官民二足、ダブルワーク。“地域活性化起業人”の名取良樹に聞く、官民連携のシナジーのつくりかた

官民二足、ダブルワーク。“地域活性化起業人”の名取良樹に聞く、官民連携のシナジーのつくりかた

地方創生における総務省の取り組みのひとつに“地域活性化起業人制度”があります。これは令和2年度まで推進されていた“地域おこし企業人”プログラムの刷新版といえるもので、地方公共団体が三大都市圏の民間企業に務める社員を一定期間受け入れて、そのノウハウや知見を地域に生かす官民連携の取り組みです。

この地域活性化起業人に指名された人物がカヤックにいます。それは、たびたびこのSMOUTの記事にも登場してきた名取良樹。聞くと、名取は昨年5月から伊勢市に隣接する三重県玉城町に出向し、東京と玉城町を行き来する官民二足の働き方を実践中とのこと。さらには、玉城町の価値創造の一歩として株式会社アフロとの連携による地域資産のフォトアーカイブ事業をスタートさせたそうです。複数の立場やネットワークを生かし、地域活性化起業人として活動する彼の取り組みに、これからの官民連携のあり方や個人のキャリア形成のヒントを探ります。

2022_0311_186地域活性化起業人となった名取良樹(左)。玉城町のお好み焼きカフェ「acatoki」のオーナーでミュージシャンの純れのんさん(右)と一緒に

名取良樹
神奈川県横浜市出身。面白法人カヤックでは、主に移住マッチングサービス「SMOUT」を活用したプロモーションの企画・運営を行う。紀伊半島移住プロモーション、全国版みんなの移住フェス、長野県移住フェアなどのプロジェクトマネージャーとして活動。同時に、神奈川県の起業支援拠点「HATSU鎌倉」や八女市コミュニティ拠点「つながるバス停」など、施設内装のプラン二ングを手掛け、オンラインからオフラインまで幅広い活動を行う。また、実兄が運営する広告制作会社(株式会社ザイグー)の執行役員を務め、2021年に自身の会社(合同会社CoBaDaman)を立ち上げ、現在は地域活性化起業人として三重県玉城町に出向中。プライベートでは靴づくりを行う職人の一面も。

なぜ、地域活性化起業人になったのか

カヤックでは「SuMiKa※」(家づくりを検討している人と建築家をつなぐオンラインマッチングサイト)や移住スカウトサービス「SMOUT」のインターネットサービス立ち上げから企画運営まで行ってきた名取良樹。ITを活用しながら、「SuMiKa」では建築家とつくる住宅づくりを、「SMOUT」では移住というテーマを事業化してきました。そんな彼がなぜ地域活性化起業人になったのでしょうか?

2022_0310_057三重県・南伊勢町のコワーキングスペース(むすび目Co-Working運営)にて

名取「SMOUTの立ち上げ当初は、その仕組み上、さまざまな自治体や地域の活動団体、個人と連携する必要があり、説明のために地域に足を運ぶ機会が非常に多かったんですね。SMOUTには地域の方が移住したい人とコミュニケーションできる機能が備わっていて、地域側からアクションを起こすことができます。別の言い方をすれば、やるもやらないもその地域次第ですから、自分としても『単に情報を発信するだけでは基本的に今と変わりませんよ』とか『選んでもらえれば誰でも良い訳でなく、来てもらいたい人を地域が選ぶんです』と説明しながら地域の方にSMOUTの利用を促してきました。

もちろん、地域が抱える課題を抜本的に解決するなんて大それた事は考えていませんでした。ただ、分断された情報や人、コミュニケーションをITインフラでつなげられたら、何か想定しえないことが起こるんじゃないかという期待感が常にありましたし、地域の人たちの中にSMOUTを使い始めることで情報発信に対する考え方が変わる人もいました。私自身、そこに手応えを感じていたので、地域に入って取り組みを構築していくようなやり方が性に合っていたんだと思います。」

名取が地域活性化起業人として着任した玉城町もまた、SMOUTを通じてつながった自治体のひとつ。今回、玉城町の地域活性化起業人を引き受けた決め手は何だったのでしょうか。

2022_0311_115三重県・玉城町のシンボル、田丸城天守跡から眺める早春の田園風景

名取「実は、玉城町とあともうひとつの自治体から地域活性化起業人にならないかとお声がけいただいていました。ただ、地域活性化起業人という制度自体、あまりうまくいっていないんです。企業の看板を背負ってその地域に入っても、企業の利益になる活動は利益相反になってしまうのでできませんし、それほど企業にメリットがあるとは言えません。実質的には、企業の人員整理や肩たたきシステムのように使われている面もあったのでははいでしょうか。ですからお声がけいただいたものの、一度はどちらもお断りしたんです。

