長野県塩尻市役所に、副業限定で7人の特任CxOが就任!民間プロ人材を起用する地域課題解決のしくみ

長野県塩尻市役所に、副業限定で7人の特任CxOが就任!民間プロ人材を起用する地域課題解決のしくみ

記事のタイトルを見て、副業限定のCxO!?7人も!?と思った人は多いのではないでしょうか。しかもその特任CxOは全員、地域外の民間企業に務める、いわばプロフェッショナル人材。

この施策の目的は、地域外のプロフェッショナル人材と塩尻市のシビックイノベーター(事業課題やアイデアを持ち寄り、自ら未来をつくろうとする人たち)が協働で地域の課題解決に取り組み、オンラインサロン・副業を通じて持続可能な関係人口プラットフォームを構築すること。このプロジェクトは「MEGURUプロジェクト」と名付けられ、総務省による令和2年度の関係人口創出・拡大事業のモデル事業にも採択されました。

7人の特任CxO就任でどのように地域課題の解決がされていくのか、そのしくみについて、プロジェクトの仕掛け人で、『日本一おかしな公務員』(日本経済新聞出版)の著者でもある塩尻市地方創生推進課シティプロモーション担当の山田崇さん、パーソルキャリア株式会社に在籍し塩尻市の地域おこし協力隊も務める、NPO法人MEGURU代表・横山暁一さん、特任CIO(Chief Innovation Officer|最高イノベーション責任者)に就任した大手総合電機メーカーの濱本隆太さん、CCO(Chief Communication Officer|最高コミュニケーション責任者)に就任した株式会社ガイアックスの千葉憲子さんの4人にお話を聞きました。

「MEGURUプロジェクト」は、どのように生まれたのか?

長野県塩尻市役所の企画政策部 地方創生推進課が、ハイクラス向け転職サービス「iX(アイエックス)」において、副業限定で特任CMO(Chief Marketing Officer|最高マーケティング責任者)と特任CHRO(Chief Human Resource Officer|最高人事責任者)の2つのポジションを募集したのは2019年11月のこと。期間は3ヶ月、稼働は月4日以内で、固定報酬に加え、市内の全17のワイナリーから特別にセレクトされたスペシャルワインセットが贈呈されるという募集に、首都圏を中心に103人の応募がありました。

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右から、塩尻市地方創生推進課シティプロモーション担当の山田崇さん、株式会社ガイアックスの千葉憲子さん、NPO法人MEGURU代表・横山暁一さん

横山さん「パーソルキャリアの『iX』で、ハイクラス人材が副業として別のポジションで活躍するシーンをつくり出したいと、“ハイクラス副業”というカテゴリを新設したんです。そこで塩尻市と提携して、副業限定の特任CMO・CHROを募集することになりました。」

塩尻市のブランド戦略立案を担う特任CMOに就任したのは、ボルボ・カー・ジャパン株式会社 シニアディレクターの関口憲義さん。そして塩尻市の中小企業の採用戦略アドバイスを担う特任CHROには、カフェ・カンパニー株式会社 取締役の田口弦矢さんが就任しました。

山田さん「ふたりとも、それまで塩尻市にまったく縁がなかった方なんです。2020年1月から3ヶ月間、基本的にはリモートでのWeb会議で。強い手応えを感じて、これを機に継続的に地域外人材を受け入れるプラットフォームをつくろうと、塩尻市に縁のある5人を加えて、7人の特任CxOと共創する「MEGURUプロジェクト」として再構築しました。

なぜ7人かというと、これは『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』(ニール・ドシ、リンゼイ・マクレガー著)にあったんですが、重い石をふたりで引っ張ると、ひとりで持つよりも負荷は少なくなりますよね。7人までは、ひとりで持つよりも負荷が少なくなる。でも8人になると、それ以上負荷は減らないと。それで、7人だったら、ひとりで動かない石も動くはずだと思ったんです。」

そして新たに就任したのは、特任CIO(Chief Innovation Officer|最高イノベーション責任者)にパナソニック株式会社の濱本隆太さん、特任CREO(Chief Real Estate Officer|最高不動産責任者)に株式会社クラウドリアルティの幸田泰尚さん、特任CCO(Chief Communication Officer|最高コミュニケーション責任者)に株式会社ガイアックスの千葉憲子さん、特任CDO(Chief Design Officer|最高デザイン責任者)に株式会社真ん中の北口直人さん、特任CSO(Chief Strategy Officer|最高戦略責任者)に株式会社電通の小橋一隆さん。

この7人の特任CxOは、2020年8月から2021年1月までの6ヶ月間、以下の6つのステップを塩尻市と共創します。

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1)オンライン告知・募集
塩尻未来会議オンラインにて8回連続イベントを実施(約250人が参加)

