2日間のオンラインイベントで参加者8,000超。長野県「信州で暮らす、働くオンラインフェア」

2日間のオンラインイベントで参加者8,000超。長野県「信州で暮らす、働くオンラインフェア」

1月30日、31日、長野県初のオンライン大規模イベント「信州で暮らす、働くオンラインフェア」が行われました。長野県の“今”や移住体験談を伝えるライブ配信や長野県内27自治体・11団体の出展者と参加者が交流できるチャットルームなどさまざまなコンテンツが実施されました。コンテンツのひとつである個別移住相談には2日間で200件以上の相談が寄せられるなど、前例のないほどの盛況となりました。本イベントがどのような考えで実施されたのか。企画の裏話を、長野県と協業した株式会社カヤック名取良樹に話を聞きました。

変化した地域への注目度とオンラインイベント

さまざまな「移住したい県」ランキングでつねに上位に入る長野県。大都市圏からの交通の便のよさや暮らしやすさ、まち・里山・二地域居住といった幅広いライフスタイルが実現できる場所として注目されています。SMOUTへのプロジェクト掲載数も多く、興味を持っている方も多いのではないでしょうか。

2020年は新型コロナウイルス感染症拡大により、従来のような移住相談会や現地体験会は中止を余儀なくされ、毎年7月に開催していた長野県が主催する最大の移住イベント「信州で暮らす、働くフェア」も対面開催を断念。長野県は当フェアのオンライン化を検討しました。しかし、県はこれまでの経験で、参加者との接点が予想以上に取れなかったとのこと。オンラインイベントはアクセスしやすいものの、実際に自治体と話す、個別相談するにはハードルがあると感じていたそうです。

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そんな背景もあり、「信州で暮らす、働くオンラインフェア」(以下、信州オンラインフェア)の企画にあたり、長野県の要望は、20〜40代の子育て世代や夫婦を中心に、長野県への移住希望者や興味関心を持つ層と関係性を構築できる場にしてほしい、というものでした。そこでカヤックでは

1.参加しやすくコミュニティをつくりやすい専用サイト
2.リアリティある日常を伝えることで人を繋ぐコンテンツ
3.SMOUTによる集客とSNSを利用した話題化、効率的な広告配信を用いたPR

という3つのポイントで長野県と企画を行いました。

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名取「従来のリアルイベントに近い情報提示の形やコミュニケーションが取れるオンラインイベントにしたいとのご要望があったのが、他県とは違う点です。そもそもリアルとオンラインではコミュニケーションの質が変わりますから、オンラインでのイベントを企画する時は、移住者・定住者の獲得ではなく関係人口の獲得へと間口を広げる所にゴールを設定するのが一般的なんです。ですが、長野県のゴール要件は、あくまでリアルイベントに近いものでした。県もそうですが、私たちもチャレンジだという意識がありました」。

コロナ禍が流行しはじめてから、この企画が立ち上がった時点ですでに1年弱が経過。メディアに掲載される移住関連の記事も、コロナによる移住を推奨する内容から移住後の理想と現実を扱う内容が増えつつありました。いいことも悪いことも、この期間に動いた人たちに何らかの結果が出る時期にも来ていたのです。

たとえば、「移住を検討中」というカテゴリ内における違い。現段階で、地域に目を向けている人はだいたい2パターンあると考えられます。一つは、価値観が変わって、働き方を含めて自分の置かれた環境を見直す中で、ローカルの価値に気づいた人たち。もう一つは、コロナ禍の窮屈さから脱出する引っ越し先としてローカルを考え始めた人たち。より具体的に人生を構築するための情報と、場だけを変えたい情報整理前の人向けの情報では、届ける内容も大きく違ってくるのです。

