内と外をつなげ「循環」をつくり出す。コミュニティ・マネージャーとして活動する長田涼さんが鞆の浦で始めたコミュニティづくりの実践

内と外をつなげ「循環」をつくり出す。コミュニティ・マネージャーとして活動する長田涼さんが鞆の浦で始めたコミュニティづくりの実践

沼隈半島の先端に位置する広島県福山市の「鞆(とも)の浦」は「潮待ちの港」として江戸時代に栄えた港町です。ジブリ映画『崖の上のポニョ』の舞台となったまちであり、歴史ある町並みと瀬戸内海の穏やかさに惹かれて、多くの人が訪れる人気の観光地となっています。

この地に、2022年2月に家族で移住したのが、合同会社コト暮らし共同代表で、コミュニティ・マネージャーとして活動する長田涼さんです。長田さんの仕事は、主にオンラインコミュニティ運営。コミュニティの一員であることに安心感、信頼、価値を感じてもらえるよう、必要なコミュニケーション設計、ガイドラインづくり、コンテンツ制作やイベント企画まで、さまざまな形でコミュニティをサポートしています。

いわば、コミュニティ運営のプロともいえる長田さんは、移住してから「ありそろう」というカフェの運営、ほしい暮らしを考えるためのプログラム「暮らしのフィールドワーク」を展開するなど、鞆の浦に根ざした活動を少しずつ始めています。コミュニティマネージャーとしての経験を活かしながら取り組む、身の丈だけど本気のコミュニティづくりについて伺いました。

移住のきっかけは子育て

_MH_0152合同会社コト暮らしの共同代表でもある奥さまの果穂さんと一緒に。鞆の浦での取り組みは、どれも果穂さんと二人三脚で行なっている

長田さんが移住を決めるきっかけは、結婚して、お子さんが生まれたことでした。それまで、移住は「いつかしたい」という漠然とした思いでしたが、子育てをすることを考えたときに「それは東京ではないのかもしれない」と夫婦で話し合ったのだそうです。

奥さまの果穂さんも、かつてはコミュニティ・マネージャーとして働いており、現在はコーディネーターの仕事をしています。交友関係の広いおふたりには、全国各地に移住して活動している友人がいました。実は他に移住候補地もあったそうですが、一生を決めることなので、本当にそこでいいのかを確認する意味合いもあり、いろいろなまちを訪ね歩いたのだそう。すると、面白いまちというのは、すでにたくさんのプレイヤーがいることがわかってきました。そこにあとから入っても、やりたかったことはすでに誰かがやっているし、自由に活動できないのではないか、そう感じるようになりました。

 「すでにあるものに乗っかるのは、あんまり面白くないなと思いました」と果穂さん。かといって、なかなかここだという場所にも巡り会いません。ある日、尾道を訪れる際、SNSで「誰か尾道のおすすめ教えてもらえませんか?」と発信したところ、福山市出身の友人から「鞆の浦はすごくいいところだから、ぜひ寄ってみて」と言われたのだそうです。

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移住候補地というよりも、観光するつもりで立ち寄った鞆の浦。せっかく行くのなら地元の人の声も聞いてみたいねと、宿泊施設「NIPPONIA鞆 港町」の支配人のご夫婦に会ったり、カフェのオーナーに話しかけてもらい、まちのことを教えてもらったりしました。すると、会う人会う人みんなが「子育てのために移住先を探してんの?なら絶対鞆の浦じゃろ!」と自信をもって薦めてくれたのだそうです。誰もが鞆の浦のことが大好きで、誇りに思っていると感じました。

長田さん 「最初に来たときにピンとくるものがあって。これはもう1回来たほうがいいと思い、翌月にあらためて伺ったんです。そうしたらNIPPONIAの支配人が空き家を見つけてくれていて。当時、賃貸ですぐに住める家が見つかること自体、鞆の浦では奇跡的なことなんです。住みたいと思っても、家がなくて諦める人がほとんどだと聞いていたので、すぐに家が見つかった僕らは縁があるのかもしれないと思いました。

