都市にいながら地域で起業! 高知県土佐町・須崎市・四万十町が始めた「デュアルスタートアップ・ラボ」の可能性

都市にいながら地域で起業! 高知県土佐町・須崎市・四万十町が始めた「デュアルスタートアップ・ラボ」の可能性

地方移住やローカルでの起業に興味がある、あるいは地域の課題解決に関心があるという人は多いのではないでしょうか。でも実際に移住するとなると、生活のこと、仕事のこと、家族のことなどさまざまなハードルがあり、そう簡単にはいかないのも現実です。

一方で、人口が減少傾向にある地方では、慢性的に人材が不足しています。そのため最近では、移住を誘致するだけでなく、特定の地域や地域の人々と継続的に関わる「関係人口」を増やしていこうという取り組みが注目されています。

そこで、総務省の「関係人口創出拡大モデル事業」の採択を受け、高知県の土佐町・須崎市・四万十町が3市町合同で実施したのが「デュアルスタートアップ創出プログラム」です。これは、拠点は都市に置いたまま、3市町の事業者さんの課題解決につながる企画を考え、マッチングすれば、協業して新規事業を立ち上げていこうというものです。

その地域への移住や起業を前提としたビジネスプランコンテストは全国各地で開催されていますが、デュアルスタートアップ創出プログラムは移住を前提としないうえ、ゼロから起業する必要もないという、ありそうでなかった新しい形のプログラムです。

いったいなぜ、まだ珍しい「デュアル」での協業に取り組んだのでしょうか。その狙いや思い、実施してみての手応えを、担当した土佐町役場企画推進課 企画調整係長の尾崎康隆さん、須崎市役所元気創造課 元気創造係長の有澤聡明さん、四万十町役場人材育成推進センター 主幹の横山光一さんに伺いました。

(メイン画像:左上から時計回りに、四万十町役場人材育成推進センター主幹の横山光一さん、デュアルスタートアップ・ラボの企画運営を担当した面白法人カヤックの宮部誠二郎さん、須崎市役所元気創造課 元気創造係長の有澤聡明さん、土佐町役場 企画推進課 企画調整係長の尾崎康隆さん)

住んでる場所に限定されない、新しい形の起業

スクリーンショット 2021-02-26 2.03.06土佐町役場企画推進課 企画調整係長の尾崎康隆さん(デュアルスタートアップラボ オンライン報告会より)

尾崎さん「デュアルスタートアップ創出プログラムは、住んでいる場所に限定されず、多拠点型で起業していくことが関係人口の文脈でできないかなと考えたところから始まりました。土佐町は今、人口4,000人ぐらいの自治体ですが、この先も人口が減っていくことを考えると、新しい産業をつくっていかないと、まちとして持続可能にならないと思っているんですね。

とはいえ、商圏自体の人口が少ないですし、新しい事業をただ立ち上げても持続可能な形になる前に潰れてしまうというのが現実です。特に飲食や販売のようなtoCの事業はかなり厳しいものがある。さらにもうひとつ、僕が強く課題を感じていたのが、何かを始めたいと思ったときに、協業したり一緒に事業を立ち上げる人が見つからないということなんです。」

じつは土佐町の20~50代の有業者率は、ほぼ100%なのだそう。つまり、この地域で暮らしている若い人たちはすでに何かしらの仕事をもっていて、それで暮らせているということを意味しています。これはすばらしいことでもあるのですが、同時に、何かを始めようと思ったときにすぐに動ける人材がいないということも意味していました。

尾崎さん「そうすると、起業しても、ひとりでやれる範囲で超スモール事業として始めていくしかなくなります。だから結果的に、なかなかスケールせずに壁にぶつかってしまうんです。今回は、それを解決するための実証実験として、東京などのマーケットが大きいところで暮らす人たちと一緒に事業をやってみたらどうかと考えました。

そして、3市町あったほうが間口が広くなるし、海・山・川の自治体が揃っていたら面白いかなと思ったので、以前から交流のある須崎市と四万十町にも声をかけて、3市町の合同事業にさせてもらいました。」

担当した尾崎さん、有澤さん、横山さんは、それぞれ起業推進に関する業務を担当していた縁で、以前から情報交換したり、イベントを一緒にやったりしていたのだそう。

スクリーンショット 2021-02-26 2.04.08須崎市役所元気創造課 元気創造係長の有澤聡明さん(デュアルスタートアップラボ オンライン報告会より)

