2020年から始まったカヤック主催のオンライン移住イベント「みんなの移住フェス」。2回目となる今回は、5月29日のライブ動画配信と、同日から6月4日までのオンライン相談という2本立てで開催されました。用意されたコンテンツは、これまでのような移住検討層はもちろん最近地域に興味を持ち始めた層まで、幅広く参考となるものに。コロナ禍以降に発生した人の流れや趣向も活かした、新しいステップへと進んだイベントとなりました。
そこで今回は、コンテンツの企画制作を担当した中村圭二郎、地域窓口の宮部誠二郎、Webディレクターの古川英実理、CSとイベント実況担当の軍司奈水、4人の運営メンバーにフェスを振り返る対談を行ってもらいました。
移住検討者は、思っているより少ない
2020年にカヤックが始めた移住フェスは、全国から多くの自治体が参加するオンラインイベントです。まったくの初心者でも、質問に答えるだけでオススメの地域がわかる「転生したら村人だった」診断を始め、ライブ動画視聴や自治体担当者と直接話せる個別相談会、ライフプランシートコーナー、なんでも相談コーナーと興味の赴くままに参加できる仕組みです。
また、5月29日のライブ動画配信では、佐々木俊尚さんと深井龍之介さんによる「歴史から学ぶマイ・ローカルのみつけ方」や、ライフプランシートの活用方法を実際に紹介する「ライフプランワークショップ」などの特別企画もあり、移住に向け具体的な行動を始めている方はもちろん、最近興味を持ち始めた方にも役立つ情報が並びました。
中村:実は今回、企画の前提を「移住検討者は思っているより少ない」という「みんなでつくる移住白書2020」のデータに置いたんです。ターゲットを“移住したい人”にすると図の緑の層にしか届かないので、母数を広げるためにも、淡い緑〜中間の緑の層へ興味を持ってもらう意識をまず持ちました。
移住白書の移住検討者の項目より。グレー寄りの緑層(「興味関心があり地域について調べている」、「興味関心はあるがまだ何もしていない」)に着目。
中村さん作成資料より。顕在層が円グラフの濃い緑、潜在層が薄い緑に当たる。
コンテンツを考える前に、ターゲットの前提条件も改めて整理しました。まず顕在層の後押しだと求人や住まいなど自分とマッチする条件に出会うための情報が必要ですが、新規性を考えると、地域に関わるきっかけを提供する内容が多いほうがいいのではと。そこで「価値観との出会いが移住を後押しする」という仮説を立てました。移住を前提としない地域の余白を見える化できれば、移住にまだピンときていない人も参加してもらえそうですよね。ここで地域の面白い人々と出会った後SMOUTに流れたり、新たなコミュニケーションに繋がったりするといいだろうなと。
コンテンツ的には、昨年は移住の条件面の発信や自分にどの地域が合うかを考えようという提案でしたが、今年は価値観との出会いから地域を決める内容であることが大きな違いです。
宮部:地域の方にもこの「価値観との出会い」というコンセプトと、3月にSMOUTで取ったテレワーク関連のアンケート結果を元にお声がけしました。この一年で移住や地域での暮らし、ライフスタイルを変えたいと考える人が急増した一方で、どんなアクションを取ればいいかわからない人が増えている。そんな人々の背中を押してあげられる「好きなテーマから地域を見つける」仕組みをフックにしたんです。同じ課題をお持ちの自治体さんも多く、面白がってくださる地域が多かったです。
中村:自治体さんには、ユーザー申し込みの仕掛けとなる動画制作もお願いました。これは元々、僕が「Zoomのルームに入るのはハードルが高い」と思ったのがきっかけです。最近はオンラインを活用する自治体が増えてZoomでの交流会も多いけれど、知らない所に入るのは敷居があると思うんですよ。そこで、先に動画でどんな人が地域で自分を選んでくれるのか、地域で活動しているのかを見ていれば知り合ったつもりにもなれるし、この人がいるならと思えるからハードルも下がるはずだと思ったんですよね。
宮部:実際、この1年でオンラインでのイベントや個別相談に挑戦したものの、空振りしてトラウマになってしまった自治体さんもいるようです。その原因として、予約相談へのリンクだけ貼ってあとは待つ地域側のスタイルに加えて、参加者側もいきなりオンライン個別相談することへの心理的ハードルがあると考え、申し込みページにも親近感を持ってもらえる形にしたかったんです。
中村:でも、「地域の人と出会える動画」の意図を伝えるのが実際はすごく難しくて。クオリティの高い物を出さなければという先方の思いとの間にズレが出たりしたよね。
宮部:そうですね、プロが制作した既存のPR動画を提出されるところもありましたし。古川さんは動画をたくさん見ていたと思うけど、どうでした?