コロナによるテレワークが始まってからのデータも集まったことで、「単に場所を変えたいという層が定住する可能性は低い」という仮説も立つようになりました。事実、SMOUTの登録者数にも大きな変化が起こったといえます。たとえば、新型コロナウイルス拡大防止のための緊急事態宣言解除後、新規登録者数は2020年4月から6月の2か月で倍となり、首都圏在住者の比率は3割弱から5割へ増加。また30〜40代がユーザーの5割を占めるまでになりました。特徴は、その多くがまだ移住相談を受けた経験がなく、移住候補地の選定もまだというライト層である点です。潜在的な移住希望者を秘めた層である一方で、地域との関わりという意識では流動的とも言えます。このライト層と関係性を構築したいというのが、長野県からの要望でした。

名取「オンラインツールを介して遠方でも仕事ができるようになったことは、社会の大きなパラダイムシフトだったと思います。しかし、地域との関わりもなく単純に場を変えるだけ、そんな地域を消費するような関わり方が、地域にとって本当にうれしいのか?という問いが自分にあって。それでもいいという自治体や人もいるので正解はないのでしょうけど、長い目で見た時にどんな人を望んでいるか、どんな形で関わってもらいたいかと考えると、僕はやっぱり場を消費されるような形ではないんじゃないかと思ったんですよね。これが、企画にあたってずっと頭においていたことです」。

オンラインという限られた空間で、どんな人たちに向け、どんなことを伝えるべきか。今までの移住プロモーションの施策やコロナ禍でのオンラインイベントの常識を疑いながら、コンセプトやコンテンツを組み立てていくことになったのです。

「地域の人が発信したいこと」を重視する

先の状況から、“深い関わり”ができる層へのリーチを重視したイベント構成を企画。

(1)日常のリアリティを伝える
(2)人と人を繋げる
(3)コンテンツをつくる人を増やす

という3つのポイントを掲げて具体化を進めました。

一つ目の「日常のリアリティを伝える」には、おもにライブ配信コンテンツが当たります。重視したのは「移住は単なる引っ越しではなく、自らのライフスタイルをつくっていくもの」という視点です。移住を考え続けて来た人にはより具体的な情報となるように、ライトな層には地域への思考の深まりや動き方の変化を促せるように。長野での暮らしをより明確に想像できるような内容を考えることにしたのです。また、これまでと違ったのは、暮らす人や住まい、仕事環境、食、自然環境などという想定した要素はあるものの、個人やテーマを限定せず「地域の人が発信したいことやどんな場所として長野に来てもらいたいか」重視で内容を決めたことです。

スクリーンショット 2021-03-31 4.36.36信州で暮らす、働くオンライン移住フェアでゲストスピーカーとして登場した、PURデザイナーの八木下泉さん。「好きをかたちに。松本にある心あたたまるファッションオリジナルブランド」では、現在の仕事と移住、仕事を続けるための準備などショップを開きたい人に参考になるお話でした。

スクリーンショット 2021-03-31 4.38.34こちらは、山に魅せられて茅野市に移住した今岡美智代さん。「好きをかたちに。山ガール、好きから10年。」では、縁もゆかりもなかった茅野市に単身で移住するまでと、会社と趣味を通じて新たな繋がりをつくっていった経験談を披露いただきました。

大まかには、移住者の実体験による声を伝えるパートと、地域の人々の生業として発信する声を伝えるパートがあり、前者は、5人のゲストスピーカーに登場いただきました。県担当者から紹介いただいた県内のキーパーソンと担当者が膝をつき合わせて話しながら、先方からの提案をベースに視聴者の興味に合いそうな情報も引き出し、付加する形で構成しました。

例えば、登山に魅せられて茅野市に移住した今岡美智代さんからは、趣味と仕事の両立や単身移住者の不安解消について。また、子どもの教育を重視して家族で佐久市に移住した上岡美里さんからは、イエナプランの紹介や教育についての考え方だけでなく、家族全員での移住を成功させた課程や方法、お子さんのコメントなども当日加わりました。その他にも、辰野町でまちづくりに関わるコミュニティプランナーの山下実紗さん、移住先の松本市でファッションブランドを立ち上げ夫婦でショップを開店した八木下泉さんのように住む・働くだけでなく積極的に地域での関わりをつくり出した方々の事例、松本生まれ松本育ちのファイナンシャルプランナー五十川貴巳子さんによるSMOUTユーザーから募った実際の事例を使用した移住実現のための資金計画指南と、幅広い方面から気づきを与える内容が並びました。

