“日本三大秘境”の宮崎県椎葉村が今、なぜ「一周まわって最先端」なのか?【カヤックLivingモバイルサテライトオフィス/暮らしと仕事の体験記】

“日本三大秘境”の宮崎県椎葉村が今、なぜ「一周まわって最先端」なのか?【カヤックLivingモバイルサテライトオフィス/暮らしと仕事の体験記】

九州山地のど真ん中に位置する、宮崎県東臼杵郡椎葉村(しいばそん)。人口は約2,580人、広大な面積の約96%が森林という緑豊かな村は日本三大秘境の一つとして、また日本で唯一、伝統的な焼畑農法を守り続けている村として知られています。

今回は、椎葉村での暮らしと仕事をモバイルサテライトオフィスとしてカヤックLivingメンバーが体感してみよう、という企画で名取良樹、木曽高康、高垣陽子、宮地祐義、高橋優磨の5人が参加。地域おこし協力隊の村上健太さんに、5日間たっぷりと椎葉村を案内していただきました。

昔ながらの知恵や技。山村の文化とともに暮らすこと

熊本空港から車で2時間ほど。椎葉村へ入ると、険しいカーブが続く山道が増えてきました。まずは、山々の谷あいに重なり合うように石垣を組み、椎葉村特有の伝統的な民家が並ぶ十根川集落の古民家で、お弁当をいただきました。

 

重要伝統的建造物群保存地区に選定されている十根川集落。古民家の縁側は、ぽかぽかしていい気持ち!写真は右から名取良樹、木曽高康、宮地祐義、高橋優磨、高垣陽子、村上健太さん、増村江利子。

 

村上さん「椎葉村は10の地区からなっていて、それぞれ景観はもちろん言葉、人の性格に特徴があって、合衆国のような村なんですよ。1,000mを越える山に囲まれて傾斜地が多く、集落はその山間に点在しているんです」。

 

地域おこし協力隊の村上健太さん。愛媛県出身。10年以上の都会暮らしののち、ワーキングホリデーでアイルランドとイギリスへ。東京に戻るも、田舎の人が備える逞しさを求めて椎葉村への移住を決意したと話す。

 

そして、椎葉村のご神木だという、推定樹齢800年のヒノキにご挨拶に行きました。

 

複雑に絡みながら枝を自在に伸ばす大久保のヒノキは、圧倒的な存在感。風の音、鳥のさえずり。椎葉村観光協会のWebサイトで「世界に一つだけの椎葉」というキャッチコピーを見かけたが、なるほど、他のどこにもないものがここにはあるのだと感じた。

 

 

地域おこし協力隊の池田文(あや)さん。「椎葉村には自分の暮らしを自分でつくる名人が多いから、私もいつかそうなりたい」と、移住コーディネーターとして活動しながら畑仕事も楽しんでいる。

 

さて、ここでカヤックLivingメンバーが椎葉村に足を運んだ理由をおさらいしておきましょう。今回の企画は、椎葉村での暮らしかた、働きかたを体験するとともに、村内全域に光ファイバーネットワークが構築されている椎葉村をモバイルサテライトオフィスとしてリモートワークを実際にしてみよう、という背景から。もちろんほぼ全員、椎葉村へ来たのは初めてのことです。

村上さん「椎葉村のルーツをたどると、平家と源氏の「壇ノ浦の戦い」があったのですが、この椎葉村に、平家の落人が逃げ込んだという言い伝えがあります。追討のために追って来た源氏が、かつて栄華を極めた平家の人々が細々と暮らす姿を見て、討伐したことにして村に残り、共生してしまったとか。村の半分くらいは「椎葉さん」と「那須さん」なんですが、この名字には、平家と源氏が関係していると言われています」。

生きていくためには、敵も味方も関係ない。そう思わせた背景には、椎葉村の厳しい自然環境があるのでしょう。山の斜面を開墾して、助け合いながら生きていく。そうした暮らしから得た知恵や技が、今でも受け継がれているのです。