古川:私は山口県や山口県宇部市の動画が好きでしたね。宇部市の移住者や相談者のゆるい雰囲気がすごくよくて。実際に宇部市は個別相談の予約も複数件入りましたし、他と比較しても地域のイメージが掴みやすかったんだと思います。事前に見ていた動画が面白いという要素と、SMOUTで今ちょうど何かしらの面白そうな募集プロジェクトがあるという両方が揃った自治体さんほど予約が入っていた印象がありますね。
山口県 PR動画
山口県宇部市 PR動画
軍司:どの自治体もコロナ対応にリソースを割いている影響で、プロジェクトをつくる時間が取れなかった地域も多かったでしょうけどね。
ふわっとした層に対して、何ができるのか?
今回のターゲットで考えると、移住のざっくりした質問も受けてもらえる「なんでも質問センター」の存在が大きかったようです。
軍司:「なんでも質問センター」にはCSチームの加藤(朝彦)さんを含めて2名が常駐し、一人ひとりに詳しくご案内していました。今回初めてLINEにもフェス全体受付を置き、10人くらいの予約や配信のご案内をさしあげました。こういう仕事ができる地域はあるかという具体的な人もいれば、行きたい地域もやりたいことも曖昧だけど嫌な条件だけある人もいましたね。
あと、飲食と物販の併設店舗をひらきたい、できれば暖かい地域がいいという相談者さんに、創業支援や特産品開発に力を入れている東北エリアのある自治体をご紹介をしたところ、すごく乗り気になられたと。気候よりも、どんな取り組みをしている地域かが重要だったのでは、という発見をしました。これこそ「出会い」ですよね。
中村:こういう全国的なイベントって地域ごとにブースがあるのが一般的だけど、考えてみれば提供側の都合ですもんね。
価値観と紐付けるテーマ。興味のあるものを選ぶと、自治体ごとにどんな取り組みをしているかが表示されるようになっている。
そういえば、今の話で思い出したことがあって。先ほど価値観の話をしましたが、言葉がちょっと難しいでしょう。なので、打ち出す時に価値観とひも付きそうな8つのテーマを出したんです。その上で自治体さんに関連しそうな取り組みを提案してもらいました。「もったいない」であれば、宮城気仙沼市なら「×漁師まちの廃漁網」、沖縄県伊江村なら「×口コミネットワーク」という感じです。テーマと掛け算させれば価値観に繋がりやすくなるのではないかと。そして、その価値観をゆるっと層に見つけてもらうために、古川さんに診断コンテンツをつくってもらったわけなんです。
古川:そうですね。20〜30代を“ふわっと層”として考え、彼らが反応してくれそうな内容でつくりました。キービジュアルも明るく派手目に、お祭り感や楽しさを感じさせる方向性にしましたね。
軍司:いにしえのカヤックっぽい面白さというか、個性が出ていましたね。
古川:そうかもしれません。「転生したら村人だった」診断は、気軽にやりたくなる感じがポイントです。ゲームっぽく面白いストーリーと手軽さを重視したので質問は3つほどですが、最終的に8つのテーマのどれかにきちんと分類されるつくりになっています。また、自分では検索しないような地域が表示されるのも面白さの一つです。
中村:絶妙なラインを攻めてくれたなと。ちなみに、カヤック主催だからこそターゲットをふわっと層にできたと思うんです。通常、自治体さんは移住の可能性が高い人を求められるだけに、ふわっと層向けのコンテンツが意外と少なくて。移住促進や地域の課題解決など重めのコンテンツを出される自治体さんと、ふわっと層のギャップを埋めるのは結構難しいと思っていたので助かりました。入口のこの診断が、ゆるい気持ちで入った人も驚かせない、いいステップになっていたと思います。
古川:ふわっと層には、移住に興味はあるけど何をしたらいいかわからない人が多そう、と事前アンケートからつかんでいました。なので、その人たちに移住をイメージさせるにはどんな情報が必要かはよく考えました。ライフプランワークショップのようにライフプランを具体的に立てるコンテンツを入れたり、入口は緩めでも計画を立てることで実際に検討できると感じられる構成というか。またライブ配信の内容もテーマに紐づけているので、興味のある配信を見てもらうことで近い自治体が見つかるようにしました。