その後、新型コロナウイルスが流行して、人の往来が難しくなったことから、“みんなの移住フェス”というオンラインイベントを行ったところ、行政の反応や問い合わせの数がすごく増えたんですね。自分でも潮目が変わったのを感じて、SMOUTが事業としてうまくいくという実感が持てました。一方で、自分が責任者をしていたSuMiKaは、自分たち以上にこの事業を伸ばしてくれる企業に譲渡をすることが決まって。玉城町から二度目のオファーが来たのは、そういう整理がついたタイミングだったので、この機会に玉城町にかかわることを決めました。」

※ 現在はINCLUSIVE株式会社が運営

予算がないなら、外から仕事を持ってくるしかない

こうして2021年5月から名取の地域活性化起業人としてのキャリアが始まります。しかし、自分に声をかけてくれていた役場担当者が人事異動となり、まっさらな状態からのスタートに。さらに、それだけではないようで……。

2022_0311_080左から玉城町役場の現担当者で総務政策課の杉森陸さん、名取にお声がけいただきながら異動になってしまった保健福祉課の永井友樹さん

名取「行けば行くほど認識が深まると同時に、難しいエリアだなと思いました。人口減少などの切迫した課題があれば、何をすればよいかが数字として見えやすいんですが、その点、玉城町は伊勢市と松阪市という中規模都市に挟まれたベッドタウンとして成立している分、人口減少が非常に緩やか。つまり、“移住定住”というキーワードに対して住民の中にリアリティがありませんでした。

すると、行政職員としては当然の判断なんですが、移住の直接的な取り組みをするのは『市民に対してハレーションを起こしやすいので積極的にはしたくない』となります。しかし、移住者を取り込むことは今後必要になってくるので、種はまいておきたい。そうなると、目的が明確にあるわけではないので使える予算がなく、やるべきことが決まっても『来期の予算で』となってしまいます。ましてや新型コロナウイルスの蔓延防止などで、現地に入れないこともありますから本格的にやる事がない。でも、せっかく着任したからには何かやりたいじゃないですか。じゃあ、予算を外から引っ張ってくるしかないと思ったんですね。」

そこで、名取が向かったのが三重県庁でした。三重県では農山漁村地域の地域資源を企業が活用するための“三重のふるさと応援カンパニー推進事業”を2012年から取り組んでいます。その事業の一環として、町民参加のもとで行われるフォトアーカイブ事業を提案することにしたのです。

2022_0310_105三重県・南伊勢町の地域おこし協力隊、加藤雄太郎さんを撮影するアフロ社のフォトグラファー

名取「私は、カヤックの地域活性化起業人として玉城町の行政職員である一方で、半分は兄の広告制作会社(株式会社ザイグー)に属しているので、民間企業という立場で“三重のふるさと応援カンパニー推進事業”のコンペに参加することができます。かたやフォトエージェンシーの株式会社アフロからは、何か地域での展開があれば協業したいと言われていました。そこで、サイグーとアフロ社が業務提携し、アフロの持つプラットフォームに玉城町と、沿岸部の南伊勢町、尾鷲市の3地域地域のビジュアルをアーカイブ化する実証実験事業を考えて県に提案したところ、コンペに通り業務委託を受けることができました。」

ザイグー×アフロ提案書_saitoRe_20210827取り出し.001地域資産のビジュアルアーカイブス事業の仕組み

市民参加のアーカイブづくりを通して、地域資産を可視化する

日本有数のフォトストックサービスを展開するアフロ社は、報道写真から各種イメージ、国内外の風景写真を豊富にコレクションし、各種メディアや広告業界で幅広く利用されています。そこにどのような形でこれらの地域がアーカイブ化されていくのでしょうか。

2022_0311_014玉城町の地域おこし協力隊を卒業したばかりの立石真さん(右)は、いちご農園で修行を積んだ後、農家として独立。味のよい土耕栽培のいちごは早くも顧客がつきはじめている

名取「それぞれの地域では独自に動画を制作したり撮影もしていますから、それなりに手持ちの写真素材を持っているんですね。でもそれは一回しか使わないものになっているので、『それがもったいないよね?』というところから、今回の話がスタートしているんですよ。写真も地域の資産だと捉えて、それをちゃんと蓄積していくことで地域資産は可視化できると考えたんです。

具体的に言えば、例えば玉城町であれば、アフロ社のフォトアーカイブ内に玉城町の専用ページをつくり、玉城町が持っている既存の写真素材をストックする。さらに過不足分を補填するために、アフロ社のフォトグラファーによる現地撮影を行います。どういうものを撮るか、どんな素材があればいいかということは、オンラインワークショップを開き、地域住民と一緒に検討すると。