2)スタディツアーの実施
塩尻市でのフィールドワークを計画(新型コロナウイルス感染症の影響で延期)

3)仕様書の作成ワークショップ
地域の企業の課題(塩尻ワイン、木曽漆器、ワーケーションといった3つのテーマ)に対し、テーマオーナー(シビックイノベーター)と塩尻市職員、オンラインコミュニティ「塩尻CxOラボ」メンバーが協業し、課題解決に向けた仕様書を作成(現在、長野県辰野町と埼玉県春日部市の地域課題に向けた仕様書の作成も同時進行中)

4)オンラインコミュニティ「塩尻CxOラボ」の形成、運用(会費15,000円/半年)
地域課題をオープンにし、地域課題を抱えるテーマオーナーと地域課題解決に興味のある「塩尻CxOラボ」の参加者が、特任CxOと共に仕様書についてのアイデアを出し合う

5)副業募集
5テーマ(塩尻産ワインの販路拡大、木曽漆器産業の経営課題解決、あずさ沿線地域の広域連携による関係人口構築、中山間地域の持続可能なまちづくり、実践型シティプロモーションの展開)にて、副業人材を各1〜2名募集予定(10月上旬から告知)

6)副業の実施
塩尻市のテーマオーナー(シビックイノベーター)と協業(11月からの3ヶ月間)

地域外人材(特任CxO)は、「塩尻CxOラボ」の参加者を巻き込みながらテーマオーナー(シビックイノベーター)やシビック・イノベーション拠点「スナバ」のスタッフ、商工会議所配属の地域おこし協力隊員である横山さんと協働し、地域の企業の課題の構造化とあるべき姿を設定。テーマオーナーが仕様書にまとめるまでを伴走します。

山田さん「特任CxOの7人は首都圏の社会人ですが、私たちはプロフェッショナル人材という言い方をしています。つまり、関係人口としてプロフェッショナル人材を迎えるということですね。この「MEGURUプロジェクト」を通じて、地域の企業の課題解決と、地域での副業と、オンラインのコミュニティ形成の3つに挑戦したいと考えています。」

背景にあるのは、「MICHIKARA 地方創生協働リーダーシッププログラム」

そもそも、塩尻市はなぜ関係人口である地域外人材としてプロフェッショナル人材を迎えようと考えたのでしょうか。その背景には、塩尻市の地域課題を首都圏の大手企業と連携し、プロフェッショナル社員と担当職員が協働で課題解決案を探る、「MICHIKARA 地方創生協働リーダーシッププログラム」がありました。

「MICHIKARA」の参加者は、都内でのキックオフミーティング(1日)、塩尻市での中間フィールドワーク(1日)、そして塩尻市でのMICHIKARA合宿(2泊3日)を通して、塩尻市の地域課題ごとに自治体職員を含むチームをつくり、短期間でインパクトのある協働施策を立案。そしてその内容を塩尻市長へプレゼンテーションし、「ぜひやりましょう!」と採択されれば、事業評価、予算査定を経て、来年度予算案に反映されることが大きな特徴です。

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MICHIKARA 地方創生協働リーダーシッププログラム Webサイト。「MICHIKARA」には、「地方自治体」「民間企業」「地域住民」の3つの力が合わって地方創生を実現するという意味と、「未知から」新しい未来が生まれるという2つの意味が込められている。

山田さん「2015年9月に開催された「コクリ!キャンプ」(地域、日本、世界の未来を見据えて“日本レベルのコ・クリエーション”を起こす場)で、都市部の20代~30代をどのように地域に巻き込むかという議論から始まったのが「MICHIKARA」です。2016年から年1回実施していて、これまで5期20社、109名の方々に参加いただきました。」

つまり、都市部の人に塩尻市の地域課題を知ってもらうだけでなく、自分ごととしてその課題解決に向けた施策を考えアイデアに落とすことで、関係人口として塩尻市と強いつながりが生まれるということ。地域課題解決にビジネスの手法を取り入れる、この官民協働のスキームは、「グッドデザイン賞2016」を受賞しています。

山田さん「“コラボレーション”と“コ・クリエーション”は違うんですよね。地域の課題解決には両方必要ですが、戦略的にできることにはコラボレーションがいいんです。なぜなら目的が決まっているから。どうしたら解決ができるか分からないときは、多様な人が集まって、どの方向がよさそうかをプロトタイプ、実験したほうがいいですよね。こうした、これまで積み重ねてきた「MICHIKARA」のノウハウやスキームを活用しながら、「MEGURUプロジェクト」では、塩尻市に関わりを持った関係人口であるプロ人材とのつながりをオンラインのコミュニティで強化していきたいんです。」

