新型コロナウイルス感染症拡大の影響が続く昨今、関係人口づくりや移住促進などの活動は、これまでの視点や考え方を踏襲するだけではなく、各自治体ではさまざまな工夫を凝らした取組を行っています。
今回は、PR動画「ンダモシタン小林」で有名な宮崎県小林市が、コロナ禍において約1年かけて計画し、2021年夏に第一弾のツアーを実現した「小林市リビングシフト事業」をご紹介します。
小林市が取り組む、一歩先の関係人口づくり
SMOUT地域移住研究所でも、過去に「宮崎県小林市の関係人口のつくりかた」を紹介したとおり、宮崎県小林市では、関係人口の創出・拡大に積極的に取り組んでいます。今回ご紹介する「小林市リビングシフト事業」のモニターツアーもその一貫で、参加者は、小林市内の宿泊施設に2泊3日で滞在し、リモートワークをしながら市内の事業者を見学して困りごとを聞いたり、街中を散策したりする中で市を盛り上げる方法を考えるというものです。
2泊3日の滞在期間中に各自、コワーキングスペースなどで自由に仕事ができる時間を取りつつも、1日目には澁田真一さんが経営する「風の丘ガーデン」へ。2日目には「すき特産」の平川悠さん、カフェ「musumi」やゲストハウス「LOOP」を経営する上岡裕さん・唯子さんご夫妻にお話をお聞きしつつ、池上翔さんが運営する「無駄イバーシティ」へ。3日目は「HORI-KEN Farm(ホリケンファーム)」の堀研二郎さんのもとへ足を運びました。
小林市の都市部からの関係人口を増やしたい思いは他の地域と同じですが、小林市の難しさはすでに「ある一定の認知や量の獲得」は達成している点。その実績があるがゆえに、今回は「質の高いコミュニケーションができる層の獲得」という一段先の目標を設定する必要がありました。小林市役所の中田時洋さん(上部画像の左上、右側が中田さん)は語ります。
中田さん「関係人口を考える時に、首都圏と地域を結ぶ方法として『ワーケーション』という言葉がよく出ますが、小林市で世間で騒がれている程に本当にニーズがあるのかという疑問もありました。実態が把握しづらいので、誰を巻き込めばいいのかすらもわからず困っていました。」
そこでカヤックが依頼を受け、中村圭二郎のチームがともに小林市の新たな関係人口の形を模索する企画を固めていくことになりました。カヤックからは、地域で働き方や暮らし方を変える「リビングシフト」の場として小林市を提供してもらう形の提案がなされました。都市部の“働き方や暮らし方を変えたい人”を呼ぶだけでなく、小林市内の住民で変わりたい個人や事業者を見える化し、そうした人と「つなぐ」取組の部分が他の地域との違いです。また、つなぐための要素を「育てたくなる素材」に置き、小林市に足を運んだ人が育てたくなる素材との出会いによって、中長期的に関わってもらうための関わり代(しろ)を生み出せるのではないかとの仮説を立てました。
実は、今回の企画でモニターと小林市の仲介的な役割を担ったのが、フリーランスマーケターの河井良子さんでした。パラレルワーカーとして幅広い事業に関わる中で、近年は離島百貨店のマーチャンダイズ・バイヤーとして、また自治体との企画なども担当。ちょうど地域の仕事を始めた時期だったこともあり、一般の目線もある専門家としてプロジェクトへの協力を仰ぎました。その視点の的確さはもちろん、過去に関わってきた伝統工芸品のバイイングや職人とのワークショップ企画で発揮されていた丁寧なコミュニケーション力に絶大な信頼があったのです。
株式会社カヤック中村(写真右)、フリーランスマーケターの河井さん(写真左)
中村「地域活性に関わる方は、地域がそれまでつくりあげてきたものを変えようという提案をしますから、その手法や言い方によっては地元の方の心を逆撫でしてしまうこともあると思うんです。みんなよかれと思って提案しているんだけど、そのさじ加減が難しい。しかも今回は、ある程度質の高い関係人口を探したいとのご要望もありました。地元の方とコミュニケーションしてもらって化学反応を起こすという流れを考えた時に、僕自身がとても不安で。だけど、河井さんならそんなニュアンスがわかってもらえるという安心感があったんです。」
前職ではライフスタイル商品を扱う企業に勤務していたという河井さん。近年では海外のみならず、日本の伝統工芸品を扱うことで産地に赴く機会が増え、職人さんや地元の人たちとも接点が広がっていたそうです。