“人”に着目したのは、今は地域情報の出し方が飽和状態にあるから。地域の産品などもふるさと納税で出し切っていますから、どこもほぼネタ切れ状態で、地域資産を見直す議論が各地で起きています。その中で、差別化するなら“人”や“体験”だとよく言われていますよね。移住という文脈でみれば、地域おこし協力隊として移住してきた人たちも地域の資産ですし、地域で活動している方や団体は、教育などさまざまな機会で活躍が期待されています。そこで、アフロ社と地域で活動するNPOなどの団体が協定を結び、地域資源の利活用を行う体制をつくりました。また、地域で活動するフォトグラファーに参加していただき、今後そのフォトグラファーを軸に町のフォトアーカイブ化を実装していくことが、今考えていることです。」

2022_0311_055玉城町のフォトアーカイブ事業に地域団体として参加するNPO法人わんずの理事長、栃本明子さん(左)

2022_0310_112人口減少の激しい南伊勢町で協力体制を組んだのは、移住定住コーディネーターを務めるむすび目Co-working(代表西川百栄さん・右)

地元参加によるこの取り組みは、地域の魅力や発信の仕方に対する意識を地域が持つということ。また、玉城町の写真がメディアに利用されると、それを撮った地域の方々にも写真使用料が支払われることに。つまり、その地域の自発的な魅力発信や経済的な循環を生み出す仕組みにもなっているようです。

名取「今の日本は都市部に集まったお金が交付金として地域に再分配する構図になっていますが、その再分配されたお金がまた都市に戻るような構造になりがちです。よく言われるスモールシティ構想では地域のお金を地域内で消費し循環させて、大きなサイクルと地域内でのサイクルがうまく合致した形で動き出すことが理想的だと考えられていますが、現実にはなかなかそうはいきません。

今回の取り組みはまだ始まったばかりですが、目指しているのは3つの循環なんですよ。1つは“情報の循環”。そして情報を提供することで人が来訪するという“人の循環”。さらにメディアが写真を利用する時にフィーが発生するので、“収益の循環”ですね。そのためにも地域からアフロのプラットフォームにビジュアルという資産を蓄積していくことが大切なんですね。」

官民二足でめざす、働き方の心地よいバランス

地域活性化起業人としての任期は、6ヶ月から最長3年間。玉城町での任期3年間を考えている名取にその先はどうするのかとたずねると、「東京と地方に半分ずつ関わり続ける働き方も悪くないかな」と意外な答えが返ってきました。

2022_0310_076南伊勢町のおだやかな入江に面したコワーキングスペース(むすび目Co-Working運営)で過ごす心地よい時間

名取「SMOUTをやりながら、ずっと“行政側でやれることがあるはずだ”と思っていました。民間企業と行政側が担える部分は領域が違うし、最大限の効果を得るには、両方がうまくアプローチすることが一番の理想形。その点、官民二足ならアプローチ上は2つのカードが持てますし、視点も2つ持つことができます。

それに僕自身が、視点を1つに偏ることに対して窮屈に感じることがあるんですよ。本来その課題に対しては解決策がいくつかあるはずなのに、企業にいるとその企業にとって有益であることを一番に考える必要があるので、一方良しの提案になってしまいます。そういう意味では今回の三重県の取り組みが玉城町などの地域とアフロ、ザイグーにとって“三方良し”でうまくハマったのはいい経験になりました。」

そんな名取は地域活性化起業人として活動するにあたり、自身の合同会社CoBaDamanを立ち上げました。カヤックとザイグーに属しながら、自身の会社を持つに至った理由は?

名取「今回、自分の会社を法人化したのは、『せっかくだから自分で会社をやってみれば?』という兄の助言があったから。本当は個人事業主でも用が足りてしまうんだけど、それだけだとすごく無責任に動いてしまうかもしれない。結果、より心地いいバランスに近づいていると思うので、そこは感謝しています。」

2022_0311_033正月を超えても通年飾られるしめ飾りはこの地域ならでは。思わず想定外のご利益を期待してしまいたくなる

自身の会社を持つことは名取にとって、官民二足の異なる立場、異なる視点を最大限に生かすためのよりニュートラルなポジションなのかもしれません。

「こっちで物件を探しているんですよね。やっぱり暮らすという観点が入ってくると、この地域にとっての“ちょうどいい方法”が見えてくると思うので」と、名取は二拠点生活への思いもにじませます。働き方も暮らし方も暮らす場所も2つ以上。個人のスキルセットを最大限に活かしたダブルワーク&デュアルライフの先に、さらに想定外のシナジーが生まれるかもしれません。

文 草刈朋子 写真 廣川慶明

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