ただ、最終的な決め手はやっぱり子どもなんです。鞆の浦にはひとつだけこども園があるんですけど、毎年満員になるぐらい、とても評判のいいこども園でした。そうしたら、僕らが見に行った3日後が、翌年の4月入園の申込書類の提出締切日だったんです。『…いける!』と思って(笑)。今すぐ申し込めば子ども園に入れるから、だったらすぐ移住しようと。」

こうしてわずか2回の訪問で移住を決めた長田さん。どこに移住するか決めるまでに1年ぐらいはかかるだろうと見込んでいたそうですが、想定よりも半年以上早かったそうです。

_MH_0414鞆の浦は、ちょうど瀬戸内海の中央付近にあり、満ち潮と引き潮がぶつかる場所。瀬戸内海を横断する船は一度鞆の浦に立ち寄って、潮の流れが変わるのを待っていたそう。そのため寄港地として発展し、「潮待ちの港」と呼ばれるように

_MH_0394たくさんの観光客で賑わう、鞆の浦のシンボル「常夜燈」

_MH_0359景観条例があり、古くからの町並みが保全されている

大切なのは「絶対に無理をしない」こと

_MH_0141長田涼さん

もともと果穂さんと、移住するのであれば自分たちのお店をやりたいねと話していました。

長田さん 「まちを知る期間が必要だと思ったので、いきなり行動を起こすことはしないようにしました。同じ店に何度も通うなど、まちの人に顔を覚えてもらってから探し始めたのですが、いわゆるカフェというよりは場づくりがしたい、コミュニティをつくりたいという感覚が強かったですね。ただ、お互い本業があるので、やるとしてもあまりリスクを抱えない形でやりたいと思いました。例えば2階が住居で一階が店舗など、リスクが低い物件がないかなと思って、聞いて回っていたら、出会えたのがこの建物でした。」

_MH_0019中央が「ありそろう」

海にほど近い路地に佇む3階建ての長屋は、もともと遊郭だった建物。鞆の浦で、遊郭建築が現存しているのは、わずか2軒のみなのだそうです。

長田さん 「古民家だから空調の問題もあるし、トイレが使えず公衆トイレを案内しなければいけないという問題もありました。だから最初は迷ったんですよね。でもオーナーさんと話をしたら、僕らがやりたいこととオーナーさんの思いにずれがなかった。それに家賃がめちゃくちゃ安かったんです。大きなリスクはないから、とりあえずやっちゃうか!やっちゃってから考えればいいか!みたいな感じでスタートしました。」

こうして2023年2月に「ありそろう」がオープン。1階にはカウンター席があり、本や雑貨、古道具などが並んでいます。2階と3階は畳敷の和室で、窓からは防波堤の向こうに海が見えました。

_MH_02831階のカウンター席

_MH_0251入口の土間スペースでは、友人が手掛ける雑貨、古道具、書籍などの販売を行なっている

実際にオープンしてみると、地元の方はもちろん、目の前のホテルのチェックイン前に立ち寄ってくれる人、たまたま通りかかった観光客、長田さんのSNSの発信を見て興味をもってくれた人、友人知人など、さまざまな人が訪れるそう。最近は、友人が移住希望者を連れて立ち寄ることも増えているそうです。「すっかり移住相談所化しています(笑)」と長田さん。

_MH_02282階より。窓の向こうに対岸の山と海が見える

それまで、長田さんはお店を経営した経験はありませんでした。それでも1歩を踏み出せた理由は「絶対に無理をしない」と決めていたからだそうです。

長田さん「この物件はかなり特殊ではありました。3年間空き家だったんですが、その前は別の方がカフェをやっていて、必要なものが全部残っていたんです。僕らは食器やコーヒーの機械、あとは本を揃えたぐらいで、初期費用は数万円程度しかかかってない。特に改装もしていないので、準備期間も4ヶ月ぐらいでオープンできました。

もちろん、理想を追求するなら壁は白くしたかったし、みんなに心地良く過ごしてもらうために2階と3階にもエアコンをつけたかった。でも、それはいったんやってみてから考えようと。最初からお金をかけちゃうと売り上げの目標金額が上がって、無理をすることになる。無理しないためにはなるべくお金かけないことが大切だと思いました。」

