名古屋駅から車で北上すること約1時間半。愛知と長野の県境を越えると美しい山々に囲まれた村に到着。ここは長野県南西部最南端の村、根羽村です。
人口約900人、森林面積92%。全世帯が山を所有していて、村民全員が森林組合員という独特のシステムが構築された、まさに森と共に暮らしてきた村。「林業への恩恵」と「山づくりの重要性」を村民が身をもって体験する中で「親で植えて、子で育て、孫で伐る」という確固たる哲学を持ち、整備の行き届いた林業が今なお脈々と受け継がれています。
2017年には、村周辺のほぼ全域で森林管理認証(FM認証)を取得。これは、森林経営の持続性、環境保全への配慮を一定基準満たした森林が取得できるもので、村という広域での取得は全国でも稀なことだそう。
村民の約54%が65歳以上と高齢化、林業の担い手不足など課題はありますが、今、根羽村をもっと面白い村にしようと熱い想いを胸にした人々が集まり、従来の林業を変え、新たなチャレンジを始めようとする動きがあります。
一般に日本の人工林は、木材自給率の低下や、価格の低迷とともに荒廃しつつありますが、根羽村はその流れに対していち早く次の構想をつくり、実践しようとしているのです。今回は、根羽村で林業に従事する地域おこし協力隊の募集に合わせて開催された現地ツアーの様子、そして、根羽村で起こりつつある林業の新たな挑戦についてお届けします。まだまだ課題だらけと言いながらも、様々な人たちが挑む小さな村のチャレンジとリアルを、美しい風景ともに感じてみてください。
「稼ぐ林業」×「環境を守る林業」= 持続する林業
2020年2月14日から2泊3日で行われた根羽村ツアー。都内を始め、名古屋、神奈川、岡山などから林業や根羽村に興味のある男女6名が参加。林業というキーワードに想いはさまざまですが、3日間根羽での濃厚な時間を過ごしました。
根羽村役場、根羽村森林組合の方に加え、移住者との顔合わせからツアーはスタート。根羽の木材「根羽杉」で建てられたシェアハウスで木の心地よい香りに包まれながら、マギーさんよりツアーの趣旨が伝えられました。
マギーさん「村のことを知ってもらうと同時に、嘘のない根羽村の林業を見て、体験してほしいと思っています。こういう環境が好きだとか、こういう働き方がしたいなど、何かしらみなさんのよりいい人生につながるきっかけにこのツアーがなればと」。
マギーさんは、一年前に根羽村に家族で移住してきた移住者のひとり。東京で地方創生事業の創業メンバーとしていろいろな地域を飛び回っていたというマギーさん。村の古民家をリノベーション、ゲストハウスをつくり、その運営をミッションに足を運んでいた根羽村。その魅力と様々な課題に触れる中で、自身の東京で培ったスキルと経験をこの地に注ぎ込みたいと移住を決めたのだそうです。
そんなマギーさんから、根羽村が矢作川源流の水と森を守ろうと始めた環境保全プロジェクト「ネバーフォレストプロジェクト」の構想と現在地について説明がありました。
マギーさん「村のメインの産業は林業です。ただ、根羽村の林業は植樹や間伐といった適切な森林経営だけでなく、木の魅力、大切さを一般の人につないでいくことをキーワードに、「稼ぐ林業」×「環境を守る林業」= 持続する林業を目指しています。伐採・製材加工・直売の6次化産業にも取り組む根羽村だからこそ、できるチャレンジがあるんです」。
「ネバーフォレストプロジェクト」の源には、2004年に打ち出されたある「宣言」があります。それは当時、森林政策において深刻な現状が各地に広がる中、前村長である小木曽亮弌さんが打ち出した「ネバーギブアップ宣言」。
「私達は決してあきらめることなく、村民と行政が共に汗を流すことにより、誇りと希望の持てる『ふるさと根羽村』を築いていくことを、ここに宣言します。(一部抜粋)」とある通り、国まかせ、村まかせにすることなく、村民が自ら考えて動く「独立自尊の精神」を大切にしながら、根羽村では木を植え・育て・伐採する第一次産業、そして丸太を加工する第二次産業、さらに加工した製品を販売する第三次産業が村内で完結する「トータル林業」の仕組みを整えてきました。
マギーさん「そうした土台の上で、村や木の魅力をより多くの人に伝えて、森を守る行為を事業にすることが僕らのミッションです。補助金に頼らず、自主財産で動けることが大事で。ここは、長野県、岐阜県および愛知県を流れ三河湾に注ぐ矢作川(やはぎがわ)流域の山あいの村です。昔から「水を使う者は水をつくるべきだ。」という言葉があって。
水を守る森づくりは、僕らだけではできません。矢作川沿いには110万人の暮らしがあります。この流域全体で連携しようという動きも始まっています。今考えている構想は流域で寄附金を募り、根羽杉や山をつかったアクティビティを提供することで、共に水源を守り、森の活動を事業化するというもの。自然と経済性が生まれ、流域の関係人口を増やすことが「ネバーフォレストプロジェクト」の大きな柱です。とはいえ、まだまだ模索中。今回の地域おこし協力隊は林業家の募集ですが、僕らと根羽村の次のステップに伴走してくれるチャレンジャーにぜひ来てもらえたらと思っています」。
こうして、ツアーはスタート。村を巡り、村のお母さんの手料理を味わい、林業の現場で先輩とともに林業作業を体験する、濃密な時間が幕を明けたのでした。
クリエイティブに、自分らしく生きること
今回のツアーでは、根羽村での暮らし、村の人の魅力はもちろん、あえて林業の厳しさやリアルを知ってほしいと話すマギーさんですが、そこにはどんな想いがあるのでしょうか?
