地元と移住者コミュニティを「食」でつなぐ、山口県宇部市の地域おこし協力隊員・八代谷寿子さんの「起業プラン」とは?

本州の最西端に位置し、三方を海に囲まれている山口県。江戸時代までは、毛利家が藩主を務めた長州藩であり、時代劇には必ずと言っていいほど登場する土地でもあります。

「宇部市は、山口県内ならだいたい1時間ちょっとでアクセスできる。”ちょうど真ん中”なんです」。

こう話すのは、宇部市の地域おこし協力隊員の八代谷寿子さん。旅行で訪れた山口県の魅力にハマって通いつめ、2016年には地域おこし協力隊に応募して移住してしまったそう。

2019年9月に、地域おこし協力隊を卒業する予定の八代谷さんに、移住を決めたいきさつから卒業後の計画についてまで、インタビューで聞かせていただきました。

八代谷 寿子(やしろたに ひさこ)さん
兵庫県神戸市出身。サービス業を中心に様々な仕事を経験。旅行で訪れるたびに山口県が好きになり、地域おこし協力隊として宇部市の北部、吉部地区へ移住。地域住民との交流を深めながら特産品の販路拡大などを中心に活動中。

海に惚れ込んだのに、山に住みはじめてしまった

八代谷さんは、神戸市の下町・長田区生まれ。宇部市に引っ越すまでは、ずーっと長田区内で暮らしていました。高校を卒業して、初めて働いたのはガソリンスタンド。「もしかして、この仕事は天職かも?」と思ったそう。

八代谷さん「じっとしているのが苦手なので、外に出て走り回っている感じが良かったんでしょうね。むしろ、建物の中でパソコンと向き合うような仕事の方が苦手なんです」。

休みの日の楽しみは旅行。香川でうどん、高知で鰹……と、おいしいものを食べるためなら、「片道3〜4時間の日帰りドライブも苦じゃなかった」と言います。ところが、いつしかひとつの場所に繰り返し訪れるようになりました。

八代谷さん「7〜8年前に、山口県の北西側にある角島に行ったら、海がすごくきれいで感動して。魚も新鮮で安くておいしいし『もう最高やん!』と思い、まとまった休みが取れるたびに通うようになりました。すきあらば山口に行っていました」。

八代谷さんの”山口愛”は年々深まり、移住する直前には「年3〜4回通う」ほどまでに。県内の行きたいスポットも増えていき、短い旅程にたくさんの予定を詰め込むようになっていました。

「もっと、山口でゆっくり過ごすにはどうしたらいいだろう?」と自問して、八代谷さんが出した答えは「移住」でした。

八代谷さん「もう、通うのがめんどくさいから、住んじゃえ!って思ったんです。周りの人たちも『は?』って言いながらも、「ずっと、山口、山口って言ってるから、まあええんちゃう?』みたいな感じでした。あまり深くは考えていなくて、ノリに近いところがあったのかもしれません」。

なんと軽いフットワークでの移住でしょうか!ところが、八代谷さんが居を構えたのは宇部市の山間部にある吉部(きべ)地区。あれ? 海が好きだったはずの八代谷さんは、どうして吉部地区に来ることになったのでしょう?

宇部は山口県のちょうど”真ん中”くらい

移住を検討している人の家探し、仕事探しをサポートする「宇部移住計画」のWebサイト。写真は、町内に約200もあるという彫刻。「彫刻のまちで、ひとつうべ↑の生活を。」がキャッチフレーズ。

もちろん、八代谷さんも、最初は惚れ込んだ角島(つのしま)に住むことを考えていました。ところが、角島では仕事と家がなかなか見つからなかったのです。そんなときに知ったのが、地域おこし協力隊の制度でした。

八代谷さん「地域おこし協力隊なら、仕事も家も両方ある状態で住みはじめられるから、めっちゃええやん!と思って。宇部市には申し訳ないんだけど、初めは『どうしても宇部がいい!』って思っていたわけではありませんでした」。

そんな八代谷さんの自己紹介の決まり文句は、「山口の海に惚れ込んで、山に住んでいる”やっしー”です!」。だけど、住みはじめてから「宇部でちょうど良かった」と思うようになったそうです。

八代谷さん「角島にも、岩国にもだいたい1時間ちょっとのアクセスです。宇部は山口県のちょうど真ん中という感じ。行きたいと思ったところに、いつでも行けるこの距離感がすごく気に入っています」。

そうは言っても、ずっと神戸で暮らしてきた八代谷さんにとっては、山間部への移住は大きな環境変化だったはず。吉部地区の第一印象はどうだったのでしょう?

