海と山、面白い仲間たち。東京から約30分で「お金には換算できない豊かさ」が揃う神奈川県小田原市で今、起きていること

海と山、面白い仲間たち。東京から約30分で「お金には換算できない豊かさ」が揃う神奈川県小田原市で今、起きていること

ここ数年、リモートワークの普及などを追い風に、移住者が増加しているという神奈川県小田原市。東京(品川)から新幹線で最短26分という便利さもあって、移住の選択肢にのぼることも多いかもしれません。そんな小田原にはどんな人がいて、そして、これから小田原はどんなまちになっていくのでしょうか。

小田原駅近くでゲストハウス「Tipy records inn」などを運営するコアゼユウスケさんと、国府津エリアでコワーキングスペース「BLEND」などを運営する杉山大輔さんにお話を聞きました。

“ごちゃまぜ” にすることで良さが見えてくる

杉山さん「小田原は、駅前には人がたくさんいるんですけど、離れるとあまり人がいなかったんです。僕は国府津を好きになってもらいたいから、『滞在時間が長くなるような、わざわざ来る場所』を考えてコワーキングスペースをつくりました。コワーキングで働けば、いろんな人と出会い、小田原を知ることができる。それで小田原が好きになってもらえればいいなと。いろんなものが混ざる場所になったらという思いを込めて『BLEND』と名づけました。」

_DSC6746コワーキングスペース「BLEND」の外観。大きな窓で開放的な空間

杉山さんの本業は、建築の仕事。空き家を見るとワクワクしてしまい、コワーキングをつくったあとも、小さな小屋を借りて民泊にしたり、その隣の大きな倉庫を借りてパークという公園のようなスペースにしたりしているのだとか。

杉山さん「民泊は長く滞在できる場所だし、パークではマルシェをしたり、映画上映をしたり、ライブをしたり、プロレスや、犬の譲渡会をしたりと、いろいろな人に貸すことで、人が集まる場所にできるんです。」

さらに、駅前の郵便局だった場所を、女性が活躍できるレッスンスタジオに変えたり、近くで家が解体されそうだったのを見つけ、リノベーションをして観葉植物の店舗にしたのだそう。

杉山さん「そうやって場所が増えることで、コワーキングに加えてさらに多様な人が集まるようになりました。そういう人たちを交流会でごちゃまぜにすることで、混ざって良くなる、そんな形が少し見えてきたかなと思っています。

今年中に、さらにもう2〜3つほど場所をつくりたくて。一つは公園で、小さい子どもからお年寄りまで、あらゆる人が交流できる場所。もう一つは古材をストックしてリサイクルできるストア。あとは、国府津にもゲストハウスがあったらいいかなと。」

_DSC6561次々と人が集まる場をつくっている杉山大輔さん

一方のコアゼさんは、ゲストハウス「Tipy records inn」で小田原市のお試し移住者を受け入れています。

_DSC6787ゲストハウス「Tipy records inn」の外観

コアゼさん「お試し移住者は、これまで60組近く受け入れて、そのうち20組以上が移住してきました。小田原の魅力を余すことなく伝えれば、移住してきてくれる。そんな手応えを感じています。お試し移住の方が小田原市に来たら、ほとんどの方と一緒にまち歩きをするんです。そうすると発見があるだけでなく、人とのつながりができてくるんですよね。

まち歩きは、外から来た人を案内するわけですけど、地元にいる人たちに、『これ、すごくいい』という声を聞いてもらうのが大事で、地元の人に向けたまち歩きでもあるんです。地元の人に、誇りを持ってもらえるといいなって思っていますね。」

コアゼさんは、外から来た人と地元の人を混ぜることで、地元の人に小田原の良さを改めて知ってもらおうとしていて、それはすごく重要なことだと話します。

_DSC6508外の人と中の人をどんどんつないでいるコアゼユウスケさん

コアゼさん地元の人が自分たちのまちの豊かさに気づくことって、全てにつながると思うんです。自分が豊かだって気づくと、急に金持ちになった気分になる(笑)。地元の野菜が美味しいというのもそうで。そういう気づきを地元の人に感じてもらって、小田原が好きな人が増えると、全てが良い循環になる。移住してきた人にも、観光で足を運んでくれた人にも、小田原のいいところを伝えられるし、地元の人は好きなまちをもっと良くしたいと思うので、まちの持つポテンシャルがどんどん活かされていくんです。」

お金には換算できない豊かさに気づく人たちが増えている

_DSC6521

コアゼさん「ここ5年くらいで、人の雰囲気と受け入れる風土が変わってきている感じがします。例えば、自然に囲まれているといった、お金ではないものが大切で、それが資産だと感じる人が増えたのではないでしょうか。杉山さんが手がける場づくりを、センスがいいと思う人が増えていますよね。」