マギーさん「僕の移住の大きな決め手は、やっぱり根羽村の“人”だったんです。根羽村に暮らしている人は、老若男女問わずクリエイティブな人ばかりです。起きた瞬間、罠に獲物がかかっているか分かるおじいちゃんとか、70歳を超えて起業するおばあちゃんたちがいたり(笑)。根羽村の人たちはみんな、”楽しむ”をつくり出す力が長けている。クリエイティブに、自分らしく生きるスキルが高いんです。そこに惹かれましたし、価値だと感じました」。
さらに、林業は決して甘い仕事ではない、だからこそ、採用にも慎重であるべきと語るマギーさん。
マギーさん「一次産業の面白さって、泥臭さにあると思っていて。それをストイックに楽しめる人は、きっとここで自分なりの豊かさやいい仲間に巡り合えるという確信を持っています。林業家って、アスリートとアーティストの中間のように思えるんですよね。
今、林業ビジネスや村の教育、観光ビジョンなど、構想はたくさんあって、一歩目を踏んでるものもあるけど、まだ事業になっていないものもある。プロトタイプはできたけど、どう普及させるかはこれから。土壌づくりを役場や森林組合の方がすでに何十年も前からやってきているのが根羽村のすごいところです。例えるならその土壌に種を蒔き、育てられる人に来てほしい。意志がある人こそやりがいや楽しみを感じられる村だと思います」。
林業家とは、嘘のない生き方
今回のツアーでは、現場で実際に林業家と作業をする場面も。改めて、根羽村で林業家になることについて、長年林業に携わり、現在は根羽村森林組合で参事を務める今村豊さんに話を伺いました。
今村さん「林業家は、自分とも、木という自然とも向き合う仕事。とてもクリエイティブな職業なんですよ。そこにはなんの嘘もないんです。例えば、森林組合員の中に技能職員がいるのですが、彼は間伐を極めたいと言います。技能職員だからこそ、技能で相手をうならせたいという想いがある。技能を極めると当然年収があがる可能性がある。さらに伐採する木を決める選木のセンス、スピード、山をいかにきれいに残せるか、そういった全ての責任が自分の手の内にあって、達成した時の自己肯定感は大きいんです。そこがこの仕事の魅力の一つだと思います」。
極めれば極めるほど自分にも環境にも返ってくるものは大きい。さらに今村さんはこう続けます。
今村さん「根羽村の森林組合は、伐採から板材への加工、さらに商品づくりまでできる一貫した設備をもつ珍しい組合です。根羽杉の小さなサウナも商品化されているんですが、それを川沿いにおいて、サウナを楽しんでそのまま川に飛び込んでみたり。他にも、流域のみなさんに「森林の里親」になってもらって、根羽村に足を運んでもらって、水の環境学習や魚つかみ、水鉄砲づくりやタイヤチューブでの川下り、ドラム缶風呂やモニュメントづくりをするなど、森というフィールドを自分たちの地域資産として、自分たちの技術技能で魅力的にするそういうチャレンジできる環境がここにはあるんです」。
また、根羽村森林組合 総務課の大久保裕貴さんからも、根羽村独自の森林施策についての説明がありました。
大久保さん「林業が衰退するなかで、根羽村でも次々と加工場が閉まっていきました。ここは村に残った最後の加工場を、根羽村森林組合が引き継いだものです。山で伐採された木が、目に見えるかたちで製品化され、建築用材としてお施主様へお届けできる。根羽村の林業が伐採のみに止まらないことを見据えての決断が、こうして今につながっています」。
日本の厳しい一次産業の中にあって、小さな村が森林という地域資源を活用した林業を基幹産業と位置づけ、伐採から加工・販売までを取り組む。こうした根羽村の林業への姿勢と信念に触れるたびに、参加者の目に、より真剣さが増していきました。