八代谷さん「市の職員さんに『街灯もないところですよ』って説明されていたのですが、来てみるとその言葉に納得しました。幸い、住む家の前には街灯がひとつありましたけど(笑)。でも、車で10分行けばコンビニもあるし、20分行けばスーパーもあります。私からしたら車に乗ったら10分も20分も同じ。全然、不便は感じていません」。

何よりも、八代谷さんに「住みやすさ」を感じさせてくれたのは、吉部の人たちのあたたかさ。一年目は1〜2ヶ月に一度は神戸の実家に戻っていましたが、去年は年末に一度しか帰省しなかったと言います。

八代谷さん「1年目の冬が来る頃、『暖房ってどうしたらいいんやろ?』と思って、隣のおばあちゃんに聞いて見たら、ストーブを持って来てくれたんです。しかも灯油入りで。困ったことがあったら、みんながどんどん解決してくれるというか。食事の面でも、近所の仕出し屋さんに用事があって寄ったら、『うち、何人家族やったっけ?』って思うくらい、たくさん持たせてくれます」。

今ではすっかり、「周りに、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんがいっぱいいる感じ」になっているそうです。

「自分なりのミッション」から仕事をつくる

宇部市の地域おこし協力隊の募集は小学校区ごとに行なっています。八代谷さんが応募したときは「北部6校区」で募集されており、吉部地区に八代谷さん、厚東地区に新田由佳さんが採用されました。

吉部地区でのミッションは、吉部地区に伝わる「ゆうれい寿司*」と言う郷土料理の販路拡大と農産物の直売所「おいでませ吉部」の活性化、そして宇部市が誇る歴史ある野外彫刻展「UBE BIENNALE」に合わせて行われる「宇部の里アートフェスタ」の開催支援などでした。

*お米がおいしい吉部地区では具を入れない「白寿司」をつくり「ゆうれい寿司」と呼んだ。現在は椎茸や山菜などを敷いたうえに白寿司を載せる。

八代谷さん「最初はまず、吉部地区のことを知るためにいろんなところに顔を出しました。そのなかで、今行われている取り組みを手伝うだけでは、協力隊卒業後の暮らしを支えるのは難しいなと考えはじめたんです」。

八代谷さんは「自分のやりたいことをやってみよう」とシフトチェンジを決意。市職員で「おいでませ!うべ移住・定住サポートセンター」担当の管田和直さんにも相談して、厚東地区の協力隊員・新田さんとともに「うべ.com」を立ち上げました。

「うべ.com」は、イベントの開催やSNSでの情報発信を通じて、地域の魅力を伝えるグループ。2018年9月には、旧吉部小学校で音楽ライブや手作り雑貨のマルシェ、ワークショップなどを行う「きべ廃校フェスティバル」を開催しました。

地元の方が週2日営業する、旧吉部小学校を利用した「職員室cafe」。給食メニューは、ご近所さんの評判はもちろん、下関や美祢などからの“来校”もあるのだとか

「職員室cafe」は『くちこみ山口グルメ』にも掲載されている

管田さん「移住・定住を積極的に進めていくなかで、移住してきた人たちの間をつなげてひとつの輪になっていくようサポートする必要があります。昨秋には、「うべ.com」で交流会も企画してもらいました」。

2018年秋、「うべ.com」は移住者交流のために、「かまどごはんを食べよう!」を2回開催。旧吉部小学校の中庭に薪をくべた羽釜を用意し、”宇部の米どころ”吉部が誇るおいしい新米を炊いてみんなで食べました。

薪をくべた羽釜

移住者交流の様子

八代谷さんは、角島の海苔、昆布、長門の塩など、山口県全域からおいしい”ご飯のおとも”を用意。炭火で焼いた秋刀魚、そして吉部のしんあい農園の朝採りたまごでいただくたまごごはんは大人気だったそう。