後者は、各自治体の担当者も含め地域の人々の言葉を伝えるパート。お昼時には長野の日本酒やウィスキーなど食文化の紹介をしたり、自然を感じさせる視覚を重視したりという内容ですが、先方の伝えたいことをベースに新たな情報を引き出して編集する流れは変わりません。例えば、東御市による「長野の車窓から in しなの鉄道」企画。ローカル鉄道の車窓風景をひたすら配信するという、一見自治体PRに結びつかなそうなこの企画の出発点は、市担当者からの地元情報。実際に話し合いをした名取曰く、「宿場町で駅近くに温泉がある」、「古民家をコンバージョンした民泊」などの情報は出たものの、ポータルサイトに掲載済みの内容が中心で新鮮さに欠けると感じたそう。しかし、しなの鉄道の沿線で15万人都市の上田市に電車通勤ができるとの情報が得られ、新しい切り口をつくるきっかけになりました。「もし自分が移住したら、車を2台持つのは厳しいけど電車通勤ができれば普段は奥さんが車に乗れるし、生活に広がりが出そう」だと。

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確かに、移住先で電車通勤できる場所はなかなか珍しいイメージがある。こうした移住者になりきった視点を軸に、駅近くの温泉や施設も紹介しつつ、電車からの車窓とともにまちの情報を伝え、上田までの距離感や電車が足になる生活の便利さなどを伝えていく。そうすれば、生活をよりリアルに感じてもらえるはず。こんな思いや先方との情報交換が、今までになかった魅力をつくり出していきました。

面白いのは、今回のコンテンツ制作は、これまでの移住・定住の推進施策などでよく説かれていた「ヨソモノの視点」とは正反対のスタンスにあることです。地域側の伝えたいことにフォーカスするあまり、定番の情報へと偏りすぎる不安はなかったのでしょうか。

名取「この方法が正解だったかは僕もよくわからないんです。ただ、よく“ヨソモノ視点で編集をかける”と言うけれど、その観点での情報ももはや乱立しています。それに外から何かを仕掛けようとした場合はテンプレートになり、“聞きたい”と思われている情報も似たものになってしまう。そこを回避して新鮮な情報を発信するのであれば、やっぱり地元のみなさんと内容を考える方がいいとの結論にその時は到ったんですよね。結果、自治体とお互いの知恵を出し合ったことでよいものができたと思います」。

新しい時代の移住希望者と未知数の動き

スクリーンショット 2021-03-31 4.41.55Slackを活用した出展者とのチャット

さて、二つ目の「人と人を繋げる」の具体的な項目としては、Slackを活用した出展者とのチャットやSMOUTのプロジェクトページ、個別移住相談があたります。実は、本イベントではユーザーの参加強度別に、3段階の目標値が設定されていました。第1段階が、最もライトな層が集まるライブ配信の視聴、第2段階が参加登録、そして第3段階が、移住への関心度が最も高い個別相談予約です。このうち、最も達成難易度が高い値が設定されていたのが個別相談の予約数だったのです。前述のコメントにもあったように、フェアに参加する方はライト層が多いという前提を置きながらも、より関心度の高い層との繋がりづくりに挑戦したと言えます。

フェア当日Slackでは、オープン直後は参加者も出展者も様子を見ている状況でしたが、時間が経つごとに参加者からの「○○ができる場所に住みたい」「お試し住宅について知りたい」といった投稿が増え、それに対し出展者からリアクションするコミュニケーションが繰り広げられました。ただ、心配だったのは個別相談です。

過去のオンライン移住フェア関連のデータもあり、運営経験者からすれば流入する母数の想像はおおよそつくものです。そのため、個別相談の当日予約を数百件取るのは、正直難しい目標だと予測。コンテンツの質は当然追及していたものの、その質の向上が当日予約に繋がる確信は特になかったのだそう。