 

下松尾地区にある棚田は「仙人の棚田」と呼ばれている。

 

 

役場や農協、病院、銀行、スーパー、ガソリンスタンド、旅館などが並び“椎葉銀座”と呼ばれるメイン通りから続く道。(写真:池田礼)

 

 

椎葉村にはコンビニがない。新鮮な食材や日用品を置く商店の隣には、パン屋も。店内にはブックカフェがあって、のんびりと時間が過ごせる。(写真:池田礼)

 

火と水。生きていくために必要なものを、自分たちでまかなうこと

宿舎に向かうと、火をおこす仕事が待ち構えていました。お風呂は薪風呂、ご飯はお釜。焚き付け用の小さくて細い薪から、徐々に薪のサイズを大きくするなど、火を起こすコツを村上さんが教えてくれました。

 

お風呂は薪風呂、ご飯は羽釜で。お風呂は特に火加減が難しかった。羽釜で炊いた、炊きたてご飯のおにぎりは格別!(写真:池田礼)

 

村上さん「山村では、ひとくちに仕事と言っても、稼ぐための仕事もあれば、暮らしをつくるための仕事もあります。火を起こし、食事をつくり、暮らしを営むための仕事を自分でこなしていく、そうした労働そのものが、生きることなんです」。

“火”の次は、“水”。翌日は、村上さんが運営する「カフェコズム」(ひえつきの里キャンプ場内)の水がどこから、どのようにひかれているのかを聞いたあと、水源までたどって、修復作業を手伝いました。

 

山から水をひいてきて、大きなタンクにストックする。簡易な浄水装置ではあるものの、生活用水として使うには十分。(写真:池田礼)

 

 

木に結ばれたロープを掴まないと降りれないような林道の先に、ようやくわずかな水源があった。(写真:池田礼)

 

 

古いロープを取り替えるため、ロープワークを披露してくれる村上さん。山村の暮らしでは、こうしたスキルも必要になる。(写真:池田礼)

 

村上さん「いつから塩素を入れた水道水をありがたく思うようになったんでしょうね。山の湧き水をいただいて、山の傾斜を使って自分たちで水を確保する。時には、水が枯れることだってあります。自然が相手だから、すべてが思い通りにはなりません」。

椎葉村の水は“超軟水”で、口当たりが柔らかいだけでなく、かすかな甘みがあるのが特徴。この水に慣れてしまうと、他の地域の温泉に入ると肌が痒くなってしまうのだとか。飲料水、生活用水としてはもちろん、田畑を潤す農業用水として。生きていくために欠かせない水がすぐそこにあるだけでなく、日本中探しても他にないような良質であることは、お金で買うことのできない豊かさと言えそうです。

 

薪割りに挑戦する高垣。パカっと割れると気分も爽快。暖をとるためにも、薪が欠かせない。(写真:池田礼)

 

受け継がれる、山の暮らしや神への信仰。集落の中で生きること

滞在3日目の夜には、国の重要無形民俗文化財に指定されている、椎葉神楽の見学へ。椎葉の神楽は、少なくとも400年以上の歴史があって、村内の26カ所でそれぞれに伝承されているのだそう。祭壇にはイノシシの頭が並び、山の暮らしや神への信仰を表していることがわかります。

 

神聖な儀式が続いたあと、21時過ぎ近くになってようやく神楽が奉納された。写真は、地域の小学校の先生による神楽で、振付を間違えると大きな笑いやヤジが飛んで、みんな楽しそう。このあと、子どもたちによる子ども神楽が披露された。(写真:池田礼)

 

 

神楽は、翌朝10時まで夜通し行われるのだとか。太鼓や笛、祭囃子が響き渡るなか、大宴会に。(写真:池田礼)

 