オープン日も、本業に支障がないよう、週3日、月曜日と金曜日と土曜日の12時〜16時の4時間のみとしました。

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長田さん「“無理しない”ことは意識して心がけています。無理をするといっぱいいっぱいになって、コミュニケーションが雑になってしまう。それはコミュニティを生み出していきたい僕らにとっては、良くないと思うので、常に余裕のある状態にしておきたいんですね。小さな店だし、お客さんはそれほど多いわけではありません。でも、それでいいんです。店に立っているときは、僕も普通に楽しんでいて、その楽しさにこそ価値を感じています。緩やかに、無理なく、やれる範囲で開拓している感覚です。」

開拓はするけれども、無理のない範囲でやる。だからこそ、ありそろうの空間には、気負いはないけれども、しっかりとクリエイティブな空気が流れています。

ひとりひとりの“ちょうど良さ”を見つける

394953825_1032803987865347_845224508038936890_n高円寺のフィールドワークに集まったプログラム参加者と。ともにプログラムをつくっている株式会社まめくらしの宮田サラさんが女将を務める賃貸住宅「高円寺アパートメント」の「まめくらし研究所」前にて(写真提供:合同会社コト暮らし)

長田さんご夫妻がもうひとつ、鞆の浦にきてから始めたのが、異なるふたつの暮らしに触れることで自分にとっての“ほしい暮らし”を考える「暮らしのフィールドワーク」です。このプログラムがユニークなのは、東京・高円寺と広島・鞆の浦、つまり都市と地方の両方をフィールドワークするところです。なぜ文化が違うふたつのまちを巡ろうと思ったのでしょうか。

長田さん「僕自身、自分にとってのちょうど良さはどうやったら見つかるのだろうと考えていた時期がありました。ちょうど良さを見つけようとすると、例えば東京の暮らししか知らない人であれば、東京の範囲内でのちょうど良さしか考えられないと思うんですね。そうではなく、東京の暮らしも鞆の浦みたいなローカルな暮らしも知った上で、初めて見えてくるちょうど良さがある。Aという点とBという点ができたときに、初めて真ん中にCの点が現れる。このCの点を探しに行きたいと思いました。」

5月から7月にかけて開催された1回目のプログラムには7名が参加。これからの働き方や暮らし方について考えている人、地元が福山市で、地元のことを見つめ直したいと思った人など、さまざまな参加者がいました。実際にまちを訪ね歩いた上で対話を重ねることで、とてもよいコミュニケーションがとれたと言います。

_MH_0332ありそろうからほど近い波止場はお気に入りの散歩コース

そしてもうひとつ、長田さんがこのプラグラムを通じて伝えたいことがありました。それは、移住ももちろんいいけれども、東京であってもまちや人とつながる暮らしはできるのだということでした。 

長田さん「人とつながる暮らしやコミュニティの話をすると、それなら移住しなくてはと、ほとんどの人がローカルを意識します。でも、それは高円寺でも全然できるよというのは、伝えたかったんです。僕自身、移住前は高円寺で暮らしていたんですが、いわゆるご近所づきあいを初めて経験したのが高円寺でした。僕にとっては、2段階移住の1段目が高円寺で、高円寺での経験があったからこそ鞆の浦でも暮らしていけると思えたところがありました。」

つまり、暮らしの選択はもっと自由でいいし、ひとりひとりの「ちょうど良さ」は違うから、人と合わせる必要はないということなのでしょう。ハードとしての「ありそろう」、ソフトとしての「暮らしのフィールドワーク」といった、まちと人、人と人をつなぐさまざまな仕掛けがあることで、暮らしの見え方は自然と変わっていくように思いました。

現在、1月〜2月まで開催される第2回のプログラムの参加者を募集中(募集期間は10/27〜11/24)。鞆の浦へのフィールドワークの際にかかる宿泊費・交通費の一部補助もあるそうです。暮らしを見つめ直したい人、鞆の浦に興味が湧いた人、自分の「ちょうど良さ」を見つけたい人は、ぜひこの機会に参加してみてください。

鞆の浦における「群言堂」を目指したい

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さらに長田さんは、ありそろうのオープンをきっかけに、果穂さんとふたりで、合同会社コト暮らしを設立しました。