杉山さん「毎日の暮らしの質が良くなるためには、吸う空気とか、毎日見る景色とか、毎日誰と会って挨拶するのかとか、その質がいいほうがいい。それは儲からないですけどね(笑)。でも、そこが大事。だから儲からないことを前提に、うまく循環させたり、みんなを信頼したりすることで維持できる仕組みを模索しているところです。」

海も山も川も近くにあるという小田原ならではの特徴も含めて、そういったお金にならない価値を見い出している人が、小田原を好きになって移住してきていると思う、とコアゼさん。そして杉山さんは、小田原の魅力を生み出す源泉も「ごちゃまぜ」だといいます。

杉山さんコワーキングスペース「BLEND」に関わる人が多様でごちゃまぜって言いましたけど、そもそも小田原はごちゃまぜなんです。例えば都内のタワーマンションだと、同じような年収の人ばかり住んでいるのではないかと。ここでは、小学校でも実家で商売をしていたり、親が漁師だったりと、いろんな人がいて、そういったことが人間形成には大事なんじゃないかと思ったりします。ごちゃまぜにしないと、優しくなれないんじゃないか。小田原の人はごちゃまぜに住んでるから、違う立場の人のことが直感的に考えられる。ゴミを捨てたら漁師の人が困るなとか。」

コアゼさん「顔が見えるとぜんぜん違いますよね。朝起きるとおじいちゃんが掃除をしてくれていたり。いろんな人がいることを実感できるまちってことですよね。実際、ほとんど知り合いの知り合いですしね。」

杉山さん「都市部でなければ、日本中どこでもそうなんでしょうけど、小田原は都会と田舎のバランスがちょうどいいのかな。」

起業しやすい小田原の風土と“ライブハウス”

そんな小田原に惹かれてやってくる移住者は、どのような人たちなのでしょうか。コアゼさんによると、リモートワークができるようになったことから、仕事を変えない人が圧倒的に多く、30代〜40代のファミリー層が半分くらいなのだとか。

例えば、移住者の浦川拓也さんは、近くにジムが欲しいと、自分で開業してしまったのだそう。他にも、移住者の小木曽一馬さんは、小田原を発信するメディア「小田原暮らし」を始めたり、花岡仁志さん、み奈美さんご夫妻は、大阪から移住して副業として自転車のビジネスを始めたり。富士屋ホテルの元料理長というシェフの星一徳さんは、小田原に移り、フレンチ食堂「iTToku」をオープンしました。

杉山さん「一部上場企業の社長さんもいますし、あとは、東京に勤めながら、新しい仕事をはじめる人は多いですね。小田原は受け入れ体制もあるし、ビジネスも成功しやすいのかもしれません。」

A-G3_9da近くにジムがないと言って、自分で開業してしまった移住者の浦川拓也さん

スクリーンショット 2022-02-17 16.43.41移住者の小木曽一馬さんは、小田原のいいところをひたすら発信するメディア「小田原暮らし」をつくっちゃったのだとか

花岡さん大阪から移住して、副業として自転車のビジネスを始めた花岡仁志さん、み奈美さんご夫妻。小田原は、景色が目まぐるしく変わるので、自転車が楽しくてしょうがないのだとか。海辺を使った自転車レースや、自然を使ったアクティビティイベントを企画しているそう(@hanaoka.roadbike

コアゼさん「なんでもあるから、やりやすいんですよね。産業は全部あって、ないものがない。それに小田原は治外法権的な空気があって(笑)、東京だとだめだけど、ここではOKみたいな。起業したい人にとっては、そんな自由な空気感がいいのかもしれません。」

杉山さん「商売を始めるにしても、お客さんとの距離が近いのでやりやすいかもしれませんね。」

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富士屋ホテルの元料理長というシェフの星一徳さんが営むフレンチ食堂「iTToku」。アットホームな雰囲気で気取らずにフランス料理が堪能できる

コアゼさんは以前、小田原にないものはライブハウスくらいといっていましたが、いまは「すでにライブハウスをやっているとも言える」といいます。そしてそれが小田原の良さを示すことだとも。いったいどういうことなのでしょう。

コアゼさん「僕が言うライブハウスは、箱としてのライブハウスだけじゃないんです。ライブハウスって、ステージの上も下もあって、両方が最高の空間をつくろうとして熱狂している状態なんですよ。それは飲食店に置き換えることもできて、お客さんも、ステージに立つ側も、楽しめる状態はつくれる。それは今のゲストハウスでも体現できるし、そうしたライブハウスをどんどんまちに展開しているというのが、僕がやってることなんです。上も下もなくて、境目がぐちゃぐちゃで、両方がライブしているみたいな瞬間。それをどんどん増やしていきたい。ライブハウスはまさに治外法権ですし(笑)。」

_DSC6795「Tipy records inn」に新しくできたウッドデッキもライブハウスに?