有澤さん「もともと僕らは起業推進でつながっていましたし、関係人口に絡めて“地方と都市をつないだ起業”っていう視点で面白いことやりたいよねという話だったので、それはもうぜひ一緒にやりたいと思いました。

それとこういう企画は、事業者さんとたくさんコミュニケーションをとることになるので、あらためて、自分のまちの事業者さんの魅力がわかったりするんですね。そうすると公務員としては、その魅力をもっと外に伝えたいと思うようになるので、そういう気持ちの面も含めてすごくいい企画なんじゃないかなと思いました。」

スクリーンショット 2021-02-26 2.06.07四万十町役場人材育成推進センター 主幹の横山光一さん(デュアルスタートアップラボ オンライン報告会より)

横山さん「僕も、町内の事業者さんの良さを外にアピールすることができるのがいいなと思いました。それと個人的には、須崎市や土佐町の事業者さんを知る機会になったこともすごくよかったです。ほかのまちの事業者さんを知れたことで、違う分野でも、3市町で連携できることがありそうだなと思いました。都市との連携だけでなく、県内の連携っていう部分でも可能性が感じられたことが、僕の個人的な成果だったと思っています。」

企業研修とラボを組み合わせ、事業化への確かな道筋をつくる

デュアルスタートアップ創出プログラムは、大きくふたつの事業で構成されていました。

前半は、社内起業家育成や新規事業開発のコンサルティングを手がける会社と連携し、大企業に勤める人を対象に、地域の課題解決に取り組む研修事業を実施。後半は、3市町の事業者4社に対して事業アイデアを提案してもらい、マッチングすれば、協業によって実際に事業創出を目指していく「デュアルスタートアップ・ラボ」です。

ラボについては誰でも参加することができ、前半の企業研修から引き続き個人で参加した人、大学生やものづくりを手がける会社員、NPO法人や自営業者、フリーランスのライターなど、さまざまな業種から計17名が参加しました。もともと3市町に地縁があるという人はほとんどおらず、実際に訪問したことがあるという人もほとんどいませんでした。SMOUTでの告知や各自治体のお知らせを見て、プログラム自体に興味をもったという方が多かったようです。

尾崎さん「前半は企業研修、後半は個人向けとプログラムを分けたのには理由があります。

事業化を見据えた場合、個人でも企画はつくれますが、そのあとのリソースがなかったり、ノウハウが足りなかったりすると、実現へのハードルが上がってしまいます。でも企業研修を実施することでつながりができ、その企業のリソースと新規事業を紐づけることが可能になると、企画の実現性が高まるのではないかという期待があったんです。

それと、大企業に所属する社員さんの中には、地域の課題解決に興味がある人も結構いるのですが、本業が忙しく、新規事業を立ち上げるまでの余力がないことがほとんどなんですね。でも今回は、すでにある地域事業者とのマッチングによって新たな事業を創出するという建てつけだったので、実現へのハードルはかなり下がるんじゃないかと思いました。」

そこで、企業のリソース、地域の課題解決に思いをもつ社員さんの受け皿、さらに個人の熱意やフットワークの軽さを組み合わせることで、事業化への確かな道筋をつくっていくことにしたのです。

実際に、前半の企業研修にいち社員として参加した人が、事業アイデアをぜひ形にしていきたいと、引き続きラボにも参加してくれました。また、所属企業のリソースを使った事業の提案も実際にいくつか出されたのだそう。

オンラインだけでも精度の高い提案が続々と

ちなみにラボの全3回のプログラムは、すべてzoomを使ってオンラインで実施されました。初回は地域の事業者から、どんな課題があってどんな事業を求めているのかをプレゼンしてもらい、第2回では、それらを踏まえて、それぞれの企業に対して、各参加者から事業アイデアを出してもらいました。

尾崎さん「その際には、参加者全員に、4社すべてに対して1アイデアずつは必ず出してもらうことにしました。これは、本命の企業だけではなく、ほかの地域や事業者さんのことを知ってもらい、実際にアイデアを考えてもらうことで、その地域や事業者のファンになったり、新たな関係性を築いてもらえるのではないかと考えたからです。」

そして最終回では、その中からこれという企画をあらためてプレゼンしてもらい、事業者とのマッチングを行いました。その結果、4社で計10名のマッチングが成立。それぞれに、地域や事業者のことをしっかり考えた、さまざまなアイデアが提案されました。

なお、本来であればマッチングが成立したあとは現地入りしてもらい、顔合わせや視察を行う予定でしたが、コロナ禍における緊急事態宣言中ということもあり、残念ながら延期になっているとのこと。

