お金で買えないしあわせがあふれるまちへ。ひと・まち・地球にうれしい体験を通じて地域とつながるアプリ「まちのコイン」

お金で買えないしあわせがあふれるまちへ。ひと・まち・地球にうれしい体験を通じて地域とつながるアプリ「まちのコイン」

2020年にスタートした「まちのコイン」は、円を使わないコミュニティ通貨アプリ。地域の店舗や施設の個性あふれる「体験」を循環させ、地元のよさを再確認していく。そうした新たな視点に基づいた仕組みは実証実験の段階から高い評価を受け、2021年には12の地域で採用されるようになりました。

そんな「まちのコイン」について、運営担当であるカヤックのちいき資本主義事業部ディレクター來島政史さんに、アプリの内容や神奈川県鎌倉市における展開について伺いました。

_KTN3578來島政史プロフィール:1983年横須賀生まれ逗子育ち。2007年面白法人カヤック入社。広告クライアントワーク、ゲーム事業部を経て、現在はちいき資本主義事業部でコミュニティ通貨「まちのコイン」の運用に携わり、鎌倉地域を担当する。地元の逗子では20代の頃からローカルイベントの企画運営に携わり、2019年からは逗子・葉山・鎌倉のローカルメディア「ズシレコ」編集長として隔週水曜のPodcast配信を続けている。(Photo by ©Katsumi Hirabayashi)

うれしい体験を通じて地域とつながるアプリ

逗子出身で、カヤック本社が鎌倉に戻る以前から鎌倉や逗子、葉山などで地域イベントを多数運営してきた來島さん。カヤック社員の中でも人一倍、地元愛があるディレクターが担当する「まちのコイン」とは、いったいどんなものなのでしょうか。

運営・スポット・ユーザー相関図

來島「一言で説明すると、お金では買えない“うれしい”体験のできる通貨アプリです。地域通貨とは異なり原資が必要なく、アプリ内の通貨なので紙で発行された地域通貨よりも導入や運営コストも安価です。また、期限切れのコインは回収されるという利用を促す仕組みがあるのが特徴ですね。導入地域ごとに、運営団体・加盟スポット(地域のお店や企業、団体、プロジェクト)・ユーザーの3者間でコインが循環し続ける仕組みになっています。」

1万円の商品券を買うことで13,000円分使えるというプレミアム商品券のように、一般的な地域通貨は法定通貨(いわゆる円)が介在しますが、「まちのコイン」はそうした貨幣価値とは異なる世界にあるわけです。アプリをダウンロードするだけなので、提供する側は印刷費など導入コストへの不安もなく、ユーザーもすぐ使い始めることができます。ちなみにコインの有効期限は導入エリアによって異なりますが最大180日としています(鎌倉エリアは80日)。期限があることで利用を促すのが狙いで、もし回収されたとしても金銭的な損にはなりません。

体験リスト

來島「例えば、お店のお手伝いをしてコインをもらって、そのコインを使って別のお店で常連さん限定の裏メニューを選んでみる。そんなちょっとうれしい体験を通じて、地元の知らなかったお店に行きやすくなったり、顔なじみや知り合いが増えたりすることで、自分の住む地域の価値を実感してもらいたいという思いがあります。」

体験リストを見てみると、飲食店の「店の窓拭きをしてくれたら○○クルッポ(通貨名。円のような単位)あげます」やNPO団体の「ワークショップに○○クルッポで参加しよう」、ほかにも「不要な本を持ってきてください/○○クルッポでお好きな本をどうぞ」など、いろいろなスポットの体験が並んでいます。確かに、昔の町内会の掲示板で見かけたお誘いや「売ります買います」のように、ごく気軽なものが多い印象です。

cap福岡県八女市では醤油の蔵元の「若旦那と1時間お話しするチケット」、神奈川県小田原市ではコーヒー店の「小田原のまちの歴史を語ります!」などつながりづくりに特化した体験も。

來島「“つながりづくり”に使えるのも大きな特徴です。お店のスタッフの特技を披露してもらえる体験など、グルメ系情報サイトには載らないような体験もメニューとして扱えるのでお店の個性をより伝えやすくなります。円が介在しないので、実験的なこともやりやすいと思うんですよね。現状あるものも、お客さんとお店の方がつながる、コミュニケーションのきっかけになる体験が多いです。他にない“プレミアムな体験”ができるのも特徴ですが、そのためにお店側が一方的に損をすることがないような仕組みづくりには特に注意しています。」

コインから日本円への換金はできないため、コインだけでランチを毎回食べられる形だと店舗が損をする結果になるからだそう。たとえばコインでは「裏メニューを見る」という体験をして、食べる時は円で支払う。コインと円を併用することで実際の売上にも繋がるのです。そのため、スポットには円で提供していない、または円の提供につながるメニューを考えてほしいとお願いしています。こうした仕組みを聞くと、体験を通じて私たちが持つ既存のものの価値や捉え方、意識を変えてくれるのではないか、という気がしてきます。