河井さん「その頃から、自分はつくる人とつかう人をつなぐ川中の存在だと意識してきました。職人さんや生産地の方々はプロ意識が強いし専門用語も多いので、私自身がお話を聞く時はとても楽しいけど、そのままだと普通の人にはなかなか伝わりません。なので、お客様や新しく知る人たちに言葉や見せ方を含めてどう通訳すべきかは、一番気をつけていたところですね。関係人口の活動も同じで、行政の普通は本当に普通なのかと見直す必要があるなと思っていました。」
関係人口は、実際に移住を検討している層に比べると地域への認識や意識がライトな層になるため、伝え方の工夫は重要です。訪れる回数は少なくとも、折に触れて意識してもらえるようなつながりにしなければならないからです。
河井さん「おせっかいの仲人さんの気持ちで動いていました。ただ、行政の方も、公平性やメリット提示の難しさなどもあって事業者さんの選定がかなり難航していたようで。そこで今回の意義をどう伝えてもらえばいいのかという繊細な部分の伝え方には苦心しました。」
人をつなぐ小林市ならではのキーパーソン
そこで、地元の事業者さんに参加してもらう段階では、地元メディアやゲストハウス「無駄イバーシティ」を運営する池上翔さんと、公共施設の運営受託や飲食店・ゲストハウスなどを営む地域商社「BRIDGE the gap」の青野雄介さんという地元のキーパーソンに地域と都市部人材をつなぐハブ的な役割の協力をお願いしました。とはいえ、地元で幅広いネットワークを持つお二人でも、モニター参加者受入に寛容な事業者を探すことは簡単ではありませんでした。
元地域おこし協力隊の池上翔さんは、Uターンで地元に戻り、宮崎県小林市・えびの市・高原町を含む西諸(ニシモロ)地域のヒト・モノ・コトを動画発信するエンタメ情報メディア「ピ」や、やゲストハウス「無駄イバーシティ」を運営している。写真は無駄イバーシティで薪割りをしているところ(写真中央が池上さん)
池上さん「まず、地元事業者とのつながりを構築する際に、事業の困りごとを助けてくれる人が来てくれるから、みたいな誘い文句は使いませんでした。そもそも僕は関係人口をそうとは考えてなくて、困りごとを抱えている人に関わりたい人が自然につながったらいいね、くらいの感覚。今回の地元事業者選定にもつながりますが、困りごとの有無以上に、県外からの人を温かく迎え入れ、自分の価値観で都市部人材に刺激を与えられ、またその逆も然りと言える人かどうか、言い換えると友人として紹介できるかどうかを考えました。」
地域の事業者の多くが抱える具体的な課題としては、人員不足や販路の開拓の必要性など、地域であればよくある内容です。マーケティング業やクリエイティブ業が多い首都圏の人とのマッチングもしやすいでしょう。でも、池上さんはあくまで人重視で選んだらそうなっただけで、事業や目的を元に課題に沿った人を紹介したのではないと語ります。
澁田さん一家は、家族全員で花き農家を営んでいる。お父さまが小林市にIターンして「澁田園芸」を開業。現在は、花の生産をしながら、直売所兼オープンガーデンとして「風の丘ガーデン」もオープンした(写真奥が澁田さん)
こうした話を伺っていると、関係人口を増やそうとする自治体において、主体的に関係人口を構築しようとする行政と都市部人材の間に立って、ハブの役割を担ってくれるキーパーソン的な地域人材の発掘に苦労しているところも少なくないのではと考えます。ニーズや地域が抱える課題が見えてはいても、地域でつくるべき受け皿が関係人口の解釈の仕方や環境によって違ってくるからです。では、なぜキーパーソンたちは地域の環境やプロジェクト内容にマッチした人選ができるのでしょうか。
青野さんは現在、小林市で地域商社「株式会社BRIDGE the gap(ブリッジ ザ ギャップ)」を立ち上げ、「TENAMU(てなむ)交流スペース」の業務委託やコワーキングスペース「TENOSSE(てのっせ)」、泊まれるビストロ「BISTRO HINATA(ビストロ ヒナタ)」の運営を行なっている
青野さん「僕も池上さんも元地域おこし協力隊で、自分自身が関係人口だったからかもしれません。今回の参加事業者である「ホリケンファーム」は僕が協力隊時代にずっと関わっていたんです。池上さんがつないだ「風の丘ガーデン」や「すき特産」もそうだと思います。ハブの役割として、中間にいる人が『前に進めたい』と考える地域の事業者とつながるといい化学反応が起きる、と自ら経験していることが大きいんだと思います。」