となると今後の展開が気になるところですが、3市町とも、マッチングした方々にはタイミングを見て現地にきてもらえるよう準備しているそう。企画の実現性などは実際に動き出すまでは未知数な部分も大きいのですが、事業化に向けて検討を進めてもらい、自治体としてもサポートを続けていくとのことでした。

横山さん「四万十町の場合は、最初の企業研修を一緒にやっていただいた『株式会社四万十ドラマ』さんが、ラボについても継続してやっていただけることになりました。そのため、企業研修で出た事業アイデアを深めてもらい、しっかり自走に持っていきたいというお話がありました。四万十ドラマさんは栗を使ったお菓子をつくっているんですが、コロナで対面販売の売り上げが落ちていることもあり、その栗を使って新しい購買層を開拓できないかという相談だったんですね。

そこから、栗羊羹をスポーツ補給食として売り出したらどうかというアイデアが出ました。そして、それをぜひ自走まで持っていきたいということだったので、いろいろなアイデアが出されたというよりは、ひとつのお題に対して的確なご提案をいただいたっていう状況だったかなと思います。」

スクリーンショット 2021-02-26 1.59.49四万十町産のお茶や栗を使った人気商品を育て、全国に広めている地域商社「株式会社四万十ドラマ」。拠点を置く旧十和村地域では人口減少が深刻で、お茶と栗の担い手が減っているのだとか。(デュアルスタートアップラボ オンライン報告会より)。

有澤さん「須崎市からは『株式会社迫田刃物』さんと『株式会社土佐洋』さんという2社が参加してくれました。2社ともオンラインで新しい企画を立ち上げるなんて、もちろん未経験のことでした。けれども、1回2時間しか接点がなく、直接話ができるのはさらにわずかな時間だったにもかかわらず、2回目、3回目に精度の高い提案がいただけたことに、ものすごく驚いていました。みなさん、現地にきたことがないはずなのに、まるで現場を知っているかのような提案がたくさんあったんです。それは参加者のみなさんが、地域や事業者さんのことを思って一生懸命リサーチして、考えてくださったからだと思います。本当に驚いていましたね。」

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400年の土佐打刃物の伝統技法を受け継ぎ、鍛造にこだわる包丁専門工房「迫田刃物(さこだはもの)」代表の迫田剛さん(デュアルスタートアップラボ オンライン報告会より)。

スクリーンショット 2021-02-26 1.46.15まぐろ漁船の運行管理や飲食業を営む株式会社土佐洋。江戸時代に船大工から事業をスタートし、自ら製造した船に乗り、まぐろ漁を行う水産事業会社として発展。現在では外食事業に進出し、直接まぐろの美味しさを届けている。写真は代表の馬詰良信さん(デュアルスタートアップラボ オンライン報告会より)。

尾崎さん「四万十町も須崎市も地元の事業者さんが参加してくれたんですけど、土佐町はこれから立ち上げていこうとしているスポーツ振興のための団体『一般社団法人土佐町スポーツコミッション』の事業について、何もないところから提案していただく形だったので、参加者はちょっとやりにくかったかもしれません。

スクリーンショット 2021-02-26 1.54.12さめうら湖から始まる産業振興と地域スポーツ活性化を目指す一般社団法人土佐町スポーツコミッション。競技カヌーなどのスポーツを軸にしたスポーツツーリズムで関係人口の創出に取り組んでいる(デュアルスタートアップラボ オンライン報告会より)。

最終的にマッチングしたのは2案で、ひとつは地域の間伐材を使って自分たちでカヌーをつくる体験コンテンツ。土佐町ではカヌー競技の振興に力を入れていて、世界チャンピオンが地域の子どもたちにカヌーを教えているんですけど、そういった取り組みのひとつとしてご提案いただきました。

もうひとつは企業研修からの参加者の提案です。その方の勤めている企業はAIのリソースをもっていたので、AIでデータをとり、カヌーなどを体験してくれた人に対して、それを元にフィードバックを返していくというものでした。そういうことは、興味があっても自分たちだけでは絶対にできないことなので、とてもありがたい提案だったなと思います。」

「深い関係性の構築」が、何よりの成果だった

さらに、直接の提案だけでなく、派生的な事業展開も起きました。

尾崎さん「アクティビティを体験する場所への交通アクセスについて考えないといけないねという話から、地域では高齢者向けの交通手段確保に課題があるという話になったんです。それがきっかけで、ある企業に勤める方から地域内交通に関する事業をご提案いただいて、来年度に別の部署と一緒に実証事業をやるという話が進んでいます。そういったことが起きたのも、今回の面白かったところだなと思っています。」