長田さん「僕がコミュニティマネージャーをやっている『Wasei Salon』というオンラインサロンの合宿で、石見銀山に行きました。家族で参加したんですけど、石見銀山における群言堂の存在が、本当にすごいと思ったんですね。群言堂はまちを生かすための循環をちゃんとつくっている。いいものをつくって外でお金を稼ぎ、その稼いだお金をまちのために使い、まちを豊かにしている。まち全体を見ながら事業をやっている会社で、すばらしいと思いました。僕も妻もものすごく感化されて、帰りの車の中で、自分たちも鞆の浦における群言堂になりたいと話し合ったんです。だったら、自分たちの決意表明として法人化したほうがいいのではないかということになりました。」

今は、鞆の浦でやりたいことが次から次へと出てきて、そのひとつひとつをゆっくりでもいいから実現していきたいと考えています。

_MH_0238セレクトされた本はどれも気になるものばかり。いずれはもっと本が増えて図書館になるかもしれない

長田さん「群言堂がやっているような生活観光もやりたいし、銭湯もつくりたい。東京にいたときから銭湯が好きで、銭湯のコミュニケーションがすごくいいなと思っているんですよね。銭湯と中長期滞在できるゲストハウスが合わさった場ができたら、生活観光の拠点になるのではないかと思ったりしています。

あとは、まちにないものがあると、ついつくりたくなっちゃう(笑)。パン屋がないので、妻がパン屋さんをやろうとか。本屋がないから、ありそろうの1階をいずれは図書館的な場所にしたいとか。古道具屋さんもやりたい。これについては、最近、古道具の販売を小さく始めました。場があると、そういう小さなチャレンジがすぐにできます。古道具を売るのも本を置くのも、ありそろうがなかったらやれていない。いつかやりたいと思っていることが、小さくであればすぐにできる。それは場をやってよかったと思っていることのひとつです。」

_MH_0246実は最近、ある家を無償(!)でもらったという長田さん。中はかなりの片付けと改修が必要な状態ですが、立地がよく、人通りが多いため、いずれはそこを自宅とし、1階ではパンづくりを学んできた果穂さんのパン屋を開きたいと考えているそう。もちろん無理なく、ゆっくり進めていく予定。そしてその家を片付けていく中で出てきた古道具を、ありそろうで販売している。物も、まちの中で循環させていく

できるのは「循環」をつくりだすことぐらい

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ちなみに、オンラインコミュニティの運営と実際のリアルな「場」の運営に違いはあったのでしょうか。

長田さん「リアルな場には、普段なら絶対に出会えないような人たちと出会える面白さと大変さがありますね。

オンラインコミュニティであれば、コミュニティの中の人と外の人で、明確に境界線を引くことができます。けれども、地域やリアルな場ではそれができません。だから、境界がすごくぼやけていると思っていて。そうすると何が正解かよくわからないので、僕ができることは、実はあんまりない(笑)。せいぜい“循環”をつくりだすこと程度だろうなと思っています。

あなたが鞆の浦の一員であるか一員でないかは決められないし、線を引くことはできない。でも、鞆の浦が好きになってまた遊びに来たいとか、関わり続けたいと思ってくれる人を増やすことはできる。ありそろうに来てくれた人と鞆の浦をつなげるきっかけならつくれるし、循環させるためのサポートをすることはできるのではないかと思っています。」

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だとすると、ローカルコミュニティにコミュニティマネージャーとして果たせる役割とはなんなのでしょうか。

長田さん「なんでしょうね。それ、僕もめっちゃ考え続けてるんですけど、やっぱり“循環させる”ことなんだろうなと思っちゃいますね。結局、コミュニティマネージャーができることって、環境を整えることぐらいなんですよ。そこから何が生まれるかまではつくり出せない。鞆の浦をどう育み、耕すかは考えられるけど、じゃあこれをやったらいいというクリティカルな答えまではわからない。ひょっとしたら僕は、ありそろうを通じてそれを見つけようとしているのかもしれないですね。」

答えがなかなか出ないものだからこそ、試行錯誤を重ねる必要があり、その試行錯誤の過程で、結果的にコミュニティは育まれていく。長田さんは「試行錯誤する人」として、無理なく、楽しみながら、鞆の浦の場やコミュニティを育んでいくのでしょう。数年後、数十年後の鞆の浦がどうなっているのか、今からとても楽しみです。

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文:平川友紀
写真:廣江雅美