小林市須木地区では栗の栽培が盛んで、収穫の時期には「栗狩り」も行われるのだとか。「須木栗」はその大きさが特徴だと話す、農業生産法人「すき特産」の平川さん(写真中央)
宮崎県は全国4位の柚子の産地。すき特産では、柚子の特産品づくりも扱っている。洗浄された柚子は、最後は人の手できれいにヘタも取られる。タネの部分は化粧水づくりに利用されるなど、余すところなく使われている
元歯科医院をリノベーションしてつくられたカフェ&バー併設の「ゲストハウスLOOP」にて。小林市の繁華街・仲町は、スナックが200軒も並ぶ。この「ゲストハウスLOOP」とカフェ「musumi」を運営する上岡さんご夫妻(写真奥)に話を聞いているところ
ハブの役割を担う地域人材が、地域の事業者さんを紹介するとしても、まずは事業者さんに“前向きに未来を見て、外とつながることへの理解がある”ことが前提として必要です。今回のモニターツアー企画は、その入口となるだけに、関わってもらう人の選定は慎重に行いました。
青野さん「でもその結果、2つの発見がありました。一つ目は、元々持っていた仮説に確証が持てたことです。ある規模の企業の役職づきなどの方は、自社の事業だと自分の動きがどう社会に反映されているのかが見えづらいので、手触り感のある社会貢献を求めているのでは、と考えていて。以前行ったオンラインサロンでもそれなりの手応えは感じていたのですが、今回のモニターツアーの参加者さんと実際に話をする中でさらに手応えを実感できました。」
これまでに青野さん自身が立てていた都市部の方が「手触りのある社会貢献を求めている」のではないかという仮説の答えに、実感が湧いたそうです。
青野さん「2つ目は、地域側から考えた場合、地域課題をサポートしてくれるスキル人材を見つけること自体は、様々な媒体を活用することにより、随分やりやすくなってきました。でも改めて感じたのは、地域で何かを動かそうという時に大事なのは『感情』だなと。スキルよりも『この人とやりたい』気持ちに力があるんですよね。例えば、一緒にお酒を酌み交わしてコミュニケーションを取るうちに、その感情が醸成されたりもするんだなと。モニターツアーで偶発的に来られた方もいましたが、その段階からつながりができた事実こそが重要だと感じました。」
関係人口という言葉が流布する前から、行政と連携しながら地方と都市部をつなぐ役割を担ってきた青野さんだからこそ感じる「結果を求めるばかりに、安易なマッチングをしてしまいがちであるという失敗の本質」とも受け取れる言葉のようにも思えました。
池上さん「関係人口って行政的にそう呼んでいるだけで、みんなどこかの何かですよね。企業のパートナーで、お店のファンで、誰かの友達だけど、そのきっかけが行政ってだけ。僕らは関係人口をつくると同時に『小林市の誰かの何か』をつくることなんだって強く思いました。」
関係人口が特別なことではなく、生活する上では「みんなどこかの何かだ」という池上さん。このような感覚を持った地域人材がいることこそが重要なのかもしれません。
「HORI-KEN Farm(ホリケンファーム)」の堀研二郎さんは、小林市にUターンし、農薬・化学肥料に頼らず美味しい野菜づくりを追求している。美味しい野菜をいただけるレストラン&直売所「ホリケンファームのお野菜直売所 ROJI」も運営する
磁石の種類はたくさんあるほうがいい
今回のプロジェクトを通じて、応援者が増えて自らのハブとしての側面も強まった気がする、という池上さん。それは、モニターツアー後に、有限会社「すき特産」のプロジェクトに共感し、一家で移住したいという人が現れたことから感じたことでした。最終的に実現はしなかったものの、「彼がくればきっと楽しいはず」と池上さんが話すうちに、地域の事業者にもつながりや信頼感が生まれてきたのでしょう。
池上さん「今回は縁がなかったけど、モニターツアーの際にも元々の仲間のように接していたから、その方も『小林市には池上さんがいるしな』って記憶を残してもらえていると思うんです。それさえあれば、いずれまた何かで一緒に混ざれるかもしれない。僕らの立場が磁石だとすれば、そういう人が増えることはそれだけ強い力になります。関係人口って機能で切って終わりではなく、人間らしいやり取りをひたすら重ねていくことが大事なんだと思うんです。」