來島「貯めたコインの多くは、自分がスポットや人とつながって得たものです。ほしいと思ったものをもらうまで、行動のすべてに人が介在していると肌でわかっているからこそ、お金を使う時とは少し違う感覚になれるんじゃないでしょうか。加盟スポットさんもユーザーさんも何らかの地域貢献をしたいと思っていた方が想像以上に多く、楽しんで利用してくださっています。」

地域それぞれの特徴がある「まちのコイン」

実証実験時の写真siblings01実証実験時の写真

「まちのコイン」は2019年11月に鎌倉エリアで実証実験が行われましたが、約30のスポットと約700人のユーザーが参加。1カ月の短期間にも関わらず大きな盛り上がりとなりました。2021年8月時点で、「まちのコイン」は12カ所の地域に導入されています(※導入終了地域、実証実験地域含む)。通貨名と地域におけるコンセプト、スローガンは導入した運営団体がそれぞれ決めています。今年1月に本導入が始まった鎌倉であれば、運営団体は、鎌倉市と今回お話を伺っているカヤック。スローガンは「いいつながりから いい国つくろう」、すでに出てきている通貨名「クルッポ」は鶴岡八幡宮のお使いである鳩の鳴き声が元になっています。

來島「鎌倉という地域は、まず古都であること。そして、鎌倉野菜の産地として昔からおいしい飲食店が多く、食に関する関心が強いです。海や山に囲まれた地域柄、健康的な暮らしを意識される人も多いので、フードロス削減やビーチクリーンへの意識が高いんですよね。実証実験の段階から、スポットさんや体験内容もそうした傾向が強くありました。鎌倉では神奈川県の『つながりポイント』事業として採択いただいているのですが、古くからの鎌倉の地域性とアプリの世界感が合致しており、県の方針にも沿っていたことが大きかったようです。」

この『つながりポイント事業』とは、SDGsを住民に身近に感じてもらおうと、神奈川県が独自に行っている施策です。そのため鎌倉での体験にはすべてSDGsの目標ラベルが表示されており、県下の導入地域である小田原や厚木、日吉もこの点は同様です。ちなみに、たまプラーザや東京都豊島区の大塚など、地元デベロッパーや不動産会社のような民間企業が導入している地域もあり、そちらではまちや地域の魅力アップをめざすツールという位置づけです。

あなたのSDGs

來島「導入地域全体で見るとすべての地域もSDGsメインというわけではないのですが、アプリを使っているうちに何かしらの形でSDGsを意識できる仕様になっています。そもそもSDGsの目標には『住み続けられるまちづくりを』や『働きがいも経済成長も』など、地域活動やまちづくりと密接に関わっているものもありますしね。」

アプリに埋め込むコンテンツづくり、つまり地域のテーマやコンセプト立て、協力団体や体験スポット、ユーザーの獲得活動は、導入した運営団体の活動が鍵になります。カヤック側はアプリ導入と運営のFAQ的なサービスは提供するものの、基本は現地のみなさんにおまかせ。だからこそ、アプリの世界観やコインの仕組みは同じでも、SDGs重視やまちづくり重視といった各地域のカラーが出てくるのです。

導入エリア小田原の「おだちん」、福岡県八女市の「ロマン」など、通貨名には一度聞いたら忘れられない楽しい名前がついている。

來島「地域の運営団体が決めた目的や目標にその後どう取り組んでいくかが重要なので、どういう場所にスポットになってほしいかは独自に考えてもらっています。もちろんこうした活動に慣れていない地域からはご相談を受けることもあります。ただ、地域活動をされている方やNPOさん、コミュニティやお店は必ずあるでしょうし、地域が違っても人の特性や心理的な部分はそんなに変わらないですよね。なので、アプローチ方法や各地域の成功事例などをお伝えし、取っ掛かりとして参考にしてもらっています。」

活動が地元中心のため行き詰まる可能性もあります。そのため、最近では担当者が誰かに質問や相談をできる「まちのコインSlack」を開設。さらにZoom配信での「全地域ミートアップ」を定期的に実施し、各地域の担当者間の交流も深めつつ情報共有ができる仕組みを整えているのだそうです。

來島「「まちのコイン」は、地域でさまざまな活動をされている方を目に見える形でつなぐ、地域メディアの側面もあると個人的には思っています。これまで、お店の取り組みを伝えたいと思ったら地域メディアに取材して発信してもらったり、お店のSNSで発信したりするのが一般的でしたが、そうした情報を一括して見られるポータルサイト的な機能があるなと。その地域での「まちのコイン」の価値観に沿った体験やスポットが一覧できるって実はすごく有効なことなんです。」