関わりたいときにすぐに関わることができる、readyな状態をつくる

さて、「MEGURUプロジェクト」の特任CIO(最高イノベーション責任者)に就任した大手総合電機メーカーの濱本隆太さん、CCO(最高コミュニケーション責任者)に就任した株式会社ガイアックスの千葉憲子さんは、それぞれどのような思いで「MEGURUプロジェクト」に応募したのでしょうか。

普段は新規事業を担当する濱本さんは、岡山県出身。地元愛から、ジビエの販売や伝統工芸品である備前焼のブランディングを手掛けるなど、業務以外のまちのプロジェクトにも多く関わってきたのだとか。

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濱本隆太さん/経済産業省次世代イノベーター育成プログラム「始動」国内プログラム選出。経済産業省主導の若手官民政策提言活動「ELPIS」メンバー。直近は1,000人来場のONE JAPANカンファレンス2019の全体統括を務めた。共創型実行団体ONE Xのフェローとして、課題発見→課題解決の仕組みづくりを推進中。

濱本さん「愛知県の岡崎市職員として勤務する傍ら、プライベートの時間に行う業務外の活動をする友人(晝田浩一郎さん)が、山田さんが自腹で商店街の空き店舗を借りて主宰しているプロジェクト「nanoda」に参加して自分のやりたいことを話したら、「どうせみんなやらないんだよ。お前もやらないんだろ?」って言われたから、絶対やってやるって話していて。そうこうしているうちに、ピッチイベントで山田さんとお会いしたんです。面白い人だなと思って。」

その後、塩尻市で開催された、1分で話すピッチイベント“Talk Your WlII”に登壇したり、山田さん主催のスーパーイノベーターツアー(塩尻市内のスポットを巡りながら、対話やワークショップを行う2日間)に参加するなど、塩尻へ何度も足を運ぶうちに、だんだんと愛着が湧いてきたのだそう。

濱本さん「いつの間にか、自分にとって塩尻が思い入れのある地域になっていたんです。見ているだけじゃなくて参加して塩尻でパイロット事例をつくれたら、いつかは地元の岡山でもやってみたいなと。」

横山さんいわく、濱本さんは応募第一号だったのだとか。オンラインサロンをつくり、さまざまな人を巻き込みながら進めていくことを提案したことから、オンラインコミュニティ「塩尻CxOラボ」の企画・集客・運営もされています。

濱本さん「塩尻でやりたいことはいくつか構想があるんですが、お金がしっかり回る仕組みをつくりたい。そして、塩尻の関係人口である人はもちろん、塩尻に住んでいる人も巻き込んで、関わりたいときにすぐに関わることができる、readyな状態をつくりたいと考えています。」

一方、長野県松本市出身で、すぐ隣の塩尻市は子どもの頃から縁があったと話す千葉さん。東京で就職したものの、結婚と出産を機に、働き方を考えることになったのだとか。

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株式会社ガイアックス社長室兼コミュニティディレクター 千葉憲子さん

新卒でグループ商社へ入社。 2018年 9月より、ガイアックスに転職。コミュニティディレクターとして、社内外がフリー、オープン、フラットに交わる仕組みづくりなどの仕事を行う。 「日本一(?)働き方が自由な会社」でもあり、リモートワークや複業も推奨されているため、仕事を続けながら地元長野とのゆるーい二拠点生活を実践中。人が繋がる場を作ることに興味があり、社内外で多くのコミュニティやイベントを運営。流しのスナックママ。My purpose は「人と人を繋ぎ、新しい価値を生む触媒になる」。

千葉さん「いわゆる大企業に勤めていたんですが、みんなと同じ働き方が大前提であることに疑問を感じて、現在の会社に転職したんです。仕事は好きだけど、自然が溢れる場所で子育てをしたいと、東京と松本でゆるい二拠点生活を始めました。夏は1ヶ月くらい保育園をおやすみして、実家でリモートワークをして。こういう働き方をもっと普通にできる社会になったらいいなと思っていたんですが、同級生が、塩尻市で特任CxOを募集するという山田さんのSNSの投稿を見つけて、教えてくれたんです。応募したら?って。」

塩尻市の“外の人”ではあるけれど、ほぼ地元。千葉さんは、中も外も、両方の視点を持って、7人の中では唯一の中立的な立場であることに自分の役割を感じると言います。

千葉さん「いま、地域や移住に興味のある人が増えていると思うんです。でも、そうした人たちを受け入れる準備は、まだまだ整っていないんじゃないかと感じていて。そもそも業務外でも人と人をつなぐのが好きなんですよね。人と人をつなげる触媒になりたい。だから中の人と外の人、両者の橋渡しができればと考えています。