青野さん「その意味で言うと、僕と池上さんは磁石の性質が少し違うから引き寄せる人も違う。だから面白いんです。いろんな磁石に引き寄せられた人たちを引き合わせれば、また新たな化学反応が生まれていきます。僕が池上さんに引き寄せられるような人たちといきなり接するのは少し難しい部分もあるけれど、池上さんの紹介があるからいい距離感になるわけです。そういう場や機会を積み重ねて、結果的に地域の外につながったら面白そうですよね。」
さらに、今回参加された事業者はもとより、市内の事業者にもハブ役になれそうな磁力を持つ人がいるという発見もありました。
池上さん「大事なのは、市内にハブ的な人がどれくらいいるのか把握すること。その人たちがハブ的存在であると自覚して積極的にネットワークをつくり、他のネットワークの一部として仕組みをつくっているという認識があることなんですよね。」
じつは同級生だという、池上さん(写真右)と「ホリケンファーム」の堀さん(写真左)
青野さん「僕らと同じ気持ちで地域内のネットワークを生かしながらハブ的活動を行う人たちが目に見えるようになったことも今回の重要な気づきでした。」
青野さんは現在、自身の事業運営に係るワーケーション企画の参加者をSMOUTで募集中(「サウナ×ワーケーション!大自然に囲まれた里山サウナをサウナ愛好家の聖地にしたい!」)です。このツアーの参加者には、“絶対に”小林市の仲間勢揃いの呑み会を開くつもりだと語っていました。今回のように気軽な場を儲けることで、近いアイデアを持つ市内の他の人たちともつながることができ、新たな交流が起こるかもしれないと期待を寄せています。
また、モニターツアー参加者に実施したアンケートには、熱のこもった回答が多く集まりました。
例えば、「関係ができることで“思い出”が生まれると改めて感じた。“思い出”は愛着に変わるので、なぜかまた接したくなるというサイクルがつくれるか否かが重要」という今後の継続の必要性や、「お互いの素材を生かしあう視点がもっとあればと感じた。個としては成功を収められているがチームとしての相乗効果があまりない。その相乗効果を先導する役割は行政がよく、支援をすれば小林ブランドをつくれると思う」といった市内産業の連携、「対外からの関与や刺激も必要だが、官民の対話も必要。小林は、素材が一品ずつなので言語化作業が他の都市以上に必要だが、その言語化はまちの人しかできない。まずはまちの人がまちを大好きになる工夫や政策を継続して開発したほうがいいと思う」など官民とのつながりなど、関係人口の獲得に向けて小林市を外からの視点で見た冷静かつ斬新なアイデアや意見が多かったのです。
こうしたことからも、ハブ役の地域人材の存在によって今後もつながりたくなる“知人と友人の間”の関係を生み出していく必要性があります。
ちなみに、河井さんも今回初めて小林市を訪れたという点では、参加者と同じ目線や距離感だったはず。じかにこうしたハブ役の人々に接してどう感じたのでしょうか。
河井さん「わたしはコンテナホテル「HALO HOTEL小林」に宿泊したんですが、その代表の永野叶絵さんがかなり熱い話をしてくれたんです。Uターンされた女性で、外からの目線で地域貢献をすごく考えておられました。小林市のいいお店や場所をたくさん伝えたいと日々発掘されていて、いろんな情報を教えてもらいましたね。ハブ役って簡単なことではないし、もちろん池上さんや青野さんのお人柄による部分も大きいと思いますが、同じような役割を担っていただける方は小林市にはまだおられる気がしています。」
「HALO HOTEL小林」代表の永野叶絵さん。県内初のコンテナホテルで、滞在型観光のグルメプランなどを企画したいと話す
民間と行政が力を補って協力し、未来への成果につなぐ
河井さんは、民間の人たちにつながりづくりの知見がある場合、市内の人々をつなぐ役割をあえて行政に留める必要があるのだろうか、と考えたとも言います。ただし、こうした活動を県外に伝えていく段階では、やはり行政が全面に出て行くべき場面はあるのだそうです。