そして最も大切なのが「体験」づくり。興味を惹く人や内容でなければ、ユーザーも使おうという気持ちにはなってくれません。その地域にはどんな人がいてスポットがあり、どんなことができそうか。それを形にすることは、関わる人たちがどれだけその地域を知り、愛しているかにかかっているのです。

コロナ禍でも周りの人を幸せにする『まちのもったいないマーケット』

さて、2020年に始まった新型コロナウイルス感染問題の影響は、「まちのコイン」の導入地域も例外ではありません。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が出た地域の飲食店では、営業時間短縮で体験を提供する余力がないとお休みされているスポットもあります。鎌倉の場合も、飲食店の集まるエリアの運用をどう支えるかが課題にもなっています。

まちのもったいないマーケット図

來島「そんなコロナ禍の中で生まれたのが『まちのもったいないマーケット』です。以前、農家さんの『規格外の青首大根をあげます』体験が別のお店の『青首大根でつくったピクルスをあげます』体験へとつながったことがありました。その経験から、まちの中で捨てられてしまう可能性がある食材や商品をみんなでレスキューしようという流れが起こり、結果的にマーケットになりました。」

7月に始まったばかりのこの取り組みは、現時点ではカヤック、野菜を仕入れているスポットのお店と農家さんが連携して進めています。お店から野菜などの情報提供と引取依頼がLINEで届くと、社員や協力団体が引き取りに向かい、カヤックの「まちの社員食堂」やオープンスペースの一角でほしい人に分配する仕組みです。

來島「大変なのは運搬です。廃棄直前の野菜をレスキューしようという体験は各地域にありますが、どこも運搬が一番の問題になるんです。畑に捨てるには忍びないたくさんキャベツが積んであるけど、捨てるものをわざわざお店まで運ぶのは大変。そういう農家さんの都合もありますからね。」

そのためスポット参加しているボランティアの学生団体など、外部の方が運搬をお手伝いしてくれた場合にお礼としてコインを渡しています。そしてもちろん、野菜などを提供してくれたスポットのお店にも、売り上げ分のコインをお渡ししています。

取引のある飲食店さんであれば、運搬はもちろん加工をして商品として自由に置いてもらうこともできます。ただ、実験はまだ始まったばかり。将来的には外部の方や学生団体の方を中心に運営してもらえるようにしたいと試行錯誤を重ねています。すでに、撮影に利用し販売はできないため分けているという花屋さんのブーケは、かなり人気を得ているのだとか。そうした事例も産まれているだけに、完成すれば、コインを介すことで顔の見える範囲での助け合いができることはもちろん、「もったいない」から生まれる自由なアイデアが存分に活かされる場にもなりそうです。

一方で、イベントやお祭りなど、飲食店とは別の形で影響を受けたものもありました。來島さん自身も、この2年は人が集まる地域のイベントごとはほぼできない状態だったと語ります。地元の盛り上げ役としては、いろいろ考えることも多かったに違いありません。

來島「それだけに、地域の活動団体の方々の気持ちがよくわかるんですよね。夏に向けたビーチクリーン活動のように、今年はコロナ禍でも何かを行いたいと考えている方が多い気がします。この2年はオンラインでのイベント配信などが中心でしたが、「まちのコイン」での体験をツアーのようなスタンプラリーにしたりすれば新たなイベントのフォーマットをつくれたりするのでは、といろいろなことを考えたりしています。」

まちのコイン 鎌倉 「まちのマーケットvol.1」 2021年3月28日

非常事態宣言などが一時期落ち着いた3月と6月には、鎌倉の加盟スポットが一同に介する「まちのマーケット」も開催。「まちのコイン」が使え、もらう・あげることの他にワークショップやライブ、縁日のような遊びができるマルシェ形式のイベントです。

來島「スポットは鎌倉に点在していてお互いに交流する場はなかっただけに、お店の方には貴重な場になったと思います。実は地元のミュージシャンの方にもスポットになってもらっていて、作曲ワークショップ体験からできた曲をライブで披露していただきました。来て下さったユーザーさんにもかなり楽しんでいただけたようでよかったです。」

人の尊厳を取り戻す、難民センターとの提携

鎌倉のまちのコインではもう一つ、「アルペなんみんセンター」との提携という独自の取り組みがあります。難民は紛争や戦争、宗教問題などで祖国を追われた方が大半ですが、日本では難民認定が通るまでの数年間は働くことができず、公的な支援を受けることも難しい状況にあります。そうした人々への定住支援を行っているNPO法人が本センターであり、保護されている方々の自立支援の一環として体験が提供されているのです。