それと、ずっと思っていたんですが、移住か移住しないかという二択しかないのはおかしいなと。私、塩尻市の仮想市民になりたいんですよね。今の法律では、住んでいない地域に住民税を払うのは難しいですが、好きな場所にお金が落とせたり、貢献できたりするしくみをつくれたらいいなと思うんです。」

「MEGURUプロジェクト」で、どう変わるか

「MEGURUプロジェクト」はまだまだ始まったばかりですが、塩尻市は、7人の特任CxOとの共創に、どのような期待をしているのでしょうか。

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横山さん「特任CxOのみなさんには期待しかないんですけど、外の視点を持っているからこそ見えることがあると思うんです。ずっと中にいると、同じ景気しか見えてなくなってしまうこともある。ただ、外の人が関わりたいときに、すっと関わることができる筋道や席のようなものは用意してあげる必要があるんじゃないかと思います。今回の「MEGURUプロジェクト」では“肩書き”ということかもしれませんが、関わってくれる人が、帰属意識を持てるような何か。」

そう話す横山さん自身も、名古屋と塩尻で二拠点生活をする、塩尻市の関係人口のひとり。昨年、パーソルキャリア株式会社と兼業する形で、塩尻市の地域おこし協力隊として塩尻商工会議所の地域人材アドバイザーに着任。今年に入って、市内の人材課題解決を主眼に置いたNPO法人MEGURUを設立しました。

山田さん「塩尻市としては、よこやん(横山暁一さん)が関係人口のロールモデルなんですよ。大手人材会社に勤めているよこやんが塩尻市の地域おこし協力隊に応募してくれて、1年ほどかけてよこやんにお願いしたい業務を制度設計したら、副業として週2日、地域おこし協力隊に着任することを会社に掛け合ってくれた。そして協力隊2年目の今、会社に籍を置いたまま塩尻市でNPO法人を立ち上げて、市内の約1800社に対して、人材獲得の支援や人手不足の解消に動いてくれているんです。」

「第五次塩尻市総合計画」において、2020年度は中期戦略第2期の最後の年で、第3期の策定を行う年。政府が副業・兼業を推進するようになり、大手企業も副業の解禁が進むいま、自治体も地域外人材との共創が必要だと山田さんは言います。

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山田さん「いま、行政のあり方が問われていると思うんです。本気で地域の課題を解決しようと思ったら、外にひらいて共に考え、共に創っていく、コ・クリエイションが可能な自治体施策をつくっていかないといけないんじゃないかと。」

『知の交流と創造』をブランド・アイデンティティとして掲げる塩尻市。公務員、ビジネスパーソンといった既存の枠を超えた発想やアクションがなければ、交流も、創造もできないということなのかもしれません。

濱本さん「僕らの世代は、個人のスキルを社会で活かしたいという欲求が強いと思うんです。やっぱり個人が貢献・共有するほど社会が動くし、その一つとしての手段が副業なんですよね。」

とはいえ、千葉さんは「“塩尻だからできる”というのはゴールじゃない」と言います。

千葉さん「最初にできるのは塩尻だからかもしれないけど、しくみが伝搬して、次々とそれぞれの自治体で変化が起きたらいいなと。そんなふうに、他の特任CxOのみなさんと少し先まで見据えた挑戦ができたらいいなと思います。」

最後に、関係人口でもある特任CxOのみなさんへの思いを聞いたところ、じつはこれまでに失敗もしてきている、と山田さんが話してくれました。地域おこし協力隊の起用では、任期の途中でリタイアしてしまった人もいるし、何かしらの可能性を感じて塩尻に来てくれたのに、卒業して塩尻に残ってくれなかったこともある、と。

山田さん「日本全体を見れば、地域おこし協力隊は約25%の人が途中でリタイアしてしまうし、半数以上の人は地域に残らない。そこから、移住しない選択のほうがマジョリティなんだって見えてきたんです。好きなまちで自分らしく暮らすことはお手伝いしたいけど、それが塩尻市じゃなくてもいいと思えるようになってきたんですよ。

だから、関係人口でもある地域外人材が塩尻市に移住しなくてもいいんです。塩尻市の中小企業に副業で関わってもらって、その企業が何かしらの成長を遂げたら、雇用が増えるはずですから。こんなに塩尻に関わるなら、住民票をうつしちゃったほうが楽だって言われるくらいの共創を、塩尻市から増やしていきたいですね。」

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2020年9月半ばには仕様書が完成し、10月からは、あらたな副業人材の募集が始まる「MEGURUプロジェクト」(募集はこちら)。

既に、塩尻市と並走したいと手を挙げた長野県辰野町、埼玉県春日部市、鳥取県でも連繫が始まっています。地域のみなさんは、この機会に副業の地域外人材の起用や、オンラインでの関係人口プラットフォームづくりを考えてみてはいかがでしょうか?

 

文 増村 江利子
写真 たつみ かずき