村上さん「集落の一員としての義務を果たすという意味でも、地域行事に参加することは重要なんです。山村では、これも大切な仕事の一つです」。

この神楽、二人で舞ったり四人で舞ったりするのですが、それぞれに振り付けが少しづつ異なり、日頃から練習を積んでいることが伝わってきました。そして、地区の小学校の校長先生が、挨拶で「子どもたちが、大人になったらまた帰ってきてほしい」と言っていたのが心に残りました。椎葉村には大学はもちろん、高校もありません。

私たちのように、ふらりと地域を訪れた人にもお酒やお弁当を振る舞い、気さくに話しかけてくれる村人たちの優しさに触れることで、神楽という文化と共に育った子どもたちが、大人になってまたこの舞台で神楽を舞うことを願う、そんな気持ちが芽生えました。

秘境で、どうやって稼ぐか。山村での働きかたのリアル

さて、ここまで一気に椎葉村の暮らしについて紹介してきましたが、一方で気になるのは、村の人たちはどうやって稼いでいるのか?ということ。村上さんに聞いてみると、一般的な林業、農業、畜産業、建設業などのほか、田畑を耕して農作業をしながら、あるいは狩猟をしながら、そうした職業と組み合わせて、複数の仕事で生計を立てていることが多いのだとか。

村上さん「複数の仕事をかけもちする複業にあたりますが、複業をしようと思ってやっているのではなく、山村の暮らしでは、それが普通なんです。さらに、椎葉村の地域資産である“水”を活用したビジネスをおこす人も出てきています」。

 

椎葉村の天然湧水をそのままボトリングし、秘境しいば山の水「母ちゃ~ん水」として商品化した、建設業を営み、住職でもある尾前賢了さん。宅配での販売はもちろん、椎葉村のふるさと納税の返礼品にもなっている。ちなみに名前の由来は、亡くなった賢了さんのお父さんがお酒を飲んで水が欲しくなったとき「母ちゃ〜ん、水!」といつも言っていたことからだとか。(写真:池田礼)

 

 

宮崎県は、じつはキャビアの生産量が日本一。建設業を営む二代目の鈴木宏明さんが、低温殺菌を行わず、特別にブレンドされた塩に低濃度で漬けている。(写真:池田礼)

 

 

椎葉村の清らかな水で育つチョウザメは淡泊で美味しいと評判で、鈴木さんが加工まで行うキャビアは、椎葉村のふるさと納税でも人気の一品。(写真:池田礼)

 

村上さん「会社や店舗が少なければ働く場所がない、とイメージをするかもしれませんが、そうでもないんです。それに、湧き水や山野草、獣肉に木材など、人が生きていくために直接的に必要なものがすぐそこにあるので、金銭的収入を得るための仕事ではなく、暮らしをつくる、支出を減らす仕事を増やすという考え方もできると思います」。

また、椎葉村には村内全域に光ファイバーネットワーク(通称:椎葉村「かて~りネット」)が構築されているため、普段の仕事を持ち込んで、リモートワークをすることもできます。ちなみに“かてーり”とは、相互扶助、結の心をさす言葉なのだとか。

 

この日は、宮崎銀行跡地のテレワークセンター「カテリエ」をモバイルサテライトオフィスとしてリモートワーク。「何か一つプロダクトをつくるまで、1ヶ月くらい滞在するのはありかも」と高橋。(写真:池田礼)

 

村上さん「結局のところ、何を大事にするかなんだと思うんです。たとえば家族との時間が何より大切なら、稼ぐためばかりに時間を使わずに、お金の使いどころは工夫して暮らせばいい。椎葉村に一度滞在してみると、自分が何を大切にしたいのか、その手がかりや感触を掴めると思いますよ」。

 

写真は、「食の継承者」という募集で地域おこし協力隊に着任した、江崎紋佳(あやか)さん。地域おこし協力隊は、他にも「えんがわ食堂」「未来を創る戦略家」「秘境de農業」、過去には「繋げるエディタ」「ムラの営業マン」「Only one プランナー」などの 募集がある。(写真:池田礼)