森というキーワードが村全体をつなぐ
最終日には、村長兼森林組合会長の大久保憲一さん、根羽村森林組合の専務理事・鈴木吉明さんとの座談会も設けられ、これまでの根羽村の林業の道筋がたどられました。
大久保村長「村の全世帯が山主であること、村民全員が森林組合員であること、そして村長の私が森林組合の組合長を兼任していることも根羽村の際立った特徴ですが、加えて、根羽村はひとつひとつの区画(地番)ごとに山主立ち会いのもとで、境界を確定し、杭を打ち、図面を整備してきた歴史があります。この徹底した地籍調査は、じつに25年もの歳月をかけています」。
鈴木さん「さらに根羽村では、人工林の間伐状況を評価する森林GIS(地理情報システム=コンピュータ上の地図情報)の作成をしてきました。空中写真から木の間隔を算出して、樹高や森林の混み具合など、木の一本一本の情報がすべて分かるんです。そうすると、どこから優先して間伐すべきかなど、森林組合から具体的かつ的確な提案ができるんですね。こうした情報整備、森林簿が手元に揃っていること自体が、根羽村の林業の先進性を示しています」。
ちなみに、村にビジネスをつくることをミッションに活動するマギーさん、森を愛し、無限の可能性を語ってくれる今村さん。じつは二人とも東京出身という共通点も。移住者である二人が根羽村で感じていることは、どんなものなのでしょうか。
マギーさん「林業人って、豊かな生き方の選択肢だなと思っていて。己と向き合う、森の仕事の責任が自分に返ってくる、成果がわかりやすい。そういう生き方ってかっこいいって思っています。そして、森はすべての始まり。水が生まれる森を整備することは、はじまりをつくる役割。とても意味のある、尊い仕事だと思います。
森の課題、林業の課題は日本中で言われていますが、ここで新しい可能性を導けたら、それは社会に大きなインパクトがありますよね。村民も、林業従事者も、移住者も一緒になって知恵を出し合って、森に向き合っている。そこも根羽村ならではかなと。
最近、村の若者に声をかけてLINEのグループをつくったんです。村全体で60人くらいの若者のうち40人くらい登録があって。何かやりたいって投稿があると、ぱぱっとつながって実現したり。こうしたスモールコミュニティーが、新しい動きにもつながっていますね。」
今村さん「根羽村では、森のことを村民一人ひとり、みんなが語れるんです。森をみんな見ている。それは、戦後に復興資材で村が栄えた、森に助けられて生きてきた記憶があるからですね。だからこそ、森をちゃんと整備し継承してきた。自分たちの森であるという、「おかげの精神」が今も続いてるんです。何もチェーンソーを持たなくたって、森に関わることはできる。自分たち、次の世代もしっかり継いでいくという村の想いも熱いからこそ生まれていく未来があるはずです」。
参加者同士が語り明かした夜もあり、林業家を交えた懇親会もあり。最後に今回の取材で印象的だった言葉を二つ、みなさんにお届けします。
村は衰退する、それは日本どこでも、あがいても、です。だったら、自分たちが楽しいと感じることを今やるのみです。(根羽村振興課 片桐充貴さん)
とても難しい課題に対して、学者や権威をもった人たちが必死に考え政策を打ち出しても、それでも課題はすぐには解決しない。僕たちは、僕たちができることをやるしかない。まだなにもしていないのなら動き出すしかない。(マギーさん)
根羽村の林業や暮らし、そして新たに始まったチャレンジに触れ、何かピンときた人はまずは村の人に会いに行ってみてください。根羽への入り口は、いつでも開かれていますよ。
文 たけいし ちえ
写真 池田 礼
※この記事は、長野県・根羽村のご協力により制作しています。