吉部が誇るおいしい新米と、炭火で焼いた秋刀魚

八代谷さん「普通に座って話すだけの交流会より、一緒に体験する方が楽しいし。おいしい食べ物の話をしていたら、『今度一緒に食べに行きましょうよ』ってなりますよね」。

「おいしい」から宇部と山口を知ってもらうという、八代谷さんの作戦は大当たり。雲高い秋空のもとで食べたごはんのおいしさは、参加者にとって忘れられない味になりました。

卒業後の進路は「キッチンカーに乗って」

今、八代谷さんは宇部の酒蔵「永山本家酒造場」の酒粕を使って、「粕汁」の商品開発にも取り組んでいます。粕汁は、酒どころ・灘に近い神戸などではおなじみの家庭料理ですが、山口県ではあまり知られていないそう。

米づくりからこだわりを持って、蔵元自ら農業を行っている、宇部の酒蔵「永山本家酒造場」

宇部の酒蔵「永山本家酒造場」の酒粕を使った「粕汁」

八代谷さん「粕汁って、一食分だけつくることはできなくて。いくら好きでも、一回つくると3日間食べ続けなければいけないのはちょっとしんどい。だったら、一食で売っていたら最高やな!と思って企画開発をはじめました」。

もうひとつ、温かい食事を届けることができる、キッチンカーでの提供も視野に入れています。ランチタイムはオフィスのあるエリア、午後はお店の少ない吉部地区などの山間部、週末はイベント出店など。食べ物に関わることができて、自由に動き回ることができるキッチンカーは、八代谷さんにピッタリです。

八代谷さん「協力隊は『こんなにいい仕事ないな』って思いながら、やらせてもらっていました。いろんな人に紹介してもらって、いろんなおいしいものを食べさせてもらって。できればこのまま、吉部で暮らしたいと思っています」。

協力隊を卒業した後について、心配しているのは八代谷さんだけではありません。管田さんたち宇部市役所の人たちも、地域の人たちも心配して「あんた、どうするんか?」「いつまでなのか?」と声をかけてくれているそう。八代谷さんが宇部に住み続けられるように、周囲も知恵を出し合っているようです。

管田さん「八代谷さんは、本当に地元にかわいがってもらっていて、彼女を通して僕も吉部のことをより深く知ることができました。神戸の友達もしょっちゅう遊びに来られますし、移住者の間をつなぐこともしてくれていて。本当にいろいろと助けてもらっているなと思います」。

移住して来た人が安心して地域の輪に入れるように

八代谷さんがイベントを開くときは、よほどの事情がない限り手伝いに行くという管田さん。”市職員”というよりは、もはや”友達”という関係に近いかもしれません。

管田さん「今年で、宇部市の移住業務について3年目。継続して相談に乗っていた人たちが晴れて移住という段階に入っていく手応えがあります。でも、大切なのは移住してからのつながりですよね。市の職員ということではなく、人としての関わりで接して行きたいと、最近は強く思っています」。

八代谷さん「大人になると、職場以外で新しい出会いもなかなかないし、友達をつくりにくいじゃないですか。男女問わずに移住者同士の交流ができて、地元の人たちとつないであげられたらと思っています」。

インタビュー中に顔をのぞかせた、地元のおじさんたちと八代谷さんの会話の様子を見ていると、本当に親戚のおじさんと話しているようでした。きっと、移住して来た人たちにとっては「引越し先に住んでいた昔からの友だち」みたいな、親しい存在として感じられているに違いありません。

八代谷さんがいることによって、地元の人、移住者、そして県外から遊びにくる人たちが、ゆるやかにつながっていく。新しい宇部のコミュニティが育ちつつあるのを感じました。

もし、宇部市のことが気になったら、ぜひ「おいでませ!宇部移住・定住サポートセンター」に連絡してみてください。百聞は一見に如かず、文字どおり「おいでませ!」な対応をしてくれる管田さんたちに、ちょっとびっくりするかもしれません。

そして、やっぱり一度は八代谷さんが暮らしている吉部地区にも足を伸ばしてみてください。2019年3月には、再び旧吉部小学校での「旧校舎フェス」を開催予定。また、同小学校の「職員室カフェ」は、毎週日曜・月曜日にオープン。吉部地区の仕出し屋さん「柳屋」によるおいしいメニューをいただけますよ。

※この記事は、山口県宇部市のご協力により制作しています。

文 杉本 恭子
写真 池田 礼

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