しかし、前日~当日、相談予約数は跳ね上がり、終えてみると「飛び込み参加だったがマンツーマンで話せたことで具体的な転職や移住のヒントになった」、「移住に興味はあるものの、お問い合わせ先に連絡するのではなく『オンラインで相談できますよ』とドアが開けられている感覚でとても入りやすかった」、「コロナ禍で身動きが取れないと感じていたが、オンラインでできることがあるのかと気づけてよかった」など、むしろオンラインだったからこそ出会えた、相談できたという感想が大半。大成功の結果を収めることとなりました。

そして、三つ目の「コンテンツをつくる人を増やす」を体現したのは、各自治体の担当者やライブコンテンツ担当者の姿勢です。地域や仕事に興味を持ってもらい、繋がりをつくりたいという想いを持ち、みなさんがそれぞれの形で動画コンテンツのためにゼロの段階から情報を提案し、未知のツールや取り組みを取り入れながら制作に取り組んできました。また当日はやライブ配信やSlackを活用してまちの魅力を発信するなど、インタラクティブなコミュニケーションを楽しんで実行されたといいます。出展者、配信側として積極的に、楽しんで取り組む。だからこそ、こうした盛り上がりをつくり出すことができたのでしょう。

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出展者の楽しんでいる姿勢は参加者にも伝わったようで、「Slackで接した担当者の雰囲気がよく、思い切って相談してみた。就農相談をしたことで農ある暮らしと農業との違いやイメージが湧き、話せば話すほどその地域に行ってみたくなった」という参加者も。未知の市町村や仕事の情報に触れる中でその個性にピンと来て、一気にスタンスが変化した参加者も多かったことでしょう。この盛況ぶりは、そんな参加者自身の発見や意識の変革がもたらした結果とも言えそうです。

そして、終了後の結果では個別相談数201件を達成(予約は212件)。イベント当日参加者数は2日間で8,344人という数値となりました。「オンライン移住相談ではエリアの特徴がわかってよかった」、「サイトだけではわからない実際の話や地域による特色(生活面、環境)などを教えていただけた」などエリアや地域の特色に関する意見や「オンライン移住相談で見せてもらった市町村の資料を別途送ってほしい」といった要望も多く集まりました。

また、「個別相談での実際に移住された方々とのお話がとても楽しかった。相談というと、やりたいことや行きたい先が決まっていないといけないとの思い込みがあって尻込みしていたが、具体的な内容を直接聞くことで人柄や雰囲気も伝わってきたので、もっとたくさん聞けばよかった」、「子どももまだ小さくて外出することに気が引けるし、ぼんやりとした移住相談になるのも気が引けたのでオンラインで気軽に相談できてよかった」、「Slackでインタラクティブに参加できる点がよかった。移住にはまだふんわりとした気持ちしかなく気後れしていたが参加してよかった」といった意見も多く、参加する前には「移住」や「相談」という言葉や仕組みにハードルを感じていた人が多かったようです。そんな参加者たちに移住に対する第一歩を踏み出してもらえたという意味でも、一つの大きな機会となったのかもしれません。

オンラインイベントで移住への関心が高い層を探し出す。そんな従来にないチャレンジは大成功といううれしい結果をもたらしましたが、新しい環境下でのユーザーの動きに未知数の可能性も感じました。

長野県では以下のサイトで移住関連情報を発信しており、相談予約も随時受付中。本フェアで配信したゲストトークも移住体験談としてテキスト掲載しています(長野県移住ポータルサイト「楽園信州」)。

また、"移住"はハードルが高くても、なんとなく長野県が気になるという方にぜひご覧いただきたいWebメディアもオープンしたとのこと(長野県総合移住Webメディア「SuuHaa」)。

長野県や移住に興味のある方は、一度のぞいてみてはいかがでしょうか。

長野県のSMOUTプロジェクト一覧はこちら >>

文 木村早苗

※ この記事は、長野県のご協力で制作しています。