來島「以前からミャンマーの食材を使った料理会を企画されており、地域と繋がりが深いゲストハウス亀時間さんを通じて知ったんです。体験を提供いただくことで難民の方々が鎌倉にいることや施設の活動を知ってもらうきっかけになります。こうした難民保護施設は日本でも珍しいとのことですし、非常に重要な事例だと思います。」

アルペなんみんセンター体験一覧

こちらの体験では、「手相を見ます」「ミャンマー料理をつくりましょう」「お茶の入れ方を教えます」など、その人らしさが感じられる内容が並んでいます。スタッフさん曰く、この取り組みが始まってからは難民の方々も、自分に会いに来てくれる人がいること、必要としてくれているのだという実感が生まれ、表情も明るくなったとのこと。「今日来てくれる人はいる?」と楽しみにするなど元気を取り戻してくれたとのお話もあったそうです。

來島「僕もすごく考えさせられました。SDGsには17の目標がありますが、日本で暮らしていると日常的に意識できる目標は限られる気がするんです。例えば「つくる責任 つかう責任」はフードロス削減、「海の豊かさを守ろう」とビーチクリーンなどとリンクできるのでわかりやすいですが、「人や国の不平等をなくそう」や「飢餓をゼロに」などはニュースで知ることが多いですし、自分ごとにしにくい面もあります。アルペなんみんセンターさんとの取り組みは、そういう意識を改めて変えていける最初の事例だと感じています。」

今後は、可能であれば鎌倉の児童養護施設に支援活動を行う、ファブラボ鎌倉のような加盟スポットと協力した体験づくりの提案も考えています。

來島「鎌倉市内でも、こうした社会福祉に関わる取り組みを知る方はまだまだ少ないです。体験を提供することで各スポットさんのさまざまな取り組みが可視化されることは、社会としていい方向に繋がるのではないかなと。これまで意識しにくかった目標も身近に感じられる場になる気がするんですよね。」

社会における課題解決にも繋がる「まちのもったいないマーケット」のような助け合い精神が一つになれば、新しい時代の相互扶助の仕組みもつくることができそうです。主婦としての技術を別の必要な人に活かす体験などもそうかもしれません。

來島「家事などはよく言われますが、表に出にくい活動こそ体験とコインによって価値を実感できると思います。大きな言葉で言うと『人の尊厳を取り戻す』活動に繋がるのではと。単なる飲食店で特別な体験ができるという段階に留まらず、日本でのSDGs活動に力を発揮できるツールにしていけたらいいですね。」

関係人口づくりに取り組む「まちのコイン」のこれから

関係人口づくり

「まちのコイン」は、実は地域外の人も使うことができます。地域外の人にとっては「看板猫をもふもふできます」のようにご近所さんや常連さんにしかできないような濃い体験ができるツールという位置づけ。観光雑誌には載っていない体験ばかりなので、きっと一般的な観光地巡りから一歩踏み込んだものになるでしょう。

逆に、地域やスポット側からすれば、体験が入口となりお店との繋がりも生まれやすくなるため、一般的な観光客に終わらない“遠くの常連さん”づくりにも繋がります。いわば、関係人口づくりをめざす地域の人たちへの強力なツールの一つになるのです。しかも今後、関係人口づくりにおいてより強力な仕組みを実装する予定があるといいます。

來島「現状のコインは地域ごとに通貨が異なり、地域間でのやり取りができないんですが、地域を超えて使えるような機能を検討しているところです。鎌倉で貯めたクルッポを他の導入地域の通貨と交換できたり、何かの基準が高いとレートが高くなる仕組みなどを実装できればと進めています。そうなれば、旅行でも観光では終わらない現地独特の経験もできるし楽しそうですよね。アプリとしても、かなり大きな変化が起きると思います。」

将来的には「まちのコイン」のようなサービスがどんどん増えれば、日本の在り方も変わっていくだろうと來島さんは語ります。

來島「『まちのコイン』は地域を繋ぐ力があると思っていて。地域は広いどこかでいろんな人がいろんな活動をしているので、意外と一枚岩にはなりにくいんですよね。でも、導入された地域だとコインがコミュニティのバイブル的存在になっているというか、ユーザーであることが近い価値観を示してくれて、すぐに理解できる関係性になっています。なので、これから一枚岩になってがんばっていきたい、という地域の方にはきっかけとしておすすめしたいです。」

体験を通じて地域を再発見し、人を認め合うきっかけになってほしいという深い思いが込められた「まちのコイン」。今後は、その土地にあった形で、地域や住む人たちの魅力を外の人々に伝えてファンをつくることもできるようになっていくはずです。ご興味のある方はぜひこのページをご覧になってみてくださいね。

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文 木村早苗

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