実際の成果としても、「どうしていいかわからなかったけど具体的なイメージが持てた」というアンケート回答がいくつかあったので、移住検討の初心者向けとしてちょうどよかったかなと思っています。
宮部:古川さんの視点がすごく活かされていました。僕や中村さんはオンラインイベントに関わって長い分、移住検討の初心者の目線を保ちにくくなっている感が少しあるんです。でもそこを参加者目線でうまく設定してくれていたと思います。
軍司:ただ、間口が広がった分、何もかも決まっていない人も増えました。だからこそ、何かの軸がご自身にないと、呼ぶ方も行く方も困るという現実が見えてきたというか。場所は決まってないけどこんな仕事がしたい、こんな価値観を大事にしている、など私たちの一押しで何かが見えた人だと先に進めるけど、何もない人には地域と関わる話以前のステップがいくつか必要かもしれません。SMOUTのターゲットもこちらが一押しするとやりたいことや生き方が見える段階の人なんだな、と再確認できた気がします。
中村:確かに振り返りのいい機会でした。SMOUT(スマウト)という名前も、移住ってどうやってするのかな、誰かに呼んでもらえたら行くんじゃないか、という仮説からつけたことを思い出したし、活動する中でその仮説が正しかったと確信できた。実際に、他のサイトでは増えなかった移住者がSMOUTに載せたら増えたと仰る地域ユーザーは増えてきたし、移住するつもりがなかったのに人との出会いが元で移住された方もいる。僕らの仮説は正解だったと言えるような事例があることが僕らの強みなんだと実感したんです。
そして、自分のやりたいことが定まっていない人は、誰と会ってもどんな条件を挙げても彼らの背中を押すことは難しいということを改めて認識しました。この診断のように、自分のやりたいことが整理できるサービスを追加できたら、価値観に気づいて、人と出会って、地域に出会う流れをつくり出せるんじゃないか。そんなイメージもできました。
宮部:実は僕も同じようなことを考えましたね。今回、初めて一般参加者からライブ中に直接質問してもらうコンテンツをつくったんです。オンラインでの個別相談はハードルが高いものですけど、同じく移住を考えている人の素朴な疑問をシェアしつつ地域の人が答えてくれることで、それなら相談してみようという勇気を与えたり、そう思う人を増やせるんじゃないかなと。
そこで僕の担当回に、やりたいことが見えていない人と趣味のカメラで役に立てることはないかという人、真逆の2人が参加してくださったんです。カメラの方には具体的な助言も多くトントンと発展しそうでしたが、やりたいことが見えていない人にはまずそこを見つけることからですねと助言されていて。進み方に明確な違いが見えて興味深かったです。この例もそうですが、今回はライブ配信でも一般の参加者目線のものが多く、見る側が同じ目線に立てて楽しめたのではと思います。
軍司:就活や婚活と同じですね。理想がはっきりしていない人は誰と出会っても難しいというか。あと、配信で話してくれた人は特に人柄がよく出ていた気がします。見ている人はその辺も面白かったのでは。
中村:実は、今回は登壇者の選び方も変えたんです。こういう移住イベントの相談先の人って、地域でちょっと目立つキラキラした先輩移住者の場合が多いでしょう。でもそういう人たちは本業も忙しいから、10人から相談が来たらパンクしちゃう。なので、100人から相談が来ても喜べる人を目立たせた方がいいと考えて、事前動画では行政職員さん中心に喋ってもらったんです。奥ゆかしい方が多いので、自分が出るのはちょっと……と仰る方が多かったですが、本来は相談を受けてしっかり捌ける人が目立つべきなんです。最近は「先輩移住者じゃなくて行政職員自らが目立ちましょうよ」とお誘いしています。移住者が増えている地域って、メディア化している行政職員さんがいることも多いですしね。
今回のライブ配信コンテンツ。ふわっと層の思いを形にする、真面目さと面白さのバランスを考えた内容。