杉山さん「いいですね。魚國さん(小田原駅前の魚屋さん)なんか完全にライブハウスですね。ライブハウスだと思ったら、もっと楽しめると思う。ポンコツファーム(小田原の端っこにある農産物直売所)もライブハウスですね。めちゃくちゃ面白いです。」

_DSC6827“ライブハウス”な魚屋さん「魚國」にて

コアゼさん「都会だとお店とお客さんが分かれていますけど、ライブハウスだと、なだらかな関係。小田原はそういう店が多くて、店員さんが飲み始めちゃってるとか全然あるし、お客さんも『お金払ってるんだからちゃんとサービスしろよ』みたいな空気感がない店が多いんです。」

そうそう、とコアゼさんが、最近つくったという「小田原ローカルマップ」を見せてくれました。

コアゼさん「ティピーで小田原ローカルマップをつくったんですけど、まさにそういう店ばっかり載ってます。どの店も、心地いいんですよね。」

スクリーンショット 2022-03-15 16.22.39

もっとシェアが進んだ小田原に

お金には換算できない豊かさが移住者を引きつける小田原ですが、もっと良くなるためには?とお聞きしたところ、お二人とも「さらなるごちゃまぜとシェアが重要」と答えてくれました。

コアゼさん「小田原には資源がたくさんあるので、そのことを地元にもっと伝えながら、シェアする人を増やして、それをごちゃまぜにして大きくしていけば面白くなっていくのではないでしょうか。地元に伝えるのが一番で、それを一歩ずつ続けていければと。」

杉山さん「僕やコアゼさんみたいな人がいなくても、地元の人と観光客が自然と交流できるようなしくみがあったらいいですね。これは聞いた話ですが、ブダペストはまちなかに誰でも入れる温泉がいっぱいあるらしく、そういうコミュニティ温泉みたいなのがあったらいいなって。

あとは自治会で馬を飼ってみたり(笑)。売れ残りの人参が餌になって、排泄物を堆肥にすることで循環やエネルギーのことを考えたり、子どもとお年寄りの交流が生まれたり馬と暮らしたい人が移住してくるかもしれないし。」

_DSC6697「BLEND」から徒歩数分の海岸を歩くお二人

コアゼさん「馬、いいですね(笑)。みんなで何かを共有するのはやりたいですね。プライベートのスペースとか。ワンルームの部屋は狭いけど、小田原を全部使っていいとなったら、すごく豊かな生活になるじゃないですか。」

杉山さん「家は寝ることができればいいという考えで、みんなでシェアできるシアターがあったり、防音室があったり、パーティールームがあったり。特に若い人には、そっちのほうが魅力的ですよね。シェアに対してなんの違和感もないし、持つことよりシェアすることのほうがいいと思ってるから。」

コアゼさんは、クローゼットをつくって洋服をシェアをする事業を思いついてしまったようです。家賃はみんなで払えばいい、と。

コアゼさん「服は環境への影響力がありますしね。そして、そういうコミュニティができたとして、コミュニティに入るか、入らないかが選べるのも、小田原のいいところですよね。」

杉山さん「そう、小田原って多様なまちで、駅前のエリアもあれば、ちょっと田舎のエリアもあれば、川沿いのエリアもあれば、便利なショッピングモールに歩いていけるエリアもある。自分のライフスタイルに合った暮らし方を、この小田原で選ぶことができるんです。」

_DSC6775国府津駅のすぐ裏にある山からの真鶴半島を望む景色

実際に小田原に足を運んでみると、本当に小田原はいいところだと感じます。コワーキングスペース「BLEND」からは海も山も歩いてすぐで開放感を感じられますし、ゲストハウス「Tipy records inn」は小田原の駅前にあって、周りには魅力的なお店がたくさんあります。

お試し移住で「Tipy records inn」に泊まってコアゼさんにまち案内してもらったら、きっと小田原のことが好きになるはず。気になる方はぜひ一度、小田原に足を運んでみてください。話にも出た魚屋の「魚國」には安くて活きのいい魚が並んでいるし、「守谷のあんぱん」も美味しいし、何より、小田原の人たちにまた会いたくなりますよ。

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文 石村研二
写真 池田礼