まちが変わる、ひとが変える。東京から湯沢町へUターンした、きら星株式会社の高橋和馬さんが踏み出した、“面白い仕事”を生むまちづくり

まちが変わる、ひとが変える。東京から湯沢町へUターンした、きら星株式会社の高橋和馬さんが踏み出した、“面白い仕事”を生むまちづくり

「どんな仕事をして暮らしていくのか?」。移住を考えるときに、それは「どこで暮らすか」と同じくらい重要なことなのではないでしょうか。

新潟県の最南端に位置する湯沢町。全国有数の豪雪地帯であり、冬はスキーリゾートとして多くの人が訪れる人気の観光地となっています。しかし、このまちでも人口減少・少子高齢化は進行しています。

地域に新しい仕事が生まれたことで、湯沢町に暮らすことを決意した人がいます。高橋和馬さんは、もともと湯沢町の出身。東京の大手食品メーカーでビジネス経験を積み、6次産業化に挑戦する林業ベンチャーへ転職した後、2024年12月に湯沢町へUターン。湯沢町でまちづくりを行う「きら星株式会社」に参画しました。

「地元に帰ってくるとは思っていなかった」という高橋さんは、なぜUターンという選択をしたのでしょうか。そして、これからどんな挑戦をしていくのか、お話を伺いました。

「顔が見える関係性」の中で働きたかった

KT_004観光客で賑わう湯沢町

取材に伺ったのは、湯沢町がスキーリゾートとして賑わう冬。越後湯沢駅の西口を出ると、通り沿いにはホテルや飲食店、レンタルショップなどが並び、送迎の車や、スノーアクティビティに出かけるたくさんの人たちが行き交っています。

高橋さんが働く「きら星株式会社」(以下、きら星)があるのは、駅の反対側。アーケードのある商店街にはシャッターが下りているところも多く、駅の向こうの賑やかさが遠く感じられました。住宅地を少し歩くと、積もった雪の向こうに四角い建物が見えてきます。ここが、きら星が運営するコワーキングスペース「きら星BASE」。廃園になった旧中央保育園の建物を湯沢町から借り受け、レンタルスペースとしての機能を持ちつつ、地域の挑戦者が集まるチャレンジ支援拠点として2019年10月に開業しました。

KT_0052016年に廃園となった旧中央保育園をリフォームした「きら星BASE」。ここは、高橋さんが幼少期に通っていた思い出の場所でもある

大学時代は植物の免疫学を研究し、「どうしたら健康な状態を保てるのだろうか?」と考えていた高橋さん。卒業後は大手食品メーカーに入社し、研究、営業を経て、商品の企画開発業務に従事していました。しかし、大量生産・大量消費という仕組みに、徐々に違和感を抱くようになったそう。

KT_076きら星BASEのワークスペースにある、こたつでお話を伺った

高橋さん「大手の食品メーカーともなると、一つの製品を大量につくることになります。原料の買い付けをする際には余らないように計画しますが、思うように販売が進まなければ原料を使い切れなかったり、売り切れない製品が出てしまうこともあります。生産者の顔が見えない原料を数トン、数十トンという単位で大量に買い付けて、大量に廃棄してしまうこともありました。大手の食品メーカーは食のインフラをつくる役割もあるので、業界の仕組みを変えていくのは難しい面もあると思います。でも、どうしても自分が納得できなくなってしまって。」

「本当につくる意味があったのだろうか」と自問自答するような場面を経験するうちに、「もっと顔の見える関係性で仕事がしたい」という想いが湧いてきたといいます。

高橋さん「その当時、農家さんが減っているとか、日本の林業が衰退しているとか、一次産業のネガティブなニュースをよく見かけていたこともあって。自分も生産者側に回って、そちらの力になれるような仕事をしたいと思い、林業ベンチャーへ転職しました。」

その林業会社で高橋さんは、イベントや商品の企画開発の他、販路開拓のリーダーを担当し、イベントでは年間で1.000人以上の方に林業や森の話を伝えてきたそうです。

KT_136きら星BASEの中には、保育園だった頃の可愛らしい名残がたくさんある

KT_106当時のままの下駄箱も現役で使われている

今なら、地元のために貢献できるかもしれない

お客さんと顔を合わせ、背景にある物語を伝えながら商品を販売する。大量生産・大量消費の仕組みの中では難しかったことに取り組むことができ、納得感を持って仕事に取り組んでいました。しかし、高橋さんの心の片隅には、元気がなくなっていく地元の様子がずっと引っかかっていたといいます。

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高橋さん「他の多くの地域と同じように、湯沢町も人口が減ってきています。それは自分から見ると、商売をしていた友達の家が閉業したとか、近所のおばあちゃんが亡くなって空き家になっているとか、身近な人の顔が思い浮かぶ話なんですよね。帰省で帰ってくる度にそんな話を聞くことが多くなって、『いつか本当にまちがなくなってしまうんじゃないか』と思うようになりました。」

少しずつ変わっていく地元の風景に危機感を抱きながらも、状況がよくなっていく気配はありません。それでも「地元に帰る」という選択肢は、当時の高橋さんからすると現実味がありませんでした。