河井さん「民間の点のネットワークを大きな面として見せられるのが行政なんですよね。ハブになるのは個人だけど、『これが小林市です』と形にして仕上げるのが行政の力。そう考えると、行政で全部やらなければと気負うよりは、民間と行政が役割分担して協力できる仕組みをつくるといいのかなと。その上で、わたしたちのような外部人材の存在が市と都市部をつなげていくのが自然だと思います。特に小林市はまちの規模もちょうどいいし魅力ある人の数も多いし、すごくいいプロモーションをしていける気がするんです。」
カヤックの担当として関わってきた中村も、今回のプロジェクトを振り返りました。
中村「地域の人の魅力を推す考え方はわりと一般的ですが、小林市の『コミュニケーションのきっかけをつくれる人がいること』に重要性を感じました。つなげたくなる素材は重要だけれど、素材のままでは伝わりにくいから通訳して伝える必要があります。それを自然に行っている池上さんや青野さん自身とその活動が、もはや小林市の重要なコンテンツなんですよね。どうすれば外の人が関わりやすくなるかを考え、地元からいい人を見つけつつ地元を守るフィルターにもなってくれる。そういう感性を持つ方がいたことが成功を導いたのだと思います。」
そもそも「ンダモシタン小林」を皮切りに小林市が“面白いまち”と認識されたのは、面白さの吸引力を意識し、ソフトを生み出すことができる人がいたから。うちにはそんな職員や人はいないから難しい、と足踏みをする自治体も少なくないかもしれません。でも、だからこそ小林市の「つなげかた」は参考にできる部分も多いのではないでしょうか。
訪れるきっかけになる存在、行く言い訳になる理由をつくる
本プロジェクトでは、当初「育てたくなる素材が小林市に見つかればリピーターが増える」との仮説を立てていました。それぞれの発見以外に、その仮説についてはどのような答えが見つかったのでしょうか。
青野さん「関係人口をつくるには“人”しかないと思っていましたが、モニターさんたちの動きを見て、鳥田町小学校や栗園のようなものや風景にもすごく可能性を感じました。ただ、小学校をどうにかするとしても地域に“動かす主体”が必要なので、結局は人が不可欠だなと。あと、他の自治体に勝てるすばらしい素材を発信すべき、といったマーケティング的発想はあまり必要ないと感じました。その場や空気を体験し、ストーリーや関わる人を知りながら、その人の中でオンリーワンの素材になっていくことが重要で、地域の側はそれをどうコーディネートしていくかが重要であるなと感じました。」
須木地区にある鳥田町小学校。現在は廃校となり、建物がそのまま残っている
中田さん「自然や地方に目を向けるための関係人口じゃなく、結局は“人”が好きにならないといけないんですよね。その場所に行って人に興味が出てくるわけなので、現地に来ていただくことってやっぱり大きいと実感しました。自然や観光以上に、関係人口では人に会いたい気持ちが重要ですね。」
訪れる戸口は多いほうがいいものです。面白い人に会いたいという気持ちに加えて、その場所に行くための言い訳づくりも一つのカギになるのでは、という意見もありました。
中村さん「以前、地域を訪れるには魅力というか、“素敵な何か”が必要だと思い込んでたんです。でも既に小林市の関係人口になっている方に『ゆずの皮むきの手伝いが必要だから行く』と言われて驚いたことがあったんですよね。こんな困りごとも行く言い訳になるんだなと。僕自身、それが最初に小林市に興味を持ったきっかけだったんですが、結果的につながりをつくるのだからそういう方法もありなんだなって。」
一度生まれた縁をつなぐためには、どうすればいいのか
さまざまな視点が生まれ、発見や結果を残すことができたモニターツアー。しかし、河井さんには外部から関わる人間として、昨今の地方創生事業の活発さから感じる心配ごともありました。
河井さん「今はソフトをつくる活動が活発ですが、活動を続けられなければ単なる一過性のものになりかねません。このプロジェクトも放っておけば遺産になってしまうなと。立ち上げる以上に続けることって大変ですから。」
そのためにどんな活動ができるのか。まだ自分の中では答えは出ていないけれど……と苦笑しつつも、時間が経つ中でいいアイデアが生まれるかもしれないし、いい化学反応が起こって広がっていく可能性もあると思う、と今後への思いを語りました。
