばきっと誰かが協力しようとしてくれるし、教えてくれますよ」。
サラリーマン時代は起業経験者の話を聞く機会がほぼありませんでした。その状況も一変。起業の先輩が身近にいることに「こんなに心強いことはない」と笑顔を見せていました。
地域おこし協力隊が見る花巻のよさ
最後は、岩手県出身者として地元の空気感を知る地域おこし協力隊として、花巻の魅力や思うことを伺ってみました。
瀬川さん「やっぱり人の優しさですね。赴任後に広報で紹介されたこともあってか、町中やお店で「広報に載ってたね」と声をかけてもらう機会がすごく増えました。子連れだとほぼみなさん声をかけてくれますし、地元だけあって温かみのある人が多いと思っています。それから風景の美しさ。帰ってきて、改めて実感しています」。
佐藤さん「いい意味で廃れたような、静かで鬱蒼とした自然が大好きです。そここそ大迫のよさだと思うんですよね。父の地元として20年以上大迫に通ってきた身からすれば、無理な近代化も必要ないんじゃないかなと。住む人の平均年齢を下げるような取り組みをしながら、地域の雰囲気や自然など今のいい部分を残すような活動をしたいと思っています」。
彼らの言葉に、「これからどうお節介を焼こうかとわくわくしています」と語る菊池さん。
新しい土地で仕事に就く地域おこし協力隊が安心して働けるか、活動が定着するか否かは、行政側の担当や同僚との関係性、周囲との関わりも大きいと言われています。よい関係であれば、例えばこうした相談事や不安があっても、しっかりと相談できるからです。でも、そこはさすがの花巻市。第三期の地域おこし協力隊と彼らを取り巻く人々、その暖かな関係性が随所に垣間見えた一日でした。これからの展開が今から楽しみです。
文 木村早苗