 

 

椎葉村物産センター「平家本陣」にて。写真は、椎葉村の郷土料理である、くさぎな飯と、名物「菜豆腐」。(写真:池田礼)

 

“生きている手応え”を感じられる。だから、秘境は面白い。

「これより、このヤボに火を入れ申す
ヘビ、ワクドウ(蛙)、虫けらども、早々に立ち退きたまえ
山の神様、火の神様、お地蔵様、どうぞ火の余らぬよう
また、焼け残りのないよう、お守りやってたもうれ」

これは、椎葉村に伝わる焼畑の、火入れを行う際の唱えごとです。秘境と称される不便な地域だからこそ残ってきた、自然に対する恐れや、敬いの心。そして、人と人の繋がりや神様への感謝、自然の力を活かす暮らし。私たちがいつのまにか忘れてしまっていることが、ここにないでしょうか。

 

(写真:池田礼)

 

村上さん「僕がこの椎葉村に移住したのは、田舎のほうがフロンティアだと思ったからなんですよ。東日本大震災後、大槌町にボランティアに入ったんですが、津波で全部流されてしまった状況下で、じいちゃんやばあちゃんが、そこにあるもので煮炊きを始めたそうです。こうした、どんな状況でも生きていける逞しさを、僕も持ちたいと思って。水がうまいとか、伝統文化が残っているとかはどこの地域にもありますが、そうしたものが高いレベルで揃っている場所が、椎葉村だったんです」。

 

最終日、村の人との集合写真。 写真の一番左上は、「秘境de農業」とワーケーション等の企業誘致に携わる地域おこし協力隊の上野諒さん。

 

椎葉村で5日間過ごしてみて感じたのは、なんの問題もなくリモートワークもできてしまう秘境は、はたして“遅れているのか”?ということでした。先進的、後進的という言葉があるように、経済・文化などが発展して便利であることを“進んでいる”と捉えがちです。

確かに椎葉村にはコンビニが1軒もありませんし、山村の暮らしは、「経済」としては見えにくい営みかもしれません。でもおそらく、厳しい環境に規定されてやむなく営んできたのではなく、便利さを犠牲にしてもいいほどの肯定的な意味合いを持って営まれてきたように思うのです。

過度な便利さから脱却して、自然と、村の人たちと共生して暮らす。そうした価値観を見直す際の原点に、これからの人口減少社会を生き抜く、未来への手がかりがあるのではないか。そしてたとえるならば、マイペースで走っていた周回遅れのランナーが今や先頭に立って、ハイペースで走り過ぎて疲労しきったランナーを引っ張る、そんな時代に入りつつあるのかもしれない。そんなことを考えながら、椎葉村をあとにしました。

都市部で働く5名が感じた、都市部にあるものとないもの

さて、今回椎葉村に5日間滞在したカヤックLivingメンバーは、椎葉村で何を感じたのでしょうか。オフィスのある神奈川県鎌倉市で、あらためて聞いてみました。

 

椎葉村に滞在後、神奈川県鎌倉市にて。

 

宮地「五右衛門風呂が楽しかったですね。熱いのかぬるいのか、ちょうどいいのか、入ってみないと分からない、その不確実性が。それで、熱いっ!となったときに、みんなで笑って。あと、羽釜で炊いたおにぎりが美味かったなあ。何かしら具が入っているものばかり食べていたけど、塩にぎりがこんなに美味しいんだっていう意外性に感動したのかもしれない。水加減も、やっぱり不確実性」。

名取「温度管理とかって、都市部での暮らしでは、全て他者の管理下にあるよね。だけど椎葉村では、自分の手の内にある。極端な話かもしれないけど、東日本大震災を経て、人間がつくったものをコントロールできないケースもあることに気づいたんだよね。それをどのくらい実感しているか、自分ごと化しているかで、椎葉村への印象は全く異なるかもしれないね」。