高橋さん「いつか地元に帰ってきたい、とは思っていなかったんです。何かできることがないかなと考えてはいましたが、自分がやりたい、やってみたいと思える仕事が、地元にはないなと思っていたので。東京で働きながら、外から関わる方が現実的なのかなって。だから伊藤が声をかけてくれなければ、帰ってくるという選択はしなかったと思います。」

KT_083きら星株式会社代表の伊藤綾さん(左)と高橋さん(右)

2019年に創業したきら星は、「誰もが住みたいまちに暮らせる未来」をビジョンに掲げるまちづくりベンチャー。これまでに湯沢町や三条市を中心に、自治体と連携しながら、さまざまな面から移住・定住支援を行ってきました。移住と就業は別の窓口に相談するのが一般的ですが、きら星では地域の職業紹介や起業支援など多様な就労形態の提案から、移住に関わる住宅や補助金の情報提供まで、移住希望者がスムーズに新しい地域での暮らしをはじめられるようサポートしています。

実は、きら星株式会社の伊藤さんと高橋さんは高校の同級生。とはいえ、当時は特別仲がよかったわけでもなく、顔と名前が一致するくらいの距離感でした。2019年にきら星を立ち上げた伊藤さんは、「誰もが住みたいまちに暮らせる未来」を実現するために、事業を加速できる仲間を求めていました。そこで出会ったのが、高橋さんでした。

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伊藤さん「たまたまtwitter(現X)で高橋さんの投稿を見かけて、大量生産・大量消費に対する考え方とかを読んで、感覚が近そうだなって。私はきら星を立ち上げて2〜3年くらい経っていたんですけど、戦略をつくれたり、マーケティング思考があるような、ビジネス経験のある仲間がほしいとずっと思っていました。そこで勇気を出してメッセージを送って、高橋さんが帰省してくる度にきら星の話をしたり、何か一緒にやろうよって声をかけていたんです。」

その頃の高橋さんは、まだ林業会社に転職したばかり。地元の話は気になりつつも、新しい環境で学びながら仕事に取り組む、忙しい日々を送っていました。「地元に帰って働こう」と心が決まったのは、最初に声をかけられてから、約3年が経った頃でした。

高橋さん「ずっとモノづくりの世界にいたので、自分自身が『まちをつくる』という視点に立ったことはありませんでした。地元から人が出てしまって、地域が衰退しつつある状況は知っていても、自分が実際に働きかけようと考えたことはなかったです。でも、それが地元でできるならすごく楽しいだろうなと思ったし、いろいろな経験をした今の自分なら、何か貢献できることがあるかもしれないなって。地元がよくなっていけば自分も嬉しいし、きっと地域の人たちにも喜んでもらえると思ったので、帰ってくる決断をしました。」

KT_029高橋さんは子どもの頃、この川でよく魚を獲って遊んでいたそうだ

それぞれの「得意」を持ち寄り、まちを変えていく

「モノづくり」から「まちづくり」の世界へ飛び込んだ高橋さん。取材当時はまだきら星に入って1ヶ月半ほどというタイミングでしたが、どのような日々を送っているのでしょうか。

高橋さん「本当にあっという間で、まだ『仕事をできている』という感覚はないですね。まちづくりのことも0から学ばないといけませんし、まずは会社の概要を整えたり、資料をつくったりしながら、僕自身がきら星のことを理解して伝えられるように勉強中です。あとは、僕ら以外にも湯沢と三条にメンバーが5人いるので、みんなといろんな話をしながら、みんなの仕事内容とか、得意なこととかを知ろうとしているところです。とにかく自分で動いて勉強しないとわからないことだらけなので、社内の業務整理をしながらインプットし続ける日々でした。」

伊藤さん「私と高橋さんは、うまく得意領域が分かれているんです。私は旗を持って、いろんな人を巻き込みながら物事を立ち上げる0→1の部分はすごく得意。でも、仕組みを整えてメンバーに渡したり、1を10に育てていくのはどちらかというと苦手で。高橋さんが来てくれたことで、オペレーション構築の部分を丁寧にまとめてくれるので、助かっています。」

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伊藤さんは経営者という役割の他にも、3人のお子さんのお母さんでもあります。これまでは伊藤さんが一人で経営の部分を担っていましたが、子育てをしながらの社長業は、時間がいくらあっても足りなかったそう。やらなければならないことが尽きない中で、高橋さんが来たことは、会社として「やりたかったこと」に舵を切るきっかけにもなりました。

伊藤さん「これまでのきら星は移住支援のイメージが強かったんですけど、そこからもう一段階昇華させて、これからは『地域商社』と名乗ろうと思っているんです。きら星がハブになっていろんな人を巻き込んでいけば、地域にいろんなものがつくれます。たとえば新しい事業や商品の開発をしたり、編集チームをつくったり、教育系のこともできそうです。