古川:反応が大きかったコンテンツは、歴史から学ぶ、ライフプランワークショップ、ファミリー移住など。でも、全体的に楽しんでいただけたようです。個別相談はしていないけど参加予約をしてくださった方たちには、テレワーク相談が人気でした。
軍司:どれも面白かったけど、ライフプランワークショップはすごくよかったと思います。カヤック社員と一般参加者からお一人がシートを実際に書いてくれたのですが、ふわっと層にもすごく参考になったんじゃないでしょうか。
古川:なんでも質問センターに来てくれた人のうち半数がシートを書いてくれて、思いを具体化してから質問に来てくださったんです。スマホからのライフプランフォームも約50名に書いていただきました。
中村:このシート、診断コンテンツとも連動したらよさそうだよね。
軍司:確かに!今はモヤモヤしていてもやる気がある人たちだから、今回シートを書いたことで少しは整理されて一歩進めたのでは。視聴者数も高かった内容だし、みなさんにも本当にやってみてほしいですね。例えば、SMOUTに参加したらこのシートを書いてもらって、SMOUTを活用する中でだんだん完成させるとかにしてもいいですよね。
宮部:プロフィールページと連動してもいいでしょうしね。
ちなみに今回のイベントサイトへの流入数は、5月14日のオープンから6月4日までで3万3千。参加地域数は61で、個別相談数は受付期間の5月29日から6月4日までで約150件でした。個別相談数の1位は神奈川県小田原市です。また小田原市は、過去のSMOUTのプロジェクトで「興味あり」を押してくれたユーザープールから予約が結構入ったとのことでした。SMOUTに過去のプロジェクトがたくさんあってユーザーが溜まっている自治体ほど、こういうイベントでの予約に繋がることがわかりました。そのほかですと、宮崎県宮崎市、山口県萩市、山口県、兵庫県豊岡市、高知県、長野県も個別相談数が多かったですね。個別相談がなくても、フェス期間中にSMOUTのメッセージでやり取りされていた自治体もあるようです。動画は、1分以上再生した人の数が合計で1,000人以上になりました。
ゆるやかな関係性をつくり出すために
中村さんが制作した移住・関係人口トレンドワード図。数年の間にたくさんのキーワードが生まれているのがわかる。
中村:以前、移住や地方創生関連のトレンドワードを探していて、時代が新しくなるにつれて緩やかな関係性を指す言葉が出てきていると気づきました。佐々木さんと深井さんのトークでも「移住じゃなくて移動」の話が出ましたけど、地方自治体の行うイベントだと必ず永住を連想させる「移住」の冠がつく。都市部の人はゆるい関わりを求めているのに、地方は移住重視。SMOUTでさえ移住という単語を使っているわけで、このズレやギャップをどう調整するかが今後の課題だと感じました。
軍司:本当に動きたい人にとって行き先はどこでもいい。そのことをライブ配信や相談に来た人たちから実感しました。やりたいことと望む生き方が最も大事で、そういう人たちに地域側がどう接すればいいのか、それを私たちがどうサポートすべきかという今後の課題が見つかった気がします。日本の地域って長所が似ていて差別化も難しいのですが、逆に色々やりようがあるんじゃないかと思いましたね。
古川:サポートの仕方を変えたら移住してくれそうな人もいるでしょうし、する人は本当にしそうですもんね。
宮部:自治体さんからは、協力隊の応募に繋がった、オンライン移住相談を受けた方がほぼ次の段階に進んでいる、といった嬉しい感想がいただけました。改めてSMOUTのユーザーさんって移住に対する考えが深いんだなあ、と手前味噌ながら感じさせてもらえたフェスでした。
コロナの影響もあってか、人々の移住への認識は人生のリセットではなく“地域への引越し”へと変化しつつある。これまでの仕事に新しい価値観を組み合わせ、新たな地域へと入り込もうとする層が増えていることの現れかもしれません。「移住フェス2021」は、そんな軽やかな動き方の萌芽も感じさせる一日でした。今後も移住フェス関連の情報発信は定期的に行われますので、ぜひチェックしてみてくださいね。
文 木村早苗