たった3回、しかもオンラインのみというプログラムでしたが、精度の高い提案が上がってきたり、派生的な展開が起きたり。さらに、マッチングの有無にかかわらず「3市町すべてに必ず遊びに行きます!」という参加者や、ふるさと納税してくれた参加者もいました。

有澤さん「地元の事業者さんと仕事も込みで交流できるプログラムだったのが、とてもよかったと思います。オンラインなのに、1泊2日で地域に遊びにきてもらうよりも濃い交流ができていました。たとえば、参加者のひとりが最後のほうで“社長の役に立ちたい”という話をしていたんです。それを聞いたときに、短い期間なのに、人と人との関係性がものすごく深まっているのを感じました。

そうすると、協業だけじゃなくて、ふるさと納税するならこの事業者のいる自治体にしようとか、同じものを買うならここの商品を買おうっていうふうに思ってくれるようになるんじゃないかなと思います。今回は、そのためのストーリーをみんなで共有できたように思いました。」

そして、むしろこうした「深い関係性の構築」こそが、今回の事業のなによりの成果だったのではないかと尾崎さんは話します。

尾崎さん「実際にやってみて、目指すところが自分の中では変わってきたんですね。もちろん、事業の成果としては事業創出を目指しています。でも、地域の事業者さんと接点をつくって、そこでお互いに好きになってもらう、この地域のこの事業者さんをなんとかしたいと思ってもらう、そして、結果として“本当にそう思ってもらえた”っていうことのほうが、むしろ今回の大きな成果だったなと思って。

事業創出は現実問題として時間がかかるし、すぐにクリアするのは難しい部分もあります。でも、その前段となる関係構築の大切さと、そのための進め方については、今回のプログラムでなんとなく見えた感じがしているんですね。つまり、いい関係を構築していくためには、今回のような丁寧な建てつけをちゃんとつくらないとダメだということですね。

だからこれは、すごく必要な事業だなと思っています。ただ、今回はコスト的にも労力的にも大掛かりすぎたところがあったので(笑)、今後は事業創出の手前の濃い接点のつくり方を、もう少し持続可能な形でやれる方法を考えていきたいと思っています。」

横山さん「四万十町は、移住誘致については比較的成功している自治体で、そういう意味では移住関連のプラットフォームはしっかりもっているんですが、移住者だけを追うのは限界にきていると感じるところがありました。町内にはもう空き家がないですし、当たり前ですけど、欲しい人材ときてくれる人材が必ずしも一致するわけではありません。

だからこれからは、関係人口的に緩やかにつながる人に関心をもってもらえるプラットフォームが必要なのだなということは、今回、事業をやりながらあらためて実感しています。

ただ、あまり大掛かりになってもお金が続かないし、成果が見えづらいのがこういった事業なので、町内での合意形成をしっかりとって継続していくことがなによりの課題かなと思っています。」

すごく“丁寧さ”が問われた事業だった

単なる旅行者よりも濃く、移住よりも緩やかに地域と関われるデュアルスタートアップ創出プログラムの枠組みは、都市で暮らしている参加者にとって、地域にかかわるハードルを低くし、小さなステップをかけることに成功しました。そのうえで、きちんと事業化を進めていくためにつくられた本格的なプログラムは、人と人との関係性を、より深くしっかりと構築していくことに自然とつながっていきました。

尾崎さん「今回って、すごく“丁寧さ”が問われた事業だったなと思っているんです。有澤さんも横山さんも地域の事業者さんとしっかりコミュニケーションをとり、参加者とのコミュニケーションもすごく丁寧にやってらっしゃった。それがすべてで、なにより大事だったんじゃないかなと思います。」

 

もしもこれが、単なるビジネスライクな協業だったとしたら、地域や事業者にもたらすものは、いっときの経済効果だけかもしれません。しかし関係性が構築されていれば、その地域や事業者を大切に思ってくれる人が増えることになり、それはいざというときの支えとなり、大きな力となっていきます。その先にある事業は、きっと地域ならではの、豊かで魅力的な事業となっていくはずです。

誰かが自分のことを思ってくれたとき、なぜか力をもらって頑張れたという経験は、誰でもあるのではないでしょうか。深い関係性の先に育まれていくであろう新しいローカル起業の形がどうなっていくのか、マッチングされたみなさんの、今後の展開にも注目です!

文 平川友紀

※ この記事は、高知県土佐町・須崎市・四万十町のご協力により制作しています。