以前は、起業したい人を湯沢に呼んできて、きら星が支援すればいろいろな仕事が地域に生まれるかなと思っていました。でも6年ほどやってみて、起業してもみんながうまくいくわけではないんだなと学びました。それなら、0→1が得意な人がたくさん事業を立ち上げて、それをバトンパスしていく方が早いんじゃないかなって。これまでも地域商社的な動きはしてきたんですけど、高橋さんが入ってくれたことで、地域に眠っている面白い種をもっと掘り起こせるようになるんじゃないかなと思えるようになりました。」

高橋さん「人が増えることとか、新しい仕事が増えること、それから地域の企業が元気になること以外に、まちが本当に活性化することってほとんどないと思うんです。新しいものをつくることも大事ですが、地域に今ある企業がもっと元気になれる可能性があったり、面白いことやってるけどそれが世に出てないことが実はたくさんあって。そういう企業に対して、同じように地域に根を張る自分たちが、もっとお手伝いできることがあると思っています。移住・定住支援や人材紹介業は、自治体と連携しながら今後も力を入れていくんですけど、さらに一歩進むところまで手を広げていきたいですね。」

まちをよくしようとすると、さまざまなことに取り組む必要が出てくるため、事業内容が複雑になってきます。そのため、「何をしている会社なのかよくわからない」と言われることもあるのだとか。そこで、創業6周年に合わせてコーポレートロゴをつくる際に、きら星が目指すものがわかるようなタグラインが加えられました。それが、「まちが変わる、ひとが変える」という言葉でした。人が能動的に関わることで、まちは変えていくことができる。そんなポジティブなメッセージが込められています。

高橋さん「待っていてもまちがいい方向に変わるなんてことは、もうないと思うんです。だから誰かに任せっきりになるのではなく、自分たちの手で状況を動かしていくことが大切です。もちろん行政の力が必要な部分はたくさんありますが、自分たちの力を取り戻して、まちを自営していく姿勢が大事なのかなと思っています。事業者同士でも、お互いの得意と苦手を補い合いながら連携できると、もっといろいろなことが進められるようになりそうです。」

行政区分も飛び越えて、フラットに動けるのが民間企業のいいところだと二人は話します。今後は市町村の壁を越え、“まちを諦めていない人たち”とより広域で連携しながら、横断的に動いていきたいと考えているそうです。

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この地域で暮らしていくために、泥臭く、丁寧に

地域で働くということは、まさに顔の見える関係性の中で働くということ。それは仕事の喜びや、やりがいをもたらしてくれる一方で、ときには難しさにもなります。二人の口からは、「泥臭く」という言葉が度々出てきました。

高橋さん「地域で何かことを起こそうとするときに、変化を望んでいる人ばかりではない、ということを意識しています。現状に満足しているわけではないかもしれませんが、変化すること自体に抵抗がある人は少なからずいるので。でも、『本当にそのままでいいんだっけ?』と言いながら、僕たちは理想を語っていかないといけない。だから、まちづくりって面白いことも多いですけど、全然一筋縄でいくものではないんですよね。

変えたことで結果的に喜んでもらえることもあると思いますが、そうじゃなくて、最初から話をして理解してもらえるならそっちの方がいい。地方で新しいことをはじめようとすると、必然的に泥臭くなるというか、そういう地道なことに労力をかけています。」

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地方創生と聞くと、キラキラとしたイメージがあるかもしれませんが、地味で地道な仕事もたくさんあるのだといいます。たとえば日々の草刈りや、雪かきも大事な仕事のうち。「どうしてこんなことを?」と思うようなことが、地域の人との信頼関係を築くことにもつながります。「泥臭く」という言葉が出るのは、地域に根を張り、関係するたくさんの人と向き合いながら事業を進めてきた証なのだと思います。最後に高橋さんに、これから地元でどんな未来をつくっていこうとしているのか、お聞きしました。

高橋さん「僕は湯沢町をなんとかしたい気持ちが強いので、自分にできることは何でもやっていきたいですね。両親が地元で商売をしていることもあり、名前を出せばわかってくれる人も多くて。『おかえり』と言って歓迎してくれる関係性がある自分だからこそ、地域の中で動きやすい部分もあると思うんです。

この間も放置されている森林のことで、まちの人と話をしたんですけど、そうやって僕自身も巻き込んでもらいながら、いろいろなことに手を出していけたらなって。僕は物事を立ち上げるのがまだそんなに得意ではないんですけど、これから会社のスピード感を上げていったり、まちがよくなっていくためにも、僕自身が少しずつ仕事をつくっていく側に回れるようになっていきたいですね。」

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地域にはさまざまな余白があるからこそ、都市部に比べて、一人が持つ影響力が大きく感じられます。伊藤さんが千葉から湯沢町へ移住し、会社を起こしたことで、高橋さんが帰ってくる場所ができました。そして今度は高橋さんが、まちがきらりと輝くために、次の誰かがやってくる舞台をつくっていく。「まちが変わる、ひとが変える」。高橋さんは、その言葉に込められた意味をまさに体現しようとしています。スキー以外にも、湯沢町を訪れたくなる理由が、一つ増えました。

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文 黒岩麻衣
写真 酒井ヒロスイ