高垣「椎葉村では、自分でハンドルしている感がありましたね。ただ、今はいろいろなバランスを取るために他者の管理下での生活を選択している、ということなのかな。椎葉村は、美しいものが多かったですね。大久保のヒノキや、特に神楽」。

名取「確かに神楽は印象に残ったな。朝までやるって合理的じゃないわけじゃん?全て合理的な方向に向かっているような現代において、その文化にリスペクトがあるというか、残していくことに価値を置いている気がした」。

高橋「みんな生きることに一生懸命、という感じがしました。外で一人になれるのもいいですね。都市部は誰もいない場所ってないから。僕は北海道で暮らしていたんですが、都市部の温泉の“芋洗い状態”がすごくショックだったんですよ」。

名取「そういえば熊本地震のとき、椎葉村では九州電力からの電力供給が止まっても気づかなかったって話を聞いて、驚いたね。そのくらい生きることに自立しているってことだよね」。

高垣「最終日に来てくれたおじさんが、日常は不自由もあるけど、災害の時とかは自由だから逆転していると言っていて、印象に残っていますね。あとは、水が気になるようになった。椎葉村で、髪質が変わりましたからね。いい水だったんだなあって」。

木曽「椎葉村では、夜は寝るしかないという状況で、自然と暮らしが太陽のリズムに合っていくと思いました。都市部は夜も明るくて、夜だと思えない」。

高垣「そういう意味では、じつは都市部って時間をコントロールできちゃう環境で、意外と時間を大事にしていないかもしれない」。

宮地「コントロールできると、便利ではあるけど一方で選択しないといけないストレスはあるんじゃないかなと。椎葉だとコントロールできないから、その中で楽しむしかないという見方もできるかも」。

名取「都市部の暮らしは、選択の連続だもんね。意識して選択していなくても、知らない間に選択している」。

高垣「選択疲れ、ありますね。野菜の宅配サービスを利用していたけど、それも選択を減らすためだったかも。料理の献立を考えるのってすごい労力がいるから。選択を減らさないとストレスがたまる時代なんですね」。

宮地「主体性と偶然性のバランスが必要なんですよね、マッチングアプリみたいな話ですけど(笑)。主体性が高くなるとストレスが上がるけど、その中にふとした偶然性とか運命性があると、人って幸せを感じられるんじゃないかな」。

木曽「完璧に決まってたら、面白くないしね。あと、椎葉村が広くて、村内の移動に30分とかかかることにも驚いた。都市部だと駅から徒歩5分とか。距離感というか、スピード感が違う。どんどんスピードをあげることで、行き交う情報量も増えて……」。

高橋「仕事の量が増えそうですね(笑)」。

 

写真は「カフェコズム」にて、LIVE動画配信をしたときの一コマ。(写真:池田礼)

 

ちなみに現在、村上さんは"逞しい未来"を実現する暮らしづくりプロジェクト「自給自足2.0」を進行中なのだそう。おじいちゃん、おばあちゃんが営んできた自給自足から、昔ながらの知恵と技と、現代のテクノロジーが融合した自給自足へ。

村上さん「生きている手応えが欲しいから、生きていくために必要なことは自分でやりたい。でも、江戸時代に戻りたいというわけではないんですよ。だから2.0。薪は1本では燃えないんです。自分が1本目だとして、2本目、3本目になってくれるような仲間を探したいと思っています。ぜひ椎葉村へ足を運んでみてください。2020年の夏には新しい交流拠点施設もオープンするので、より楽しみが増えると思いますよ」。

今の自分を取り巻く環境から一歩外へ出てみることで、これまで持つことができなかった視点が手に入るかもしれません。気になったら、村上さんを訪ねてみてください!まずは“週末秘境の旅”をしてみてはいかがでしょうか。これからの生きかたを考える、大きなヒントをもらえると思いますよ。

文 増村 江利子

 

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