河井さん「モニターツアーに参加いただいたみなさんが熱く提案してくださったアイデアも、すぐに何かを起こせるわけではないです。だけど、いつか何かを生むかもしれない。だから小林市にも待っているだけではなくて、そんな日が来るまで関係を保てるように動き続けてもらえるといいなと思います。そのことこそが、都会から行く言い訳やきっかけにもなるはずです。」
確固たる仕組みづくりは時間がかかりそうだけど、何かの形で気軽に地域を意識し続ける方法はないものだろうか、という話にもなりました。例えば、さまざまな地域に関わり続けている中村自身は、地域とどんな関わり方をしているのでしょうか。
中村「各地で出会ってコミュニケーションを取った方の商品やサービスは、見たら購入するようになりました。応援したいし、知り合いや友人に、ものと一緒につくっている人を紹介したいなって。離れていてもつながる方法として、ものを介すステップが一つあるといいなと思います。それから、困りごとを見える化してもらえたら僕は絶対行くと思います。」
ご近所で助け合うような“ちょっとした”困りごとはどこにでもあるものです。こんなことで?と地元で思うようなことも積極的に表に出せると状況も変わるはず。とはいえ、本来協力を必要としている地域の人ほど奥ゆかしい、というのはよく聞く話。外の人に重荷を背負わせたくないと考える方が多いのだそうです。
中村「こういうズレをなんとかできればなあ、とよく考えます。地方創生が進まない理由には“諦めるやさしさ”が各地にあるからだと気づいたんです。でも、その分野のプロでも、たった一人の知見だけだと新しい可能性を見出すことはほぼ無理です。例えば河井さんのようにターゲットに沿った紹介方法やブランディングの視点を補える人と交われば、そこでパッと道が開けることだってあります。だからその力を信じてもらえる、なるべく困りごとを見せてもらえるような方法を考えられればいいのですが。」
その上で、片方が寄りかかるのではなく、双方で協力し合って新たな価値をつくり上げていく。そんなコミュニケーションができればベストです。この、双方が力を持ち寄って新たな価値を作る行動の大切さや可能性は、振り返れば今回のプロジェクトで実感できた結果です。そして、最後に改めて、小林市役所の宮田陽介さんに「小林市にとって、関係人口とはどんな関係ですか」と伺いました。
宮田さん「人と人との“縁”が紡いでいく、その結果が関係人口なのでしょうね。今回は、コロナ禍の影響を受けて、当初予定していたプロジェクトの進行管理に遅れがでた中で、ツアーの実施前に4回にわたるオンラインでの交流の機会を設けてモニターさんとの関係性づくりを行いながら、モニターツアーを実現させることができました。その結果に基づく分析を参考に、次年度からは役場内での連携を深め、事業をスムーズに進められる気がしています。池上さんや青野さんといった民間の方との連携はもちろん、役場内でも“人と人との繋がり”の意識を大切にしながら関係人口づくりを進められたらと思います。この取組みが一過性のものに終わらないようにするために官民の協力体制を構築し、縁を紡いでいく活動に邁進したいと思います。」
この澄んだ美しい水が用水路に流れ、お米や野菜が育てられている。水源地の水は「全国の名水百選」にも選ばれ、小林市の水道水にもなっている。豊かな湧水は、星空とともに小林市のシンボルなのだとか
2021年4月から移住促進を担当する課に異動となった宮田さんは、関係人口やリビングシフトという言葉も含めて徐々に学びながらこの事業に関わってきたそうです。この5年ほどで人口の減少や社会情勢を受けた暮らし方や働き方が変化し、人の動き方に対する考え方も変わりつつあるとのこと。「この5〜6年のうちにすごく変化していると気づけた」というお話のように、行政で担当される方々にとっても関係人口に取り組むからこその発見は多いと言えそうです。
小林市では2022年3月から、リビングシフト事業の結果を元に「縁縁小林」という関係人口を創出するWebサイトを立ち上げました。“きっかけをつくる人”の大切さと、そのきっかけを活かして人を呼ぶ官民の協力体制や、関係人口の行動を遺産にしない工夫と取り組み。関係人口を未来へとつなげる上で、さまざまなことを発見するプロジェクトとなりました。今回ご紹介した小林市にご興味のある方は、縁縁小林のWebサイトをご覧ください。
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文 木村早苗